鍍金が剥がれる時
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考えるよりも先に体が動いていた。
その動作は何百、何千と繰り返し鍛錬を重ねた刺突。そして、それは多分成功したのだろう。
実戦での成功となれば、喜ぶべきことなのかもしれない。
だが、私を支配していたのはどこか現実感の無い感覚と、取り留めのない思考の渦だった。
(初めてダンジョンに来たんだ。まったく、カンザキの奴は満足に明かりも用意できずに…。でも、モンスターは出現しなくって、順調に奥に進んで…。それで、それで…ゴブリンが…。)
気付けば、私は血で染まる自らの剣と『かつてゴブリンだったもの』を見下ろしていた。
(私が…やったのか。)
そう思った瞬間にどこか遠い世界の出来事のように感じられていた出来事が一気にフラッシュバックする。
その剣技は実戦において、初めて命を刈り取った。右手に命を奪った感覚が蘇る。それは、羽虫を潰すのとは違う…初めて大きな命を奪った感覚。
だが、『やらなければ、やられていた。』そして、それは余りにもシンプルな『弱肉強食』の理屈。
そして、これから私達が向き合っていかなければいけない理屈。
そのことを理解出来ない者は…きっと…。
だから、私は震える手を抑えながら一言、厳しく彼に告げる。
「死にたいの?」
見れば、自分の手元も服も真っ赤に染まっていた。
本部に戻ったらお風呂に入りたい。きっと色々なものを洗い流してくれるはずだから…。
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いざとなれば、女神から授かった呪文がある。きっとモンスターなど居てもどうにでもなる…心の何処かで、俺はそう思っていた。
だが、現実はどうだ。実際に呪文が発動するかどうかも分からずに、ゴブリン一匹にこの有様だ。自分自身はどこまでも役に立たずで、ただ二人の足を引っ張ることしか出来なかった。
「あ~…正直キツイな、これは。」
俺は意地を張る余裕も無く、座り込む。
「…。」
気付けば、二人共無言でこちらの様子を伺っていた。
余りに衝撃的な体験だったが、二人助けられたのは確かだ。特にフィーネには…。
「助かったよ…どうも、ありがとう。」
俺は頭を下げる。
フィーネは一瞬、面食らった顔をしたが「ど、どう致しまして。」とややバツが悪い様子で告げる。
そして、俺は今の素直な思いを述べる。
「あと、死にたくはない。」
フィーネは真剣な表情でこちらを見る。
「そうね…。」
そして、一言だけそう告げるのだった。
この場で死にたい人間なんて誰もいない、それは確かだ。
(絶対に生きて帰るんだ、こいつらと。)
俺は静かに、そう決意を固めた。
そして、事ここに至り…秘密を明かす決心をする。
「正直、さっきのゴブリンについては、まだ整理しきれてない部分がある。ただ、状況が状況だけに…お前達とリスクは共有しておきたい。」
「なんだろう…。」
「いいわ。話して。」
二人もその場に座る。
「聞いて欲しい大事な話がある。」
「…ええ。」
「分かった。」
真剣な表情で頷く二人。
「俺は、大魔導かもしれないし、大魔導じゃないかもしれない。」
沈黙が辛い。言葉が悪かったようだ。
「要するにだ。俺は呪文を知っているが、使ったことがない。」
俺はかっこ悪く言い直す。
「まぁ、そんなことだろうと思ってたわ。」
「光魔法知らなかったしね…。」
二人はやれやれといった風で首を振る。
「え…お前ら気付いて…。」
「それでも僕らは同期だからね、パーティ組んだ以上…僕らは仲間だよ。」
「ま…まぁ、囮でもやってればいいんじゃない。」
フィーネは照れ隠しなのか、そっぽを向いている。
「…ごめん…。」
目の前が涙で滲む。役立たずの俺に、同期達はどこまでも優しかった。
「とりあえず、1つ確かに言えることは…」
そして、フィーネは土を払いながらこちらへと告げる。
「戦闘では気を抜いたら、死ぬ。ってこと。」
「あぁ…分かった。」
彼女のプレッシャーを感じた俺は、一呼吸おいて答えた。
「…それじゃ、行こうか。」
そして、ドルグの一言をきっかけに、俺達は隊列を整え進行を再開した。すると、フィーネが歩みを進めつつ思い出したように話し掛けてくる。
「そういえばカンザキ。」
「なんだよ。」
「魔法も呪文もまともに扱えないのに、貴方はどうやってギルドに入ったの?」
「確かに少し気になるかも…。」
「…気を抜いたら死ぬんじゃなかったのか。」
痛いところを突かれた俺は、何とか誤魔化そうとするが…。
「大丈夫。周囲にゴブリンが居るなら、今頃座る暇も無く襲われてるはずよ。」
教本に拠るとね、と付け足しフィーネは答える。
それは、果たして大丈夫なのだろうか…。と突っ込みたいところだった。
だが、確かに厳正なる選考を受けて入社した彼等からすれば不思議でならないだろう。俺は端的に説明出来る言葉を探す。
「あれだ。女神のコネクションってやつだ。」
「「ちょっと意味がわからないです。」」
さいですか…。
俺は異世界転送のくだりは伏せて、二人に事情を説明した。
「要するに、女神のような誰かのおかげでコネ入社したってことね。」
「ま…まぁ…そんなところだ…。」
「ずるい。」
「…ごめんなさい。」
フィーネはバッサリと俺の入社事情を切り捨てた。
「まぁまぁ。その人脈もきっとカンザキの武器の一つなんだよ。」
ドルグよ、フォローありがとう…。
「果たして、ダンジョン攻略にその武器は使えるのかしらね…。」
そして、フィーネから厳しいご意見。
「くそっ!今度はお前らの事情も洗いざらい話してもらうからな!!」
「生きて帰れたらね。」
「おい、変に死亡フラグを立てるのはやめてくれ…。」
「シボウフラグ?何それ?」
「…こっちの話だよ…。」
ちくしょう…絶対生きて帰ってやる…。
それからの進行はとても穏やかなものだった。結果として道中、危機らしい危機に見舞われたのはゴブリンの襲撃一度のみ。
強いて言うならば、ゴブリンは倒したはずだが…未だにダンジョン内では幾度となく例の視線を感じることがあった。だが、相変わらず襲い掛かってくる気配も無い。結果的には少々不気味さを感じさせる程度のことだった。
なお、隊列は相変わらずだ。ドルグを先頭にフィーネ、俺の順番。もし俺を囮としてのみ活用するならば最前線になるところだろうが…諸々の条件を考慮した結果、フォーメーションに変更は無しとのことだ。
そして、進行を続けていた俺達はやがて、一対の扉を目の当たりにしていた。
「大きい扉ね…。」
フィーネの言う通りで、高さは2メートルはあるだろうか。横幅は大人が五人は通れそうだ。
青銅製にも見えるそれは装飾が施して有り、如何にもといった様相を呈している。
何より、他に分かれ道が無い。
「どうやら、ここが最奥部なのかな…。」とドルグが呟く。
そう、俺達は遂に最奥部までたどり着いたのだ。明かりの問題はもう大丈夫だろう。
「油断せずに行きましょう。準備は?」
そして、フィーネは手短にこちらへ確認を取る。
俺とドルグは頷く。
「それじゃ、三人で行くわよ。」
そして、俺達は扉に手をかける。この過酷な新人研修を終わらせるために。




