俺にイオ◯ズンは使えない ②
それは朗報だった。
「勇者様…目標地点を…発見…致しまし…た!」
全力で野営地まで駆け抜けてきたであろう斥候は、息も絶え絶えに告げる。
報告を受けた俺は、驚きを隠せなかった。
「何だって!?」
荒野を探索すること一ヶ月。今回の標的……この地に救うと言われる魔王。攻略部隊はついにその住処を見つけたのだ。
「幻惑の結界で我々の認識を阻害していたのです。先程、結界を解除致しました。実際には…ほら…」
斥候の言葉に従い、右手を見る。
すると、先程まではただの岩場であった筈の箇所にはぽっかりと大穴が開いている。
その場所たるや、まさに野営地とは目と鼻の先であった。
「こんなすぐ近くに…。おのれ!!」
「いかが致しましょう…。」
悔しさに打ち震える俺に、おずおずと斥候が尋ねる。だが、答えは決まっている。
「全隊員をここへ集めよ!!」
部隊の総隊長たる俺は、全隊を招集した。
ものの10分もしない内に、彼等は集まってきた。
気付けば、眼前には見渡す限り屈強な男達が並んでいる。
以前であればその光景に足がすくんでいたことだろう。だが、俺は臆することなく声を張り上げる。
「聞け!!ついに、件の魔物の住処が見つかった!!」
「何だって…。」「本当に俺達で勝てるのか…。」「おい…。」「やっぱりあの洞窟がそうなんだ…。」
屈強な見た目に反し、隊員達の間に動揺が広がっていた。
我が隊ながら、情けないとは思う。しかし…このままではダンジョンの攻略もままならないだろう。
俺は彼等の不安を払拭すべく、声を上げた。
「だが、諸君に負けは無い!何故なら、世に名高い…この勇者カンザキが付いているからだ!!」
すると、しばしの静寂に場が包まれる。
そして…。
「そうだ…俺達には勇者カンザキが居るじゃねえか!!」「あぁ!!間違いねえ!!」「俺達の勝ちは揺るぎねえ。」「勇者万歳!!」
俺は隊員達から喝采を浴びることとなった。
獣の如き身体能力、魔族にも劣らぬ魔力適正、そして…王族をも凌ぐカリスマ性。それらを兼ね備えた圧倒的ポテンシャルの持ち主、勇者。
そんな、誰もが憧れる勇者として生を受けてから20余年。各地の魔物を討伐し続けた俺は、今や大陸全土から英雄として称えられていた。
そう、俺は特別な存在なのだ。その証拠に今回も、満場一致で攻略部隊のリーダーに選ばれている。
俺は、腰に下げた聖剣カラドボルグを掲げ、最終確認を行った。
「皆の者!準備はいいか?」
すると、鬨の声があがる。部隊の士気が最高潮に達していることが見て取れる。
この様子ならば、何も心配は要らないだろう。
「突撃!!!!!」
俺の掛け声と共に、攻略部隊はダンジョンへ向かって進軍を開始した。
ダンジョン内部における戦いは熾烈を極めた。
それを表すかのごとく、足元には魔物達の死骸が転がっている。一方で人間側にもまた、負傷者が続出し、甚大な被害が出ていた。
だが、俺達は自らの矜持、そして全ての平和を願う民達のために戦っているのだ。
ここで撤退するという選択肢はもとより無かった。
迫り来る魔の手、相次ぐ脱落者…そんな、苦境を乗り越えた俺たちは遂に最奥部に辿り着く。
「出てこい!ダンジョンの主よ!!」
「ったく…うるせえな…」
俺の呼びかけに応えて奥からダンジョンの主が姿を現す。恐らく、人間タイプの魔物のなのだろう。知能が高く、特に注意を要する相手だ。
だが、その姿を見た俺はかろうじて声を絞り出すことしかできなかった。
「陽…一…?」
そこには、スーツを着てカバンを持った日立 陽一が立っていたのだ。
そして、その口からは『毒』が吐き出される。
「お前さ、いつまでそうしてるつもり?」
「え…いやその…お…怖気付いたか魔物め!!」
「いや…そういのもういいから…」
「この聖剣カラドボルグg」
「その、あ~カラドボルグっていったか。それどこにあんのよ?」
手元を見る。さっきまで確かにあった感触がそこにはなかった。
「え…!?あれ?無い?俺の聖剣が…力が…」
「お前は特別な武器なんて持って無いだろうが。」
「そ…それなら俺の仲間達が」
「あーアホらし…」「何が勇者だよ」「いつまでも頭の中お花畑ですかー?」「もういい大人だろうに…」「帰ろ帰ろ」「4月からは新生活だー」
それまで俺の後ろに居た攻略部隊は、まるで俺の発言を遮るかのように文句を言いながら、解散していく。その姿を見れば、みんな鎧では無くスーツや作業着を身に付けていた。
呆然とする俺に再び、魔物は『毒』を吐く。
「お前って…そんなに友達居ないよな?」
「う…うるさい…」
これは魔物の精神攻撃なのだ。現に俺のSP<スピリチュアルポイント>が削られていくのがよく分かる。
その証拠に、腕に力が入らないのだ。
「ったく…しょうがねえな」
そう聞こえた時には、もう陽一…いや、違うあれは魔物だ。魔物が目の前に立っていた。
そして陽一は俺の耳に囁く。
「認めろよ、いい加減」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
「お前はさ」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」
「特別なんかじゃ無いって」
「やめろおおおおおおおおおお」
俺は目を覚ました。
時計を見ると、ターナーズギルドとやらの面接まであと2時間しか無い。俺は急いで履歴書を完成させた。
手の中に聖剣の感触は、やっぱり無かった。
俺は陽一に対して、コンプレックスを抱えている。今朝の夢はまさにそれだった。
友人として、あいつは俺に対して対等に接してくれている。だが、社会はそうではないのだ。
世間からの評価では、間違いなく俺はあいつに劣る。
大手メーカー内定とNNT。それはだれが何を言おうが覆らない事実。周囲の評価など、そんなものである。
だから、俺は自分が特別な存在だと思い込むことで自分を守ろうとしてきた。何故ならば…ゲームの中の勇者は常に特別で、俺の憧れそのものだったのだから。
分かってはいるのだ。自身が結果も出せずに、ただ逃げようとしているということは。
だが、そんな中でも自分自身に特別な何かがあるのではないかと期待をしてしまっている自分もいる。
人はいつしか、自分が特別では無いことを認識し、社会の中で暮らしていく。もちろん、一握りの人々は素晴らしい才能を発揮し「特別な存在」として生きている。だが、そんなのは全体の数パーセントの割合でしかない。
それは頭では分かっていた。だが、俺はまだ自分が凡人…いや下手したら凡人以下だと認めることが出来なかった。
本当の意味で、俺は大人になれなかったのかもしれない。
たが、自分の唯一の救いである、ゲーム関係の仕事で頑張れるならば、何かを変えられるのかもしれない。
(胸を張って、あいつと対等な立場で肩を並べることが出来るかもしれない…。)
そんな思いを抱きつつ、俺は面接会場へと辿り着いた。