俺にイオ◯ズンは使えない ④
「失礼致します。」
その掛け声と共に会場へと踏み込んだ俺だったが、眼前に広がる光景には戸惑いを隠せなかった。
部屋の中には老人が3人、魔法使いのコスプレをして座っていたのである。
そのうちの1人から「どうぞ。」と着席を促された。
(この光景は意味不明だが、深く考えるのは後回しだ。)
俺は目の前の状況を無理矢理つばと共に飲み込むと「失礼致します。」と言って着席した。
対面する3人の老人。
見れば机も木製で部屋全体も木製のようであった。
確か…入ったのは雑居ビルのはず…。
どうにも理屈に合わない光景だったが、何とかポジティブに捉えることにした。
(流石、社名にギルドと入れるだけある。ゲーム会社として見ても凄まじい力の入れ具合だ。)
つまるところ…俺は考えるのをやめた。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。」
一呼吸置いてから、左端の老人が切り出し、俺の面接が始まる。
「えー…まず、名前は?」
「か…神崎 大魔導といいます。」
声が少し震える。
「なに!?」「なんという…」「これは…」
当然、俺のフルネームに対して老人達に不穏な空気が漂う。
分かってはいたことだ。だが、どうしても胸が疼くのは抑えることが出来なかった。
そんな俺の様子を見てか、老人達は質問を切り替えた。
「と、とりあえず次の質問へ…」
「おお、そうですな。あなたの強みを教えてください。」
(何というか…意外と普通の質問だな…。)
これなら想定の範囲内である。
俺はこれまでの面接で幾度となく使い回したフレーズを口にする。
「き、切り込み役として、つ…つねに現場の最前線で、と…取り組んでいくことがで…出来ましゅ!」
そんな質問に対しての俺の返答は普通では無かった。噛んだのだ…いよいよ終わった、と思った。
「では、次に。」
「近接戦闘に用いる武器は何ですかな?」
しかし、質問は続いた。だが、その内容が普通では無い。
「あの~…それはモン◯ンか何かのお話でしょうか…それなら斧とか好きです…。」
俺は軽い冗談か何かかと思い、返事をする。
すると…。
「なんと!!斧を使えると!!」「まさか大魔道士ながら前衛も可能とは…!」「なんたる屈強!」
老人達、今日一番のはしゃぎようであった。
(…え…なにこの人達…。)
正直言って、訳がわからない。ゲームの得意武器など聞き出して、一体何を試しているのだろう。
頭の中を様々な憶測が駆け巡る。
だが、そんな中で以前に聞いた話をふと思い出した。
採用する人間が既に決まっている企業の人事が、就活生をからかって遊ぶことがあるのだと…。
そう思うと、唐突に俺の中で老人達に対して沸々と怒りが湧き上がって来た。
そもそもからして、やはりおかしいのだ。
普通の企業の面接官はコスプレなどしないし、オフィスが木製というのも、今の時代そうそうあるものでは無い。面接の案内状だっておかしかった。
やはり俺はこの、頭のイカれたコスプレ老人達にからかわれているのだ。そんなことをするのであれば、仕返しにこのふざけた面接…のようなものをぶち壊して帰ってやりたいと、そう思った。
満足気な老人が、最後にと付け加えて俺に質問をする。
「あなた様の特技を教えてくだされ。」
今しかない。そう思った俺は、かつてモニター上で見た光景をそのままに再現する。
「ィ…イ…イオ◯ズンが、つ…使えます。」
俺の一言は、乾いた一室に響き渡った。
暫しの静寂、そして…
「素晴らしい!!!」
「それは…失われたはずの太古の呪文ッ!!」
「あぁ神よ!我らに素晴らしき賢人をご紹介頂き、感謝致します。」
「「「さあ!見せて下さい!!イオ◯ズンを!!!!」」」
老人達が年甲斐もなく、輝く目をして俺に訴えかけてくる。一体どうしてこうなった…。
まさか、食い付いてくるとは予想外だった。こちとらドン引きである。
だが、自ら発言した以上は何とか言い訳をせねば…。
「も、申し訳ありませんが、少々MPが足りないようでして…」
「それならば私の魔力を分け与えましょうぞ!!」とは右端の老人談。
「へ?」
意味が分からず、俺はただ呆けていたが…。
「ソリャァァァァァァァァァア!!!!」
老人の体から唐突に光が放出される。その光は、直接俺の体へと命中した。
「うわぁぁぁぁぁあ!なんだこれ!いたーーーくない!?」
正直、死んだかと思った。ところが、むしろ内側から力が溢れてくるような…そんな感じがした。
一方の老人はと言うと「こ…これでイ…」と何かを言いかけて気を失い、机へと突っ伏した。
121戦もの選考を戦い抜いた俺だが、魔力(?)を押し付けられ、面接官が失神する事態に遭遇したのは流石に初めてのことだった。
というか…えぇ~…どうすんのこれ。
そして残った老人2人は興奮気味で「さあ、イオ◯ズンを!!さぁ!!さぁ!!大魔導殿!!」とまくし立ててくる。
俺は齢22にして、人生の中で最も『カオス』という言葉を体現した事態に遭遇した。いくら魔力など分け与えられたところで出ないもんは出ないのだ。
ありがた迷惑極りない。
しかし、とにかくこの場を凌がなければ。凌いで家まで帰らなければならない。
「まだ、ま…魔力が足りません…。」
苦し紛れの言い訳だった。凄まじい量の冷や汗が背中を伝う。
だが、この場で他に方法があるとも思えない。
その言い訳を受け、老人二人は互いに頷き合うと…。
「でしたら…私の魔力を!ソイヤァァァァァァァァァア」
またも、謎の魔力らしき力を押し付けてきた。目に見えない力の迸りを感じるが、それが俺にとって何の役にも立たないことは明白だった。
「では…後は頼みました…ぞ。」
そう言って、真ん中の老人も失神する。
気付けば一対一の面接へと移行していた。
気まずい沈黙…。
あぁ…帰りたいなぁ…ふとそんな思いが頭を過ぎった。
「ブッ…アハハハハハギャハハハハハハハ」
すると、唐突に凄まじい笑い声が室内に響いた。見れば、左端に居た老人がそれこそ失神しかねない勢いで爆笑しているではないか。
これ以上はいけない。
そう判断した俺は「失礼します。」とだけ言い残して部屋を出ようとした。
だが、そこにはあるはずの扉は無かった。
「おい!なんだよこれ!!出してくれよ!!誰か誰かーーーー!!」
俺は唯一失神をしなかった老人に詰め寄り…
「おいジジイ!ここから出せ!面接なんて嘘っぱちじゃないか!!」と問い詰めた。
「嘘じゃないわよ」
すると、何もかも見透かしたような老人の目から放たれた女口調の返答。当然、ビビる俺。
しかし、その後にそれ以上の衝撃が俺を待ち受けていた。
なんと、目の前の老人が唐突に消えたかと思うと、先程のスーツ美女がそこに居たのである。
「…え?」
意味がわからずに、気付けば俺も失神した。失神のバーゲンセールである。
そして、これまでの人生で最速で書き上げた履歴書は無駄になった。