初めての買い出し②
数分後、俺はフィーネに謝意を伝えるべく同じ方向へ向かって街を歩いていた。歩いていたはずだが…。
「どこにも居ない…。」
気付かれて撒かれたか…。或いは方向が違っていたか…。まずは彼女を探し出さなければ、話どころでは無い。
だが、それ以上にまずい問題があった。
「迷った…。」
そもそも、俺は街に来た経験など無かったのだった。
まさか、齢二十二にして、迷子になるとは思わなかった。
普段ならスマホの地図機能で迷うことなど無かったが…生憎と身ひとつで転送させられた俺には何の道具もない。まぁ、異世界でGPSが機能するはずも無いのだが…。
失くして初めて分かるテクノロジーのありがたさであった。
とりあえず、女神のおかげで言葉は通じるようなので、街について地道な聞き込みを行うしかあるまい…。大人だとハードルが高いから、まずは子供に聞いてみることにする。
「そこのお嬢さん。ちょっといいかな。」
俺は付近で遊んでいた少女に話しかける。
「駄目です。知らない人と話してはいけないと言われました。」
異世界でもご立派に不審者対策がなされていた。いや、なんでやねん。
俺はプライドを捨て、少女に頭を下げる。
「そこを何とか!!」
「怪しいですね、人を呼びますよ。」
「いやいや、それはちょっと大げさじゃないかな。」
これはまずい流れではなかろうか…。俺は、思わず一歩後ずさる。
「誰か-!変出者に連れて行かれる-!」
「こいつ!本当に呼びやがった!!」
少女の叫びを聞きつけ、人が集まってくる。
「なんだなんだ?」「人さらいだってよ。」「露出魔が少女を連れ去ろうとしたらしい。」「変態は死刑よ!」
途中から情報がねじ曲がって伝播していた。たまらず俺はその場から走り去る。
「あ!変態が逃げたぞ!」「捕まえろ!」「とっ捕まえて去勢しろ!」
「ふざけんな!俺は変態じゃない!」
…多分。
「うるさい。変態はみんなそう言うんだ!あいつを捕まえて!」
先程の幼女の叫びが聞こえてくる。
異世界でも世間はどこまでも俺に冷たかった。
「ハァハァ…ゼェゼェ…。」
人集りから逃走した俺は、気付けば街の外れまで来てしまっていたようだ。先程と比較すると、人の通りもどこかまばらになっている。
走り疲れた俺は、その場でへたり込む。
「えらい目にあった…。」
もはや、人探しどころではなかった。まずは自身がどこに居るかを把握しなければならない。だが、それ以上に…。
「とりあえず、休みたい。」
俺は付近で店を探すことにした。
しかし、町外れだからだろうか…どこの店も閉店の様子であり、活気が余り感じられない。10件程振られ続けた俺は、ようやく営業中であろう店舗までたどり着く。
だが…。
「マジカルショップ・ロゼリーナ…。」
看板にはそう記されていた。
「怪しさしか感じられねえ…。というか何屋だよ…。」
半ばぐったりとしつつ、扉を開けて店の中へと入る。予想通り、いらっしゃいませの言葉は無い。店内を見渡すと店内は思ったよりも広いが、照明はまばらで薄暗い雰囲気だった。
やはりというか…人は見当たらない。
「あのー…どなたか…。」
中へ呼びかけても返事はもちろん無い。だが、ここで諦めるという選択肢も無かった。
俺は恐る恐る奥へと進んだ。
店内には謎の液体が瓶に詰められて、そこかしこに並べられている。それらは、薄暗さと相まって不気味な様相を呈していた。
そんな中、なけなしの勇気を振り絞って、俺は恐る恐る中へ呼びかける。
「すみませーん。ここはどんな店なんでしょうか。」
ぶら○途中下車の旅かと言いたくなるシチュエーションである。
すると…。
「ここは選ばれた魔法具の集う、選ばれた者たちの店じゃ!」
俺の疑問に対する回答と共に、唐突に空からローブ姿のツインテールの幼女が降って来た。
そして目の前に華麗に着地。
「おー。」
思わす俺は拍手をしていた。
「いや!そうじゃなくて!」
気を取り直して、俺は幼女に問いかける。
「えっと、店番ご苦労様。店主はどこに居るのか教えてくれないか。」
「ワシじゃ。」
胸を張って答える幼女。こいつは何を言ってるんだろう。そして、幼女はこちらを訝しげに覗き込む。
「なんじゃ、お主見ない顔じゃのう。」
「えっと、昨日ここに来たばっかりで、というか店主はどこに…。」
そもそも、さっきから何でこんなに偉そうなんだ…こいつは。
「おっと、これは失敬。ワシはこの店を預かる者。名をロゼリーナと申す。」
そういって幼女は紙片を取り出し、こちらへと差し出す。
「これはどうも、ご丁寧に。」
受け取った俺は紙片を覗き込むと…。
『マジカルショップ・ロゼリーナ
店主 ロゼリーナ
ベルディア 10番街にてお待ちしております。』
と記されていた。
名刺なのか…これ。裏面を見てみると…。
『魔法に関する問い合わせは是非、当店へ。』 と手書きで書いてある。
そして、俺はこの名刺から2点の情報を手に入れたことに気づく。
①この街の名前がベルディアであり、ここは10番街に該当するということ。
②この店の取扱い商材は魔法に関連するものだということ。
思わぬところで得た情報に俺は喜びを隠せない。特に街の情報は大変有益だ。
「ありがとう!助かるよ!!」
「なんじゃ、名刺如きで気持ち悪い奴じゃな…。」
だが、問題があった。
名刺というのは当然『交換』するためのものであり、俺も店主に差し出すのが礼儀である。生憎と昨日飛ばされてきた俺にはそんなものはない…。
「ごめん…あの、名刺ってまだ持って無くて。」
そもそも支給されるかも分からないが…。
「構わんぞ。ここでそんなもの持ってるのは変わり者だけじゃ。」
ふと、ここまでスルーしていた情報に頭が追いつく。
「ってか…えっ!?本当にこのちっさいのが店主!?」
「ご挨拶じゃな。これでもお主より長く生きておるぞ。」
「え!?何歳なの?…ですか?」
店主に睨まれた俺は、語尾を慌てて変更する。
「ま、少なくともお主の五倍位は生きてると思うぞ。」
飄々と答えるロリ店主。
百歳以上なのか。これは所謂…。
「ロリババア!?」
「あぁ!?今なんつった!?」
突如、眼光が鋭くなるロリ店主。そして、周囲の怪しげな液体の入った瓶が突如として音を立てて幾つか割れた。
「も、申し訳ありません!」
恐怖を感じた俺は、咄嗟に頭を下げいた。
どうやら、本当にこのロリっ子が店主であり、ロリババアという単語に激しい憎悪を抱いていることが分かった。
しかし、謝ってばかりだな…社会人。
「えっと…俺…私はカンザキです。」
「うむ、よろしくカンザキ。」
俺の謝罪により、機嫌を直した幼女と握手を交わす。大丈夫だよな、厄介なエキストラは居ないよな…?
「なんじゃ、周囲をキョロキョロして。」
「いや、先程はとある少女に嵌められまして。女というのは小さい頃から既に悪魔なのかという考えに至りまして。」
「お主…阿呆なのか…?」
呆れ顔のロリ店主であった。
「まあよい。それよりも今日は何用で参った。」
話を切り替える店主。
「その件で街で追い回されて…とにかく休める場所を探していまして…。」
「そんなもの、どこにでもあるじゃろう…。」
「周りの店が全部閉まっていて…。」
「まぁ、10番街は夜の街じゃからな。昼は閉店してるところが多いのは確かじゃ。」
そうだったのか…所謂、歓楽街というやつだろうか。
「これも何かの縁かのう…。立ち話もなんじゃ。ついて参れ。」
そう言って、ロリ店主は奥へと進んでいく。
「あ、はい。」
慌てて、俺も付いていく。だが、不意に不安に襲われる。
「大丈夫だよな?奥に怖いオッサンとか待機してないよな。」
「お主…一度病院で診てもらってみてはどうじゃ。」
今日一日で少女に対する恐怖心を植え付けられた俺だった。




