話にならない俺達とみんなのアイドル ラフきゅん
株式会社 ターナーズ・ギルド。
営業・企画・事務の3部門から成り、従業員数は約100名。
大陸中央部、ベルディアの街に本拠地を置き、攻略済の大型ダンジョンは10を保有。業界では名の知れたギルドであり、俺こと神崎 大魔導にとっての異世界での就職先でもある。
ド腐れ女神のせいで異世界に飛ばされた俺は、紆余曲折ありつつもこのギルドの営業部でダンジョン攻略という労働に勤しんでいた。
そんな、ターナーズ・ギルドであるが、業界に於いてはその最大の特徴もまた公然のものとなっているのである。
その特徴とは…。
「諸君!会社に対して言いたいことは山程あるだろうが、そんな時は我が社の信条を思い出して欲しい。さぁ、何だ。言ってみろ!オルカマディ!」
営業部恒例の朝礼の中、事務所に集まった営業部諸氏の正面に立つヒゲことヒルゲール部長の声が響き渡った。
普段であれば、とうに終わっているはずの朝礼だが、今朝は最後に『ありがたいお言葉』があるとのことで、営業部全員がその場に残っているのだ。
指名されたオルカマディさんは腰をくねらせながら答える。
「部長。それはぁ~…少数精鋭ですわ!」
朝から嫌なモノを見てしまったと言わんばかりに目を伏せる営業部の面々。俺もその例に漏れず、目を伏せていた。
(強烈過ぎるわ!)
彼もまた、営業部の先輩社員である。新人歓迎会で危険発言をしていた人物の一人であり、完全にそっち系の人であった。そんな彼につけられたあだ名はオカマ氏。なんともギリギリな匂いのする名前である。
だが、そんな彼も戦いに関しては間違いなくプロフェッショナルとの専らの評判である。端的に表すならば『よく分からん人』に他ならない。
(しかし、一体『彼』と『彼女』どちらで表現すれば良いのだろう…。)
そんなことを考えている間も彼は、腰の動きを止めなかった。心なしか「あぁ、部長が見ている。ワタクシの腰つきを!」などと独り言を呟くのも聞こえてきた気がする。
ヒゲは顔を右手で押さえつつ、続ける。
「うむ、言い方は0点だがその通りだ。本日よりフィーネ・ドルグ・カンザキの3名は企画部での勤務となる。あと、その腰の動きを止めろ、貴様ァ!!」
ついにおぞましい光景に耐えかねたヒゲがオカマ氏を怒鳴りつける。
「「「はい。」」」
「はぁ~い。」
返答をする俺達と腰を止めたオカマ氏。
…自分達まで怒られた気分になった俺達三人であったが、そこはグッと堪える。
一方、ヒゲは気を取り直して…と言わんばかりにこちらを改めて見回すと、声を張り上げた。
「各員、人数が減ることになるがそんな時は我が社の信条を思い出すこと。そして、新人三名は…僅かでも構わん。企画部の運営を多少なりともマトモにしてくるのだ!」
「「「「はい。」」」」
部下達の返事に最後には満足気に頷き、ヒゲは『ありがたいお言葉』を締めた。
「以上、解散!!」
その言葉を皮切りに、それぞれ散っていく営業部の面々。
そう、㈱ターナーズ・ギルドの最大の特徴、それは『少数精鋭』…ではなく企画部の担当するダンジョン活用の“まずさ”なのであった。
そして、今回俺と同期であり同じく新人であるところのフィーネ、ドルグの新人三名に与えられた使命は『僅かでも企画部を改善すること。』であった。
話は昨日まで遡る。
紆余曲折を経て、ダルイ先輩から無事同行をの許可を得た俺は先輩方とダンジョンを回り、魔法を用いてそのサポートを行っていた。
専ら…それが洞窟型ダンジョンばかりだったためにフィーネからは土竜呼ばわりされたりもしたが、至って順調な日々だったと言えるだろう。
そして、気付けば入社から一ヶ月が経過していた。
あとは今月末の初任給を待つばかりだと、そう思っていた。
だが、そんな日常は唐突に終わりを告げることになる。
昨日、俺とフィーネとドルグは突然、ヒゲに呼び出された。
曰く「しばらくしたら、三人で執務室へと来て欲しい。」とのことである。
その指示に従い…数刻経った後に「失礼します。」と執務室のドアを潜ると、そこにはヒゲ部長の他にもう一人、見覚えの無い人物がこちらに背を向けていた。
身長は190cmはあるだろうか…。かなりのガタイの良い男性である。
背後からでは、その形相は分からなかったが相当な強者であることが予想された。
そして、大男の向かい立つヒゲは俺達の存在に気付くと、こちらに声を掛けてきた。
「来たか。突然呼び出して済まなかったな。」
「いえ…ところでそちらの方は?」
ヒゲにそう問いかけると大男が振り返る。その外観から最初に抱いた印象は…。
(うわ…暑苦しい。)
まず目に付くのは日に焼けた肌と鍛え抜かれた筋肉。そして太い眉毛と、見事なまでに磨き抜かれた白い歯…その他諸々、暑苦しそうな印象を列挙すればキリが無かった。
彼はこちらを一瞥すると、やや神妙な面持ちで自己紹介を始めた。
「はじめまして。俺の名は、ラインフォール。この会社で企画部長を勤めさせてもらっている。…とまぁ、堅苦しい挨拶はこの辺にしようか…。」
その口からは、外見の予想に違わず中々に渋い声が発せられる。彼は簡単な自己紹介を終えた後、一呼吸とばかりにオホンと咳払いをした。
執務室に緊張が走る。俺達は生唾を飲み込んだ。
だが、その次に執務室に響き渡るのは酷く陽気なはずんだ声であった。
「やっほー!みんなのアイドル、ラフきゅんだよ!さぁ、君達も呼んでみようか!」
大げさな身振り手振りを交え、ラインフォール氏はこちらへと向かって手の平を突き出す。
言ってみろと、そういうことだろうか…。
「せーの!」
さらに促すかのごとく、掛け声を出すラインフォール氏。
「ラーフきゅーん!!!」
だが、促進も虚しく部屋には『ラフきゅん』本人の声だけが大きく響き渡る。
「…。」
そして、静寂。すると、自称みんなのアイドルことラフきゅんはフィーネに近付いてきた。
彼女の方を見れば、成る程、ドン引きである。
その様子を見た『ラフきゅん』は手に耳を当てると再度、謎の呼び掛けを行なう。
「そこのお嬢さんはどうしたのかな?さあ、言ってごらん。ラーフきゅーん。」
一方のフィーネはと言えば、逃れ得ないこの状況を受け入れつつあり、死んだ魚のような目でラフきゅんを見ていた。
「さぁ、もう一回。さんはい!」
「…らふきゅーん…」
抑揚の一切ない、感情の死んだフィーネの声が周囲に漏れた。相も変わらず、目もまた死んでいる。
この時、俺は確信した。いま、この場で俺達3人の気持ちは間違いなく一致していると。
(このおっさん…う、うぜえ…。)
「…。」
そんな、“うざい”ラフきゅんの方を見ると、彼は下を向いて固まっていた。よっぽどフィーネにあしらわれたのがショックだったのだろうか。
ある種の同情を禁じ得ず、俺はラフきゅんに声を掛けようとした、だがその時、彼は俯いたままヒゲ部長に対して言葉を漏らす。
「なぁ、ヒゲよ…人を借りようとしといて悪いんだがよ。」
次に、顔を上げるとこちらを見て吐き捨てるように言った。
「駄目だ。こいつら話になんねぇよ。」
第2部スタートです。
今までとは毛色の違うお話ですが、お付き合い頂ければ幸いです。




