それぞれの選択
ハァハァ…。
俺の荒い息が最奥部にこだまする。
扉は既に眼前に迫っていた。目指す地点はすぐそこだった。
「悪いな…。二人とも。」
俺は、後ろを振り向かないように進んだ。そして、遂に息を切らせながらも扉へと辿り着く。
扉は相も変わらず、ゆっくりとドルグの盾を変形させていた。
「ここを越えれば…きっと生きて出られる。」
一人呟く。
そして、その盾を---。
「うおりゃあああああ!!!」
俺は渾身の力で引き抜いた。
形は大分歪んでしまっているが、かろうじて盾としての役割を果たすことは出来そうだ。
そして、枷を外された扉が音を立てて閉まる。退路は完全に塞がれた。
だが、これでいい。
「もう…逃げない!」
自分自身に言い聞かせるように、改めて声に出す。
俺にはこれ以上、耐えられなかった。
仲間の足手まといとなることが…!
仲間に認めてもらえないことが…!
盾を抱えた俺は再び仲間の元へと駆け出す。メインの武装を失った仲間へと、届けるために。
「待ってろドルグ。今、盾を返しに行くから…!」
そして、前方を見るとフィーネとドルグがゴブリン共に包囲され、今まさに攻撃を受けていた。
その窮地に向かって走り続ける。
「死ぬなよ、フィーネ!!」
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状況は防戦一方だった。
ゴブリンの数が余りに多く、攻撃をする隙が見当たらない。
そして、ずる賢い彼等は私達を取り囲むように移動を行う。
何とか、ゴブリンの攻撃を防ぐので私たちは手一杯だった。
「参ったわね。これじゃ攻撃する隙も見当たらないわ…。」
背後を取られないように、自然と私とドルグは背中合わせでゴブリンに抵抗する形となる。
「間違えて僕のこと攻撃しないでね。」
「ふふ、誰にモノ言ってるのよ。」
あまりに過酷な状況に際し、軽口を叩き合う私とドルグ。
「ッシャアアアアアア!!」
すると、ゴブリンの内の1匹が咆哮する。そして、図ったかのように全てのゴブリンが一斉にナイフを構えだした。
「これって…。」
「まさか、一斉に飛びかかろうってんじゃないでしょうね…。」
ゴブリンの動きを乱すために突きで牽制を行う。だが、冷や汗はとめどなく流れ出る。
脳裏に浮かんだのは、どこまでも明確な死のイメージ。
しかし、そんな中でこちらに向かってくる人影を見つけた。
あれは…!
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「バカ!!なんで戻ってきたの!!」
こちらに気付いたフィーネが、ゴブリンを牽制しながら声を上げる。
「守るって…誓ったから…な!!」
俺は走りながらも、途切れ途切れに答える。
「ドルグ…盾…持って来たぞ!」
「えぇ…。」
困惑するドルグ。
「受け取れえええ!」
そして、ゴブリンの一団に接近した俺は思い切り盾を投げつける。
ややあさっての方向へ飛んだ盾は、フィーネに飛びかかろうとしたゴブリンに直撃した。
衝撃を受けたゴブリンは、ふらつきながら倒れ込む。
「おっ…ラッキー…?」
呆気にとられるゴブリン達。
「今よ!!」
その隙を突いて、フィーネの剣が近くのゴブリンの腹部を切り裂く。
そして、ドルグもその隙に盾を回収。
「うおおおおおおおおおおお!!!」
大剣で倒れこんた一匹を叩き潰した。
ゴブリン、残り18匹。
さらに、瞬く間に仲間を2匹失ったゴブリンの群れは混乱に陥った。
その隙をついて、二人は包囲網から抜け出す。
「貴方、本当に馬鹿なんじゃないの。」
「仲間を見捨てるくらいなら、馬鹿で結構!!」
「まぁまぁ、それにしても盾が大分曲がっちゃったなぁ…。」
そしてここに、ターナーズ新人パーティが再集合した。
二人とも、装備は既にボロボロだった。
「それで、この数相手にどうするの?」
フィーネがこちらに問いかける。
ゴブリンとの距離は3メートル程だが、先の混乱は収まりつつあった。こちらを警戒し、やや距離を取っているように見える。
「もう、奇襲は通用しないよ。」
ドルグも真剣な面持ちでこちらを見る。
「…呪文だ。もうそれに賭けるしかない。」
「でも…それは…」
ドルグが気まずそうにする。
「…頼む。俺を信じて欲しい。」
俺は真剣な声で二人に頼む。そして…。
「分かったわ。」
「フィーネ…。」
「私に見せてよ、本物の呪文ってやつを。」
かつて大魔導に憧れた少女は、そう答えた。
「任せとけ!!」
俺はそう、言い放つ。
覚悟は決めた。やってやるさ。ここでやれなかったら死ぬだけだ。
俺は2人を背に…杖を構える。杖の先に、光を集めるイメージ…。
そして思い出す…第一の呪文の文言を。
「第一の呪文。それは汝の敵を貫く光の刃…。その力の源は汝の強き意志に他ならない。汝が今、最も強く欲するところにその呪文は現れるであろう。」
俺から何かを感じ取ったゴブリンが1匹、こちらに飛び掛かってくる。後ろからフィーネが飛び出し一刀に斬りつける。
浅い…。ゴブリンの致命傷には至らず、斬撃の隙を突いてフィーネに攻撃を加える。
「痛っ…!」
それを見たドルグが盾でゴブリンを吹き飛ばし、声をかける。
「大丈夫!?」
そして、フィーネは膝を付く。その腕からは鮮血が流れ出していた。
「大したこと無いわ…。それよりカンザキ!!まだなの!!」
「もう少しだ!!もう少し耐えてくれ!」
俺の欲するところ…それは…
『お前は特別な存在なんかじゃない。』
その瞬間、かつて夢の中の魔物の台詞が頭を過ぎる。
あぁ…分かってるさ。
俺は世界にとっては凡人だ。特別な存在なんかじゃない。
それは認める。
でも、今、この場で…。
この二人の仲間に…。
「特別だと認められたい!!俺は女神より呪文を与えられし大魔導!!大魔導カンザキだ!!」
自身の恥ずかしさ全開の叫びに呼応して、杖の先に光が迸る。
「ちょっとおお!!」
「うおおおおおお!!」
とっさに叫びながら左右に回避行動を取るフィーネとドルグ。
視界良好、障害物なし。俺は、ありったけの力を込めて呪文を放つ。
「クロス・レイ!!!!」
それは、純粋な光の暴力だった。
幾重にも分かれた光の刃が杖の先から放たれ、誘導弾のようにゴブリンの全身を一斉に貫く。
声を上げる間も無く、殲滅されるゴブリン達。
そして、光が姿を消した後に残っていたのは18匹のゴブリンの死体。
先程、倒した数と合わせると20の屍だ。目を背けたくなる光景だった。
だが、俺達は勝った。生き残った。
生き残って、間違いなくゴブリン20匹を倒したのだ。
「やっ…た…。」
そして、徐々に目の前が霞む。フィーネとドルグの二人が何やら騒いでいるようだが、それもどこか遠い場所の出来事のように感じられる。
あれだけの威力の呪文を使ったのだから、この消耗もひどく真っ当なものに思えた。
だが、まだだ…。
まだ、このダンジョンの攻略は終わっていない…。
俺は何とか意識を繋ぎ止める。
所有権を獲得するまでは気を失う訳にはいかないのだ。杖をつき、何とか台座へと向かう。
しかし、身体は限界だった。その場で耐え切れず、膝を付く。
「もう、動けねえ…。」
俺は前方へと倒れ込む…はずだった。
「あれ…?」
いつまでたっても、衝撃は訪れない。
左右を見れば、気付けば俺は同期達によって両肩を支えられていた。
「まったく、最後くらいシャンとしなさいよ!」
「ほら、後少しだ。一緒に頑張ろう。」
「…すまん。」
「いいから、さっさと行くわよ。」
そして、俺は仲間の助けを借り、一歩ずつ歩み始める。
すぐそこに所有権があると信じて…。
また、キリのいいところまで気合で更新しました。




