家なき人の子の行く先は③
目的は達成したが、俺は未だに苦境に立たされていた。
これからフィーネを起こさないよう、ボタンを元通りに閉めたうえでベッドへと戻さなければならないのだ。
手先が震える。
かつて、これ程までに女の子に接近したことも無ければ、ここまで長時間触れていた経験もないのだから仕方ない。何とか、4個外したボタンを1つ閉め、2つ目に取り掛かっているところでふと気付く。
あ…俺…くしゃみがしたい。
しかし、それだけは己の威信にかけて何として…
「ぶっ…へくしょい!!」
考えるより先に鼻が動いた。
無情にも糸が千切れて飛んでいくボタン。
あぁ…。
「何よ…うるさいわね…ってキャァァァァァァァ!!何これええええ!!」
俺の特大のくしゃみにより、ボタン2つ分、パジャマをはだけさせた部屋の主が目を覚ました。
彼女は真っ先に部屋に立てかけた'暴漢用'の剣を手に取ると、夜叉の如き形相でこちらへ一歩一歩迫ってくる。
「まぁまぁ…お…落ち着いて…」
怒りで我を忘れた獣が、そこに居た。
「コロス…カンザキ…コロス!!」
獣は剣を抜く。
「こ…これには事情があって。」
この俺の一言が獣に通じたのか、フィーネは笑顔を浮かべ…。
「じゃあ、一応聞くけど…どんな事情?」と可愛らしく問いかけてきた。
ロングヘアーでのギャップと相まって一瞬、ドキリとする。だが、ここは既に死地と化している。
「…あー…えっとー…じゅ!呪文が!お…お前の胸に浮かび上がって!!」
俺は必死に弁明をする。しかし…
「ワケワカンナイ。」
そう彼女は笑顔のまま、抑揚のない声で答えた。
そして一転。
「死ねええええええええ!カンザキイイイイイイ!!」
抜き身の剣でこちらに突っ込んできた。
どうする、どうする、どうする。
俺はこの修羅の剣から逃れる術を必死に考える。
どうする、どうする、一体どうしたら…。
そして、横に鋭い一閃が走った。
「ええい、ままよ!」
その一振りで、頭頂部の髪の毛が何本か切断され、刀の起こす風圧によって飛び去っていった。
俺は、何とか一撃を回避することに成功した。
以前、報道で聞いた『伏せることで、電車の通過をやり過ごした少年』の話がふと思い浮かび、咄嗟の判断で地面に伏せたのだ。一か八かの賭けだったが…一応、成功。
「こんな段階で命取られるとか!異世界割に合わねえ!」
思わず、俺は心の中を暴露する。
それは、怒りのあまり斬撃が単調になっていたが故の命拾いであった。見れば、剣はその鋭さからか壁に食い込んでいた。
「何よ!!これ!!目の前のアイツを殺さないと!!私は!!私はぁぁぁぁあ!!」
そして、フィーネは必死に剣を抜こうとするが、中々抜けそうにない。
これはチャンス!!
そう悟った俺は壁際へと一直線に飛び出し、窓を開け放つ。運良く彼女の私室は一階のため、窓からの脱出が可能のようだった。
だが、あとは脱出するだけというところでフィーネがこちらに気付く。食い込んだ剣から手を離し…。
「逃すかぁあああ!」
そう、彼女は吠えながら会心のタイキックを俺の臀部にお見舞いした。
年末の特番ばりの凄まじい蹴りの衝撃に俺は吹っ飛び、おまけと言わんばかりにフィーネは、俺の杖を尻に目掛けて投擲。その後に窓を思い切り締め切った。
一方、投擲された杖は、俺のまさにその場所に命中。泣きっ面に蜂というやつである。
俺は我を忘れ「いてええええええ!!尻が割れるぅぅううう!!」と絶叫しながらギルド宿舎の庭を日が昇るまで転がり続けていたらしい。
なお、この時の記憶は無い。気がついた時には、俺は尻に手を当てながら異世界の日の出を堪能していたのだった。
ちなみに、この出来事は後々、ターナーズ社内にて「尻割れロード事件」として末長く語られることとなるのである。
こうして、長い長い一夜が明けようとしていた。
キリの良いところまで気合で更新しました。




