俺にイオ◯ズンは使えない ③
13時5分前に指定された場所に着くと、そこは雑居ビルの裏手であった。
大通りの雑踏から逃れるような、どこか喧騒から隔絶されたことを思わせる空間である。
そこに、古びた鉄製の扉が立ち塞がっていた。
俺は若干…いや、かなりの怪しさを感じつつも、扉の中心部を見る。
すると、どこか可愛らしい丸っぽい字で「面接会場」と書かれた紙が自己主張していた。
(これは…想像以上にまずいところに来てしまったような気がする。)
堪らず、一歩後ずさる。
だが…ここで逃げたらきっとまた元通り。ただただ、腐りきったあの日常へと逆戻りなのだ。
そう考えると、自然と足が一歩二歩と前へと進んでいく。そして、扉の前へと歩み出た俺は、意を決して3回ノック。
「はーい、どうぞー。」
すると、中から若い女性らしき返答が返ったきた。恐らく事務員の方だろうか…。
内部から了承を得た俺は「失礼します…。」そう言って恐る恐る建物の中へと一歩を踏み出した。
「面接希望の方ですね。お待ちしておりましたー。」
扉の向こう側で俺を出迎えたのは、濃灰のスーツを纏った美女だった。後ろに流した濃紺の髪と、その美しい外観とが相まって、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
歳は同い年くらい…だろうか。若手の事務員さんというところだろう。
「それでは、ご案内しますので着いて来てくださいねー。」
それだけ言うと、美女は通路をどんどん進んでいく。
「あっ…はい…」
俺は彼女を見失わないよう、必死に薄暗い通路を進んでいった。心なしか歩くペースが早い。
気付けば5分程、黙々と進んでいた。その間に一切の会話は無い。
「大分長い通路ですね…」
気まずさに耐えかね、作り笑いを浮かべつつ美女に話しかける。
だが…。
「黙って着いて来てくださいねー。」
その返答は、会話を拒絶するものに他ならなかった。
俺は「アッ、ハイ…。」とだけ言って美女に着いくしか無かった。
「はい!着きましたー!中へどうぞー!」
しばらく進んだ後に、美女はこちらへ振り返り、そう俺に告げた。
目の前には廊下と面接室とを隔てる扉。遂にこの時が来たのだ。
俺は決意を固め、扉を3回ノック。
「失礼致します。」の言葉と共に入室した。
もう、後に引くという選択肢はなかった。
これが、勇者ではない平凡な俺の戦いなのだ。