これもまた、エンターテイメントだ。
「…は?」
突然の不合格通知に俺の口から間抜けな声が漏れた。
(一体、このおっさんは何を言ってるんだ…。)
何も分からないままに話にならないなどと評され、納得のいかない俺はラフきゅん部長に対して抗議する。
「お言葉を返すようですが、ラインフォール部長。」
「ラフきゅんと呼べ。」
だが、そんな俺に対して『みんなのアイドル』から神速のツッコミが入る。
まさかここまで引っ張るとは思わなかったが、俺は何とかその呼称を回避すべく考えを巡らせる。
「では、企画ぶちょ。」
「ラフきゅんと呼べ。」
…抜け道は残されていなかった。
いいのだろうか。仮にも相手は部長である。そのような呼び方をして本当に許されるのだろうか。
だが、これは本人からの要請であることもまた事実である。ここで応えないようでは更に、失礼にあたるのでは無いだろうか。しかし…だからといって………。
俺は少ない脳みそをフル稼働し、結論を導き出した。
そう、これは乗り越えなければいけない試練なのだ…と。
決意と共に、一歩を踏み出す。そして…。
「ラーフきゅーーーーーーん!!!」
「はいはいはーーい!!!」
俺の叫びと恥を知らない中年男性の返事が、部屋に響き渡った。
「お前、見直したわ。中々いいシャウトだった。」
そう言って俺の肩をバシバシ叩くラフきゅん。その外観から予想される通り一撃が重い。それが連打されるのだから、とても痛い。
どうやらこの会社はカイルさんといい、肩に刺激を与えるのが好きなようだ。
「はは…ありがとうございます…。」
肩の激痛を堪えながら、乾いた返事を返す。
もしかしたら、今日の俺はツイているのかもしれない。
察するに、先程の一幕で、何故か俺はラフきゅんに気に入られたらしい。もっとも、それがこの先プラスに作用するかどうかは分からなかったが…。
そして、ひとしきり俺の肩に対する破壊活動を行ったラフきゅんは興味の矛先を変えた。
「しっかし、残るお前さん達はどうしたもんかね。」
彼は腕を組みながら、フィーネとドルグを交互に見る。
「どうしたと言われましても…何が何だか…。」
苦笑いを浮かべるドルグ。今まで真面目に生きてきたであろう彼にとって、この状況はあまりにも想定外なのだろう。
いや、このふざけ倒した状況については俺も未だに意味分からんけれども…。
「そうですよ。説明が足りなさすぎます。」
フィーネもドルグに同意し、ラフきゅんに食って掛かる。
「まずは、僕達に何を求めているのか明らかにして下さい。その説明も無しに、ただ落第扱いされるのは納得がいきません。」
ドルグは俺達の総意を言葉にした。
そして、フィーネは吐き捨てるように言い放った。
「そもそも、いきなり何だったんですか。何一つとして理解出来ません。」
流石にその態度は…と思ったが、もはや後の祭りである。そんな、混沌な執務室に、静かに…しかし確かな迫力を持ったラフきゅんの声が響いた。
「じゃあ言わせてもらおうか。さっきのフリはとある事情により、お前らの予想外の事態に対する対処を試させてもらったわけだ。」
種明かしをすると、一息つくラフきゅん。先程の無茶振りは何かのテストということなのだろうか。
そんな俺の想像を他所に、彼は説明を続ける。
「で、その結果だが…お前らは何のリアクションも出来なかった。評価としては最低だ。もし、外部から想定外の要望を突きつけられたらどうする。お前らは黙りこくるのか?」
その言葉に、俺達は何も言い返すことが出来ない。
「そんな中でも一応…こいつはさらなる想定外の事態に対して『考えた。』そして、一歩を踏み出した。その結果があのシャウトだ。」
そう言って、ラフきゅんは再びバシバシと俺の肩を叩く。正直、そこまで考えて動いたわけではないのだが…それは言わないでおこう。あと、やっぱり痛い。肩痛い。
「それで、残されたお前ら二人はどうするのか、という話なワケだ。だが、お前らは考えもせずに俺に安易に正解を求めた。何でも答えを与えられないと動けないのか。その頭についてる脳みそは飾りなのか。」
頭を人差し指でコツコツと叩きながら、呆れたように二人にダメ出しをするラフきゅん。
言い方はキツイが、要は自分で考えて動けと、彼はそう言っているのだろう。
見れば、ドルグは顔を伏せ、フィーネはこの理不尽さを自己の中で押し殺すべく、凄まじい形相だった。
下手をすれば一触即発である。
「…。」
場を沈黙が支配する。俺はその空気に耐えかねて床を見つめ続けていた。
「まぁ、そう言うな。これで案外面白い奴らだぞ。」
だが、そんな様子を見かねてか、これまで微動だにしなかったヒゲが俺達の間に割って入ってくる。
ラフきゅんは「ふーん。」とだけ言い、不承不承といった様子でこちらをジロジロと見回す。体格差から、必然的に彼が俺達を見下ろす格好となった。
「そんなもんかね。嬢ちゃんも見た目は悪くないんだが…。」
「なんですか。」
その視線に対し嫌悪感を隠そうともしないフィーネ。自身の身体を庇うような態勢でラフきゅんに鋭い視線を投げかける。
この二人、凄まじく相性悪いんじゃなかろうか…そう、想像するのは容易な状況であった。
「…別に何ってことは無いけどな。」
ラフきゅんはその心情を察してか、それだけ言うと俺達から視線を逸らす。彼はそのままヒゲに詰め寄ると、その肩に腕を掛け内緒話をはじめた。
「おい、本当に、あいつら以外に空いてる人材は居ないのか。」
「…。」
「お互い、カツカツなのは分かるが、あいつらまだ新人だろ。本当に戦力になんのかよ。」
「…。」
「お前な、んな都合良く柔軟な発想なんて出てくるわけねえだろ!」
「…。」
「そう言われちまうと、反論出来ねえな…こっちは人員が足りてないのは確かだ。」
「…。」
「あー!わーったよ!あいつらの教育から始めりゃいいんだろ!男に二言はねえよ!」
最後にはヤケクソ気味なラフきゅんの声が周囲に響いた。まあ、問題は彼の声量が大きすぎて、半分はほぼ丸聞こえということなんだが…。
内緒話を終えたのであろう、ヒゲとラフきゅんは並んでこちらを向く。
すると、二人はその口から揃ってとんでもないことを言い放った。
「唐突だが、貴様らは明日から企画部勤務となった。」
「まぁ、そんなことで明日からお前らはこの俺、ベルディアのアイドル ラフきゅんことラインフォールの元で働いてもらうこととなった。これもまた、エン(縁)ターテイメントだ。ビシバシいくんで、お前ら、よろしく頼むぜ。」
渾身のギャグを言い終えたとばかりにラフきゅんは、一人だけ楽しそうに笑う。
一方で突然の企画部勤務宣言に唖然とする俺達。フィーネもドルグも言いたいことが山程ありそうな顔だが、二の句が継げずにいた。
だが、企画部転属…そう考えてみると、ラフきゅんが俺達を試したことにも納得がいくのである。
それと同時に(それにしても突然すぎる、やっていることがあのクソッタレ女神と同レベルだ。)…と、そう思わずにはいられなかった。
しかし、両部長が合意している以上、俺達にこの決定を覆すことは出来ないだろう。
俺は早々に観念し、現状把握のため、率直な疑問を部長二人にぶつけた。
「えっと…一応自分達は営業部ってことで採用されてますから…それは異動ってことなんですか。」
「いや、そうではない。これは研修の一環という名目である。」
対して、ヒゲは自慢の顎髭を撫でながら、憮然と答える。そして、説明を続けた。
「そもそも、本来であれば早急にダンジョン攻略に慣れてもらう必要のある貴様らが、何故企画部での勤務になったかというとだな…。」
「そいつは俺から説明してやるよ。」
ラフきゅんはヒゲの言葉を遮って今回の事情について説明を始める。その瞬間、ヒゲの額に皺が一つ刻まれたのを俺は見逃さなかった。
「そもそも、事の発端は3週間前の週末だった。その日、俺の部下の二名、ジコールとウッスは馬車で新しいダンジョン施設の設備を整えるため、資材を届ける予定だった。だが、ジコールの馬鹿野郎があろうことか出発時刻を間違えやがったんだ。」
今凄く不吉な名前が聞こえてきた気がするけど…多分、気のせいだろう。
「当然、奴らはその遅れを取り戻すために、馬車を超特急で飛ばした。だが、それを原因に曲がり道で脱輪。奴らは大怪我を負って病院送りになった。」
やっぱり…とは言わないでおく。
「それからは、負傷した二人の穴を埋めるべく、俺達はシフトを変更して運営を行っていた。だが、それを見逃すアイツでは無かったんだ。」
そう言うと、俯くラフきゅん。気のせいか、その手が震えているように見えた。
企画部長をここまで追い詰めるアイツは一体何者か。俺達はその続きを、恐る恐る待つのだった。
そして、ラフきゅんは顔を上げると…。
「そう、あの意地悪メガネが『今月はこれ以上の残業は許さないよ、ラフきゅん。』とかふざけたこと抜かしやがったんだ!おかげで企画部はおしまいだ!!」
意地悪メガネ…その響きがどこかに引っかかったが、喚き立てるラフきゅんによってその思考は中断された。
「なぁ、お前らも酷いと思わねえか!俺らは会社のために頑張ろうとしてるのによ!その心意気をアイツは鼻で笑いやがるんだ。こんな理不尽なはな…」
「やかましいわ!!」
先程の調子のまま、喚き続けるラフきゅんだったが、その首筋を目掛けてヒゲが手刀を一閃。不意に場に静寂が訪れた。
哀れ、みんなのアイドル、ラフきゅんは泡を吹いて白目を剥いている。
そんな、ファン(居るかどうかは不明だが…。)絶叫間違いなしの状況を無視してヒゲは無理矢理にその場をまとめにかかる。
「とまぁ、そんな事情で貴様らは研修という名目のもと、企画部の助っ人として働いてもらうこととなった。期限は…分からん。怪我を負った二名が復帰するまでだ。以上、質問はあるか。」
「「「いえ、ございません。」」」
俺達は背筋をいつも以上に伸ばし、企画部での勤務を承諾した。




