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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第1部 新人営業のススメ。
20/75

攻略前夜

 食堂で異世界流の生姜焼き定食を平らげた俺は、今まで敢えて触れないでいた問題に直面することとなる。


「宿が無い…。」

 昨夜から、何一つとして進展しておらず…相変わらず俺は宿無しだった。流石に再度、フィーネを頼るわけにもいかないだろう。今度こそ殺されかねない。

 

「野宿は嫌だけど仕方ないのか…。」

 肩を落とし、再度寮の玄関口へと歩みを進める。


「おい、カンザキ。」

すると、不意に俺を呼び止める声があった。振り返るとそこには…。


「ぶ、部長!」

 ヒゲがこちらを向いて佇んでいた。



「ちょっといいか。」

「は、はい。」


 何かミスったのだろうか。恐る恐る返事をすると。


「貴様の部屋を先程手配した。」

そう、部長は告げた。


「へ…?」


「貴様の部屋を手配したのだ。二階の一番奥の部屋だ。」

 それは朗報だった。自分の帰る場所があることが、これ程までに嬉しいことなのだと改めて気付かされる。


「あ、ありがとうございます。」

 昨夜の一連の出来事が思い起こされて涙が出てきた。


「貴様、何故泣いているのだ…。」

「い、いえ…何でもありません。」

 俺は顔面を拭う。


「今は清掃中だ。しばらく時間が必要なようなので、風呂にでも入ってくるといい。」

 そう言うと、部長はこちらに折りたたまれた紙を差し出す。広げてみると、それは寮と本部のフロアマップだった。


「助かります。」


「貴様、臭うからな。さっさと行ってくれ。」

 そう告げると、部長は去っていった。 


 思えば、こちらの世界に来てから一度も風呂に入ったことはおろか、着替えたことすら無かった。

 就活を共に耐え抜いた俺の相棒(スーツ)もあちこちが汚れている。


「ありがとうございました。」


 改めて礼をして部長を見送った。

 こうして、俺の異世界における衣食住の問題は一応の解決をみたのである。


 異世界の企業(ギルド)は中々に福利厚生が充実していた。だが、業務内容は時に命の危険もあるダンジョンの攻略である。

 設備が利用出来るというのならば、有効活用させてもらおう…とそう思った。


しかし、ブラックなんだかホワイトなんだか…何とも区分しにくい企業である。





 


「失礼しまーす。」


 部長の案内に従い、俺は寮の浴場へと入る。

 

 更衣室で脱衣を済ませてドアから外へ出ると、そこは高い囲いで仕切られたスペースになっていた。

 隅の方にはレンガで作られた浴槽があり、雨避けとばかりに屋根が設置されている。

 四方にはマジックランタンが設置されており、優しい明かりで場内を照らしていた。風情もバッチリだ。


「おお!露天風呂じゃないか!!」

 この浴場も恐らく田辺氏の功績なのだろう。

 

 俺は身体を洗い、浴槽に浸かる。他に人は見当たらず貸切状態だった。


「癒される…。」


 身体を伸ばし、目を瞑る。これまでの疲れが抜けていくようだ。

 やや熱めの湯が俺の疲労箇所にダイレクトに響いてくる。昇天してしまいそうな心地だった。




 そのまま、しばらく露天風呂を堪能していたが、横で水音がする。

 誰かが浴槽に入ってきたのだろうか。


「どうですかな。この風呂は。」

 恐らくは今浴槽につかったであろう人物に、横から問いかけられた。


「控えめに言って、最高っすね。」


 深くは考えずに返答する。隣を見ると、初老の男性が湯に浸かっていた。

 

「それは良かった。」


挿絵(By みてみん)


 嬉しそうな様子の男性。恐らくはここの社員だろうが、気になった俺はふと確認してみる。


「えっと、あなたは?」

「私はしがない事務方の社員ですよ。」


 ハッハッハと笑う男性。物腰は柔らかく、どこか品が感じられる話し方をしていた。


 正直はっきりとしない返答だったが、それよりも今はこの露天風呂を堪能していたいと思った。

 それに、あまり人の名前をしつこく追求するものでもないだろう、そう思った俺は流すことにする。


「そうですか。」


 しばらく無言で湯に浸かる俺と初老の御仁。それにしても素晴らしい湯加減だ。


 

「貴方は、どこか遠くから来られたのですか。」

 ふと、男性がこちらへと問いかけてきた。


「そうですね…想像もつかない程遠くからやってきました。」


 何とはなく上を見る。目に入るのは木製の屋根だったが、ここから夜空を見上げることが出来れば最高だろうなぁと思った。


「それは大変だ。どうですかな、故郷が懐かしくなったりはしませんかな。」


「えっと、どうでしょうか。」

 飛ばされてまだ2日目である、そこまで深く考える余裕は無かった。

 俺は元の世界に戻ることが出来るのか、いや、そもそも俺は元の世界に戻りたいと思っているのか…。


「正直に言うと、良くわからないです。」

 考えてみた上での、現状での結論だった。


「そうですか。」


「実はまだ、入社して2日なので…。」

 俺は何となく申し訳なさを感じながら男性に告げる。


「いえ、良いのですよ。」

 男性は微笑む。


「えっと、あなたも遠方から来られたのですか?」

 そして、俺も気になったことを尋ねてみる。


「そうですな。私も随分と遠くまで来たものだと思います。」


「お互い、大変ですね。」

 男性に笑いかける。


「全くですな。」

 男性は、ハッハッハと笑い返してくれた。


 

 俺はいつしか、この男性に親しみを感じていた。


「実は、明日から初めてのダンジョン攻略でして…。」

 気付けば、俺は今の悩みを打ち明けていた。


 すると、男性は俺の目を見て聞き返してくる。

「不安ですかな?」


 それはまさしく今の心情をついた質問だった。


「不安です。」


 俺は正直に答える。何より、嘘を付く理由が無かった。


「そうですか。では1つ、つまらない話でも致しましょうか。」

そして、「ここから先は老人の戯言だと思って聞いてくだされ。」と前置きをして男性はゆっくりと話し始める。


「私も日々、不安にかられて生きております。」


「それは…どんな不安なんですか。」

 意外だった、ここまで紳士的な男性であれば、日々を悩むこと無く謳歌しているものかと思ってしまっていた。


「そうですな…日々、些細なことで苦悩しておりますが、最近専ら思うことは、いつまでこうして動けるのか…。ということですな。」


「そんな…元気じゃないですか。」

 物騒な単語が出てきたために、思わず俺は反論していた。


「今はね…。それでもこの歳になってくると段々と見えてくるのですよ。終わりがね。」


「…。」

 どこか遠くを見る様子の男性に、俺は言葉を紡げずに居た。



「悩んでいるのは貴方だけではない。世の中の人々は、みな日々、苦悩しがら生きているのです。それが、人間であるということなのですから…。」


 或いは、それはフィーネやドルグ、ダルバインさんやカイルさんやヒゲ部長、そして元の世界の陽一や両親も同様なのだろうか。そんなことをぼんやりと考える。


「それぞれの苦悩の辛さは定量では表せない。その人のそれまでの人生や現状、それらを踏まえた上での辛さなのです。そして、それを理解すること…それが人の痛みを知るということだと私は思うのです。」


 とても真っ当な意見だと思った。それこそが、いわゆる道徳教育というやつなのだろう。


「おっと、話が逸れましたな。」と老人は再び語り始める。


「貴方はまだお若い。きっと、これから先に様々な苦難が待ち受けているでしょう…ですが、そのいずれの経験もきっと貴方の糧となる、ご自分だけの歴史となるのです。」


「自分だけの…歴史…。」

 男性の言葉がふと、口をついて出る。


「人は平等ではない。だから、貴方なりに失敗なさい、苦労なさい。それは全て貴方だけのものなのですから。」

 

 幼い頃は、人は平等だと教え込まれた。だが、世の中はそうは出来ていない。全ては競争の上で成り立っている…それを就活で、痛い程に思い知らされた。

 

 男性の言葉はまるで、俺の現状を見透かしているかのように聞こえた。


「そして、その上で貴方はご自身の進む道を決めたら良いのです。時間はまだまだありますからな。」


「そういうもの…ですか。」 


「ハッハッハ、いずれ分かる時が来ますよ。では、私はこれで。」

 そう言って、男性は湯から上がる。



 彼の言っていることはおそらく半分くらいしか理解出来なかったが、自分もあんな風に歳を取りたいと、そう思った。


 そして、俺はしばらく待ってから浴場をあとにした。

 着替えの最中に男性と鉢合わせになると、若干気まずい。


 これも、俺のささやかな苦悩ということになるのだろうか…。

 そんなことを考えつつ、着衣を済ませて更衣室を出た。





 マップを頼りに部長の手配してくれた部屋へと到着した俺は早速、ベットへと潜り込む。

 

 わけの分からない理由で異世界へ飛ばされ、わけの分からない仕事にまさに明日取り組むこととなる。

 だが、不安は以前よりも小さくなっていた。それは、或いはフィーネとの誓いのお陰かもしれないし、風呂場で会った初老の男性のお陰かもしれない。


 とにかく、俺は今やれることをやるしかないのだ。


  そう、決意を固める。


しかし、あの人は一体誰だったのだろう…。そんなことを考えていた俺だったが、気付けば泥のように眠っていた。


きっと、疲労のせいだ。



 そしてその夜は夢を見ることはなかった。




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