置き去り!!ダメ!!絶対!!
「おうおう、派手にやってるな。これじゃあ…あいつらそのものが見世物じゃねぇか。」
カンザキが連れてきた、師匠ことハルゲール氏は広場の入り口を見て、そんな言葉を口にした。
つられるように私も、そちらへと目を向ける。
すると、そこにはある種…予想通りの光景が広がっていた。
ヒートアップするガリ勉先輩、対して慌てふためくカンザキ…そして、それを遠巻きに眺める群衆。
「えぇ、そうですね…。」
私は苦笑しつつ、ハルゲール氏に言葉を返した。
やはりと言ってはなんだが…ガリ勉先輩は相変わらずの様子である。衝突を避けるため、ドルグと早々にブースまで移動してきたのは正解だったようだ。
だが、そのドルグはといえば、バツの悪そうな表情を浮かべている。
「でも、カンザキには気の毒だったんじゃ…。」
厄介な先輩との対峙、そして置き去りにしたことに罪悪感を憶えているのだろう。
私はそんな彼の言葉を、一笑に付した。
「適材適所よ。」
「フィーネは厳しいなぁ。」
彼はそう言って、苦笑いを浮かべる。
私とて罪悪感が無いわけでは無い。
だが、あの場で余計な足止めをくらう人数は少しでも少ない方が良かったことは間違いないだろう。
これは『合理的な判断』というやつなのだ。
まぁ…正直なところ、あのガリ勉クソ野郎の顔を見たくないというのも少々…いや、大分あったのだがそれは言わぬが花。私の心に押し留めておく。
(交渉事もリーダーの仕事よね…多分。)
自身に都合の良い解釈にて結論づけた私は、運搬した器材を見渡した。
持ち込んだのは鉄製の焼台と金網に調味料一式、そして謎の壺と紙の束のみである。
恐らく露店で商売を続けている性質上、氏も常に移動のことは考えているのだろう。
そんな想像を巡らせていた、まさにその時…ハルゲール氏の野太い声が周囲に響いた。
「そんじゃ、お前ら。あの場はカンザキに任せておいて…俺達は準備を始めるぞ。」
「「はい。」」
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(初っ端から酷い目にあった…。)
小1時間程度に渡る嫌味のフルコースから解放された俺は、ようやく我がブースへと辿り着いた。
見れば、既に焼き台の設置は終わり、師匠の手によって下処理の施された鳥肉がトレーに並べられている。
ちゃっかりと抜け出した同期2人+師匠の手によって、その場はすっかり整っているようだった。
(あいつら…やることはしっかりやってるんだよな。)
ガリ勉先輩の元に密かに置き去りにされたことについては、同期2人と師匠に言いたいことは山程ある。しかし…俺が犠牲になることでブースの準備が進んでいるとすれば、中々に文句も言いづらい。
(これは…必要な犠牲なんだ。必要な犠牲なんだ…落ち着け…神崎。)
俺は心を沈めつつ、設置された天幕を潜る。すると、こちらに気付いたフィーネが声をかけてきた。
「あら、遅かったじゃない。」
「おかげさまでな!!」
残念ながら、沈めた筈の怒りは5秒と保たずに爆発した。
「おう、カンザキ。こっちはバッチリだぞ。」
師匠がサムズアップしつつ告げる。
準備万端なのはありがたい。誠に、ありがたい。だが、それを差し引いたとしても、俺の怒りは収まらなかった。
ふと、先程の出来事が脳裏によぎる。
ガリ勉の怒りの導火線に着火した後にエスケープする師匠。
先程もサムズアップしつつ、笑顔で逃亡する師匠。
竹中◯人ばりの勢いで置いてけぼりポンポン…な師匠。
俺は、その事実を追求することを決めた。
「そうですか。ところで師匠、さっき俺のこと…。」
「まー!今朝方には串打ちも下茹でも済ませたからな!」
「いえ、師匠。ですからさっき俺の…。」
「準備も完了した。あとは出番待ちだな。」
「師匠、さっき…。」
「そんじゃ、オメェら。いっちょやるぞ!!」
「し…。」
「「おー!!」」
師匠の呼びかけに盛り上がる同期2人。
「ほら、カンザキも。」
「いや、だから…さっき俺のこと置き去りに…。」
俺の言葉を無視し、手を取るフィーネ。
一緒に声を上げろと、そういうことなのだろう。
だが、俺はその光景に凄まじい既視感を覚えていた。
(あいつら、誤魔化した。今、絶対に誤魔化しただろ。)
釈然としないモノを抱えつつ、俺は声を張り上げた。
「置き去り!!ダメ!!絶対!!」
そして、一斉に目をそらす師匠と同期達。
やっぱり世の中間違ってる!!
「えっと、すみませんハルゲールさん。そう言えばさっき、下茹では済ませた…って…。」
静寂に沈むブースの中、ドルグがふと我に返ったように口を開いた。
「あぁ、それか。そいつはだな……おい!カンザキ。説明してやれ。」
師匠から説明を丸投げされる。
「ったく…ええと。それはだな…。」
内心もやもやしつつも、俺は今朝の出来事を思い返した。
それは早朝、師匠の自宅にて移動の準備を行っている際の出来事である。
不意に俺は師匠から声をかけられた。
「なあ。」
「なんですか。師匠。」
「今日使う鳥肉は、全部支給されんだよな。」
「えぇ、そうです。」
ラフきゅんによれば、全て無償で支給するとのことである。もっとも、同じ社内で有償で支給と言うのもおかしな話だが…。
師匠は続ける。
「そいつの…質はどうなんだ。」
「すみません、分かりません。」
「まぁ、そりゃそうか。」
「えっと、それがどうかしたんですか。」
事前に鳥肉の質については事前に何の説明も無かった。ましてや、あのラフきゅんの手配である。その点については全くの未知数と言えるだろう。
怪訝な表情を浮かべる俺の疑問に、師匠は答える。
「質の悪いホーホー鳥ってのは、そのまま焼くと臭みが出ちまう。だからそういう時には下茹ですると良いんだ。」
「はあ、そうなんですか。じゃあ、師匠は毎日下茹でしてるんですか、大変ですね。」
何となく、俺は言葉を返していた。
だが、その言葉に師匠は目付きを鋭くする。どうやら、癪に障ったようだ。
「この俺の目利きを舐めんじゃねえよ。こちとら毎日、独自のルートで全て最上級品を仕入れてるに決まってんだろ。」
(知らんがな…。)
内心で俺は溜息をつく。言われてみれば昨日下茹でをした記憶は無い。
「そういや、昨日の修行中に下茹でされた肉って無かったですね。」
「おう、分かれば良いんだ。分かれば。」
俺の言葉に頷く師匠。だが、続けて彼はとんでもないことを言い放った。
「それで、だ。カンザキ、悪いんだが…準備は良いから鳥肉を取ってきてくれねえか。」
「えっ…今からですか!?」
確かに今の話を聞く限りでは、今回の勝負については事前に下茹でを行う方が無難な気もする。
しかし、ドルグとフィーネは後から合流する手はずのため、今この場に居るのは俺と師匠の2人だけである。
ともすれば、必然的に鳥肉を俺1人で全て運ばなければならない。
それを知ってか知らずか…神妙な面持ちで頷く師匠。
「世の中間違ってるだろおお!!!!」
俺はその言葉と共に、師匠の家を飛び出した。
かくして俺は、事務所で朝のボイストレーニングを行っていたラフきゅんに土下座し、決戦用の鳥肉を入手。
師匠と2人で串打ち、下茹での工程を直前で終わらせた…というわけである。
「何ていうか…その、お疲れ様。」
「あぁ…ありがとうよ。」
今朝の出来事を説明し終えたドルグから深い一礼。
改めて振り返ると…何だか師匠にはしてやられてばかりだ。
俺は何とはなくそちらへと視線を向ける。師匠と目が合った。
ドキッ!高まる心拍数!!…などとなるはずもなく、こちらに睨みを効かせる師匠。
「あん?なんだよ。」
「いえ、何でも。」
堪らず、目を逸らす。禿げたおっさんと目などあっても全然嬉しくなどない。
願わくば、健全なる男子としては美女と熱い視線を交わしたいものである。
ただでさえ、光魔法を使用する際にはあのハゲ頭が脳裏に浮かぶのだ。
このままいくとノイローゼになりかねない。
すると、そんな俺の様子を見ていたフィーネが静かに笑う。
「あんた、良いように使われてるわね。」
「お前がそれ、言うのかよ…。」
俺は苦笑いを浮かべた。
だが、フィーネはそんなことは意に介さず、真っ直ぐに告げる。
「何はともあれ、お疲れ様。」
「おう。」
「ここからは、私達も戦力になれるから。頼むわよ、リーダー。」
「…おう。」
そう言われてしまっては、やるしか無いだろう。
それから彼女は軽くウィンクし、俺に宣誓を促した。
「それじゃ、カンザキ。気を取り直してビシっと決めなさい。」
「あぁ、わかったよ。」
その言葉に俺は、改めて気合を入れ直す。
すると、さらに背後から衝撃を加えられた。
その衝撃に、俺は堪らずつんのめる。
「痛っ!なんなんだ一体…。」
体制を整え、そちらへと振り返った。
そこには、いつの間にか背後へと移動していたドルグと師匠が笑みを浮かべている。
「さぁ、リーダー。僕達に一言、号令を頼むよ。」
「おう、ビシっと決めてやれや、リーダー。」
どうやら、大男2人から背中に喝を入れられたようだ。
俺はその勢いに重ね、ガリ勉討伐の意志を露わにする。
「いいか。これから、あの憎きガリクソンを奴の土俵で打ち倒す!」
小さく頷く面々。続けて俺は声高に宣言した。
「やってやろうぜ、営業部!!」




