師匠とガリ勉
「フン。まずは逃げ出さなかっただけ、褒めてやるかね。」
ベルディアの街の中央広場へと辿り着いた俺達を待ち受けていたのは、そんなガリ勉先輩の一言だった。
反応に困った俺は、とりあえず頭を下げておく。
「それはどうも、恐縮です。」
「君は…嫌味というものが分からんのかね…。」
先輩にジト目で見られる俺。残念ながら全然嬉しくない。
気まずさに同期達に助けを求めようとするも、ドルグとフィーネは小声で何かを話し合っている。これからの相談だろうか…。
無闇に邪魔するのもよろしくないと思い、俺はとりあえず笑って誤魔化すことにした。
「あ…はは。」
すると、ガリ勉先輩は何かを諦めたようにポツポツと話し始めた。
「とりあえずは、設営が無駄にならなくて良かったとでも言うべきかね。てっきり、尻尾を巻いて逃げ出すものとばかり思っていたんだね。」
その言葉を受け、広場を見渡す。
成る程…中央広場の一角に丸テーブルが8卓前後用意され、そこに椅子が4席程添えられている。最大で32名程度が座ることが出来るようだ。
さらに外縁部にはテントが設置され、調理場と思しきスペースが用意されている。
もっとも、俺達は師匠の調理場を借りるため、その場にはテントと簡素なテーブルと食器類、そして燃料とするための薪があるのみだが…。
見る限りでは少なくとも、設営に関しては抜かりなく行われているのが分かる。
一昨日にラフきゅんの言っていた、『根がクソ真面目だから変なことはしねえ。』という言葉は真実であるように思えた。
これだけの設営を1日で行うのはさぞ、大変だったことだろう。
それこそジョ◯ンニが一晩でやってくれたレベルである。
癪だったが、俺は頭が下がる思いだった。自然と口から言葉が溢れる。
「設営、お疲れ様です。」
その言葉に先輩はフン、と鼻を鳴らすだけであった。
「しかし、どうせ負けると分かっていても…抗う。哀れなんだね。君達、低学歴というのは実に哀れなんだね。…それでこのハゲは一体何なんだね。」
しばしの静寂の後、もはや聞き飽きた感すらある、学歴厨丸出しの挑発一応を行う先輩。
加えて、師匠を指差しつつ質問を投げかけられた。
相変わらず素敵な価値観をお持ちのようだが、そんな先輩でも師匠の存在はスルー出来なかったらしい。
まぁ、見ず知らずの筋骨隆々とした大男がいきなり現われれば、疑問を持つのも当然だろう。
俺はガリ勉先輩に師匠を紹介しようと、口を開きかけた。
だがその瞬間、野太い声が辺りに響く。
「誰がハゲだ。俺にはハルゲールって立派な名前があんだよ。このちんちくりんが。」
そう、俺がそれに答えるよりも早く、師匠は自ら名乗っていたのだ。それも、挑発をしっかりと返しつつ…。
「ち…ちんちくりん」
先程、師匠から言われた言葉をうわ言のように繰り返すガリ勉先輩。
恐らく、煽り耐性ZEROの先輩の怒りのボルテージは現在進行系で爆上げされていることだろう。
導火線に着火したようなものだ。これぞまさしくカム着火インフェルノである。
そして、予想に違わず激昂する先輩。
「ちんちく…りん…だと。き、君ィ!!!」
だが、師匠もここで引くような性格では無いわけで…当然の如く言葉を返す。
「オメェこそ、初対面で人のこといきなりハゲとか言うか?普通。」
「フン、ひと目で分かることを指摘して何が悪い!!」
「それなら、俺がオメェのことをちんちくりんと言うことにも何ら問題はねえよな。」
「だ、だから私のどこがちんちくりんだと言うんだね!!」
「そりゃあ、オメェの外見、全てがだ。」
「このハゲエエエ!!」
ハイ。見事なまでの泥沼。
恐らく、性根から正反対であろう2人は、早くも場外乱闘を繰り広げかねない様子で口論を続ける。
正直なところ、関わりたくないことこの上ない。
だが、このまま放置していくわけにもいかないだろう。
俺は、2人の間に割って入る。
「まぁまぁ師匠。抑えて抑えて。ほら先輩も、どうどう。」
「私を馬扱いするんじゃなああああああい!!!!」
しまった。宥めるつもりが、逆にヒートアップさせてしまった…。
「大体…カ、カンザク!!君は、正体不明のこんなハゲまで場内にいきなり持ち込んで!!何がしたいんだね!?これは脳筋の戦いなのか!?違うだろおおおおお!!!!!」
もはや何を言っているか分からない先輩。おまけに人の名前まで間違えている始末。
そして、一方の師匠はと言えば…やれやれといった様子で、俺にとってあまりにも残酷な言葉を口にした。
曰く、「あーこりゃダメだ。カンザキよ、後はよろしく頼んだぜ。」
「ちょっ!師匠!!」
引き止めようとする俺を華麗に交わし、師匠は早々に調理ブースへと駆けていく。
その眩しい横顔とサムズアップが、今は何よりも憎らしかった。
見れば、フィーネとドルグに至っては既にブースで着々と準備を進めているではないか。
思い返せば…最初からガリ勉先輩と話をしていたのは俺と師匠だけだったような…。
(あいつら…最初から…!)
俺は同期2人に爆発物爆発物の処理をまんまと押し付けられたのだ。
そして今や、1人置き去りにされ…かたやガリ勉先輩は絶賛大爆発中というわけである。
「聞いいいいているのか!?カンザク!!カンザクザク!!ザク!!」
もはや言葉にならない言葉でまくし立てるガリ勉先輩。
(意味が分からない。俺ザクザクしちゃうのかよ。っていうかザクザク五月蝿いよ。量産型モ◯ルスーツかよ。)
俺は心の中でツッコミを入れつつ、ガリ勉先輩の罵詈雑言を一身に受ける。嵐の最中には大人しくするしかないのだ。
それから、先輩が落ち着くまでに時間を要したのは言うまでもないだろう。
「それ…で、あの…ハ…ゲは何なの…だね。」
呼吸を整えながら、先輩は師匠のことを改めてこちらへ問う。
隠していてもしょうがないので、俺は素直にその素性を明かした。
「彼はハルゲールさん。俺達の5人目の助っ人です。」
勿論、伏せるべきところは伏せつつ…だが。
すると、その答えを聞いたガリ勉先輩は怪訝そうな表情を浮かべる。
「あれ、5人…目?おかしい…な。見たところ…君…達は今、4人だよね。」
「はい。」
「もう1人はどうしたん…だね。」
ようやく呼吸が整ってきたであろうガリ勉先輩は意地の悪い笑みを浮かべながら、こちらへと近づいてくる。
俺は怯むこと無く、言葉を返した。
「もう1人は今、戦っています。もっと言えば、それこそが課された任務と言えるわけです。」
「はぁ?君は一体何を言っているんだね。」
先輩はまるで理解出来ないとでも言いたげに首を左右に振った。
続けて、まるで哀れな人物を蔑むかの様な目線を送りつつ、こちらに質問を投げかける。
「それで一応聞いておくとだね…その4人目というのは誰なんだね。」
「カイルさんです。」
俺は頼りになる、我が営業部ホープの名前を口にする。
だが、その答えを聞いた瞬間…盛大にガリ勉先輩は吹き出した。
「あ・わ・れ・!君はあの脳筋戦闘麦酒バカに助けを乞うたというのか。その挙句、見放され当日に間に合わない始末。これを哀れと言わずして、何というのか!!というか、何とか言ったらどうかね!哀れな学歴詐称クン!!」
これまでで一番のディスりようだった。怒ったり笑ったり…忙しい人だ。
だが、ガリ勉先輩の言うとおり…この場に今、カイルさんが居ないことは紛れもない事実でもある。
そして、カイルさんがその時に間に合うかどうかも…。
(止めよう。考え始めたらキリがない。とすれば、今俺がやるべきことは…。)
「大丈夫です。俺はカイルさんを信じていますから。」
俺はただ一言だけガリ勉先輩に告げ、ブースへと向かった。
そう、今はただ…自分に出来ることをやるだけだ。
例のアレがやりたかっただけではないです。
ほんとだよ。




