俺達の結末
独力で進むことが叶わない俺は、二人に肩を借りゴールまでの道のりを進む。必然的に最後の進行はひどくゆっくりとしたものとなった。
つい、申し訳無さが口をついて出る。
「悪いな…。」
「大丈夫さ、何ならおぶってあげようか?」
「それは…遠慮しとく。」
「何にせよ、これでさっきの貸し借りはチャラよ。分かった。」
「はいはい…。」
こんな状況でも、やはり彼等は変わらない。
俺は、心の中に暖かいものが満ちるのを感じた。
そして、パーティは着実に一歩ずつ前へと進んで行くのだった。
「着いた…。」
俺達は苦難の末に、遂に台座の正面へと辿り着く。遠目ではよく分からなかったが、中央には何かの文様が刻まれた1メートル程の石碑がそびえ立っていた。さらに石碑の中央には青い球体が埋め込まれている。
「一体…これをどうすればいいんだろうか…。」
考え込む俺達。だが、生憎と一向に案は出てこない…。そんな中、ふとフィーネがとあることをに気づく。
「あら、何か置いてあるわね。」
足元を見ると、折りたたまれた紙が落ちていた。それを彼女は徐に拾い上げる。
「これ以上の面倒事は…勘弁してくれ…。」
俺は祈るように心情を吐露する。パーティメンバーの二人は苦笑していた。
「とりあえず、中を見てみましょう。」
そして、彼女はその紙を開くと、読み上げる。
「お疲れ様でし…た。」
「「良くやった!!諸君!!」」
「イヤァァァァァァア!!」
「うわああああああああ!!」
そして、文面を読み終わると同時に石碑の後ろから見覚えあるヒゲ面が大声と共に出現。驚きの声を上げるフィーネとドルグ。
一方で俺は、ギリギリのところで保っていた意識を、唐突なヒゲの出現という衝撃によって刈り取られ…気絶した。
辺り一面が白に覆われている。この感覚は知っている。
これは…夢だ。
そして、この夢に入り込んでくるのは…奴だ。
「おーい!」
ほら来た、スーツに身を包んだ、嫌味な程の美形。俺も思わず笑顔で手を振り返す。
「おーい!」
その声の主、女神ライラがこちらに向かって走ってくる。準備は…整っていた。
「ごきげん…よう!!!」
その言葉と共に放った、渾身の右ストレートは女神の頬に命中。一方で女神の手から放たれた渾身の右ストレートもまた、俺の頬に命中していた。
両者痛み分け。通算成績は一勝一敗一分。
全くの五分である。
「…やっぱり夢への介入だと、力がイマイチ発揮出来ないわね…次はカウンター狙いで…」
女神はそんな物騒なことをぶつくさと呟いていた。
「で、何の用だよ。」
こうして、わざわざ介入してきたからには何かあるのだろう。
「あっ…そうそう。教えた呪文、使えたでしょ。」
イタズラ気味に笑う女神。
「…すごい威力だった。」
素直に賞賛する、そしてウンウンとドヤ顔で頷く女神。とても苛立たしかった。
「よろしい。」
「はぁ…。」
凄まじく上から目線での返事。神だからある意味当然なのかもしれないが…。
「これで次回から、あなたは魔法も使えます。」
彼女は唐突にわけの分からないことを宣う。
「は?」
「もちろん訓練すれば…の話だけどね。」
「お前は何を言ってるんだ。」
思わず、無表情になる俺。何かを誤魔化すかのようにコホンと咳払いをすると、女神が真剣な表情で話し始める。
「簡単に説明すると…貴方は天使の魔力を引き出し、身に余る呪文を無理矢理使ったため、身体の各器官が無理矢理魔力に順応させられました。」
「それで?」
「頑張れば普通の魔法が使えるようになったわ。」
「え?やったー。」
「ただし、その代償に…今あなたは気を失っているわけ。」
「いや、でもそれはヒゲが…。」
「ヒゲはあくまでトリガーに過ぎないわ。1番の要因は無理に呪文を使った反動よ。」
「てっきり、ヒゲの大声のせいで失神にでも追い込まれたものかと…。」
「順応してない天使の魔力が身体中を駆け巡ったんだから…当然と言えば当然のことよ。」
「でもヒゲのせいもあるよな?」
「ヒゲのことは忘れなさい。」
「はい…。」
怒られてしまった。
「なお、その結果としてあなたは現在…生死の境を彷徨ってるわ。」
「なるほど…ってえええ!?」
衝撃の事実を知らされる。
「要は死にかけ…ってこと!」
笑顔で告げる女神。
「言い直さんでも分かるわ!」
「突っ込むところそこなの!?」
そうだ…クソ女神と漫才などやってる場合ではなかった。
「だって、俺は直前まで同期達と…台座のところで…。」
あの瞬間に仲間が支えてくれて…。
「それ自体、奇跡的なことなのよね。貴方のキャパシティでは呪文撃った瞬間に気絶、ないし最悪の場合は即死もあり得たんだけど…。」
「お前、今さらっととんでもないこと言いやがったな!?」
俺は女神に詰め寄る。
「おっといけない。」
ハッと、口を押さえる女神。
「ふざけんなよ!?」
女神の襟元を掴む。
「えっと…ごめんなさ…い?」
女神が目線をそらし、心にもない謝罪をする。
「…はぁ…。」
しばらく、女神を睨んでいたが、馬鹿馬鹿しくなって手を離す。
そう…これはあくまで夢の世界。俺から女神に詰め寄ったところで何の意味も無いのだ。
そして、あの時の状況を思い返す。俺達は三人に対して、ゴブリンの数は二十。
「まぁ、あのまま呪文を使わなければ、遅かれ早かれ殺られてただろうな…。」
それは客観的な分析だった。きっと、誰でも同じ回答をするだろう。
「でも、呪文の力で奴らを殲滅出来た。」
そして、少なくとも仲間を守ることは出来た。
情けない人生の中で、少なくとも1つは誇れることが、今日出来た。
それは呪文のお陰だ。
「凄まじく癪だけど…ありがとうよ。」
俺は苦々しい思いで礼を告げる。
「それじゃ、このまま死んでもそれは同意の上ということでオッケーね!」
満面の笑みで恐ろしいことを口走る女神。
「よかないわ!」
そして、白の世界に俺の怒声が響き渡るのだった。
「何よケチね。いいじゃない命の1つくらい…。」
女神はブツブツと不満を口にする。
「お前、人の命を何だと思ってんだ…。」
思わず溜息をつく俺…。
「まったく…うるさいわね。そんなのはあんた次第よ。」
「え、それってどういう…。」
「そ・れ・よ・り・も!本題を忘れてたわ。」
女神は俺の疑問を遮るかのように話し始める。
「これから呪文について大事な話があるので心して聞くように。」
有無を言わさない雰囲気に、思わず頷いてしまう。
「あなたは呪文を1回使いました。間違いありませんね?」
「間違いない。」
「残りは4回です。」
呪文の使用可否自体が分からなかったため、そこまで考えていなかったが、5回限定ということならそうなる。
「そして、その回数を誰かに伝えるとペナルティーが発生します。」
「ペナルティー?」
「伝えた人数一人につき、呪文の使用回数が1回減ります。」
意味が分からない…。
「なんでそうなるんだよ!!」
「それが、ルールだから。」
「っ…。」
「強大な力にはそれを縛るルールが必要。それはこの世界の摂理。」
なるほど、世界の構造と来たか…。
「初めて女神っぽいこと言ったな…。」
「女神ですから。」
そう言っててへぺろポーズをする女神。憎たらしいくらいに可愛いなちくしょう。
「さて、そろそろ時間ね。」
そう言うと、女神の周囲に球状の光が発生する。
「これから生きるか死ぬか、それは貴方次第。」
「…ッ、だから、それはどういうことなんだよ!」
俺は、その姿が薄くなっていく女神に問う。
だが…。
「いつの時代も魔法を操る者たちの力の源は、その精神にある。」
せいぜい、よい人生を…。
そう言って、女神が完全に消えてしまった。
「何だよ…それ…。」
俺は意味も分からずに途方に暮れる。
そして、一人になると否が応でも考えさせられる。
「そうか、俺は生死不明か…。」
思えば、下らない人生だった。
色々なことから逃げ出してきた。友達なんて殆ど居ない。
でも、この世界で初めて仲間が出来た。
だから…俺は…。




