そして今宵も…
「お疲れ様です。」
そう言って、酒場のドアを開けた俺を待っていたのは…。
「おう!お疲れ様。酒は幾らでもあるぞ!!」「あんた!!主賓のくせに遅いわよ!」「お?お?社長と何話したのかな?首切られたのかな?」「よさんか!!馬鹿者!!」「それならワタクシの召使いとして雇ってあげてもいいわよん?」「自重しろよ…カマホモ野郎…怠いんだよ。」「あぁ!?…おい、テメェ…外出ろよ。あぁん!?」
…。
思い思いの挨拶(?)を返してくれる営業部の先輩方だった。あの時、手渡されたメモは、やはりと言うべきか…飲み会の通知だったのだ。
既に場は大分盛り上がっており、先日の新人歓迎会とほぼ変わらない面子が揃っているように見える。
「正直、俺が居ようが居まいが、変わらないじゃん。コレ。」
そうも、ボヤきたくもなる状況であった。
そんな中、立ち尽くしていた俺にドルグが声を掛けてくれる。
「やぁ、お疲れ様。」
「お疲れ様。それで、これは一体、何なんだ。」
「新人研修お疲れ様会兼、カンザキ復帰おめでとう会…だってさ。」
そう言って、苦笑するドルグ。
「滅茶苦茶じゃないか…。」
嘆息する俺。要は…酒が飲みたいだけで、理由など彼らにとっては何でもいいのだ。
「何でも、ダルバイン先輩が部長を抱き込んだから、社内行事という体で、今回は経費で精算出来るらしいよ…。」
ダルイ先輩、恐るべき手際だった。しかし、経費で落ちるのならば飲み食いしなければ損と言うものだろう。
「やるじゃん、先輩。」
「まぁ、立話も何だし…とりあえず座ろっか。」
ドルグに促され、向かい合う形で着席する。そして、店員に麦酒を注文すると、電光石火の速さで酒が提供された。
「恐ろしい速さだな…。」
「この速さがあるからこそ、うちのギルドの飲み会はいつもここで開かれるらしいよ。」
なるほど、お得意様というやつか。
「そういや、フィーネはどこ行った?」
ふと、気になった俺はドルグに尋ねると、徐に後ろを指差す。
振り返るとそこには…。
「何よ!あんた、私のこと呼んだ?呼んだわよね?呼んだわ間違いなく。」
すっかり出来上がったフィーネがそこに居た。フラつきながらも、俺の隣へと座り込む。
「うわ、めんどくさ…。」
思わず、目をそらす俺。
「めんどくさい、って何よ。あんた…あんたねぇ、私がどれだけ心配したと…ねぇ!ドルグあんたからも言ってやりなさい。ねえ!」
「はいはい、大変だったね。」
よしよし、とフィーネをあやすドルグ。
「な、何すんのよ!あんた達、分かってるの?私、歴とした大人なのよ!分かってるの?ねえ!私…は…だれ……に……。」
いよいよ、酔いが回ったのだろう。俺にもたれ掛かる様にして、彼女は眠っていた。
余りの展開の速さに唖然とするが、一方で体内の血が沸騰するように感じた。あらぬ妄想が脳内を駆け巡ったのはここだけの話だ。
だが、鼻腔をくすぐるアルコールの匂いで何とか冷静さを取り戻した。
そう、ただこいつは酔っ払っているだけなのだ…。
「幼児か、お前は…。」
人知れず呟く俺の愚痴は、しかし本人に届くことは無かった。
「ドルグ…なぁ…どうしようこれ。」
「諦めて、暫くそのままで居たらいいんじゃない。」
「はぁ…。」
なんと、世の中は無情だ。静かな寝息が聞こえてくる。そして…。
「…おとう…さま。」
喧騒の中、耳元で彼女がそう寝言を呟くのが聞こえた。
「よう、カンザキ!お疲れさん!そして、俺参上!」
俺がフィーネに寄りかかられていると、そこへカイルさんが参上なさった。
「あ、どうもです。カイルさん。」
「おお、早速同期を手篭めにしちまうとは…恐るべき手の速さだな。」
フィーネを見ながらニヤけるカイルさん。
「冗談はよして下さい。」
俺は手振りで軽く否定をする。
「しかし、起きる気配が全く無いね。」
ドルグは酔いつぶれたフィーネの顔を覗き込みながら、思ったままの感想を口にする。
「自分からハイペースでいったのか、或いは悪い上司に飲まされでもしたのか…。」
寄りかかられた左肩を何とか調整しつつ、何となく頭に浮かんだことを話す。
「しかし、ひでえ先輩も居たもんだな。」
そして、やれやれ…といった風体のカイルさん。
「まぁ、一緒に飲んでたの…俺なんだけどな。」
彼は、一呼吸置いて自白をした。
「「あんたか!犯人は!!」」
俺とドルグが鋭くツッコミを入れる。
「いやぁ、すまんすまん。もっとも、勝手にどんどん頼むもんだから…むしろこっちが大変だったわ。」
「そうですか…。」
カイル先輩をして、大変と言わしめる量。一体どれだけ飲んだんだこいつは…。一方で、肝心の本人は気持ち良さそうに寝息を立てている。
「よっぽど、心配事があったんだろうな。」
そう言うと、ハッハッハと笑うカイルさん。
心配事…か。
お見舞いのことが頭をよぎる。まさかね…。
「そんなことより…おいおい、聞いたぜ。ゴブリンを一瞬で18匹ぶっ飛ばしたらしいな。お前さん、大したもんだ。」
「ま、まぁ…そうっすね…。」
フィーネとは逆側の椅子に座ると、バシバシと肩を叩いてくるカイルさん。面と向かって褒められると何ともこそばゆい。あと、肩痛い。
「俺らでも頑張って一人平均30匹ってところだからな、誇っていいと思うぞ。」
「は…はぁ、そうですか。」
カイルさんはとんでも無いことを言い放ち、持ってきた麦酒をゴクゴクと飲み干す。あのモンスターを一人で30匹…一体どんな化物なんだ、この人達。
「まぁ、何にせよ…晴れてお前さん達は最初の試練を乗り越えたわけだ。誰かさんのせいで、かなりキツめだったけどな。」
笑いながら、そう話すカイルさん。
すると…。
「おい、聞こえてんぞ…。大体、生捕りの中に雌を混入させたのテメェだろうが。」
突如、ダルイ先輩が出現しカイルさんの首をホールドする。
「ぐおおおお!!」
机をバンバンと叩くカイルさん。降参の意を示しているのだろう。
「相変わらず、お前は急に出てくるな。陰気くせえわ。」
カイルさんは呼吸を整えながらダルイ先輩を睨む。
「抜かせ、テメェの声がデカイだけだ…。」
「んだと?やるか。」
「上等だ…。怠いけど、今日こそやってやるよ…。」
偉いことになってしまった。まさか、ダルイ先輩とカイルさんが犬猿の仲だとは…。
思えば、二人が揃って居たのを見た記憶が無い。
「さっさと立てよ。怠いから。」
見下ろす形となったダルイ先輩はカイルさんにそう告げる。
「うるせえ陰気野郎。少しくらい待ちやがれ。」
対するカイルさんもゆっくりとした動作で立ち上がり、一直線にダルイ先輩を睨みつける。
「おう、やっちまえ!カイル!」「やめて、ワタシの為に争わないでちょうだいん!」「喧しいのを減らしてくれよ、ダルバイン。」「俺はカイルに2000!」「ダルバインに5000だ!」「おら、お前らも加われよ新人共!!」
場も完全にヒートアップしていた。何か最後の方に無茶振りが聞こえたような気がしたが…気のせいだろう、多分。
「ハッ!いつでもいいぜ。かかってこいよ、このインケン!」
「少し黙れよ、このアル中野郎が…。」
互いに煽りあう先輩方。
にらみ合いが続く中、カイル先輩が拳と共に一歩を踏み出した。
「んじゃこっちから行く…ヴッ!!!」
「…!!」
しかし、その一撃がダルイ先輩に届くことはなく、二人の先輩はその場で硬直していた。
そして、俺…いや、会場に居る全員が、突如としてとてつもない気迫を感じた。更に、その恐るべき気迫はなんと、こちらへと迫って来ているのだ。
恐怖を堪え、目をそちらへと向けると、修羅と化したヒゲ部長がこちらへと進んでくるのが見えた。
完全に静寂に包まれる会場、あれだけ盛り上がっていたギャラリーも、誰もが見て見ぬフリをしている。
「い、いや…あのですね…これには深い深いワケがですね…。」
カイルさんが冷や汗を流しながら、弁明する。
「おら、お前も何とか言えよダルバイン…。」
「…サーセン…。」
「素直に認めてどーすんだ!」
「…だりぃ…。」
「おめー、どうしていつもそうなんだ。」
ヒソヒソ声で会話する先輩二人。気付けばヒゲは二人の間近に迫っていた。
「…カンザキよ。」
「は、はひ。」
ヒゲに唐突に話しかけられた俺は、思わず上擦った返事をする。
「これは同期の悪い例だ。」
そう言って、カイルさんとダルイ先輩を指差すヒゲ部長。
「そ、そうですね。」
思わず賛同する俺。というか、ダルイ先輩とカイルさんって同期だったんだ。
「うむ、では貴様ら…覚悟はいいな。」
「ヒイイイイイイ!!」
悲痛な叫びを上げるカイルさん。そして次の瞬間、目にも留まらぬ速さで二人の鳩尾にボディブローが放たれた。
白目を剥く、先輩二人。
この人には逆らわないでおこう…そう誓った一年目の春であった。
「さて、そう言えばカンザキは今日の乾杯はまだだったな。」
二人を軽くのしたヒゲは、俺に気を遣ってか、そんなことを言い始めた。
「いいっすよ、別に…。」
余りにもショッキングな光景を目の当たりにしたせいか、もはや、そんなことはどうでも良くなってしまっていた。
「いや、この会の主役はお前達だからな…もっとも一人は酔い潰れているが。」
「そうですか…まぁ、それなら。」
どうやら、ヒゲは形に拘るタイプのようだ。
俺が返答するやいなや、ヒゲは声を張り上げる。
「さて、皆。ここに安静状態より期待の新人大魔導、カンザキが復帰した。加えて、見事…新人三人が研修で初めての試練を達成した。」
静まり返った会場にヒゲの声が響き渡る。なお、相変わらずカイルさんとダルイ先輩は泡を吹いて気絶したままだった。
「二つの吉報と、これからの新人達の活躍に期待して、乾杯!!」
「「「「「乾杯!!」」」」
ヒゲの声に併せて各々手持ちの酒を掲げる営業部の面々。俺も、フィーネのバランスを崩さないように静かに麦酒を掲げた。
「乾杯!」
そして、夜は更けていく…。
この日の会は深夜まで続き、大変な盛り上がりを見せることとなった。
兎にも角にも…こうして、俺は企業戦士としての第一歩を踏み出したのである。
だが、それがこの後のギルド…ひいてはこの世界の構造そのものに大きな影響を与えることを、この時の俺はまだ知る由も無かった。
第1部 新人営業のススメ 〜 完 〜
以上で、第1部は終了です。
100%勢いのみで、初めてこういった物語を書いてみました。色々と手探り状態であったため、多々お見苦しい点等あったかと思います。
そして、今は何とか一段落つけることが出来、若干ホッとしております。
第二部以降については、色々とプロット等を活用し、もう少ししっかりとした物語を考えていきたいと思う次第です。
最後に、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。願わくば、第二部以降についても気に留めて頂けますと幸いです。