初めての買い出し③
「よかった…。怖いおっさん居なかった。」
ロリ店主に連れられた俺は、店の奥の個室で安堵して一息ついていた。
そこには椅子・テーブルやキッチンがあり、1人位であれば生活が出来そうな空間になっていたのだ。お待ちかねの休憩が出来る場所というやつである。
「そんな無粋なもの、この芸術的な店内に置いておくワケなかろう。」
店主はやや、憮然とした様子だ。
「いや、居ないならいいんです…。それより、ありがとうございます。」
…芸術的の部分には触れないでおく。
「ワシは椅子を貸しているだけじゃろう。」
「それでも、世間が冷たすぎて…今はロゼリーヌさんが女神に見えます。」
「まったく、調子の良いやつじゃのう…。」
満更でも無さそうだった。機嫌を良くしたのか、店主はゆっくりと立ち上がる。
「あの、どうかしましたか。」
「しばらく待っておれ。」
そしてキッチンで何かをやり始めた。
しばらくすると、良い香りが漂ってくる。
元の世界で言うところの、ハーブ系の香りだ。アロマ…と言えば良いだろうか…。匂いを嗅いでいるだけで疲れが取れるような気分になる。
数分後、彼女はトレーにティーカップを乗せて戻ってきた。
「ほれ、茶じゃ」
「ありがとうございます!」
まさか、お茶まで貰えるとは思わなかった…至れり尽くせりだ。走りっぱなしで喉がカラカラだった俺はすぐにお茶を頂くことにする。
「いただきます。」
そして口に入れた味は、予想通り爽やかなハーブの味わいだった。
素直にうまい…。
「これは…美味しいですね。」
「特製の薬草茶じゃ。疲れてそうだったのでな、疲労回復に効果のあるものを選定させてもらったぞ。」
「やはり、あなたは女神か…。」
「ま、まぁ…好きなだけゆっくりとしていくとよいぞ。」
やっぱり満更でもない様子だ。
「ありがとうございます!!」
「お、おおう。」
気付けば、俺は最敬礼していた。まったく、どこぞのクソッタレ女神にも見習って欲しいものだ…。
「それで、お主のその格好はなんじゃ。」
茶会も一段落といったところで、俺は自分の格好について指摘される。
「やっぱり、変ですかね。」
「変というか…お主はその格好で何をするつもりなのか分からん。」
「一応…ターナーズの新人営業です。」
その名前を聞いた瞬間、どこかロリ店主の目つきが鋭くなった気がした。
「お主、得物は何じゃ。」
「これです。」
俺は杖を差し出す。
「ッ!!これは…!」
店主は杖を見て、明らかに動揺していた。
「えっと…その杖が何か…。」
「いや、何でもない。それより、お主自身はどう考えておるのじゃ。」
店主は冷静さを取り戻すように、努めて平静に告げる。
「そうですね…やっぱりこの格好はダンジョンだと辛そうかな…とは思っています。」
「まぁ…その珍妙な服装ではやりづらかろうな。ついて参れ。」
俺達は、個室を出て再び店へと戻った。
「さっきよりも店の中、暗くないですか?」
先程まで見えていた、謎の液体達がうまく識別出来ない。
「このところ、マジックランタンの出力が安定しないでな…。ちょっと待っておれ。」
そう言って彼女は手の上に光球を作り出した。
「おお!凄い!ってか眩しっ!」
「ちょっと待っておれ…。」
ちょうど周囲が見渡せる位の明かりになってくる。どうやら、ロリ店主が光量の調整を行ったようだ。
「あ…あの!それは魔法ですか?」
ポカーンとするロリ店主。
「お主、魔法のことを何も知らずにここに来たのか!?」
「恥ずかしながら…。」
「本当に恥ずかしい奴じゃな。」
毒舌が刺さる。言うべき時には言うんだな…この人。
「さ…さーせん…。」
確かに、この店を訪れるような人は多少は魔法の知識があるのだろう。異世界出身の俺にはどうしようもないことだが…。
ロリ店主はウォッホンと咳払いをする。
「いかにも。これは光魔法である。」
どうやら教えてくれるらしい。
「一般的には、マジックランタンにこの光魔法を放り込み、夜間の明かりとするのじゃ。」
そういえば、昨夜の歓迎会の会場の明かりも似たような光源だった気がする…。あれはマジックランタンというのか。
「そして、この光はマジックランタンに入れれば一定時間、光を放った後に消失する。入れない場合には魔法使い本人の意思で消すことができるのじゃ。」
便利なものだ。
「ど、どうやって使うんですか?」
気になった俺は訊ねる。
「手の平に光の魔力を集めるのじゃ。」
手に…魔力…光…。残念ながら何も起こらない。
「お主…才能無さそうじゃのう…。」
「そ…そんなはずは…。」
魔力は貯蔵されてるはず…なのに…。
「まぁ、魔力の適性は人それぞれじゃからな。」
そもそも、天使達に無理矢理身ねじ込まれた魔力なのだから適性もクソも無いような気がするが…。
そうこうしている内に、俺達は魔法使い用の装備品一式を取り揃えた場所にたどり着く。
「魔法使いの装備はローブが基本じゃ。」
「成る程、イメージ通りです。」
RPGでも魔法使いが鎧を装備しているのは、余り見たことがない。
「…何を想像したかは知らんが、ここにローブがある。好きなものを選んでくれ。」
そういって、ロリ店主は黒々とした一体を指差す。恐らく、箱の中にローブが折り重なっているのだろう…。扱いがぞんざいだ…。
「ありがとうございます。」
だが、そんなことを気にしている場合ではない。
明日の攻略に向けて、装備を揃えなければならないのだ。贅沢は言ってられない。
「では、決まったらまた呼んでくれ。」
そう言ってロリ店主は去っていった。あれやこれやとオススメを紹介してくるアパレルショップが苦手な俺にはありがたかった。
早速ローブを見繕う。好きなのを選びたいところだが、俺には予算2万リルという制約がある。
「さて、ローブの相場ってのはどんなもんかな。」
見てみると、ローブの価格は実に様々だった。最も安いものは5000リル程度だが、高級品となると10万リルを超えている。(尤も、扱いはどれも乱雑だが…。)
貨幣の価値は未だにハッキリとは分かっては いないが、ローブの値段を見るに、恐らく1リル=1円と見て良さそうだ。
そして、ローブを漁ること半刻ほど…俺は布の山の中から濃紺のローブを見つけ出した。
生地は厚手で、防御力が高そうな気がする。羽織ってみると、少し大きめだが、ちょうど良い大きさに思える。
だが、何よりも『インナー・装備一式付き』というタグが決め手になった。
ちなみにお値段、1万9000リル。
「す…すいませーん」
言われた通りにロリ店主を呼ぶ。
すると「決まったかー。」の声と共に、再び上からロリ店主が降って来た。
何故、いつも降ってくるのか。
「これ下さい。」
俺は金貨2枚を渡し、店主に告げる。
「ふむ、厚手のものを選んだか…。実利重視じゃな。」
「サイズも大丈夫そうなんで。」
「そうか、良い買い物をしたな。オマケも付く掘り出し物じゃぞ。」
そう言って店主はお釣りの銀貨一枚を寄越す。
なるほど、銀貨一枚で1000リルか…。
そして、俺は大事なことを告げる。
「あの、領収書いただけますか。」
すると、店主はどこからか領収書の束を取り出し「宛名は何とする。」と尋ねてきた。
「前株のターナーズ・ギルド、でお願いします。」
「ほれ、書いたぞ。」
金額と宛名が記載された領収書を受け取る。内容に間違いはない。
「どうも。」
そして、最後に…とばかりに真剣な様子の店主から忠告を受ける。
「決して訓練を怠らないようにな。己の力量を信じられるものこそが救われるのじゃ。」
「は…はい…。」
「何か不安じゃな…。まぁ、せいぜい気をつけての。」
そう言ってロリ店主は奥へと引っ込んで行く。
「本当、ありがとうございました!!」
俺は深々とお辞儀をする。何から何まで世話になってしまった…。今度、何か必要になったらまたここに買いに来よう。
俺は店主を見送ったのち、ローブとお釣りを持って店の出口を目指す。
だが…。
「きゃっ!」
「うわっ!」
その途中、誰かとぶつかってしまった。
二人して倒れてしまったらしい。
「…す、すみません…。」
「いえ、こちらこそ…」
立ち上がって相手を見ると、幸か不幸か見知った顔がそこにあった。
「…フィーネ…。」
まさに捜していた人物が尻餅をついていた。
「あら…暴漢じゃない。」
立ち上がり、俺の顔を見て一瞬で不機嫌になるフィーネ。あぁ…逃げ出したい。
でも、ドルグと約束したからな。
「えっと…話が…したいんだけど…。」
俺は何とか謝罪をしようと切り出す。
「話すことなんてないわ。」
「そこを、何とか!」
「くどい!」
俺とフィーネの押し問答が続く中。
「うるさい!外でやれ!」
奥からロリ店主に怒られてしまった。
「ご、ごめんなさい。」
「申し訳ありません!」
こうして、俺達は『マジカルショップ・ロゼリーナ』から追い出されたのだった。
「ちょっと!貴方のせいで怒られたじゃない!!」
「今のは俺のせいだけじゃないだろ!!」
相変わらず、口論をしながら…。
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「あれが、今回の転生者か。」
騒がしい客の去った店内で、彼女は呟く。
「魔法適正の無い異世界人に呪文を与えるとは…ライラも面白いことを考える。」
やはり、彼女のアイデアには退屈しない…それは長年の経験から得た教訓である。
「吉と出るか、凶と出るか…。いずれにせよしばらくは様子見じゃな。」
そして、彼女は薬草茶を口に運ぶ。
「まぁ、せいぜい足掻けよ即席の大魔導殿。またのご来店を。」
マジカルショップ店主ロゼリーナはそう言って、一人楽しげに笑うのだった。
文中の点線は視点移動として使っていこうと思います。




