灰色な先輩と我が社の研修事情
「おい、カンザキ。」
「はい。」
「青春ってのはよ。誰にでも訪れるものじゃねえんだ…。」
「は…はぁ。」
「分かるか。俺は今、とても傷心しているんだ…。」
「そ…そうなんですか。」
「だから…俺がこの先、どれだけ怠いことを言おうと、それは許されるべきだよな。」
「ちょっと良くわからないです…。」
ベットの脇のダルイ先輩から静かなる圧力を感じる。
その雰囲気に気圧されてか、フィーネとドルグも借りてきた猫のように大人しい。
ことの始まりは数分前…ダルイ先輩がいつも以上に怠そうな様子で「…おつかれさん。」と入室してきたことから始まる。
俺達は声を揃えて挨拶を返すと、ダルイ先輩は早速本題に触れた。
「それじゃ、エンドミーティング開始だ。」
姿勢を正すフィーネとドルグ。俺は安静のため、仰向けのままだが心持ちを正す。
「怠いけど、お前ら…まずは反省しろよ。」
そう告げると、先輩はつかつかと俺のベット脇へと近づいてくる。そして、近くにあった椅子に座り込むと、先程の恨み節のような何かを告げたのである。
それから、ダルイ先輩の灰色の思い出語りが始まった。
「いいか、俺の訓練校時代にはだな。男女がどうのこうのと、そんなかったるいことをだな…。」
「はい…。」
「そもそも、ダンジョンの攻略にはそんな技能は必要では……。」
「…はい…。」
先輩の話を延々と聞かされる俺。一方でダルイ先輩の死角にこっそり移動したフィーネが、密かに居眠りをしているのが見えた。ちくしょうめ!
そして、このただただ、退廃的なダルイ先輩による自分語りは小一時間ばかり続くのである。
「…それでだな、つまるところ青春なんぞにうつつを抜かす輩はだな…おい、カンザキ。お前聞いてんのかよ。」
「…は…はい。」
ここは地獄かと、そう思わずには居られなかった。
「ところで…ゴブリンってのはそのずる賢さだけではなく、繁殖力も脅威だよな。」
ひとしきり、“灰色時代"の思い出を語り尽くしたダルイ先輩は呟くようにそう言った。俺はようやく灰色のエトセトラから開放されたのだと歓喜する。
「えっと…それが何か。」
一方でフィーネは、若干眠そうな様子でダルイ先輩に問いかける。
「…一人につき、1匹…合計3匹の予定だった。」
そして、ダルイ先輩は唐突にそんなことを言い始めたのである。
「…?」
何の話か分からず、首を傾げる俺達。
「ゴブリンな。雄を3匹生け捕りにしてあの洞窟にぶち込んだはずだったんだが。」
大きく溜息をつくダルイ先輩。
「雌が1匹混じってやがった。そんで繁殖した。」
「えっと…それはどうゆう…。」
理解が追いつかず、言葉が漏れる。
「怠いが、順を追って説明をする。まず、あのダンジョンの所有権は元々、ウチのギルドにある。つまり元から攻略済ってわけだ。」
「やっぱり…。」
ドルグは一人呟いた。そして、俺も祭壇でメモ書きを見た時にふと思い至った。
これは所謂'茶番’というやつなのではないかと…。(実際には命懸けとなったわけだが…。)
ダルイ先輩は続ける。
「そんで、その中にギルドで生け捕りにしたゴブリンを放して、新人はそいつを倒して最奥部に進む。その後にヒゲにビビらされる…。これがウチの新人研修の全容だ。」
果たして、ヒゲの箇所は必要なのだろうか…と思わんでもないが、敢えて触れないでおく。
「そのゴブリン討伐のノルマを一人1匹に設定していたんだが…。」
「洞窟内でゴブリンが繁殖することで、合計21匹にまで数が膨れ上がった…と。」
「まぁ、そんなところだ…。」
ダルイ先輩はどこか遠いところを見ながら、フィーネの補足を肯定した。
「いや…マジで死ぬところでしたよ…。」
思わず、俺の口から特大の溜息が溢れる。
「正直…悪かったとは思ってる。俺も気づいたのは洞窟の中に入ってからだった。」
「え!?先輩、洞窟の中に居たんですか?」
そして、明かされた事実に驚きの声を上げるドルグ。
「じゃあ、宿泊費の経費でヒゲが云々ってのは…。」
「嘘だ。…何だよ。」
白けた俺達の視線に反応する先輩。そして俺達は…。
「「「いえ…何も。」」」
三十六計逃げるに如かず。正直、言いたいことは山程あったが、グッとこらえる。
異世界であろうと、言いたいことも言えない世の中であった。
ダルイ先輩はネタばらしを続ける。
「裏口から入って、洞窟の上の方から常にお前らの監視をしてたんだよ。緊張感持たせるためにな。」
「じゃあ、あの不気味な視線の正体って…。」
フィーネがハッとしてダルイ先輩を見る。
「俺だ。」
胸の奥に僅かにつっかえていた、不安が解消されてホッとする新人一同。
「ゴブリン共の数がおかしかった時点で、俺が奴らを一掃するつもりだったが…。」
そう言いつつ、俺達の顔を見回す先輩。
「今回の新人は思ったより、面白そうだったんでな。敢えてギリギリまで様子見した。」
お陰で面白いもん見られたしな、と告げる先輩の顔はどこか喜ばしげだった。
「ちなみにストーカーなんてしねえぞ。怠いから。」
そして、意外と気にしていたダルイ先輩であった。




