決戦は明後日。
「いいぞ…いいぞ…。熱いぞお前ら!無茶苦茶を言う先輩と、青臭さの残る新人の衝突。これぞまさに…エンターテイメント!!」
木箱の中から現れたラフきゅんは大仰に両手を振り上げ、1人盛り上がっていた。
いや、そもそも箱の中に隠れて盗み聞きとか、どこのス〇ークだよ!と言いたいところである。言わないけど。
「ハッハツハ。最高だぜ!お前ら!!」
そして、呆然とする俺達を他所に、勝手にボルテージを上げていく企画部長殿。放っておけばいつまでも1人で盛り上がっているのでは無いかと思わせる。
ある意味凄いな、この人…と一部感心するものの、流石にこのまま放置するわけにもいくまい。俺は機を見て、ラフきゅんに声をかけようとした…まさにその時である。
「下らない能書きと盛り上がりは結構なので、早く勝負の内容を教えてくれませんか。」
フィーネから冷ややかな一言が放たれた。
唖然とする一同。
一体どんなカウンターが飛んでくるものかと戦々恐々としていた俺達だったが、その反応はひどくあっさりとしたものだった。
「いやいや、下らない…って、嬢ちゃん。一応自分達の進退懸かってるんだぜ。」
やれやれと、呆れるラフきゅん。
少なくとも…失神した彼女を寮まで連れ帰る事態は避けられたようだ。
しかし、一方のフィーネはと言えば「それが何か。」とでも言いたげな表情である。いやー怖い。怒った女の子怖い。
見れば、これには流石のラフきゅんも『はい。お手上げ』と言わんばかりに両手を挙げていた。
「あーはいはい。分かったよ。俺が悪かったよ。」
そして、企画部長兼、進行役兼、みんなのアイドルは早々に説明を開始する。
「いやぁ、怖い怖い。さて、今回の勝負だが…お前達には俺が間違っ…ン゛ン゛…特別に手配した鳥肉を捌いてもらう。」
…何か今、不穏な響きが聞こえた気がしたが…気にしないでおこう。
「その内容は至ってシンプル。何故なら、俺が!今!考えたからだ!」
もはやツッコミどころしかなかった。きっとその点においては、この場の全員の認識は共通していることだろう。だが、そんな俺達の心境を無視し、ラフきゅんは説明を続ける。
「ベルディアではお馴染みの、ホーホー鳥を各10匹分支給する。こいつを煮ても焼いても、構わない。多く売り上げた方が勝者だ。参加人数は各5名まで、妨害は禁止!こいつで各々自分自身の価値とやらを証明してみやがれ!!…お前ら…それでいいよな?な?」
自分のミスを上手いことこちらへ押し付けたような気もするが、それは言わぬが花だろう。
俺達の沈黙を是としたのか、彼は場所と日時の説明へと移る。
「なお、場所はベルディアの街の中央広場。勝負は明後日の昼から日付が変わるまで。会場の設営はこのガリ勉が責任を持って行う!」
「そうそう私が責任を…って、えぇ!?私がやるんですか!?」
そして、ラフきゅんはその指先をガリ勉先輩へと向ける。
突然の無茶振りにたじろぐ先輩。
「大丈夫だって、明日は非番にしてやっから。」
「そ、そういう問題では…。」
「やって、くれるよな?」
そう言ってガリ勉先輩の肩へと、手を置くラフきゅん。
「はい!喜んで!」
その瞬間、態度を一変させた先輩は会場設営を笑顔で引き受けた。
だが、俺は見た。その肩にラフきゅんの指が食い込んでいるのを…。
「…何を、見ているんだね。」
「いえ、別に何も。」
俺は企画部の闇から目を逸らした。
会場設営はガリ勉先輩がやってくれる、その事実だけが大事なのだ。南無。
…ただ、そうなるとありがたい反面、俺達にとっての懸案事項が浮上する。
「すみません。設営をしていただけるのは大変助かるのですが、それだと会場に不平等が生じる恐れが…。」
ちょうど、俺と同じ考えに至ったのであろうドルグが、それを指摘した。
しかし、ガリ勉先輩は自信たっぷりにその考えを否定する。
「失敬な。私が、君達程度の低学歴を相手にするのに、そんな小細工なんかするわけ無いだろう!!」
『失礼なのはどっちだ!』と言いたいところだが、少なくとも不正を働くつもりは無いらしい。
そして、ラフきゅんも笑いながらガリ勉先輩を援護した。
「…だってよ。まぁ、安心しろよ。妨害は禁止って言ったろ。それにこいつは根がクソ真面目だから変なことはしねえ。俺も様子をチェックするつもりだ。」
加えて、こちら側に有利な条件を提案をする。
「なんなら、明日1日はお前ら新人には『準備期間』としてくれてやるよ。ガリ勉が会場設営に追われる中、お前らは自由行動だ。これで文句ねぇだろ。」
「そうですね。そこまで仰るのであれば…。」
ドルグは渋々といった様子で、その申し出を受け入れた。若干の不安は残るが、この1日は大きなアドバンテージだろう。
俺達にも勝機が見え始めた、そう思った。
だが、自身の圧倒的に不利な状況にも関わらず、ガリ勉先輩は不敵な笑みを浮かべている。俺にはそれが不気味でならなかった。
「さてお前ら、この件について質問はあるか。」
勝負の内容を一通り説明した後、場は質問タイムへと移った。
俺達は何点か気になっていたことを確かめる。
「それじゃ早速…鳥以外の物を売ってもいいんですか。」
「構わん。だが、その売上は分けて集計しろよ。結果には反映しないからな。」
「あと、ホーホー鳥ってどういう状態なんですか。」
「丸鶏の状態で支給する。どう使うかは自由だ。」
俺の質問に思ったより真面目に答えてくれたラフきゅん。
どうやら即席の勝負らしく、比較的自由度は高いようだ。俺はラフきゅんに一礼する。
「ありがとうございました。」
「おう。んで、次は何かあるか。」
すると、ドルグが声を上げた。
「では僕からも。器具はこちらで用意しても良いんですか。」
「それも構わんぞ。もし用意できなければ企画部から貸し出してやる。ただ、早めに言えよ。」
器具は持ち込み可、と。
企画部の器具の精度が分からない以上、自分達で用意するのが得策に思える。
だが、そんなツテあるのだろうか…。
ドルグは質問を続ける。
「あと、鳥肉は事前に調理しても構いませんか。」
調理の心得があるのだろうか。彼はそんなことを確かめていた。
「そりゃ、もちろん。下処理しねえと話になんねえだろ。肉は欲しい時に言ってくれ。そんなとこでいいか。」
こちらに対しても真面目な答えが返ってくる。
仕込みに関しては早々に動かなければならない以上、これは助かるだろう。
「はい。ありがとうございました。」
一礼するドルグ。ラフきゅんは謎のサムズアップで答えた。いや、暑苦しいって。
そして、ラフきゅんは「さてと」と言いながらフィーネの方へと向き直った。
「ちなみに、嬢ちゃんは何かねえのか。」
すると、彼女はガリ勉先輩を指差しながらラフきゅんに怒りと疑問をぶつける。
「ではお言葉に甘えて…私達が勝ったら、あの『先輩』はどうなるんですか。」
先輩、の部分をやけに強調するフィーネ。
一方のガリ勉先輩はそのまま、ニヤニヤとしているだけであった。余裕たっぷりである。
ラフきゅんはその様子を見て、ガリ勉先輩に『爆弾発言』を投下した。
「そういや忘れてたわ。ただ、ガリ勉はお前らに負けるようじゃエンターテイナー失格だし、営業部転属でいいだろ。」
すると、フィーネが食って掛かる。
「いや、そんなの不平等じゃないですか。私達は生活かけてるんですよ。」
当然だ、俺達は負ければ晴れて無職コースまっしぐらなのだ。
それに対して…先輩のリスクが『転属だけ』というのでは、納得いくはずもない。
だが、ラフきゅんはそんな俺達の不平を「まぁまぁ」と言いつつ、指先一つで解決してみせる。
「ほれ。」
そう言った彼が指差す先では、自称:ターナーズの頭脳ことガリベールン氏が頭を抱えてブツブツと独り言を呟いていた。
「ぐっ、このターナーズの頭脳こと私が営業部…。そんなもの、死ぬより屈辱的ではないか…。何という侮辱かね…。あり得ないね…。」
どうやら効果覿面のようだ。
もちろん、俺の心境としては『おい。そんなに嫌か。営業は嫌か。ダンジョン攻略が嫌か。オイ、ガリクソンこの野郎。』と非常にやきもきしたのは言うまでもない。
だが、言葉尻を捉えるならば本人にとっては『死ぬより屈辱的』な処分となるらしい。
そんなガリ勉先輩…いや、ガリ勉クソ野郎=ガリクソンの苦悩は続いた。
「しかし待てよ。この勝負に勝てば…いやいやいや、待てよ。私がこの凡夫共にまけることなどありえないのだから。そもそも負けるという仮定に意味が無い。アハハハハ、何も問題ないではないかね!!」
そして、最終的に何故か超ポジティブに振れる先輩。ひょっとしなくてもこの人アホなんじゃないだろうか、などと思わんでもない。
「いやー、ガリ勉やっぱ面白えわ。」
ハッハッハと豪快に笑うラフきゅん。
営業部も中々濃ゆい面子が集まっている気がするが、彼等はそれを凌駕する気がした。
思えばこの異世界。これまで俺が日本で出会ってきた人々とは比べ物にならない程、印象に残る人達ばかりと出会ってきた。
お気軽に人を異世界へ飛ばすくそったれ女神。屈強な男2名を瞬時に気絶させるヒゲの部長。やる気の無さトップクラスの先輩。馬車を飛ばして事故を起こす凄い名前の人。変態メガネ。
それから…重厚な鎧を身に纏い、自らよりも他を優先する騎士になれなかった戦士。強がってはいるが、時々内面の子供っぽさが表に出てきてしまう女剣士。
おまけに、人の話を大して聞かずに所属先を弄ろうとする企画部長…。
俺はこの先も色んな人と出会い、関わっていくこととなるのだろうか…。
何とはなく、そんなことを考えてしまっていた。
そんな思案の中、ふと先程のラフきゅんの言葉が引っ掛かる。
ガリ勉先輩に対し、「転属でいいだろ」と彼は言った。だが、そうなると俺達が今、この企画部に助っ人として参加していることと事情が噛み合わない。
俺は、それとなくラフきゅんに『質問』を投げかけた。
「あの…企画部って今は人材不足なんじゃ。」
すると、ラフきゅんは本気とも冗談ともつかぬ顔で答えた。
「その時には、お前らの誰かに来てもらうさ。正式に…な。」
果たして彼の言葉の真意がどこにあるのか。俺にはそれが分からなかった。
それから数刻、俺達はその場で思いつく限りのことを質問した。
何せ、自分達の生活が掛かってしまっているのだ。必死にならざるを得ない。
終いにはラフきゅんもどこかぐったりとした様子で「お前ら、もうそろそろいいか…。」などと訴えかけてくる。そこで、質問タイムはお開きとなった。
そんな中、意外だったのはガリ勉先輩の動きである。
てっきり、その『クソ真面目』な性格上、俺達同様に上司を質問責めにするものかと思っていたのだが、彼は特に質問をすることもなく、相変わらず嫌味ったらしい笑みを浮かべているだけであった。
だが、兎にも角にも情報は収集した。後は1日分のアドバンテージを活かし、どう先輩を出し抜くか…。それを考えなければならない。
俺は何とか先輩に一泡吹かせるための道筋を思索する。
(ホーホー鳥、いうなればこの世界における鶏的な存在。それが10匹分…。数が限られている以上は安過ぎても高過ぎてもいけない。そうなると、俺達の打つべき手は…。)
そして、その果てに俺は一つの考えを導き出した。
これで、先輩に勝てるかどうかは正直分からない。だが、何もせずただ『負け』を待つよりは遥かにマシだ。
「どう、何か考えついた?」
そんな俺の様子を見かねてか、フィーネが尋ねてくる。
「あぁ、とりあえず俺に考えがある。」
「お!やっぱりカンザキは時々頼りになるね。」
ドルグがにししと笑う。いや、時々って…。
「いいか、作戦はだな…。」
そう、2人に説明をしようとした、その時である。
ガリ勉先輩が顎が外れんばかりに口を開けて大きく笑い声を上げた。
「アッハッハッハッハ。勝てもしない勝負に頭を悩ます学歴詐称者…傑作だね、これは。片腹痛いね。」
改めて思う。このガリクソンは人を煽るのか大変得意なのだな…と。
「そんなの、やってみないと分からないんじゃないですかね。」
流石に頭にきた俺は、顔面を引攣らせながらもガリクソンに反論。すると彼は、待ってましたと言わんばかりにドヤ顔で語り始めた。
「いや、いやいやいや。それは分かりきっているんだよ。何故ならば…この私、ガリベールンが企画部にて運営を任されている施設。それはだね…ククッ。」
言った後のことを考えてか、笑いを堪え切れないガリ勉先輩。
そして、俺達に驚愕の事実を告げた。
「洞窟型ダンジョンを改装した、古代の雰囲気の中で食事を行う事が出来る話題の施設。その名も、洞窟食肉レストラン『ラフ・キューン』なのだから!」
「「「…っな!?」」」
その言葉に俺達3人の表情が驚愕に染まる。
そんなもの、プロと素人の対決ではないか!勝てるはずがない!
あと店名のセンス悪っ!
だが、考えてみれば…そもそもこの場で勝負を提案してきたのはラフ・キューン…じゃなかった、ラフきゅんである。
ひょっとすると、俺達は彼に嵌められたのではないか。そんな疑念が頭を過ぎる。
気付けば俺は企画部長に詰め寄っていた。
「こ、こんなの勝負にならないじゃないですか。」
「だから、ハンデあげたじゃねえか。お前らは1日自由に使えるが、対するガリ勉は一日中、机を並べるだけなんだぜ。」
「いや、だからって…。」
「俺、昨日会った時に言ったよな。その脳みそは飾りかって。」
ラフきゅんのその一言にふと、我に返った。
そうだ…勝負は始まってすらいないのだ。時間はまだ、ある。
俺は両手で頬を軽く叩き、気合を入れ直す。
「すみません。もうちょい頑張ってみます。」
ラフきゅんはその様子を見て、嬉しそうに笑った。
「少しはマシな面になったな。そんじゃまぁ、一つアドバイスしてやるよ。」
そして、バシンと肩を叩かれる俺。
「あるだろう。お前らにあってアイツに無いもの。」
「一体それは…。」
「だーかーらー、テメェで考えてみろよ。それを。」
それだけを言い残し、企画部長ラインフォール氏は去っていった。
「俺達にあって、先輩にはないもの…か。」
一方で残された俺達は、その言葉の意味を考えるのだった。
なお、その後「よっしゃあああ!!誤発注した~鳥が~捌けたあああ!!」などと言い、元気に廊下を駆け回る企画部長の姿が目撃されたという。
しかし、その真偽は定かではない。




