俺と経費と生姜焼き定食
今日一番の目的を達成した俺は、空気の抜けたような気分だった。
あれだけ心配をしていたフィーネとの関係修復は、終わってみればビンタ一発で解決してしまった。
これも、彼女の性格ゆえなのだろう。思えば宿無しの俺に一晩の情けをかけてくれたのも彼女だ。ふと、俺はフィーネの方へと視線を向ける。
「…何よ。」
怪訝な様子でこちらを見る彼女。
「いや…お前っていい女だよなぁ、と思って。」
俺は思ったことをそのまま言葉に出す。
…うん…?
我ながら…何かとんでもないことを口走ったような…。
フィーネがみるみる紅潮していく。
「あ、いや違う。そうじゃない!!全然いい女じゃないよお前!いや、それも違くて、あくまで俺が言いたかったのは性格がだな!でも見た目もわるくな…」
バッチーン!!
「ばっかじゃないの!?」
絶叫と共にビンタを浴びせられた俺は、再び地面に転がっていた。
衝撃を受けたのが左頬だったのは、彼女の思いやりだろう…。
「やっぱり、いい女だよ…。お前。」
俺は地面に向かって一人呟く。
フン、とこちらに背を向け、鼻を鳴らすフィーネ。そして、彼女はポツリとつぶやく。
「とりあえず…。」
「え?何だって?」
よく聞き取れなかった俺は聞き返す。
「とりあえず…褒めようとしてくれたのは分かった。」
そして、一息つくと…。
「ありがとう。」
振り向いた彼女は、口を尖らせながらそう言った。その顔は、真っ赤なままだった。
「えっと…どういたしまして…?」
俺もやや困惑しつつ返す。
「そ、それじゃ、私は本部まで戻るわ。じゃあね!」
そう告げるとフィーネは、前方へと向かって歩き出した。俺は慌てて身を起こし、彼女の歩いていった方向へと向かう。
そのまま数歩、歩みを進める俺達。
…。
「ちょっと!何でまた着いてくるわけ!?」
追跡に気付いた彼女が振り返りつつ、声を上げる。
俺は正直に事情を説明することにした。
「すまん…助けて欲しい。」
「一体どうしたのよ…。」
「帰り道が!!分かりません!!」
俺の悩みは切実だった。
その後、フィーネの案内で何とかギルド本部にたどり着いた俺は経費の精算を済ませるため、本部内に併設されていた事務部まで来ていた。
領収書と1000リルを経理担当に手渡す。精算の窓口は眼鏡の似合う女性だった。
「はい、確かに受け取りました。」
「どうもです。」
「えっと、あなたは確か…営業部のお尻が割れたとか…」
「新人のカンザキです。」
危うく不名誉な話題が出そうだったのを遮る。
「あぁそうそう!カンザキ君。私は経理担当のクリスティーナ、クリスでいいわ。よろしくね。」
「よろしくお願いします!」
思えば、事務部に足を踏み入れるのも初めてだった。
「しかし君、真面目なのね。」
「そうですか?」
「1000リルあればまだ他に何か買えたでしょう。」
そう言えばそうだ。ロリ店主やフィーネとのインパクトが大きすぎてすっかり忘れていた。
会社からの支給なのだから、限度ギリギリまで使い切るのが一番理にかなっている。
そして、クリスさんは続ける。
「領収書って品目の明細までは分からないじゃない。」
「そうですね。」
確かに、一般的な領収書には金額と店名と宛先が書かれているだけで購入の詳細までは分からない。
「だから、必要だ。とか言って変なもの一緒に買ったりする人もたまにいるのよ。」
やれやれ、と首を振る
「信じられる?カイル君なんてお酒買い込んだのよ。」
「それは…いいんですかね。」
「まぁ、後でこっぴどく怒られたみたいね。」
「…でしょうね。」
「今では、活躍のおかげで武勇伝の1つみたいになってるけど。」
いいんだが悪いんだが、とため息をつくクリスさん。
「要は…結果出した者が全て、ってことなのよ。」
確かにカイルさんは歓迎会の席でも偉く上の方々に気に入られている様子だった。
「そんなもんですか…。」
結果主義なのか…心しておこう。
「まぁ、何にせよ明日は頑張ってね。」
「はい、ありがとうございました。」
クリスさんから激励を受けた俺は、お礼を言って事務部をあとにする。
一日中動き回っていたために身体はクタクタだった。俺は、早々に寮へと戻ることにした。
寮へと戻った俺は、併設されている食堂へと向かう。
「とにかく腹が減った…。」
しかし、よく考えると俺には手持ちの金が一切ない。ダメ元でカウンターの学食担当らしき恰幅の良いおばちゃんに交渉を持ちかける。
「あの…。」
「なんだい。」
面倒くさそうにこちらへと振り返る。
おお、絵に描いたような食堂のおばちゃんだ。
「実は、今手持ちが一切なくて…。」
「なんだ、新人さんかい?」
「はい、カンザキといいます。昨日からこちらでお世話になっています。」
「金が無いって言ったね…食費は補助があるから大丈夫さ。」
「そうなんですか。」
「丁度いいや。ほら、肉を食いな!」
そう言うと、米と焼かれた肉とスープをお盆に乗せてこちらへと寄越す。
これはまさしく…。
「生姜焼き定食!?」
「おや、よく分かったね。」
「なぜ、こんなところで生姜焼き定食が…。」
「なんでも、このメニューは創業者の大好物らしくてね…試作に試作を重ねて作り上げたそうだ。」
田辺氏か!ありがとう田辺氏!
やはり、異世界に来ようと故郷の味は恋しくなるものなのだろう。
「ありがとうございます!」
「ほら、後ろ詰まってるからさっさと持ってっとくれ。」
見れば、先程までは自分一人だった列が伸びていた。腹を空かせた先輩方がこちらへ睨みをきかせている。
「申し訳ありませんでしたー!」
俺はトレーを持って、逃げるようにその場を去る。
ちょうど、出口付近に空席が見つかったのでそこへトレー下ろし、着席する。
初めての社食だ。
「いただきます!」
そして、口に運んだ生姜焼きはまさに元の世界で食べていたソレだった。
ご飯も、食感は従来の米よりもやや歯応えが強く、食感は硬めだったが代替としては十分だ。
心の中で田辺氏に感謝をしながら、俺は夕食を食べ進める。気付けば完食していた。
初めての社食…豚(?)の生姜焼き。
「ご馳走様でした!!」
生姜焼き、美味しいですよね、




