有能メガネ連隊、結束する。
「さぁ、有能メガネ3号!今こそ君の力を見せる時が来たのだ!」
「頑張るのです。今のままでは…貴方に有能を名乗る資格などありませんよ。」
週末の昼下がり、人気のないベルディア10番街の裏路地に赤ローブにド派手なメガネをかけた輩、有能メガネ1号・2号の声が響き渡る。
彼女達に見守られながら、俺は光魔法を発動するべく手をかざしていた。
手元に魔力を集めて…光魔法を発動する…。
「はああああ、光よ!」
…しかし、なにもおこらなかった。
「やっぱ全然分かんねえよ。適性はあるって言われてるのにな…。」
あの、クソッタレ女神の言葉を信じるなら…だが。
衝撃的な出会いから数刻。まずは一度、特訓の成果を見せてみろと言われた俺は、光魔法に改めて挑戦してみたものの…結果はご覧の有様だった。
分かってはいたが、『この4日間で全く進歩が無い。』という事実を改めて突きつけられ、早くも心が挫けそうになる。
「まったくなっておらんな。まずは、精神を集中するのだ。」
「次に、魔法の実行に必要なものは明確な完成のイメージです。さぁ光る球をイメージするのです。」
すると、そんな俺を見かねてか…1号・2号は助言をくれる。
魔法についての明確なヒントを得た俺には、目からウロコの情報であった。
思えば、今までは何となく光と魔力を手の平に集中させようとだけしており、魔法の完成形についての明確なイメージを持つことは出来ていなかったような気がする…。
「なるほど…光る球のイメージか…ありがとよ。」
今、ようやく彼女達のおかげでスタートラインに立てたようだ。
「なに、我々…同行の志ではないか。」
「そうですよ、有能メガネ3号。」
そして、俺の感謝の言葉に対して…気にするな。とばかりに笑顔で告げる、有能メガネ1号・2号。
そんな彼女たちに、俺は目元が熱くなるのを感じた。
「そうだよな!俺達の仲だもんな!」
「そうだそうだ。」「そうですよ。」
ハッハッハとその場で笑う三人。
そう、今この場において俺達、有能メガネ連隊には確かな絆が芽生えていた。
「我々」
「有能メガネに」
「乗り越えられない」
「「「壁はない!!!」」」
そしてお決まりの決めポーズ。
「…って、やってられるかあああ!!」
ノリツッコミの勢いに任せて、俺はかけていた趣味の悪い蝶形のメガネを地面に叩きつけた。
「なっ…何をするのです!それは無能の行いですよ!」
「このメガネのセンスが分からないだと!?君…それでも人間か!?」
「うるせえ!こんな恥ずかしいメガネかけて人様の前へ出られるか!」
ひどい言われようだった。だが、あんな趣味の悪い眼鏡を付けて暮らすなど…想像するだけでも恐ろしい。
「大体、1回かけてみるだけ…って話だったじゃねえか!」
声を大にし、抗議の意を口にする。
そもそも…何故あんなメガネをかける羽目になったかといえば、話はしばらく前に遡る。
俺は有能メガネ共から取引を持ちかけられたのだ。
曰く、「光魔法を教えるから、1回、1回だけでいいからこのメガネをかけてくれ。」「一度かけたら、もう病み付きになって外せませんよ。」「そうなれば、晴れて我々の同士だ。」…とまぁ、こんな具合である。
しぶしぶその取引に乗ったのだが…やはり、あの趣味の悪いメガネには耐えられなかった。
「…でも、途中まで乗り気だったのですよ…。」
「シャラップ!」
危うく、その場のノリで流されそうになった…かもしれないが…。
「とにかく、変態メガネをかけたのだから…約束は果たしたぞ!」
「はいはい、そうでございますね。無能様。」
「まったく、我々の風上にも置けぬよ。無能め。」
「クソ…何だこの態度の差は…。」
どうにも釈然としないが、俺は再度、光魔法の特訓に勤しむことにした。
「光魔法の完成形…ねぇ。」
2号から『明確な完成のイメージ』が必要と言われた俺は、必死に記憶の糸を辿る。
あれは初めてロリ店主の店を訪れた時。薄暗い店内で見た光球のイメージ…。
だが…。
「やっぱ…明確には思い出せないよな。」
周囲をこれでもかと照らした後に、ロリ店主が光球のサイズを縮め、光量の調整を行ったことは覚えている。しかし、その核となる部分を明確にイメージすることは出来なかった。
「あくまで…光球がぼんやりと周囲を照らすイメージしか思い出せない…。」
恥ずかしい話だが、ようやく明確なヒントを得てなお…俺は苦戦していた。
すると、2号は苦悩する俺を他所に軽々と手の平に光球を作ってみせた。
「こんな感じでしょうか。」
「…すげえな。」
思わず俺は、感嘆の台詞を漏らす。
だが…。
「別に…素養のある者なら5歳程度で発動出来る者もいますので。」
「つまるところ…君は才能ある5歳児以下と、こういうわけだな。」
1号がフフッと笑いをこらえながらこちらを指差す。
「うるせえ。」
有能メガネ達は辛辣だった。思わずちょっと涙ぐむ。
すると、「すまんすまん。」と1号は俺の肩をポンポンと叩きながら続けた。
「ただ、世の中には全く魔法の才能の無い者も居るからな。」
「適性ってやつか。」
うむ。と頷く1号。
俺は何となく、フィーネのことを思い出して一人申し訳ない気分になった。
(憧れがあっても、適性が追いつかない人間も居るんだよな…。)
「だが、君には素養があるのだろう?」
俺の思索を遮り、1号は何故だか嬉しそうに尋ねてくる。
「女神様の言うとおり…ならな。」
現実へと引き戻された俺は、ありのままの返事をする…が。
「…頭大丈夫か。君は。」
1号・2号が可哀想な人を見る目でこちらを見ていた。
「お前に言われたかねえよ!!」
空高く、ツッコミの声がこだました。
「光球についての想像が難しければ…代替のものを想像すれば良いのではないでしょうか。」
有能メガネ2号がそんなことを言い出した頃、既に周囲には夕闇の帳が降り始めていた。
あれから幾度となく光魔法の実行を試みたものの、一度も成功することなく時間だけが過ぎている。
端的に言って、俺は無能だった。
「なるほど…流石だ、2号!君は有能か!」
「はい。おっしゃる通り、私は有能かと思います。」
「まったく、大したモノだ!」
「えぇ、大したものですよね。」
ハッハッハと笑う、有能メガネ連隊こと変質者2名。
「あのー…そろそろよろしいでしょうか…。」
流石にここまで長く突き合わせてしまい、強くは言えなかったが…そろそろうぜえ!
「あぁすまない、無能君。」
「申し訳ありません。無能さん。」
こちらを振り返り、謝罪する有能メガネ連隊。
「…はい。」
まぁ、何も言えない…よね。
「それじゃあ、早速…。」
言うが早いか…俺は目を瞑り、精神を集中。魔力の流れを意識しつつ、光球の代替物を想像する。
まずは…光魔法を閉じ込めるためのマジックランタン。
形状は元の世界のランタンと良く似ており、縁に何か意匠が施されていたような…気がする。どうしてもそこまで詳細には思い出せないが…。
「…どうだ?」
光球が出せたかどうか、二人に確認を取る。
精神を集中するためには現状、目を瞑る必要があり、そうなると誰かに見て貰わなければならないのだ。
「駄目だな。」
「駄目ですね。」
やはり、現実は残酷だった。
だが、もはやリミットは明日なのだ。足踏みばかりしているわけにもいかない。
「クソ…次だ。」
だが…そこで、ふと俺は思い至る。
(待てよ…光る球に近いものであれば、何もこの世界のモノで無くとも良いのではないだろうか…そう、例えば電球…!)
見知ったものであれば、それだけイメージも容易である。
再び俺は、目を瞑り、精神を集中。
指先に魔力を集め…かつて少年の折に授業で取り扱った白熱電球を想像する。
そう、内部構造は細長いフィラメントが発光していたはず…これなら詳細までイメージが出来る!
「今度は…どうだ…?」
「…やったぞ。」
「…やりました。」
その声を聞き、俺は目を開く。すると…。
「おお…光ってる!?って…小っさ!!」
髪の毛位の光の線が手の上で、僅かな光を発していた。
「確かにやりましたが…これでは実用は…。」
「…難しいと言わざるをえない…。」
そうこうしている内に、手の平の光は消えてしまった。
今回は逆に、詳細過ぎるイメージを思い浮かべてしまったが故の失敗だろう。
(小中学校の授業で使った白熱電球…いわゆる豆電球だもんなぁ…。)
とても豆電球程度では洞窟内を照らすことは出来ないということだろう。
だが…。
「これ、あと一歩なんじゃないの!?」
「はい、その通りです。」
「よっしゃあ!!ゴールまであと一歩だ、見てろよメガネ共!」
俺にとっては大きな前進であった。
(あとは光球の大きさをどうにか出来れば…。)
そうは思うものの、電球以上の詳細な光球のイメージなど浮かばなかった…。
だが…何か探さなければ…。
「ダメだ…考えてても始まらない。とにかく実戦だ。」
俺は再び、まぶたを閉じて精神を集中。手に力を集中させた。
「そう言えば…そろそろ夕飯時ではないか、2号。」
「ですね。」
何か…何か無いか。
(そう言えば、腹減ったな。今日は昼食抜きだし…っていかんいかん、集中だ!)
(LEDライトは…何だあれ、どう光ってるんだよ。全然分からねえ…。)
「今日の夕飯はなんだろうか。私は肉が食べたい。」
「事前のリサーチによると、ホーホー鳥の串焼きのようです。」
(太陽は…核融合だっけか?無理だ…これはスケールが大き過ぎてイメージどころの話じゃ無い…。)
何か…。
「何!?串焼きだと!?ならば…この雑事をさっさと終わらせて麦酒を調達しなければ!!」
「その通りですね。ほれ頑張りなさい、無能さん。」
何…。
(串…焼き…?)
その響きは、俺の脳裏にこびりついて離れなかった。
(くそっ…いかんいかん…奴らの会話に引き込まれ…ッ!?)
だが、俺の脳裏に浮かぶのはまず、先程まで想像していた太陽…次に昼間の露店で売られていた串焼き…そして、店主の…。
(ハゲ頭…!?)
「ぐっ…これは…」
「ま…眩しい。光量を落とすのです!」
その瞬間、二人の有能メガネはうめき声を上げていた。
「えっ…うおっ!まぶしっ!!」
そして、事態を確認すべく開いた俺の目にも、その光は容赦なく飛び込んできた。
慌てて魔力の供給を止めると、周囲はまた夕闇に覆われている。
「マ…マジかよ…。」
自分自身、先程の出来事が信じられずに手を握っては開く。
(これが想像力の力ということ…なのか…?)
「い、一体何を想像したんですか!」
「よほど具体的で的確なイメージだったのだろうな。」
すると、1号・2号が興味津津といった様子で近寄ってきた。
「そ…それはだな。」
だが、俺のちっぽけなプライドが真実を口にすることを拒む。
(い…言えない。出店のオヤジのハゲ頭などとは…。)
「「それは??」」
「ご…後光だ!!」
嘘は言っていない…だが。
「相変わらず、何を言っているか分からんな。無能君は。」
「やはり、頭がおかしいものと思われます。矯正のためにこの素敵な有能メガネを…。」
「お前らに言われたくねえ!!って、オイコラ!無理矢理かけようとするんじゃねえ!!」
やっぱり、有能メガネ共には馬鹿にされた。
何はともあれ…こうして俺は光魔法を発動する術を得たのである。
街の屋台の店主のハゲ頭をトリガーに…。
「って…どうして、こうなった!?」




