家なき人の子の行く先は①
気付けば夜も更け、俺は机に突っ伏していた。どうやらそこそこの時間眠っていたようだ。
辺りは歓迎会の開始時とは打って変わって、静けさに包まれている。
目を開けると、俺の目の前には…ヒゲとフィーネ、隣にはドルグが座って何やら話をしていた。
周囲を見渡すと人はまばらになっており、店の従業員らしき人達が片付けに奔走している。会としては既にお開きの状態なのだろう。
「起きたか。具合はどうだ。」
ヒゲがこちらの様子を確認する。
「…とても頭が痛いです…。」
異世界の謎酒にやられたようだ。頭が揺れるような感覚がする。
「まったく…だらし無いわね。」
フィーネが呆れたようにこちらを見る。そして、それを「まぁまぁ」と宥めるドルグ…この構図もお決まりになってきたな。
「そう言えば…カイルさんは?」
途中で席を離れた先輩の姿は周囲に見当たらなかった。
「奴は若手のホープだからな。無理矢理、上の連中に連れて行かれて二軒目だ。」
ヒゲは苦笑しつつ答える。
「そうですか…。」
気に入られるのも大変なんだな…と遠いことのように思う。
「ところで…あの…さっきまで何の話してたんですか…?」
気になった俺は3人に問いかける。
「今は、カンザキはどこに住んでるんだろうって話だよ。」
ドルグが答えてくれる。
あ…やばい。
さっきまではすっかり忘れていた。いきなり転送させられた俺には寝床など無いことを…。
「俺、よく考えたら住む場所無い…です…。」
恐る恐る俺は事実を口にする。
「何…?流石に今からすぐに部屋は手配できんぞ…。」
ヒゲは真剣に考え込む。
「ドルグ、何とか…お前のところには…」
「うちは…ごめんね。兄弟が沢山居るから、ただでさえギリギリでもう場所が無いんだ。」
藁にもすがる思いで、ドルグに助けを求めるも、返事はNOだった。だが、部長のお宅に押しかけるわけにもいくまい。
仕方ない…野宿か…。
「…今夜は外で寝ます…。」
「ダメよ!それではこれからの研修に差し障るわ!」
だが、その提案はフィーネに断固反対された。
「それはそうだ…。しかし、申し訳ないが私の家も無理だ。」
急にヒゲがしゅんとする。
「何故です!?」
フィーネが食ってかかるさっきは馬鹿にされたが、彼女もいい感じに酒が回っているようだ。
「怒った家内はブラッドデーモンよりも恐ろしい…。」
この人、奥さんに頭が上がらないタイプか…ってかブラッドデーモンって一体…。
「まったく!!どいつもこいつも男ってやつは!!」
フィーネが地団駄を踏む。
「もう!いいわよ!私の部屋に泊めてあげる!!」
「はぁ!?」
フィーネからとんでもない発言が飛び出した。恐らくは酔いのせいだろう。
「いいですね!部長!!」
「いや、しかしだな…。」
「い・い・で・す・ね・?」
「…私は何も聞いていない…。」
ちょっ…部長!!責任逃れしてる場合じゃないでしょう!!
「常識的に考えろ!お前、何言ってるのか分かってるのか?」
流石にまずいと思った俺は、フィーネを止めに入る。だが、それを聞いたフィーネは逆に俺に向かってまくし立てる。
「じゃあ、あんたの体調不良が原因で研修中にピンチになったらどうするの!?責任は取れるの?私達の査定どうにかしてくれるの!?」
「…。」
「返事は!?」
「すいません!!出来ません!!」
この状態の彼女を止めることは、この場の誰にも出来なかった。
「じゃあ、大人しく私の部屋に泊まりなさい。」
「…はい。」
もはや従う他あるまい…。決して嫌というわけではない、むしろ、健全な男子としては大変喜ばしい状況と言えるだろう。
だが、社会倫理から見るとそれは…。
「その代わり変なことしたら、剣で叩き斬るからね!!」
ふと思い出したように彼女は、頭を抱える俺に向かって宣言する。
「…。」
「返事は!?」
「イェス!マム!」
しばしの静寂。
「では、話もまとまったところで我々はお暇するか…。」
「そうですね。」
そして、ヒゲとドルグは去っていく。
「ちょおお!」
「じゃあ、私達も行くわよ!」
フィーネに引きずられていく俺。華奢な見た目からは想像も出来ない、凄い力だ。
「いや、やっぱまずいだろ!!」
最後の抵抗を試みる。
「っていうかスーツが擦れる!やめて!!」
俺の嘆願を聞いてか、突然手を離すフィーネ。
「いでっ!!」
重力に従い、頭が床にぶつかる…痛い。
一方で、彼女はこちらへと振り返ると…
「何よ!私と一緒なのがそんなに嫌なの!?」
どこか涙目になってそう告げた。
「いや、そういうわけじゃないけど…。」
「じゃあ、早くするっ!」
「ハイ!!」
姿勢を正し、フィーネに追いつく。結局、俺は為されるがままだった。
「しかしこいつ、酔うと面倒くさいな…・」
「何か言った!?」
「いえ!!何も!!」
思わず口に出ていた独り言は聞こえていたのか、いないのか…。
かくして、俺は死地へと向かうこととなった。保ってくれよ!!俺の理性!!!




