俺と串焼きと希望の光
GTT作戦の発令から一夜明けた翌日、俺は1人で昼前のベルディアの街へと繰り出していた。
無論、遊ぶためではない。目的の達成のため、とある屋台を探しているのだ。
「確か…この辺りに…。」
記憶を頼りに周囲を見渡す。すると、憎たらしい程に分かりやすくソレは鎮座していた。
視線を向ければ広がるのは圧倒的な反射光。そして、店主たる男性の屈強過ぎる二の腕。
お目当ての串焼き屋台を見つけた俺は、足早にそちらへと向かった。
「へい、らっしゃい。ってぇ…お前はこの前の物乞い野郎じゃねえか。」
「なんて人聞きの悪い…。」
周囲に香ばしい香りの漂う中、串焼き屋台の禿げ店主はどこまでも辛辣だった。
まぁ、過去の経緯を踏まえれば、商売人としては当然の反応…といえなくもないのが痛いところだが…。
「そんで、今日は何の用だ。こちとら…タダでやれるもんはねえぞ。」
そうぶっきら棒に言い放ち、あからさまに嫌そうな表情を浮かべる店主。
恐らく…俺が未だに無一文などと、失敬な想像をしているのだろう。
だが、早々にその考えを否定すべく、俺は懐から金貨を1枚取り出してみせる。
「そう邪険にしないで欲しい。この前は食いそびれたが…金ならあるんだ。」
「ほう、無事初任給は手に入れたってかい。よかったじゃねえか。」
俺の言葉を受け、店主は頬を緩める。
そう、昨日の会議の後…部屋へ戻った俺の元へとヒゲが初任給を支給しにきたのだ。
手渡されたのは金貨5枚。額にして5万リル。初任給5万…。
もし、これが日本であれば労基案件だが、異世界である以上…そうは言っていられない。この与えられた初任給を使い、生きていくしか無いのである。
「そんで、兄ちゃんよ。何にする。もも肉か胸肉か、はたまた手羽を焼いたヤツなんかもあるぜ。ま、ゆっくり見ていってくれや。」
店主の声に、ふと我に返る。
全く、現金なものだ…と思うが、客商売である以上仕方のないことなのかもしれない。
俺はその言葉に頷き、並べられた串焼きを物色する。
遠目には分かりづらいが、肉の大きさは切りそろえられており、外見にそぐわない店主の丁寧な仕事ぶりが伺えた。
「しっかし、どれも美味そうだな。」
自然と、俺の口からは感想がこぼれ出る。
「だろ、ここまで細かく取り扱ってる店はここいらじゃ、俺んとこだけだぜ。」
店主、自信満々にサムズアップ。そして、彼は自らの串焼きにかける想いを語り始めた。
日本であれば当たり前とも言えるその品揃えだが、店主によれば、この界隈においては他の追随を許さない…とのこと。
何が彼をそうさせるのかは分からない…が、その語り口からは確かな職人魂が感じられた。
「凄いな。こだわりってやつか。」
「あぁ、何せ俺にはコレしか無いからな。まぁ、これも何かの縁だ、ちょっとだけならサービスしてやるよ。」
その一言に俺の心が揺さぶられる。
「凄く悩ましいところではある。あるんだが…。」
しかし、ここで安易な方向へと流れてはいけない。串焼きの誘惑を振り払うべく一呼吸置く。
(そうだ…。今日は遊びに街に来たわけじゃないんだ…。)
そして、俺は意を決すると…金貨を高々と掲げ、声高に宣言した。
「だがしかし、生憎と今日は、串焼きを買いに来たんじゃない。」
「あん?何わけの分からんことを言ってんだ。」
訝しげな様子の店主。
俺は『待ってました。』と言わんばかりに、用意していた言葉をぶつける。
「いいか、今日俺が買わせてもらうのはッ…!」
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神崎がベルティアの街で禿げ店主と向き合っている、まさにその時…カイルとダルバインの2名はヒルゲールより指定されたダンジョンの攻略にあたっていた。
「ったく、ヒゲの野郎…こっちの事情も知らないで、独断で担当先変えるとか…ありえねえだろ!」
そんな中、カイルは堪らずボヤく。
昨日まで彼が攻略していた小規模ダンジョンはオルカマディことオカマ氏の担当となり、本日より彼は新規のダンジョン攻略を命じられることとなった。
俗に言う『担当変更』である。
当然、残る攻略は最奥部だけと考えていた彼の目算は大崩れとなった。
「お前さ…このダンジョン…本当に1人で明日の夕方までに攻略出来ると思ってたわけ?」
そして、ダンジョン内に響き渡るもう一つの声。
それは飛びかかるリザードを自らの鎌で薙ぎ払い、カイルを嘲笑するダルバインのものであった。
「あん?うっせえな。やるって後輩共に言っちまったからな。やるしかねえんだよっ!」
対するカイルもまた、背後に迫るもう1匹のリザードを振り向きざまの大剣の一閃にて葬り、言葉を返す。
そして、目先のリザードを片付けた2人は、相も変わらず実りのない言葉の応酬を続けるのだった。
「後先考えねぇからそうなんだよ、バカが。」
「うっせぇ!ってか、お前こそ何で付いてきてるわけ?俺は1人で余裕だって言っただろ。」
「バカがバカなこと言って、バカ共を誑かしてるからだ。」
激しく言葉をぶつけ合う2人。一触即発ともいえる空気である。
しかし、そんなことはモンスターには関係ない、と言わんばかりに物陰から2匹のリザードが姿を現した。
彼等は好機とばかりに、カイル・ダルバインの両名に飛びかかる。
リザード。
その全身は強固な鱗に覆われ、更に4足歩行かつ爬虫類独特の俊敏性を持ち合わせている。その性質から、かのモンスターについては『駆け出しのギルド員ではダメージを与えることすら叶わない。』と言われている。
「バカバカ言い過ぎだぜ、お前。何言ってるかさっぱり分かんねえ…よ!。」
「それは、テメエがバカだから…だ!」
だが、2人は言い争いを続けたまま、それらを各々一撃で葬り去ってみせた。
「それで、どういう風の吹き回しなんだよ。お前がわざわざ俺について来るとは…明日は槍でも降るのかね。」
そして、カイルは大剣を地面に突き立て、改めてダルバインに問いただす。
すると、彼は顔を伏せつつ、呟くように答えた。
「うるせえ…後でアイツらに泣付かれる方が怠いだけだ。」
「ったく、ひねくれ者はこれだから嫌だねえ。」
「テメェ!」
その言葉に反応し、カイルを睨みつけるダルバイン。だが、目線の先のカイルはと言えば口元を緩め、珍しく彼に向けて笑顔を浮かべていた。
やり場のない思いにダルバインは「クソッ!」とだけ吐き捨てる。
そんな中、複数の不快な音が辺りに響いた。
「オイ、バカ。」
「あぁ、こいつは…敵さん、大分気合入れてきたみたいだな。」
2人は気配を察知し、周囲に目を向ける。
空気が漏れ出すかのような独特な音、それは重なり合うリザード達の呼吸音に他ならなかった。
口論を続けている内に、彼等は多数のリザードによって包囲されていたのだ。その数、20は下らないだろう。
「っていうか…オイ…囲まれてんじゃねぇか。だりぃ…。」
「まぁまぁ、困ってる後輩達のため、さっさとトカゲ共を撃退してやろうぜ。」
そう言って、大剣を再び構えるカイル。
「あぁ、怠い。一体、何匹居やがんだよ…。」
そして、愚痴りながらもダルバインも再び鎌で迎撃の体制を取った。
彼等が攻略しているダンジョン、通称『地竜の塔』と呼ばれているソレは、多数のリザードが巣食う5階層からなるタワー型ダンジョンである。そして現在、彼等のいる場所は1階層の中央地付近。まだまだ序盤と言えるだろう。
残る4階層、敵の数と消耗、そして進行のペースを考えると…決して余裕があるとは言い難い状況であった。




