最奥部にて
重たい扉を三人がかりで何とか開けると、そこは広いホールのような空間になっていた。
中はマジックランタンが灯してあり、様子を伺うことができる。そして、左右には人が何とか通れる程度の穴が開いており、奥には台座が据えられていた。
簡素な作りだが、どこか人為的なものを感じる。自然と言葉が口をついて出た。
「これが…最奥部。」
「やっぱり、他とは様子が違うね。」
何となく、感慨にふける俺とドルグ。
「そう言えば、どうしたら所有権を獲得出来るのか分かる?」
ふと、フィーネが疑問を口にする。
「ダンジョンの主ってのを倒せばいいんだろ?要はボス戦ってわけだ。」
俺は以前、ヒゲが言っていた内容を口にする。
「それはそうなんだけど、倒した後どうすればいいかとか…そういうことよ。」
あ…。
確かに俺達は、ダンジョン攻略の具体的な達成方法を聞かされていない。分かっているのは、主が居た場合には、それを倒すということだけだ。
いやいや、ダルイ先輩…説明不足でしょ。
「とりあえず、あの台座のところまで進んでみようか…。」
「そうだな…。」
「異存は無いわ。」
他にアテも無く、俺達はドルグの言葉に従うことにした。
そして、部屋の内部へと足を踏み入れる。すると、唐突に扉が音を立て始めた。
何かと思い、後ろを振り返ると扉がゆっくりと閉まり始めている。
「まずい!退路が!!」
俺は咄嗟に声を上げる。
「これで…どうだッ!!」
ドルグが一対の扉の間に盾を突き立てた。凄まじい金属音が周囲に響く。
そのまま数秒間、扉はなおも閉まろうとするがドルグの鋼鉄の盾がそれを阻む。
しばらくすると、扉はその動きを止めた。
「ふぅ、何とか退路は確保できたかな…。」
盾が間に挟まることで、一時的に閉扉を食い止めることに成功したのだ。
だが、盾が軋む音も同時に聞こえてくる。余り時間的猶予は無さそうだが、仮止めにせよドルグの功績は大きい。
「サンキュー、ドルグ!お前やっぱ凄いよ。」
俺はドルグの健闘を称える。
「まぁ、間一髪セーフってやつだったね…。」
大きく嘆息するドルグ。
「ねえ、それよりもあれを見て…。」
だが、そんな中フィーネは緊迫した様子で前方を指差す。
「何だよ、折角、漢ドルグの勇姿を讃えているところだというのに…。」
そして、フィーネの指示に従い、前方を見渡すと…そこには更なる苦難が待ち構えていた。
緑色の化物、ゴブリンがこちらを凝視していたのだ。
「えっ…嘘でしょ…。」
ドルグからも思わず声が漏れる。その原因は、数にあった。
前方のゴブリン、その数およそ20。先のゴブリンの単純に20倍の戦力がそこには展開していたのだった。
「でも、さっきまで何も居なかっただろ…。」
つい愚痴る俺だったが…。
「恐らく、あの左右の穴から湧いてきたのよ。」と、知りたくもない事実をフィーネから聞かされる。
「へえ、陰気なことで。」
つい俺はゴブリン達を皮肉る。人語を理解しているかどうかは怪しいところだが…。
そうこうしているうちに、醜悪なモンスター達は、こちらへ向かってにじり寄って来た。
一方で後方を見ると、ドルグの盾が音を立てて徐々に変形していくのが見える。
選択を迫られる俺達。心臓が激しく鼓動し、冷や汗が流れ出る。
「おいおい、これって相当ヤバイんじゃないの…どうするよ。」
俺は同期達に意見を求める。
「…。」
だが、返事は無い。
その静寂の中でフィーネが剣を構えるのが見えた。
そして…。
「貴方は、逃げなさい…。ここは私が何とかする。」
彼女は前に歩み出て、静かに俺に言い放つ。
「な、何言ってんだ!そんなの!」
「死ぬわよ。」
「そ、それなら全員で!」
「ゴブリンはきっと…私達が背を向けた途端に襲ってくるわ。」
一匹でも俺の足を絡め取ったずる賢さを考えると…その予想は間違い無いように思えた。
「ま…まだ他に手があるはず」
「足手纏いなのよ!!魔法も呪文もまともに使えないくせに!!」
俺の声に割り込むようにフィーネが声を荒げた。
確かに俺は足手まといかもしれない、だがパーティメンバーを置いて一人逃げるなんて、そんなのは…。
「行ってくれ。カンザキ。」
そして、葛藤する俺に優しく語りかけるもう一つの声。
「…ドル…グ…?」
気付けば、肩に手を置かれていた。
「盾が無いのは痛いけど…鎧と剣だけでも時間くらいは稼げるさ。フィーネも一緒だしね。」
そう言って、ドルグは大剣だけを携え俺の横を通り過ぎる。
「僕らなら大丈夫。」
「さぁ、早く行きなさい!盾が潰される前に!」
背中越しに俺に呼びかけてくるフィーネとドルグ。
そして今、俺を生かすために二人は命を張ってゴブリンと対峙している。
もう、限界だった。
「…クッソオオオオオ!」
何処までも確かな死の予感がその場にはある。
俺は仲間に背を向け、閉まりつつある大扉へと真っ直ぐに疾走した。
「間に合ええええええええ!!」
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カンザキが走り出す音が聞こえる。それだけを確認すれば、もう十分だった。
「まさか、初めてのダンジョンでこんな事になるなんてね。」
横からドルグの声。
「まったくね。パーティの大魔導は役に立たないし、ゴブリンの血は浴びるし、扉は勝手に閉まろうとするし…。」
「僕なんか、盾を持っていかれたからね。」
「私達、ほんと散散な新人研修だったわね。」
2人で軽く笑い合う。そして、私は気になっていたことを尋ねた。
「ねえ…良かったの?」
「女の子1人で戦闘させるわけにもいかないでしょ。」
ドルグが応える。
「それは、どうも。」
「いえいえ。」
「それじゃ、さっさと台座まで行って、研修完了しましょうか。」
覚悟は決まった。
そして、私達は前へ向かって歩き出す。




