私達…勝てるんだよね。
「…以上が、今回の概要だ。簡単だろう。」
「要するに、2つの班に分かれて調理を行ったホーホー鳥を皆様はお買上げ頂き、食べるだけで良いのです。より、売上を上げた方が勝ち…というわけです。」
事務的にその場の説明を済ませた有能メガネ1号・2号。
一方の群衆は落ち着きを取り戻し、一部の荒くれ者達はそそくさとその場を後にしていく。
信じがたいことに、彼女達ほ血に飢えた獣と化した観客一同を丸く収めてしまったのだ。
流石は有能(変態)メガネ共とでも言うべきか。
ただ、それよりも言及すべきことがあった。
フィーネは残酷にも、その言葉を口にする。
「えっと…最初から他の人に司会を頼めば良かったんじゃないかしら…。」
エンターテイナーとしてのラフきゅんにとっては、まさに心の臓を貫くかのような内容である。だが、激しく同意したいのは俺だけではないだろう。
狂気的なまでの盛り上がりと誤解しか招かないような説明、加えてあのファッションセンス…言うなれば今日のラフきゅんは天災そのものだった。
これからの企画部の日々の中で、イベントの度にあのような司会進行をやられてしまっては、こちらの身が持たないのは明らかである。
司会というのはただ盛り上げれば良いというものではないのだ。もちろん…盛り上がりは必要だが、それは円滑な進行を行った上でのことである。
その辺りを、ラフきゅんにはもう少し意識して欲しいと願うばかりだ。
(まぁ、恐らく何を言ったところで無駄なんだろうけど…。)
ただ、あれだけ会場を盛り上げられるということは、もしかしたらある種のカリスマ性は備えている…のかもしれない。
いずれにせよ、ラフきゅんについては「良くわからない。」この一言に尽きるだろう。
だが、世の中には単純な人間も居る。
その代表格であるところの、ハルゲール師匠はポリポリと頭を掻きながら「ったく、とんだセレモニーだったな。」等と宣った。
(いやいやいや、アンタ寝てただけだろ!?)
もう一発、その光球を引っ叩きたい衝動にかられる…が、グッと堪える。
(これも勝負のため、ガリ勉征伐のためだ…堪えろ、カンザキ!
しかし、あの禿頭には並々ならぬ因縁が…クソ…叩きたい!!モグラたたきの如く、スパーンと行きたい。出来れば助走をつけて…だが、しかし…。)
「何をブツブツ言ってるのよ、こいつは。」
「さぁ、何だろうね。」
やれやれといった様子の同期達の声が聞こえた気がしたが、そんなことに気を取られる訳にはいかない。俺は今、自らの因縁にケリをつけるかどうかの瀬戸際なのだ。
だが、内心で葛藤を繰り広げている間も無情にも時間は流れていく…一時を置いた後に街は正午を迎え、周囲には昼を告げる鐘の音が響いた。
その音に、俺は現実に引き戻される。
続けて1号は良く通るハスキーボイスで、開幕を宣言した。
「さあ、諸君。勝負開始だ!」
かくして、主催者は気絶したまま…決戦の火蓋は切って落とされてしまう。
なお、師匠の頭へのアタックは、とりあえず保留しておくことにした。
「さて、取り急ぎは部位は問わず、200本の串を用意したわけだが…俺はどうすればいい。」
「師匠、待機です。待て!」
「おう、分かった!任せとけ!!」
「…っておい!!俺は犬か!!」
盛大なセルフツッコミを入れる師匠。
1号の開幕宣言と共に気合十分で声を上げた師匠だったが、俺の「待て!」に対し、お約束とばかりに躓いたのだ。
「ったくよ、本当にうまくいくのかよ。そのTGT作戦とやらはよォ。」
「GTT作戦・改です、師匠。」
「おう、そうだったか。TGG作戦だな。って、今はそんなことはいいんだよ!本当に動かなくていいのか、って聞いてんだよ!!」
不満気な様子の師匠。見事に作戦名も間違っている。
だが、それもそうだろう。勝負とは、基本的に先手を打った者が勝つというのがセオリーである。
その感覚からすれば、俺の待機という指示について納得出来ないのも頷けた。
ただ、俺にはまずは確かめたいことがあるのだ。
それは対戦相手の手札…つまるところはブースの様子と、今回の商品である。
恐らくこの場に留まっていたところで、新しい情報を手に入れる事は出来ないだろう。
ならば、こちらから出向く他ない。
俺は、その旨を師匠に告げた。
「まずは相手の情報が欲しい…少し様子を確認してきます。すみませんが師匠、ドルグと留守をお願いします。」
「そうか、分かった。行って来い!」
「あれっ、僕も?」
頷く師匠。一方でドルグは、自身を指差し目をパチクリさせる。
恐らく、3人で一緒に動くものと思っていたのだろう。だが…。
「お前らは体がデカイから見つかる恐れがある。俺とフィーネの2人で行く。」
そう、その体格はモンスターと対峙した時には頼りになること間違い無しなのだが…こと偵察においては不利に働くことだろう。
偵察は基本的に褒められた行為ではない。出来る限り見つかるリスクは下げておきたい。
「なるほど…分かったよ。」
俺の言葉に納得した様子のドルグ。
物分りが良くて助かる。
「それじゃ、ちょっくら行ってくるぞ、フィーネ。」
「え…えぇ、分かったわ。」
こうして、俺とフィーネは向かい側のガリ勉のブースへと向かうこととなった。
この時、何故だがフィーネの歩調が少し軽かったような気がした…が、多分気のせいだろう。
「さて、ガリ勉先輩はどう来るか…見せてもらうとするか。」
そこはまるで、テーマパークの一角のようだった。
周囲には賑やかな音楽が流れ、ピエロはジャグリングを披露…その様子に誘われて、周囲には子連れの夫婦が集まっている。
「さあさあ、食肉レストラン ラフ・キューンの場外出張販売だよー!今日の目玉は鳥だよー!!」
そして、ここぞとばかりに声を張り上げる小柄なオカッパ眼鏡…ガリ勉こと、ガリベールン氏の姿がそこにはあった。
「な、なんだこれ。」
ガリ勉のブースへ辿り着いた俺は、その様子を見て唖然とする。
ブースの様子に限っても、店頭には看板が掛けられ、周囲にはガリ勉先輩がサムズアップした様子が描かれたセンスの悪い旗が掲げられている。ハッキリ言って、俺達のブースとは一線を画する出来であった。
そして、一部の子供たちはと言えば、旗を見て騒ぎ立てている。
「きゃー、何この旗。気持ち悪いー。」「なにこれー。」「おい、このキショい旗に落書きしてやろうぜ!!」「うわっ、こいつ本当に書きやがった!」「どうだ、ケッサクだろ!!」
決して好意的とは言い難いが…音楽・曲芸と併せてブースそのものも子供達の興味を引くことには成功しているようだ。
設営に際して、ガリ勉先輩が抜け駆けをしていたのではないか…そんな疑惑を持たれても不思議では無い程のクオリティーである。
そして、案の定フィーネはその様子を見て、憤慨していた。
「やっぱり設営でズルしてるじゃない!!あのガリクソン、問い詰めてやる!!」
「ちょっ、待てフィーネ!今、目立つのはまずい。」
俺は肩を掴み、必死にフィーネを止める。
まだ、敵の手の内を何も確認出来ていないのだ。
こんな状態でつまみ出されでもしたら、無駄足もいいところである。
「まずは、ガリ勉先輩の商品と単価を確認するんだ。」
「ったく…分かったわよ。」
何とかフィーネを納得させ、俺達は少し離れたところで様子を窺うことにする。
どうやらガリ勉先輩は自ら売り込みを掛け、調理と受付にそれぞれ、男女2人を配置しているようだ。そのまま、店頭に目を向けると…机には如何にもな張り紙がされている。
恐らく、そこにメニューが載っているのだろう。是非ともその内容は頭に叩き込んでおきたいところだが、書かれている字が思いの外小さい。
加えて、今俺達のいる場所からブースの机までは軽く20m以上はあるだろう。
そのため、ここからではまるで内容が分からなかった。
何とかもう少し近くで見たいところだが、ガリ勉先輩がしきりに売り込みを行っているため、中々に近づきづらい…。
「よく見えねえ…。」
だが、時として現実は俺の想像を軽く飛び越えていく。
張り紙に苦戦する俺を尻目に、何とフィーネは呟くようにその内容をなぞってみせたのだ。
「ホーホー鳥の丸焼き…1匹3000リル…10匹限り…今回の食肉レストラン、ラフ・キューンでは…これ以上は要らないわね。」
「えっ…お前、分かるのか!?」
「えぇ、何とか。」
どういう視力してるんだこいつ…この距離であの紙面の文字を読み取りやがった…。
あの馬鹿力…もとい身体能力といい、標準スペック高すぎだろう。
お陰様でガリ勉先輩の売り物は分かったが…俺は驚きを隠せなかった。
「な、何よ。人のことジロジロ見て。」
「いや、何でも…。」
何故だかお怒り気味のフィーネ。
落ち着け神崎。今はそんなことよりもガリ勉先輩の手の内を明かすことだ。
(さて、商品とその単価からして…恐らく先輩の作戦は…。)
だが、その思考を遮るかのようにフィーネの声が響く。
「ねぇカンザキ。この勝負で配置出来る人員って5人までよね。」
俺は自らの思考を中断し、その言葉に答える。
「あぁ、そうだったはずだが。」
そう言われて、ガリ勉ブースの人数を改めて数え直す。売り込み役のガリ勉先輩に受付の2人、そして調理担当らしき2人に音楽家とジャグラー…で計7名。
「…って、多くねえか!?」
「そう、あいつのブースには全部で7人居るの。これって…ルール違反…よね。」
「そうなると…設営と人員、2つのルール違反の疑惑アリだな。」
クソ真面目だからズルはしない…とは何だったのか。
叩いてもいないのに埃が出てくる。
「許せない。私ちょっと行ってくる!!ガリクソンめ!!」
「おい、ちょっと!」
そう言い残し、その場を後にしようとしたフィーネ。
だが、そんな俺達に背後から不意に声が掛けられる。
「その必要は無いんだよね!!」
「ガ、ガリベールン先輩。」
途中で売り込みを切り上げたのであろう、ガリ勉先輩が堂々とその場に立っていたのだ。
そして、自信満々に俺達に告げる。
「この頭脳を以てすれば、君達が何か探りに来るのなどお見通しなのだがね。」
迂闊だった…。
一応先輩とてエリートとやらの端くれである。
このような祭事についての情報が明らかに不足している俺達が、自らのブースまで偵察に来ることは少し考えれば分かることだろう。
そして、俺はこの不意打ちに少し…いや、かなり肝を冷やしていた。
ルール上での規定は無いが、場合によっては妨害行為と見做され失格とされるかもしれない。後ろめたいことは少ないに越したことはないのだ。
だが、このような状況においても、驚くべきことにフィーネは動じることは無かった。
それどころか、彼女はそのまま、ガリ勉先輩に対しての追求を始めたのだ。
「それよりも、アンタ!!ルール違反2件よ!!失格に値するわ!!このガリ勉クソ野郎!!」
てっきり、烈火の如く怒るものかと思っていたが…圧倒的優位性がそうさせるのか…ガリ勉先輩は意地の悪い笑みを浮かべつつ言葉を返す。
こちとら、いつ爆発するのかとヒヤヒヤものである。
「はて、何のことやら。こそこそとコチラに探りを入れた輩がよく言う。言いがかりは止めて欲しいんだよね!」
当然、フィーネはそんな言葉で納得するわけもない。
「とぼけたって無駄よ!!設営時での抜け駆け…それと陣営の人数オーバー。どう見たってズルじゃない!!」
「ふん、低学歴には分かるまいよ。だが…仕方ない。この私が直々に説明をしてあげよう。感謝することだね。」
そして、ガリ勉先輩は順を追って説明を始めた。
「まず、設営についてだがね。あの看板も旗も、普段から店に飾ってあるものを持ってきたに過ぎないんだよね。それを今朝、君達が会場入りしてから設置したのだ。」
やられた…。俺達も調理道具を持ち込んでいる以上、普段から店で使用している装飾品を持ち込んでも文句は言えない。そもそも、持ち込みはOKとラフきゅんは明言していたのだ。
ならば、あとは設置するだけ…小一時間もかからないだろう。
ハッとした表情の俺達を愉しげに見回した後、ガリ勉先輩は続ける。
「それから、人員についてだがね…彼等は流れの大道芸人なのだね。ターナーズの社員でも無ければ、我々は彼等の名前すら知らないんだよね。」
「それなら、どうして!!」
フィーネは食って掛かる。
だが、一方のガリ勉先輩はといえば…そんな彼女に対して、余裕で答えてみせる。
「それは、人がいるから…だね。低学歴クン、少しは考えたら分かることなんじゃないのかい。彼等は見られることが仕事…ならば、元々人が集まっているところで自らの芸を披露する方が効率が良いのではないかね。そして、外部の人間が勝手に芸を披露しようが、こっちとしては知ったこっちゃないんだよね。」
そう、今回の勝負においては1陣営5人までとの規定はあるが…ターナーズ外部の人間についてまで詳細な規定はされていない。
ガリ勉先輩が賃金を支払い、彼等を雇っている証拠でもあれば別だが…現状ではグレーゾーンと言う他ないだろう。
しかし、納得できないフィーネは食い下がる。
「そ…そんなの!!いくらでも偽装出来るじゃない!!」
「証拠はあるのかい!?それか…主催者に確認を取ってみるかい?私の言ってることは全て真実だと証言してくれることは間違いないんだよね。」
だが、ガリ勉先輩はその追求を軽々とかわしてみせる。
(まっ…主催者…気絶してるけどな…。)
恐らく、この状況ではガリ勉先輩を追い詰めることは出来ないだろう。
一応、有能メガネ共に訴え出る手段もある…かもしれないが、それは俺が断固として拒否する、いや、せざるを得ない。
「なんだ、もう終わりかね。低学歴クン。」
「このっ…。」
何とか言い返そうとするも、フィーネはガリ勉先輩を追求する二の句が継げずにいた。
すると、頃合いを見計らっていたのであろう…ガリ勉先輩の怒りが爆発した。
「だが…それよりも…君ィ!!!またしても私のことをガリ勉クソ野郎と…そう呼んだね!!!何度言ったら分かるんだあああああ!!!!」
なぜこの人は怒るとここまで知能指数が下がるのだろう、とそう思わずには居られない。
そして、フィーネはと言えば…先輩と同レベルで言い返していた。
「ガリ勉の糞野郎なんだからしょうがないじゃない!!」
「こんのおおおおお、言わせておけばああああ!!!
こうなると…もはや、意味のない言葉の応酬である。
「ハイ!ストップ!!そこまで。」
俺はこの不毛な言い争いを止めるべく、何とか両者の間に割って入った。
そして、まずは物理的にダメージを与えかねないフィーネを鎮めにかかる。
「フィーネ、抑えてくれ。」
「でも、あいつが!!」
「ここで先輩に手を上げたら…それこそ勝てるものも不戦敗にされる。」
「…分かった…。」
それは、彼女も分かっていたのだろう。しぶしぶではあるが、言葉の鉾を収める。
さて、次はガリ勉先輩だ。
俺は頭を下げ、謝罪を申し出る。
「先輩、すみませんでした。ここは俺に免じて許してください。そもそも、先輩はそんな姑息なことせずとも、俺達との勝負には余裕で勝てるんですよね。」
「おや、カンザク。殊勝な心がけじゃないか。その通りなんだね。むしろ、君達程度の人間に対して不正など働いたと思われる以上の屈辱は無いんだね!!」
また名前間違ってるし。だが、先輩も表面上は怒りを収めてくれた。
何となくは分かってきた。この人は自尊心をくすぐってやればチョロい。
そのまま、今回の出来事を収めにかかることにする。
「それなら、お互い今回のことは水に流して、当初の予定通り…売上勝負で白黒つけましょうよ。」
「フン。私は最初からそのつもりだがね。そこの低学歴がイチャモンをつけるからいけないんだね。」
「何を!!」
「フィーネ!!」
俺は再び彼女を抑える。まったく、先輩の無駄な挑発は勘弁して欲しい。
「既に丸焼きは2羽分は売れている。このペースならば早々に君達の負けが確定する。精々足掻いてみるんだね。」
そして、先輩は捨て台詞を吐いてその場を後にした。
俺はその背中にを見つつ、ひとりごちる。
「まぁ、やってみなきゃ分かりませんよ。」
「あああああ!!!ムカつく!!!何なのよアイツは!!」
その場に残されたフィーネがじたんだを踏む。
「まぁ、ガリ勉の人間性は分かっていたことだろ。それよりも、勝つために必要な情報は手に入れたんだ。俺達も帰ろう。」
俺はフィーネを宥める。
すると、彼女にしては珍しく弱気な声で呟いた。
「ねぇ、私達…勝てるんだよね。」
その言葉に、俺は自信満々に頷いてみせる。
「あぁ、間違いない。リーダーを信じろ。」
「うん…分かった。」
たかだか俺の言葉一つが、どこまでフィーネの励ましになったのかは分からない。だが、フィーネは伸びをすると「それじゃ、戻ろうか。」と普段通りの様子で告げたのだった。
これ以上、ガリ勉ブースに居ても得る物は無いだろう。フィーネのその言葉に則り、俺達はその場から去ることにする。
恐らくガリ勉先輩は最も効率よく鳥肉を消費する方法として、丸焼きを選択したのだろう。
俺達が全ての鳥肉を捌くことが出来ないだろうという読みから、細かい商売は避け、とにかく早々に全てを売り切る手段に出た…という訳だ。
恐らくその読みは正しい。平時ならば…。
(だが…ガリ勉先輩。アンタはその油断に足下を掬われることになる。)
フィーネの様子を見て覚悟は決まった。あとは、その時を待つだけだ。
カイルさん…頼みますよ。
なお、道中でガリ勉先輩の絶叫が聞こえてきたのはここだけの話である。
曰く、「コラあああ!!私の旗に卑猥極まりない絵を書いた糞ガキは誰だあああああ!!無能メガネ丸とはなんだああああ!!!!」
俺達は何も聞かなかったことにした。




