ほうれんそうは甘くない。
「あー!わっかんねー!!何なんだよ。俺達にあって先輩に無いものって。」
「ちょっとカンザキ!うるさいわよ!」
閑散とする事務所内に、俺とフィーネの声が響く。
企画部でラフきゅんにまんまと乗せられてから数刻。俺達は憎きガリクソンをギャフンと言わせるべく、無人の営業事務所で作戦会議を開いていた。
なお、今回は来客用の長机を使い、配置としては俺と2人が向かい合う形となっている。
「何だよ。お前も少しはラフきゅんのヒントのこと考えてくれよ。」
そんな中、どうしてもラフきゅんの残した最後の一言が気に掛かった俺は、先程からそのことを考えていたのだ。
「フン。あんな頭のおかしいオッサンの妄言を真に受けてどうすんのよ。」
ところがフィーネは相変わらずである。下手したら、企画部アレルギーでも羅患しているんじゃないかと思わせる様子だ。
まぁ、その気持も分からんではない。今のところ遭遇する企画部の人員は100%変人と言って差し支えないだろう。
特に俺達に疲労感をもたらす、ラフきゅんの振る舞いを見ていれば彼女の意見に一理あると言えなくもない。
もちろん、そのことは薄々感じていた。
だが俺は、それでも『その一言』をただの妄言と片付けることが出来なかった。
とにかく俺達は危機的な状況にあり、ガリ勉先輩を倒すためには僅かなヒントでも見逃してはならないのだ。そうなれば、彼の言葉の真意を探ることもまた、一つの要点と言えるだろう。
それ故に、俺は彼女に言葉を返す。
「何だと?そりゃそうかもしれないけど。しかしだな…」
「まぁまぁ2人とも、色んな可能性を考えてみようよ。そうすれば…その道のプロにだって勝て…ないこともないかもしれないよ。」
藁をも掴む気持ちで云々と言いかけたところで、ドルグが俺達の間に割って入る。
フィーネは「まぁ、そうかもね。」と言い、矛を収めた。
このままでは俺とフィーネが、また言い争いになるのが分かりきっている。それ故の対応だったのだろう。
その後、部屋は静寂に包まれた。
そして…。
「「「はぁ…。」」」
事務所内に俺達の溜息が満ちていくのだった。
思えば今朝から今まで、ノンストップで色々とありすぎた。
朝礼で披露されたオカマ氏の気色の悪い踊り、ガリ勉先輩の激高、そしてラフきゅんの介入。
そんな中、場所を移しての作戦会議…これは寮に帰ってからの風呂がさぞ気持ち良いことだろう。
(おっと、いけない。帰宅後に現実逃避してどうする。)
慌てて俺は思考をより戻す。
ちなみに、わざわざ営業事務所へと移動してきたことに、そこまで深い理由はない。単純にフィーネとガリ勉先輩を引き離そうと俺が提案をしたのだ。
感謝の一言でもあっていいのでは無いかと思い、チラリと彼女を見る。
だが、返ってくるのは「何よ。」とでも言いたげな冷たい視線だけであった。
(いやー世の中世知辛いなぁ…。異世界だろうと現代日本だろうと…。世知辛い!)
何だかもう…今日はと言えば踏んだり蹴ったりだである。間違いなく厄日だろう。
…俺は内心げんなりとしていた。
そして、そんなことを考えていたからだろうか、ふと全身に気だるさを感じる。
瞼が重くなり、とりあえず今は一旦休みたい…と、そう思った。
それを皮切りに眠気の波が押し寄せてくる。部屋の静寂と相まって、眠気のダブルアタックである。
しかし、ここで眠る訳にはいかない。
今そんな様子を見せてしまえば、後でどんな目に遭うか知れたものでは…な…い。
だが、そ…の…睡魔…には…抗い…がた…く………。
「そう言えば…ガリ勉先輩にバカにされた時に、カンザキ、何か言いかけてたよね。」
そんな、まどろみの最中…ドルグの声に意識を引き戻された。
恐らく俺の様子に気付いた彼が気を使ってくれたのだろう。
俺は、眠気を振り払いつつ何とか答える。
「ん…あぁ…そうだったな。結局、あんな事になったから…言いそびれてた。」
そして、俺は先程の出来事を思い返しながら、言葉を続ける。
「ガリクソンと戦う作戦自体は考えた。だが、まだ何かが足りないんだ。」
「そういや、作戦って言ってたっけ。でもそれなら…」と、ドルグが何かを言いかけようとしたその時である。遮るようにフィーネが俺達に割って入ってきた。
「ちょっと待って。それじゃあ…貴方は作戦を放置して、あの狂った企画部長のどうでもいい発言について考えていたということ?」
流石にラフきゅんが不憫になった俺は一応庇ってみる。
「ま、まぁそうなんだけど…狂った、とかどうでもいい、ってのは上に対して言い過ぎだと思うぞ。うん。」
「そんなことは、それこそどうでもいい。作戦は既に『あった』ってことになるのよね。それと貴方…さっき寝てなかった?一応会議という名目じゃないの?これ。」
フィーネのプレッシャーに押され、コクリと頷く俺。
ごめんなさいラフきゅん。相手にされませんでした。
「いや、作戦はあるにはあるんだが…まだ何か足りないんだって。というか、それさっき言ったよな。あ、あと寝てないって、断じて寝てないって。」
俺はどうにか彼女を納得させるべく、言葉を重ねる。しかし、彼女はと言えば…俯いてただ、一言を呟くのみであった。
「貴方ね…そういう…。」
「へ?なんだって?」
正直よく聞こえなかったので聞き返す。ちなみにバ◯殿では無い。
そんな俺に対しフィーネは、立ち上がるとこちらを一睨み。
そのまま、鮮やかな身のこなしで俺の側面へと回り込む。
「そういうことは先に言ええええ!!!!!」
その言葉とともに顔面から全身へと伝わる衝撃…瞬間、俺の体は宙を舞った。
かい◯んのいちげき。
低姿勢から放った彼女のアッパーは見事に俺の顎へ命中したのだ。おかげさまで、俺の眠気と顎は恐らく木っ端微塵である。その瞬間、何故か時間の流れが酷くゆっくりと感じられた。
そして、床に崩れ落ちる俺。
「これで、少しは目も冷めたでしょ。」
フィーネはそう言って、両手を払っていた。
なお、スローモーションの世界で聞こえてきた、ドルグの言葉は鮮明に記憶に残っている。
「それなら、先に言った方が良かったね。」
(あぁ、その通りだよ。まったく。)
こうして俺は報・連・相の重要さをその身に刻み込まれることとなった。
社会って理不尽だ…。
フィーネの剛拳に俺が沈んでから、一時。
かろうじて意識は繋ぎ止めたが、立ちあがる気力は既に無かった。
そんな状況もあって、俺は死人のごとく床に横たわっている。
(あぁ気持ちいい。床ひんやりして気持ちいい。)
そんなことを思いながら、安息に身を任せていた。
だが、そんな平穏な空間を吹き飛ばすかのごとく、勢い良く事務所のドアが開かれる。
「何だ何だ!すげえ音が聞こえてきたぞ。ってお前ら!?何でここに!?」
続いて、驚愕の声と共に入室してきたのは今まさにダンジョン攻略より帰還したカイルさん、その人でああった。
「「お疲れ様です。」」
それを見たフィーネとドルグは入室してきたカイルさんに『何事もなかったかのごとく』いつも通りの挨拶をする。
「お、おう。お疲れさん。」
そんな彼等に釣られてか、爽やかにいつも通りの挨拶を返すカイルさん。
「今日の成果はどうだったんですか。」
ドルグはダンジョン攻略の成果を尋ねる。これもまた既に『営業部』の日常の一部と化した光景であった。
「今回のは楽勝そうだ、次は最奥部まで行けるんじゃねえかな。」
笑顔のカイルさん。
「流石ですね!」
フィーネはその活躍に目を輝かせる。
気を良くしたのか、カイルさんは豪快に笑った。
「ハッハッハ。まぁ、俺にかかりゃこんなもん…。」
だが、途中でカイルさんの言葉が途切れる。その瞬間…カイルさんと目が合った。
「あ、ども。床いいっすよ床。きもてぃー。カイルさんもどうですか。」
俺はそう言ってアンニュイに手など振ってみる。
フィーネはそんな俺を指差し「報・連・相を怠った者の末路です。」等と説明した。
だが、そんな説明でかの先輩が納得できるはずもなく…。
「って、なんじゃこりゃああああああ!?」
カイルさんは上を向き、吠えた。
「まぁいいや。とりあえず話してみろよ。これも報・連・相だよ。」
カイルさんの手によって、椅子へと運ばれた俺、及びフィーネとドルグは長机を挟んで彼と対峙していた。
当然、あのままカイルさんが引き下がるわけもなく、こうして説明を求められた…という訳だ。
代表して俺が返事をする。
「分かりました…。」
そして、俺達はこれまでの経緯をカイルさんに報告した。
ガリ勉先輩に低学歴云々と因縁をつけられたこと。
自分のクビを賭けたこと。
ラフきゅん主導の下、勝負で白黒つけなければならないこと。
俺達にあって、ガリ勉先輩に無いものがあるということ。
そんな俺達の状況をカイルさんは最後まで真剣に聞いてくれた。
「そんなことで…今非常に困った事態に陥っておりまして…。」
ひとしきり報告をし終えたところで、俺は話を纏めにかかる。
「なるほど。大体状況は理解した。」
すると、彼は大きく一度頷いた。
そして…予想外のことを言い始める。
「よし…俺もお前達の陣営に加わる!」
「「「えぇ!?」」」
突然のことに驚きを隠せない俺達。
「何だよ。不満なのかよ。」
「いえ、そういう訳ではないんですが…カイルさんの未踏破ダンジョン攻略が…。」
ドルグが慌てて誤魔化す。もちろん、彼の意見も正論である。
そもそも、カイルさんは営業部…即ちダンジョン攻略部隊のホープなのだ。当然、その業務に支障をきたすようではヒゲにも申し訳が立たない。
だが、我らが偉大なる先輩は余裕綽々といった様子でドルグの言葉に答えた。
「勝負は明後日だろ。それなら、あの程度のダンジョン…明日には俺一人で攻略してやるよ。」
「え…それ、本当ですか。」
それを聞き、思わず漏れたであろう、フィーネの言葉。
だが、その問いに対してもカイルさんは自信たっぷりに答えた。
「あぁ、俺は約束は守るタイプの男だ。ダンジョンは攻略するし、もちろん、お前らも助ける。」
そうまで言い切ってしまう根拠など、正直なところ俺には分からない。
さらに、今回はあくまで料理での勝負である。
そのため、失礼ながら…カイルさんがどこまで戦力足り得るかは未知数と言えるだろう。
だが、俺はカイルさんのその言葉を信じたい…と強くそう思った。
「それじゃあ…すいません。よろしくお願いします!カイルさん!」
気付けばカイルさんに頭を下げていた。
残る2人もまた彼のその自信に何かを見出したのだろう。
「「よろしくお願いします!!」」
そして、俺達は3人で頭を下げていた。
「おう、任せとけ。何せ…可愛い営業部の新人を虐めるガリ勉には、たっぷりと反省してもらわにゃならんからな。」
そう言うと、右肩を回すカイルさん。
肩慣らしにしてはやや早い気もするが、そこはご愛嬌だろう。
「さて、それじゃまずはお前達の作戦とやらを聞かせてもらおうか!」
こうして、ガリ勉討伐軍に新たな仲間が加わることとなった。
すいません。所用あって遅くなりました…。




