家なき人の子の行く先は②
酒場からギルドの寮へと移動した俺達は、フィーネの私室へと歩みを進めていた。
何の間違いか、或いは幸運か。俺は一晩、彼女の部屋で過ごすこととなったのである。
ひとっ風呂浴びてから眠りたい気持ちもあったが、流石にこの状況下でそれは言い出せなかった。
そもそも、この世界に風呂という習慣が有るのかが、まず分からない。
色々と考え込んでいると、フィーネの足が止まる。どうやら、私室まで到着したようだ。
「着いたわ。」
「…。」
「とりあえず、私は寝間着に着替えるから、ちょっと待ってなさい。」
そう言って彼女は部屋の中へと入っていった。今、このドアの向こう側には…半裸のフィーネが…。
「開けたら、殺す」
そんなよからぬ想像をする俺に対して、部屋の中から鋭い声が突き刺さる。扉には触れないでおこう…そう誓った俺だった。
そして、数分後。
「入りなさい。」
「…お邪魔します。」
寝間着に着替えた彼女がドアを開ける。
さっきまでのポニーテールを解き、ロングヘアーとなった彼女はまた違った印象に見える。
「何よ…。」
「いや、何も。」
マジマジと見すぎたようだ…。正直、可愛いと思って見とれてしまった。ギャップにやられてしまったらしい。
そして、俺は人生で初めて女の子の部屋へと入った。
「鼻息が荒い!気持ち悪い!!」
「ハイ…あの、はいスンマセン。」
お尻をしばかれながら…。
部屋に入った俺の目に、まず映ったのは立て掛けられた一本の剣だった。鞘には美しい彫刻が施されており、一見しただけで価値のあるものと分かる。
「それは暴漢用よ。」
剣に見とれていた俺に鋭い口調でフィーネが声をかけた。
「…過剰防衛ではなかろうか…。」
「寝込みを襲う輩には丁度いいわよ。」
冗談とも本気ともつかない表情で彼女は飄々と告げた。しかし、見渡すと剣以外には特に目立つ要素もなく、こざっぱりとした部屋だ。
「案外…普通なんだな…。」と俺は独り言をつぶやく。
「普通で悪かったわね!!…というかあんまジロジロ見ないでもらえる?」
どうやら聞こえていたらしい。視線を遮るようにフィーネが俺の前に立っていた。
正直、もっと色々と飾り立てられているものかと思っていたが、思った以上にこざっぱりとしている。
だが、ふと鼻元をかすめる…何かいい匂いがした。
途端に、あらためて女性の部屋へ生まれて初めて入ったいう事実を意識して、心拍数が跳ね上がる。とりあえず、もう少し匂いを…。
「嗅ぐなああああああああ!!!」
嗅ごうとして、頭を思いっきりしばかれた。
「次、変態行為を働いたら…殺す。」
「はい。」
俺は気付けば正座をさせられていた。
眼前に立ちはだかるフィーネ、そしてその手には縄。何かいけない香りを察した俺は用途を確認する。
「ところでその縄…縛るのか?」
「縛って欲しいの?」
「…いえ…。」
少々悩んだのはここだけの話だ。
「この縄で区切ったところが、それぞれの領地。もし超えたら…分かるわね?」
フィーネは床に縄をセットしながら説明する。部屋を縦断する形でセットされたソレは、明確な国境線となった。
「…はい。」
ここは黙って頷くしかなかろう。
「よし。それじゃ私は寝るから。」
そう言って彼女は、この部屋唯一のベッドに潜り込んだ。
だが、俺には床しかない。
「あの…せめて何か羽織るものを…。」
「それじゃ、このタオルケット使っていいわよ。」
こちらに背を向けてタオルケットをぶん投げる彼女。
惨めにタオルケットにくるまりながら、俺はその時を静かに待つのだった。
フィーネが横になってから数刻、静かな寝息が聞こえてきた。
俺は夕方の女神の台詞を思い返す。
「あーもう、うるさいわね!特別サービスで、あんたが最初に入る寝室のベッド下にしてあげるわ!」
あの女神の言葉が本当ならば、フィーネのベットの下に杖と呪文があるはずだ。
それを確かめなければなるまい。
縄をどけ、うつ伏せになってベッド下を覗くと…確かに杖らしき物体が見える。
「本当にあったよ…。」
女神のいい加減さに呆れつつ、俺は手を伸ばす。あと数センチ…。もう少し体を近付ければ、届く距離に杖がある。
「くそ…後少しなのに…!ええい!」
俺は無理矢理、肩までベッドの下に押し込み、何とか指先で杖に触れることが出来た。
触れてさえしまえばこちらのもの。手で持ち出せる角度に調整し、後は取り出すだけだ。
俺は勝利を確信した。
「…ミッション、コンプリィツ…!」
決め台詞と共に杖を一気に引き出す。
「…ッ…ガッ…!」
だが、次の瞬間に俺の腕に鈍い衝撃が走った。咄嗟に声が出そうになるのを何とか堪え、状況を確認。
すると、目の前にフィーネの顔があった。
なんということか!彼女は寝相を崩し、ベッドから俺の腕に降ってきたのである。しかも、それでも起きない。
幸い、腕の骨は折れておらず何とか動かすことは出来るが…。なんて寝相だ…。しばらく腕が回復するまで待ってから手を彼女の下から引き出そうとしてふと気付く。
「…!?」
さっきの衝撃でフィーネの服がはだけている…。
斜め下を見ると、僅かに見える。彼女の胸部のそこそこの膨らみの谷間が。
そのまま、数秒間思考を停止した俺は…あくまで誠実であることを選び、そっと腕を抜いた。
そして、衝撃で落とした杖を回収する。
腕の痛みを抑えつつ、戦利品の様子を確認すると、それは宝石が5つ埋められている紫紺の杖であった。そして、先端を良く見ると何やらメモ書きが貼り付けられている。
俺は月明かりを頼りに、何とか解読をする。
「第一の呪文。それは汝の敵を貫く光の刃…。その力の源は汝の強き意志に他ならない。汝が今、最も強く欲するところにその呪文は現れるであろう。」
これもまた見たことのない文字だったが、何故か解読することが出来た。不審に思い、裏面を見てみると。
「呪文は、自分で見つけなければ発動しません。頑張って探してね。 ライラ
追伸:この世界の言語は貴方のレベルには難し過ぎるので読み書き出来るようにしておきました。私ってばやーさしー。」
俺は黙ってメモを破り捨てた。
さて…汝が最も強く欲するところ…。頑張って頭を働かせた結果、俺の頭を支配したのは結局のところ…煩悩だった。
フィーネの谷間…。
谷間…。
俺は…最低だ…。
そして、寝ているフィーネの胸元が金色に輝いていることに気付いた。
「やっぱり…最低だ。」
しかし、起きているフィーネに胸を見せてくれなどと、まず頼める訳がない。今ならボタンを数個外すだけでそれが叶う。
「でも…男として…人としてそれはどうなんだ…。」
この機を逃せば、一生チャンスは来ないかもしれない。
「しかし…。」
何より、ダンジョン開拓という命を賭ける仕事、この呪文があるのと無いのでは、恐らく天と地ほどの差がある。
これは、俺のこの世界での生存を賭けた…謂わば戦いなのである。
「ごめん…フィーネ…。」
最低な俺を許してくれ。
そして、俺は禁忌に手を掛けた。ボタンを震える手で一つ一つ…慎重に外していく。胸をはだけさせるとそこには…。
『クロス・レイ』
俺には読めない筈の金色の文字が浮かび上がっていた。
そして、何よりもやはり素晴らしいバランスの双峰がそこにはあった。この時の経験を俺は一生忘れないだろう。
かくして俺は、呪文と杖と罪悪感を手に入れた。




