初めての買い出し①
騒動から数時間後、尻の痛みがひと段落した俺はギルド本部を目指していた。
「しっかし…危うく昨夜は何かに目覚めるところだった。」
ボヤきながらも歩を進めていくと目指す建物が見えてくる。まぁ、寮の隣が本部なんだが…。
ここに住むことになれば、通勤時間は5分弱。そこだけは快適そうだ。
若干、尻はまだ痛むが呪文の代償と考えれば安いものだろう。多分…。
建物の中に入ると、玄関ホールには既にフィーネとドルグ、ダルイ先輩が待っていた。
まず、基本は挨拶から。
「お…おはようございまっつ!!」
噛んだー!!
「うぃーす。今朝は凄い叫び声だったな。」とはダルイ先輩。
「その件は…すいませんでした。」
「早くも寮住まいの先輩方から、あいつをしばき倒せとのご要望を頂いているぞ。」
ニヤッと笑う先輩。
「ひぃ…。」
初日から先輩方に睨まれてしまった。背筋が凍る思いがした。
「まぁ、半分は冗談だから気にすんな。」
「半分は本当なんですね…。」
「そんなんいちいち気にしてたらダル過ぎてやってらんねーぞ、会社なんて。気にすんなよ。」
そういうものですか…。
「おはよう。カンザキ。」
ドルグは笑顔で挨拶を返してくれた。
そして、フィーネはこちらを見向きすらしなかった。完全にお怒りのご様子だ。まぁ…そりゃそうだよな。この場で剣を抜いて襲いかかってこないだけ、よしとする。
「…フィーネと何かあった…?」
だが、その様子に気付いたドルグが小声で話しかけてくる。
「…色々。」
「…そっか…。」
何かを悟ったのか、ドルグはそれ以上は聞いてこなかった。
ダルイ先輩はこちらを一瞥してから、説明に入った。
「んじゃま、ダルいけどお前ら今日は買い出しだ。」
「「「はい」」」
「明日のダンジョン攻略に必要なモノを各自、街で揃えろ。費用は1人2万リルまで。経費で落ちるから領収書は忘れるなよ。以上。」
ダルイ先輩は俺達に金貨を2枚渡し、早々に去っていった。このまま立ち尽くすわけにもいかないので、俺達も外へ出る。
この世界に来て、初めて手にしたお金だ。金貨一枚で1万リル、ということらしい。
「それじゃ、攻略に備えて買い出しかな。」
ドルグは先輩の指示をなぞる。
「えぇ、そうね。」
フィーネは素っ気なく言い放つ。相変わらず、こちらには目もくれない。
「とりあえず…各自で揃える感じにしよっか。」
苦笑しつつ、提案するドルグ。そうは言われても、ダンジョンはおろかこの世界のこともまともに分からんのだが。
「俺、攻略とか何もわか…」
「それがいいわね。暴漢と一緒に買い物なんか出来ない。」
俺の情けない発言は見事、フィーネに遮られた。
「おい!俺が喋ってる途中で」
「それじゃあね。」
そして、彼女は俺の話を最後まで聞くことなく去っていく。
「はなしを…さえぎるんじゃ…ない…よ。」
独り言となったそれは虚空に響き渡った。
「えっと…カンザキ。何やらかしたのさ。」
ドルグが困惑しつつ尋ねてくる。
「…それは…。」
何とか逃れようとした俺に、ドルグの真剣な眼差しが刺さる。
「…すまん。あいつの名誉の為にも口にすることは…。」
それは、最後の一線だった。フィーネが俺を部屋に泊めたという事実がある以上、それが外部に漏れると、彼女にまであらぬ噂が立ちかねない。
やはり、あの夜の出来事は墓まで持っていかなければなるまい。決して俺の保身のためだけではなく…。
まぁ、この世界に骨を埋めるかどうかはまた、別の話だが…。
「ただ、一つ言えることは…。」
「言えることは?」
「俺が尻を抑えて転がり回っていたこと…それが全てだ!!」
「君は何を言ってるんだ。」
何とか誤魔化そうとした俺だったが、あえなく撃沈した。
そして、しばらくの静寂。滑り倒した空気が辛い、辛すぎる。
「やれやれ。」
ドルグは半ば呆れた風に嘆息した。
「まぁ、正直事情はよく分からないけど…。」
見放されるかと思っていた俺は、思わずドルグを見る。
「大事なのは、これからどうするか。どう、彼女の信頼を取り返すか。そういうことだと僕は思う。」
正論だった。
「何より、パーティメンバーが不仲なままじゃ背中を預けられないからね。何とか、フィーネともう一度向き合って欲しい。」
彼は苦笑をしつつ、優しく厳しい要求を俺に突きつける。
「…自信は無いけど、やってみる。」
「君ならやれるさ。」
「期待は、しないでくれ…。」
俺は、先程フィーネが去っていった方向へと向かって歩き出した。
(遭遇してワンパンで沈められないといいな…。)
そんな思いを抱きながら…。