緑色の襲撃者
明かりの限られた俺達は、相も変わらずに急ぎ足でダンジョンを進む。いつしかダンジョンは道幅も広がり、内部の構造も複雑になっていた。
「一応は大分進んできた…ってことで良いのかしら。」
フィーネが周囲を見渡す。
体感では20分程は歩いていた気がするが、どれだけ進行出来たのかはこの場の誰にも分からない。
だが、外部から見た様子よりは間違いなく大きい洞穴…いや、洞窟型ダンジョンと言えるだろう。
(もっとも、急ぎ足を心がけてはいるが、足元に対する不安からいまいちペースが上がらないという事情はあるが…。)
「しっかし、あの洞穴がこんな風になっているなんて…外からじゃ想像もつかないよな。」
「基本的にダンジョンは僕達にとって未知の空間だからね。」
「中が予想できたら苦労しないわよ…。」
そりゃまぁ…仰る通りで。
俺達は思い思いの感想を言いながらも歩を進めていった。
そんな中、ふとフィーネは現状を口にする。
「今のところモンスターが見当たらないのは助かるわね。」
「そうだね。僕らにとっては、一分一秒が惜しい状況だ…。」
「このまま暗いだけの洞窟を抜けたら、きっと初仕事完了よ。楽勝じゃない。」
そうなのだ。現状ではモンスターどころか、生き物の姿すら見当たらない。俺達の足音を除くと、静寂と暗闇がその場を支配していた。
だが、それもまたドルグの不安を煽る要因の1つとなっていることにフィーネは気付いていなかった。
「でもさ、いつまで続くのかな。このダンジョン…。」
ドルグは明かりと前方を交互に見つつ呟く。
面食らった様子のフィーネ。
「だ…大丈夫よ。きっと、もうすぐそこに最奥部があるはずよ!」
慌ててフォローをするも、ドルグは明かりを前方に向けてかざすとジェスチャーで先を見るように促す。
俺とフィーネは前方を覗き込む。すると、見える限りでは同じような道が続いていた。
「しばらくはこのままの道が続いてるようだね…。」
「…。」
沈黙する俺達。パーティに不安げな空気が広まるのを感じた。
だが、俺には核心があった。二人のためにもそれを口にすることにする。
「このダンジョン、そう極端なまでの長さでは無いはずだ!」
「どうしてそう言えるんだい?」
俺の言葉を受けて、ドルグは足を止めてこちらを向く。
「あでっ。」
どうやら、フィーネがドルグの背中にぶつかったようだ。何故かこちらを恨めしげに睨んでくる。
その視線を無視し、俺は続ける。
「いいか、ドルグ。フィーネ。」
「うん。」
「何よ。」
「チュートリアルのダンジョンが、そんなに長いはずがない!」
俺は自信満々にそう告げた。
「また、わけの分からないことを言ってるわね…。」
「…先へ行こうか。」
ゲーム脳全開の俺に対して、同期はどこまでも冷ややかだった。
「ちょっと待って!」
すると、フィーネは何かに気付いた様子で俺達を制止する。
「ねぇ…。」
「何だよ。俺のチュートリアル理論は間違いないぞ。」
「そんなのどうだっていいわよ…。」
「な、お前…俺の完璧な理論を!」
シッ、と言葉を遮られる。ちょっとドキドキした。
「何か…さっきからジロジロ見られてる気がするんだけど。」
フィーネは周囲を警戒しつつ、そう告げる。
「お…俺は見てないぞ!たまにしか…。」
堪らずに俺は反論をする。平時なら制裁を加えられそうだったが、彼女は抑えて続ける。
「別に貴方じゃないわよ…。」
「言われてみれば…時々監視されているような気分になるね…。」
そして、フィーネの意見にドルグも賛同した。
「お…おい、お前ら何言ってんだよ…。悪い冗談で脅かすなよ。」
「事実よ。」
希望をバッサリとフィーネに切り捨てられてしまった…。
「ただ、妙なのよね。見られている割には襲いかかってくる気配が無いというか…。」
余計…気味悪いじゃないか…。
「お前のストーカーじゃないか。」
俺はフィーネの脇腹を小突く。
「こんな視界の悪いところで追いかけ回す理由が無いわ。」
「お、おう。」
冗談のつもりだったが、真面目に返されてしまった。
「何にせよ、警戒だね。」
「あぁ。スピードは落とさざるをえないか。」
「そうね。念のため、姿勢を低くして進みましょう。」
俺達はやや腰を落とし、探索を続行することにした。
そんな中…。
「うわっ!」
俺は唐突に足を取られた。体術の心得も無い俺は、重力に身を任せる。
要するに派手にずっこけたのだ。
「いってぇ…」
「言ったそばから…何やってんのよ…。」
こちらを見るフィーネは呆れ顔だった。
「大丈夫かい?」
一方、ドルグは心配してくれたようで、こちらを向いて手を差し伸べてくれていた。
俺は落とした杖を拾い、助けを借りて立ち上がろうとするが…。
その最中、何かがこちらに向かって飛びかかるのが見えた。それはちょうど、ドルグの死角で…。
「ドルグ!後ろだぁぁぁぁあ!!」
俺は無我夢中で叫んでいた。ガチン、と辺りに鈍い金属音が響く。
ドルグは、何かの攻撃を必死に盾で受け止めていた。
「持ってて!」
そう言ってドルグはランタンを俺に投げて寄越す。
「うわっ…とと…。」
何とか明かりをキャッチした俺は、腰を上げると前方に向かって明かりをかざす。
そして、顕になる襲撃者の正体。
緑色の皮膚と1mに満たない小柄な体躯。手には出来損ないのナイフを持ち、長い鼻と醜悪な顔面を携える…様々なゲームで幾度なく見た経験のある.それはまさしく…。
「ゴブリン…。」
フィーネが小さく呟いた。
「その…ゴブリンってのはどんなモンスターなんだ。」
俺はフィーネに問いかける。
「単独での戦闘力はあまり無いけど、とにかくずる賢いわ。群れで来られるとかなり厄介ね。」
つまり、先程俺の足を払ったのはあいつというわけだ。
「なるほど、よく分かったよ。」
そして、仲間を呼ばれる前にさっさと倒す必要があるということになる。だが、ドルグとゴブリンの戦況は五分五分だった。
ゴブリンの刃物を使った攻撃こそ盾に防がれ届かないものの、ドルグの大剣を用いた攻撃もまた、体躯の小さいゴブリンにはうまく当てられずにいた。
攻めあぐねたゴブリンは後ろに飛びのき、辺りの様子を伺う。
瞬間、俺は奴と目が合った気がした。その口元が醜く歪む。
ヤバい!!
俺の本能が危機を知らせるのとゴブリンがドルグの剣をすり抜け、こちらに駆け出すのとはほぼ同時だった。
杖を構えようとしたが、身体が動かない。
「あ…あぁ…ああああ…!」
開いた口から情け無い言葉しか出なかった。
なんだよ、大魔導だとか呪文だとか…肝心な時には何の役にも立たないじゃないか。あれだけ、立派に「守ると誓う。」とか言っておいていざという時にこのザマか。
ゴブリンがナイフを構え、飛び上がる。その瞬間はやけにスローモーションに見えた。
やっぱり異世界に来てもダメな奴はダメなままか…。
あぁ…俺…死ぬのかな…。
ゴブリンは眼前に迫ってくる。
だが…。
「まだ、死にたくない!!」
生への執着が口をついて出た。
こんなところで、死んでたまるか!!そう思ったときに、横で何かが動くのを感じた。
それは、一瞬の出来事だった。
側面から銀色の刺突がゴブリンの首を貫く。周囲にはゴブリンの鮮血が飛び散った。
糸が切れたかのように、崩れ落ちる緑の体躯。その一撃で間違いなく、ゴブリンは絶命していた。
俺の体中からも力が抜け、糸を失った操り人形の如く、その場でへたり込む。
そして、大量の返り血を浴びたフィーネが振り返り、こちらを見た。
「死にたいの?」
彼女は一言だけ、そう告げる。
言葉が出なかった。心臓は激しく鼓動し、ただ荒い呼吸を繰り返すことしか出来ない。
そしてこの襲撃を通じて、改めて俺は思い知らされた。
俺達は命のやり取りをしていかなければならない。ということを…。