初めての買い出し④
ロリ店主の店を出た俺達は、10番街を歩いていた。
「えっとですね。フィーネさん。」
俺は前を歩くフィーネと何とか会話のきっかけを掴もうとするが、取り付く島もない。
「あの、お話を…。」
そして、気付けばフィーネとの距離が広まっていた。おかしい…。
何とか追いつこうとするも、フィーネの歩くスピードがやけに早いのだ。だが、ここで置いて行かれるわけには行かない。負けじと俺も歩調を早める。
あと数歩で追いつける距離までせまったところで、こちらに気付いたフィーネが更に歩く速度を引き上げる。そして、俺もそれに引きずられるようにして、それ以上に速度を上げた。
もはや競歩である。
「はぁ…。」
そんなやり取りを繰り返すうちに、やがてフィーネが諦めたかのように立ち止まり、嘆息する。
「どうだ、参ったか。」
俺は膝をプルプルと震わせながら、勝利を宣言する。
「えっと…あなたってやっぱり阿呆なの?」
彼女は呆れ返っていた。
それからフィーネは観念したのか、あるいは逃げるのが馬鹿馬鹿しくなったのか…歩調を早めることは無くなった。
俺の粘り勝ちである…多分…おそらく…きっと…。
「あっちに川があるわ。そこで休めましょう、膝を。」
彼女のその言葉に従い、震える膝で歩くこと数分程…気付けば俺たちは川沿いに来ていた。俺とフィーネは木の幹を挟んで座る。通り抜ける風が心地良い。
このまま、日が暮れるまでこのままでも居るのも悪くないと思えた。
「それで…何よ、話って。」
そんな中、彼女から背中越しに本題を切り出される。
「変なことしたら承知しないわよ。」
釘を刺すのも忘れない。
「分かってる。」
立ちあがると、俺はフィーネの居る方へと回り込む。自然と座ったままの彼女を見下ろす形になる。
「…何よ。」
「申し訳ございませんでした!!!」
そして、全力で土下座をした。額はもちろん地面にこすり付ける勢いだ。
目をパチクリとするフィーネ。
こういう時は理由をあれこれ話すよりも、まずは謝意を示すこと。それが大事なのだ。俺の短い人生の中で得た数少ない教訓の一つである。
そして、しばらくそのまま時が流れた。
「…一回…。」
ふと、頭上から声が掛かる。
「一回で許してあげる。」
俺は顔を上げ、フィーネをまじまじと見つめる。本来ならば衛兵に突き出されても文句は言えない立場だが…彼女は許してくれるという。
「一回って何?」
「本気のビンタ一回。」
そう言って彼女は俺を立ち上がらせた。いくら本気と言えど、ビンタならばそこまで酷いことにはなるまい。
俺は頷いて同意の意を示す。そもそも、拒否権など無いわけだが…。
「いくわよ。」
俺は軽く目を瞑る…だが次の瞬間。
右頬に目が回る程の衝撃。
気付けば俺は、地面に倒れこんでいた。なんつー馬鹿力だ…。きっと頬っぺたには漫画のごとく、平手打ちのマークが残っていることだろう。
「まぁ、部屋に泊まらせたのは私だし、防衛も行き過ぎなところあったから…今ので許してあげる。」
フィーネは若干不機嫌そうな顔で俺に告げた。
やったぞ…ドルグ。フィーネと仲直り出来たぞ。多分…。
地面に突っ伏した俺は涙を堪えるのに精一杯だった。
いろんな意味で…。
しばらくして、俺達は木陰で隣り合って座っていた。
先程の土下座とビンタのおかげで、幾分かは信頼を取り戻せたようだった。相変わらず衝撃を受けた頬は痛むが、必要な痛みだと割り切る。
そんな中、フィーネがポツリポツリと語り出す。
「私…魔法や呪文に憧れてた…って話は前にしたよね。」
「あぁ。」
「今でも、時々魔法道具なんかを見に行ったりするんだ。」
それであの店に居たのか。
「だからね、あなたが私に痴漢行為を働いたこと…憧れを冒涜されてるような気がして…正直言うと、今でもまだモヤモヤしてる。」
「…。」
そうだ…俺は仮初めだとしても幼き日に彼女が憧れた存在そのものだった。
急に自分の行いが恥ずかしくなる。だが、昨夜の出来事が無ければ俺は何も出来ないただの痛い野郎となってしまう。
どうあっても神は彼女に対して誠実であることは許してくれないようだった。
「ごめん…。」
つい口先だけの謝罪の言葉がついて出る。
「…。」
俺たちは互いに下を向いて黙り込む…。 居たたまれない空気が辛かった。
「まぁ、許すって決めたからね…さっき。」
彼女はそう言うと、顔を上げる。そして、真剣な目で俺に要求を突きつけてきた。
「もし、まだ私に対して負い目を感じるようであれば…この先のダンジョンの攻略で私…いや、私達を全力で助けると…今、誓って下さい。」
「え…。」
「誓って下さい!」
戸惑っている俺に、繰り返し彼女は告げる。そして、その真剣な表情と目が合った。
その目を見た瞬間に、ふと様々なことが思い起こされる。
中学時代に部活に真剣に取り組んでいた同期。大学受験に全てを捧げるつもりだと語っていたクラスの同級生。そして、面接の場に居た他の就活生達…。
みんな、同じ目をしていた。
一体、いつからだろう。それらを勝手に『くだらないもの』として位置付けてしまったのは…。
思えば、何かと理由を付けて嫌なことから逃げてばかりの人生だった。遂には世界そのものから逃げ出すことになってしまったのだから笑えない。
だが、もしも変わるきっかけが今、ここにあると言うのなら…。自らの憧れを汚した俺を、それでも許してくれると言うならば…。
「誓う!お前らを守ってみせる!」
そう、宣誓した。
「難しい理屈は考えない。俺は今、自分に出来ることを精一杯やり遂げよう。」
自分に言い聞かせるように呟く。
この時俺は初めて『責任』の二文字を背負うこととなったのである。
そして…。
「まぁ、60点ってところかしらね。」
俺の恥ずかしい宣誓を、余すところなく聞いていたフィーネはそう評した。
「辛口採点っ!?」
最後の最後で彼女は手厳しかった。