俺の『必殺技』とガリ勉ではない先輩。
唐突過ぎる助っ人要請から一夜明け、朝礼を終えた俺達、新人営業3名はターナーズ・ギルド本部 企画事務所に向けて歩を進めていた。
「それにしても、昨日のヒゲはおっかなかったな。」
「えぇ、そうね。あの屈強に見える企画部長を一撃だものね…。」
「流石はターナーズ営業部長ってところだよね…。」
「はい、そこ。君たち。」
通路を歩きながら、俺達は昨日の出来事を振り返る。
話があまりに急過ぎたこともあり、ゆっくりと考え直す時間も今まで与えられなかった…というのが正直なところである。こうしてその場に居合わせた人物と情報を交換するのは悪くないように思えた。
それは、フィーネとドルグも恐らく同様だったのだろう。2人もまた、各々の見解を述べる。
「流石に気絶まではさせなくても良かったんじゃないかと思ったけど…。」
「アレはスパイ話を俺達にするために気絶させたんだろ。」
「まぁ、普通に考えてそうよね。恐ろしい…。」
「あの、君たち…。」
意図してかどうかは分からないが、ラフきゅんの意識を刈り取った一撃には俺達を脅す効果も十二分にあった。もしこの場が現代日本であれば、俺はその足で労働基準監督署へと猛ダッシュする案件であるが…あいにくとここは異世界である。
そんな都合の良い…もとい、厳正なる機関は存在しない。
それ故に、俺達にヒゲに逆らうという選択肢は与えられなかったのである。
だが、ヒゲのその行動がただの私的事情に拠るものではないこともまた、俺達はどこかで理解していた。
「でも、あれも会社のためを思って…ってことよね。」
「まぁ、企画部に対しての危機感は前からあったんだろうね。」
考え込む様子のフィーネと、どこか遠くを見るような表情のドルグ。
「しかし…手段がなぁ…。もうちょい何とかならんもんか。」
一方の俺はただ、愚痴るのであった。
「君たちいいいいいいいいい!!!!」
すると、突如周囲に響き渡る叫び声。
「うるさいわね!カンザキ!」
フィーネが不快な表情を浮かべ、俺に怒鳴る。
だが、残念ながら朝から絶叫する程の元気は俺にはない。
「なんだよ。俺じゃねえよ。ドルグ、お前か。」
あらぬ容疑をかけられた俺は、もう1人の同期を疑う…が。
「ち、違うよ。人と話している時に突然叫ぶのは、ただの頭のおかしい人だって!」
ドルグは両手を左右に振りながら否定する。
すると、先程の声が再び通路に響き渡る。
「右をみろおお!!!!君たちいいいいいいいいい!!一体どれだけ人を無視したら気が済むんだあああああああ!!」
再度の大音量に対して、漫画のごとく飛び跳ねる俺達。
そして、指摘の通りに横を見ると…そこで『ただの頭のおかしい人』が腕を組んで立っている。
身長は160cm位の男性であり、小柄な背格好とおかっぱヘアー…そして切れ長の目と丸いレンズの眼鏡が俺の脳内にとある言葉を連想させた。
正直、突然奇声を上げるような人と関わりたくは無かったが、そのまま頭のおかしい人を放置するわけにもいかず、俺はしぶしぶ声を掛ける。
「えっと…どうかしましたか。」
「どうもこうも無いんだよね。君達、営業部からの助っ人なんだよね。私はガリベールン、企画部で働いている…いわば君達の先輩にあたるんだよね。つまりは、偉いんだよね。」
そう、彼は俺の想像する『ガリ勉』のイメージ…そのものであった。
「ど、どうも…おはようございます。ガ…ガリベーン先輩。」
俺は突如現れた、謎の先輩にとりあえず頭を下げた。フィーネとドルグもそれに倣う、が。
「君は人のことをナメているのかね!!ガリ勉ではない!!私の名前はガリベールンだ!!」
…つい言葉に出てしまった。
「いいかね!私はガリ勉と、そう呼ばれるのがこの世で2番目にイラつくんだね!」
完全に憤慨している先輩。
何とかこの場を収めるべく、俺は何とか話題を探す…が。
「ちなみに…1番イラつくことは?」
(って…何でそうなる!?)
咄嗟に俺の口から飛び出したのは『煽り』そのものであった。
それに対して、眼鏡を上にクイッとあげるガリ勉先輩。
その仕草がまた、ガリ勉感を一層強く感じさせるのだが…それは言わない約束だろう。
そして、先程の怒りを押さえるかのごとく…ガリ勉先輩は冷静を装い、俺の質問に答えてくれた。(もっとも、肩はプルプルと震えていたが…。)
「1番イラつくこと…それは、存在を無視されることだね。」
正直、その回答に対して悪寒を感じた俺だったが…ここまで来たら確かめる他あるまい。
冷や汗が背中を伝う中、俺は努めて笑顔でガリ勉先輩に確認を取る。
「えっと、ちなみに先輩はいつから…。」
「『それにしても、昨日のヒゲはおっかなかったな。』の辺りから私は君たちを呼んでいたよねえええええええ!?」
先輩は俺の言葉を遮り、こちらへ勢い良く中指を突き立てながら怒声を浴びせてくる。
なんと!俺達はハナから先輩の存在を無視していたようだ。
それにしてもこのガリ勉、キレすぎではなかろうか。カルシウムと乳酸菌の摂取を強く推奨したいところである。
「ハァ…ハァ…。」
今日一番の大声を出したであろう、ガリ勉先輩は肩で息をする。
かくして、俺達は邂逅して瞬く間にガリ勉先輩の怒り項目コンプリート。まさしく役満状態であった。
もし、貰えるものなら景品でも貰いたいところだ。
しかし、現実には…恐らくこのガリ勉もといガリベールン氏からラフきゅんへと話が登り、俺達の評価にも影響を及ぼすのだろう。最悪の場合はヒゲまで話が行くかもしれない。
このガリ勉の声に気付いてさえいれば…と思うもの、もはやアフターフェスティバルである。
だが、まだ希望は潰えては居ない。
このような局面を幾度となく打開してきた『必殺技』が俺にはあった。
見れば、フィーネとドルグも先程からこちらに対して目配せをしている。
そう、今こそ俺の『必殺技』を発動すべき時なのだ。
全てを悟った俺は肩から力を抜くと、緩やかにその体制へと突入する。
床に両膝をつき、腰を滑らかに曲げる。それと同時に両手で三角形を作り、そこに額を当てると床へとこすり付ける。
そして一声。
「申し訳ございませんでした!!」
こうして俺は企画部勤務初日にて、自身の持つ『必殺技』土下座@ジャパニーズスタイルを発動した。
初日にヒゲに披露した土下座とは、クオリティに雲泥の差があるのが自分でも分かる。そう…これは素晴らしい謝意の込められた土下座なのであると。
しかし…それと同時に何故、俺は異世界に来てまで、土下座のクオリティなど上げてしまったのか…という思いがふと湧き上がった。
齢22にして目の前が曇ったのはここだけの話である。




