入り口にて
翌朝、珍しく早く目が覚めた俺は、朝食を摂り支度を整えると寮を出る。
今朝、こっそりとパンをおまけしてくれたおばちゃんのおかげで補給もバッチリだ。
装備も一新しこれから俺の社会人生活が始まるのだと思うと、どこか清々しい気分だった 。苦難の末に獲得した杖も、違った印象に見えてくる。
「よし、やってやるか!!」
やや大袈裟に伸びをした俺は、意気揚々とギルド本部へ向かって歩き出した。
存外に悪くない気分だったため、意外と俺は社畜の才能あるかもな…などと自虐気味に考えつつ歩を進めること5分。
ギルド本部に到着する。
思索には少々時間が足りない気もするが、やはり恵まれた通勤時間には代え難い。そして、俺は本部のドアを開けた。
さあ、ここから第一歩だ。
ホールに到着すると、既にドルグが待っていた。
鎧を着用し、盾を持っている。相も変わらずその姿は物語の中の衛兵のように見えた。
さて、社会人としてまずは挨拶からスタートだ。
「おはよう、ドルグ」
「本当に早いね、カンザキ。ローブ似合ってるよ。」
「そうかな?サンキュー。」
「頼もしい限りだよ。」
中々、良好な挨拶が交わせた…と思う。まずは、第1段階クリアだ。
さて、ドルグには真っ先に報告しなければいけない案件があったな…。俺は早々に切り出す。
「ありがとう。おかげで、うまくいったよ。」
「フィーネの件?」
「ああ。」
「僕は何もしてないよ。」そう言って苦笑するドルグ。
だが、きっかけをくれたのは間違いなくドルグだ。そう思うと、俺の中ではやはり感謝の念が絶えなかった。
「ありがとうな。」
「…うん。」
ドルグは何かを感じ取ったのか、静かに一言だけそう言った。
しばしの沈黙。しかし、それは決して不快なものでは無かった。
なお、上司相手ではないが、一応の報連相ということになるのだろうか…。などとつまらない考えが頭を過ぎったのはここだけの話だ。
それからしばらくして、ドルグはからかうように尋ねてくる。
「それで、どうやって彼女に許してもらったのさ。」
「そこは、ジャパニーズ土下座だ!」
今朝は何だか、憑き物が落ちたような…そんな気分だった。会話でも自然と軽口が叩ける。
「じゃ…じゃぱ、にぃず?ってのはよく分からないけど、また土下座したのか…。」
「おう!土下座なら任せとけ!!」
俺は迫真のドヤ顔でそう告げる。
「それは、誇れることなのか…。」
ちょっと複雑そうなドルグであった。
それからしばらくして、紅一点・フィーネがやって来る。彼女は普段の軽装にロープを羽織っていた。防御と動きやすさを兼ね備えた、いかにも剣客といった風貌だ。
「おはよう。2人とも。」
「おう。」「おはよう。」
「ドルグは頼りになる装備してるわね!」
「ありがとう。」
笑顔で返すドルグ。
「カンザキは…馬子にも衣装か…。」
「うるせえ!」
何だこの扱いの差は。
「それじゃ、期待してるからね!ロード様。」
彼女は、そう…いたずら気味に笑ってみせた。
「…やれる限りは頑張るよ。」
俺は小声でそう返す。 ひょっとしたら俺の罪状を暴露されやしないかとヒヤヒヤしたが、その心配は杞憂に終わった。
さらに時を経て、時刻ギリギリにダルイ先輩ことダルバインさんが怠そうに現れる。
「よ〜っす。お前ら、元気〜?」
緊張感ないなぁ…。
「ふぁ~。眠っ…。」
先輩は大あくびを一つかましてから、俺たちに告げる。
「それじゃあ…早速これからお前らが挑戦するダンジョンへと向かう。」
「「「はい!」」」
「とりあえず、外へ出るぞ。」
態度こそ怠そうだが、やることはきっちりとやる先輩だと思う。多分…。
俺たちは指示に従い玄関から外へ出ると、そこには馬車が付けてあった。
ダルイ先輩は慣れた様子で先頭の馬に騎乗すると…。
「お前らは後ろに乗ってくれ。」と指示を出した。
3人で馬車の荷台に乗ると…そこにはバンダナ程の大きさの布が3枚置いてある。
「先輩、この布切れはなんですか。」
「それで目隠しをしてくれ。到着するまで外すなよ。」
フィーネの問いかけに、ダルイ先輩が答える。
行き先は明かせないということだろうか…。俺達は言われるがままに互いに目隠しをする。
「おっけーです。」
俺たちの準備が完了した。
「じゃあ出発だ。」
そして、馬車は動き出す。
目隠しをした状態で運ばれるとなると…中々に犯罪チックだなと思ったが、敢えて口には出さないでおく。
俺はダルイ先輩を信じるのだ…。
そんな中で、フィーネはどこか怪訝な様子で話し出す。
「ねぇ、これって拉致誘拐みたいじゃ無い?」
「「…。」」
あーあ、言っちゃったよこの人。
「え、何?私なんか変なこと言った?」
「「…。」」
俺とドルグは沈黙を貫く。
「ちょっと、貴方達!何か言いなさいよ!」と喚き立てるフィーネ。
「うるせーぞ!お前ら!!」
ダルイ先輩に怒られてしまった。
「え、ちょっとあたしが悪いの!?」
…。
こうして、愉快な仲間達を乗せた馬車は街道を進んでいくのだった。
ダルイ先輩に一喝された俺達は、無言で馬車に揺られていた。
一体…いつまで運ばれていけばいいのだろうか。答えは先輩のみぞ知る、ということになるのだろう。
そして、目隠しをされた影響か…俺は徐々に睡魔に襲われる。季節は春真っ只中、心地よい気候に際して居眠りをするかという方が無理なのだ。
俺は睡魔に身を任せ、穏やかに到着を待つことに決めた。
「春眠暁を覚えず…おやすみ…。」
だが、次の瞬間馬車が急停車する。
無抵抗の俺は慣性の法則に従い、前に吹っ飛んだ。そして、顔面を壁に強打する。
「痛え…。」
激痛に涙が出た。
すると、外から声が聞こえてくる。
「もう目隠し外していいぞ。ただし、いきなり外へ出るなよ。目がやられるからな、ゆっくりだ。」
俺達はダルイ先輩の言葉に従い、ゆっくりと目を慣らしてから馬車の外へ繰り出す。
「カンザキ、何泣いてるのよ。」
「いや、その慣性がだな…。」
「…?」
なお、降車の際にはフィーネには恥ずかしいところを見られてしまったようだ。
馬車から降りた俺達の前には緑の丘が広がっていた。
そして、眼前にポツンと一つだけ洞穴が口を広げている。
ダルい先輩は洞穴を指差し、説明をする。
「あれが、お前らが初めて攻略するダンジョンだ。」
俺達は息を呑む。
「3人で最奥まで進み、ダンジョンの所有権を獲得してこい。それで攻略…新規開拓は完了だ。」
「すいません先輩、よろしいでしょうか。」
フィーネが挙手し、発言を要請する。
「何だよ。怠いな。」
嫌そうな様子でダルイ先輩が先を促した。
「そのダンジョン、敵は…居るんですか?」
フィーネは今、最も重要な点を確認する。
正直言うと、俺も気になって仕方がない。
モンスターさえ居なければ、ただの洞窟探検で済むが…もしモンスターが巣食っているとなれば…。
「それはだな。」
ゴホンとダルイ先輩が咳払い1つ。
「居るかもしれないし、居ないかもしれない。」
「は?」
そして、返ってきた答えは俺達の期待するものでは無かった。
ダルい先輩はキョトンとする俺達を他所に、解説を続ける。
「要は、分からない。ってことだ。お前ら、入ったことない場所のこと、分かんのか?」
「いえ…。」
ごもっともだった。ぐうの音も出ない俺達。
「それじゃ、俺は怠いからあの丘の先の町で待機してるわ。開拓が完了したら報告しにきてくれ。」
そして、随所でやる気の無さを感じさせる先輩である…。
「それで、あの…制限時間は…?」
ドルグが恐る恐る確認する。
「無い。」
時間で失格ということは無いようだ…。俺は密かに安堵する。
「制限時間は無い…が、俺の宿泊費は経費で落ちる。要はお前らがあんまりちんたらやってると、無駄な経費が発生してヒゲがキレる。」
息を呑む、新人3人。
「つまり、なる早だ。」
そこだけは楽しそうに告げる先輩。
「急いで行くぞ!お前ら!!」
「分かってるわよ!」
「焦りは禁物だよ!」
そして、俺達はダンジョンに向かって走り出した。
一方、後ろではダルい先輩が「まぁ…俺はその分サボれるし、手当も付くからいいんだけどな~。」と独り言を言うのが聞こえてきた。
ちくしょう。新人教育担当になったら経費で遊び倒してやる、と一人静かに心に誓った俺だった。
そして、俺達3人は息を切らせて洞穴へと到達する。
中へ進むと、ご丁寧にも入口は鉄格子で区切られているようだ。
「…モンスターが外に出られないようにしてあるのね。」
「居るか分かんないけどな。」
「まぁね…。」
ヒソヒソ声で話す俺達。
すると、ドルグがとあることに気づく。
「この格子…空いてる…。」
「なんだって?」
試しに押してみると、抵抗も無く鉄格子は奥へと開いていく。
「モンスター防げて無いじゃん…。」
ずさんな管理に思わずため息が漏れる。
だが、それでも行くしか無いのだ。
「それじゃ行くぞ…。」
「「おー…!!」」
やや小声で気合を入れる。声量こそ小さいが、それぞれの気合は充分なはずだ。
俺達は意を決して洞穴の奥へと進んでいく。
こうして、俺達3人の初めてのタンジョン攻略が始まったのである。




