企画部とは選ばれし者達の集まりなのだ!!
「さて、それでは君達の名前を聞こうかね。まずは…そこの土下座の妙にうまい男からだね。」
土下座に機嫌を直したガリ勉先輩は、俺達に自己紹介を促す。
先程の騒動から数刻。廊下でいつまでも騒いでいる訳にも行かず、先輩に誘導された俺達は企画事務所へと場所を移した。
そして、閑散としている事務所の一角で机代わりに大型の木箱を挟んで俺達と先輩が対峙している中、正式に自己紹介を求められた…という訳だ。しかし、一体何が入っているのか…この木箱、軽く蹴ってもびくともしない。
俺達は一礼と共に、簡単に自己紹介を終える。すると、ガリ勉先輩は唐突にこの世界であまり馴染みのない質問を投げかけて来た。
「ところで…君達。最終学歴はどうなっているんだね。」
「へ?」
「だから、学歴を聞いているんだがね。ちなみに私は、かのアージニス大学に在籍していたのだ。」
俺の間抜けなリアクションをよそに、先輩は学歴の話を始めた。
うわっ学歴厨かよ…と思ったのは俺だけでいい。
「私は…地元の訓練校です。」
「僕は騎士養成校です。騎士にはなれませんでしたが…。」
それを聞くと、ガリ勉先輩はやれやれとばかりに両手を上に開いて首を左右に振る。
「ハッ…脳筋ばかりで嫌になるね。騎士養成校?騎士団にでも入れなければ、そこいらの脳筋どもと何ら変わり無いじゃないか。それで土下座の君はどうなんだね。」
「俺…私は大卒ですが。先輩。何か?」
何とも不名誉な呼ばれ方をしてしまった俺だが、これでも大卒である。その点はこの嫌味な先輩にも、キッチリと物申した。
無論、同期連中がここまでコケにされたので腹が立っていたのもあるが…。
「ううむ…。」
すると、ガリ勉先輩は唸りながら怪訝な表情を見せる。
「営業部と言えば、脳筋の巣窟。戦うことにしか能の無い低学歴共の集まりのはずなのだが…ううむ。」
延々と持論を述べつつ、唸る先輩。
堪えてこそいるが、フィーネは今にも「学歴は関係ないでしょう!!」とでも言って爆発しそうである。
しばらく考え込んだ後に、ガリ勉先輩は訝しげに俺に尋ねてきた。
「それで、君はどこの大学出身なのだね?」
「えっと、星応大学ですけど…。」
俺はさも当たり前のごとく、母校の名を口にした。だが…。
「なんだね、その大学は。聞いたことが無いんだよね。」
そう言われてハッとする。
ここは異世界なのだ。当然、日本の大学など存在しようはずもない。
ともすれば…。
「君!まさか、学歴詐称かね!!」
「いや、ちがっ…」
「その前の学歴は!どうなっているんだね!」
「こっ、高校と中学は地元の…。」
「高校?中学?何だねそれは!!君!!やはり学歴詐称で入社したな!!」
そう、学歴詐称という扱いになるのは明白であった。
「…となると、君は未就学児童と同等の扱いということになるね!そうなれば当然…。」
言葉と同時に親指で首を切る仕草をする、ガリ勉先輩。そして…。
「平たく言えば、君はそう…赤ん坊レベルの経歴の持ち主ということになるのだね!!」
やかましい大声で、俺のこの世界における経歴を突きつけた。
ちなみに、後から聞いた話によれば…この世界では中学・高校という区分は無く、初頭訓練校・中等訓練校と各6年間の教育を受けた後にそれぞれ訓練校・騎士養成校・大学へと進学し、各々の進路へと進んでいく…らしい。
しかし、流石に想定外である。まさか異世界に来て学歴厨に引っかかることになるとは思わなかった。
こうして俺は一転、『赤ん坊レベルの経歴の持ち主』となったのである。端的に言って、経歴オール白紙…異世界はやっぱり甘くない!
「さて、流石に赤ん坊をこの場に置いておくわけにはいかないね。」
どうしてくれようか…そう、言いつつ俺の顔を楽しそうに見るガリ勉先輩。その視線からは性格の悪さがにじみ出ているように思える。
一方で俺は、早くもクビ切りの予感に震え、ガリ勉先輩を直視することが出来ずに居た。
(やべえよ…。ここでクビになったら俺はどうやって暮らしていけばいいんだ。ましてや異世界だぞ…。ここから放り出されたら完全に詰みじゃねえか。)
そんな思考がグルグルと頭の中を巡り、背中を大量の冷や汗が流れていく。
端的に言えば『大ピンチ』である。
しかし、そんな中でドルグが口を開く。
「でも、カンザキは大魔導で呪文まで使える人材なんですよ!それをみすみす手放すという判断はあり得ません!」
そう、彼は俺のフォローをしてくれたのだ。
「例え、学歴詐称だったとしても!」
フォローをしてくれた…んだよな…。
「フン、今はダンジョン攻略の話をしているのでは無いんだよね。」
だが、呪文になど興味無いとばかりに鼻で笑う先輩。
「私達の部隊は獲得したダンジョンに如何にして活用するか、それを考えるための部隊なのだね。いわば、このターナーズ・ギルドの頭脳にあたるのだね。」
そして、企画部の自賛を始めた。
「であるからにして、私達は常にギルドに実益をもたらしているのだね。いつ、どこで、どう、利益をもたらすか曖昧ではっきりしない君達、営業部とは違ってね!!」
反論する暇も与えず、まくし立てる先輩。
「つまり、企画部とは選ばれし者達の集まりなのだ!!本来であれば、君達のような低俗な人間には踏み入ることの許されない聖域なのだよ!!」
最後には呼吸を荒げ、そう締めくくった。
ここで一つ、ハッキリとしたことがある。
うちの会社、トップはともかく部署間の仲悪過ぎっ!!
「では、その『選ばれし者達』であり、大層素晴らしい学歴をお持ちであるところの先輩は、もの凄いダンジョン活用をなさっているんですよね。」
静寂で満たされた事務所内に、その声が響き渡った。
見れば、フィーネが笑顔でガリ勉先輩にあらん限りの皮肉をぶつけていた。
この笑顔は…本気で怒っている時のソレだ。
「き、君…。」
一瞬、自分が何を言われたのか分からない様子の先輩が、呆然とフィーネを見る。
「ただ、私達…『選ばれなかった者達』にも言いたいことがございますので、言わせてもらいますね。」
そこで今日一番の笑顔…そしてフィーネは頭を下げた。
「まず最初に、先輩を無視してしまったのは私達が悪かったです。謝ります。ごめんなさい。」
その頭を下げたまま、フィーネは続ける。
「しかしですね…学歴・学歴・学歴…貴方、さっきから五月蝿いのよ!!人のこと、散々馬鹿にしまくって!!実務レベルで学歴で明確な差が出るわけ!?実際その人の価値なんて、その仕事をやってみなければ分からないんじゃないの!?」
勢い良く、頭を上げると…彼女は爆発した。
「大体、会ってまだ1日も経ってないじゃない!!それで一体、貴方に何が分かるっていうの。確かに貴方は大学で勉学に励んだかもしれない。でもその間、私…いや私達だって毎日腕が上がらなくなるまで剣を振ってきたんだ!!」
まぁ…俺は剣振ってないんだけど…それは言わぬが花だろう。
「貴方、頭は良いかもしれないけど…人としては最底辺の人間よ。私からしたら、カンザキ・ドルグの方がよっぽど人としての価値があるわ!このガリ勉クソ野郎!!ガリクソン!!」
最後のは果たして、ガリ勉先輩に効き目があるのか分からないが…このガリ勉をキレさせるには充分であった。
「君、言ったね。今言ったね。ガリ勉…クソ野郎と。」
ブツブツと下を向いて呟くガリ勉先輩。
「そこまで言うなら…やってもらおうじゃないかね!!低学歴と学歴詐称のクズども、その価値の証明を!!私と売上で勝負しろ!!もし負けたら、3人共この会社から去ってもらう!!」
そう、怒気を孕んだ声でフィーネに向かって吐き捨てる。
「望むところですよ。ガリ勉先輩。」
対するフィーネも負けじと、ガリ勉先輩を睨む。
今、この場では不可視の稲妻が互いの目線の先でぶつかり合っていることだろう。
「ま、まぁお二人とも…」
流石にこのまま状況を放置することも出来ず、ドルグが無謀にもその場を抑えようとした、その瞬間である。
聞き覚えのある声と共に、突然、木箱の蓋が上へと吹っ飛んだ。
「こんなところにエンターテイメントォォ!!いやぁ、嬢ちゃん。見直したぜ。」
あっけに取られる俺達を他所に…木箱に隠れていた、その人物は大笑いをしながらゆっくりと立ちあがる。
「そしてガリ勉とオマケに野郎共。お前らも最高だぜ!!」
その全貌はまだ計り知れなかったが、こんな意味不明なことをする人物には1人しか心当たりが無い。
「この勝負、企画部長ラインフォールこと、この俺、ラフきゅんが仕切らせてもらう!!」
木箱から堂々の登場を果たした企画部長ラフきゅん。だが、その名乗りは逆である。
今にして思えば、初日から一波乱巻き起こしてしまった俺達は、助っ人とは程遠い存在であったことだろう。
「なぁ、ところで…さっき誰かに蹴られた気がするんだが…。」
「き、気のせいっすよ!!」
だが、これもまたエンターテイメント…なのである。多分、きっと、おそらく…。