僕らの新人歓迎会
「あの…えっと…おはようございます。」
「貴様の頭の中に反省の二文字は無いのか!?」
目を覚ました俺を待っていたのは部長の一喝だった。やばい…前と全く同じパターンだ…。
「…というのはまぁ建前だ。新人は初日のガイダンス後は自由行動だからな。」
ハッハッハと笑う部長。あっ…そすか…。
外を見ると、すっかり日も暮れて夜になっていた。
「あれ?それじゃ部長は何をしに…」
「歓迎会の準備が整ったので、主役を引っ張りに来た。」
「あ…わざわざすいません。」
そっか…今夜は歓迎会だったっけ。
「ついて来い、会場はこっちだ。」
「あ…はい。」
正直、気が重い…。
ギルド本部(先程の建物のことらしい)を出た俺達はとある酒場へ着いた。店の外では、俺の同期の2名が既に待機している。
「「お疲れ様です。」」
声を揃えるフィーネとドルグ。
「お…おう。」
威勢のいい挨拶だなぁ…。
「あんたじゃないわよ。」
「アヒン!」
フィーネから肘打ちを受けた。
「うむ。お疲れ様。」
苦笑しつつ、ヒゲが応える。見立て通り、ヒゲ部長はそこまで理不尽な人間では無いようだ。
「それじゃ3人揃ったところで入るか。」
ヒゲに促され、俺達は会場入りした。
そこでは笛やリュートが演奏され、賑やかな声が溢れていた。見渡す限り、人数は2~30人位だろう。男女比は6:4くらいか…?
もちろん誰もスーツなど着ていない。文字通りの戦闘服で楽しそうに飲み食いをしていた。
そんな中、パンとヒゲが手を鳴らすと、周囲が静まりかえる。
「諸君、お集まりいただき感謝する。この度は当社営業部に新しく仲間が加わることとなった。フィーネ、ドルグ、カンザキの3名だ。」
促され、俺達は前に出る。
「ご紹介に預かりました、フィーネです。剣士です!営業部の一員として、ガンガン新規を開拓する所存です!皆様よろしくお願い致します。」
フィーネはハキハキした声で自己紹介を終えた。
「よろしくー」「開拓頼むよーー」「かーわいー」「スリーサイズ教えてー!」
湧き上がる会場。
「おい!今スリーサイズとか言った奴誰だ!セクハラで粛清するぞ!!」
ヒゲが一部問題発言に反応していた。
そして、次にドルグが一歩前へと出る。
「ドルグです!みなさんよろしくお願い致します!僕もどんどん前へ出て、積極的に新規の開拓を狙って攻めていきたいと思います!メインの武装は盾ですけどね!」
「いいぞいいぞー!」「盾で俺達を守ってくれー!」「かーわいー」「食べちゃいたいわん。」
再び湧き上がる会場。おい…なんかヤバいのが混じってないか…。
そして、俺の番がやってきた。心拍数が跳ね上がる。
「あ…あの。神崎です。よろしく…お願いします。」
頭が真っ白になった。
シンと静まり返る会場。もう嫌だ、早く帰って新作ゲームやりたい。あ、でも俺今異世界だった。それなら女神をとっ捕まえて。どうやって。ぁぁああ。
「期待してるぜ~ロード様よ~。」
そんな中で、ダルイ先輩ことダルバインさんが静まり返った部屋で声を上げた。
「そうだー期待してるぞー!」「呪文見せてー。」「かーわいー。」「食べちゃいたいわん。」
それを皮切りに再び盛り上がる会場。もう、逃げられない。あとやっぱりヤバいのが居る。ひとしきり会場が盛り上がったのち、パンパンと再びヒゲが手を鳴らしながら声を上げる。
「場が盛り上がっているところ、つまらん内容で申し訳ないが、私から話がある。」
再び、場が静まり返る。その隙に店員から酒を受け取るヒゲ。
「貴様ら三人は知らないだろうが、当社で新たな人材を採用するきっかけは基本的に、足りなくなった人材を補充する時のみだ。」
「先日の告別式でも行ったことだが…まずは3人の勇敢な戦士達に献杯!」
その場に居た、俺達以外の全員が静かにグラスを掲げる。
告別式…?献…杯…?
不穏な響きに、胸がざわつくのを感じた。だが、それを誰かに問い詰められるような空気でもなかった。俺は、自身の不安を心の隅へと追いやる。
そして、そんな中で店員からビール…のような謎の液体を手渡される。
不安に思った俺はフィーネにその中身を確認する。
「なにこれ…。」
「麦酒よ。知らないの?」
フィーネも酒を受け取りながら淡々と告げる。
「麦酒は知ってるけど…、果たしてそれが俺の知っている意味での麦酒なのかどうかが分からない。」
「…貴方、頭は大丈夫…。」
「…。」
沈黙する俺達。言いたいことが伝わらないもどかしさを改めて実感した。
そうこうしているうちに、ドルグも酒を受け取り、これにて全員が酒を手元に用意したことになる。
それを確認したヒゲは、大声で乾杯の音頭を取った。
「そして、新しく加わる仲間とこれからの我が社の発展を祈って乾杯!」
結局、俺の胸のざわめきはヒゲの大声に考える暇を与えられなかった。
「「「カンパーーーイ!!」」」
グラスをお互いにぶつけ合う戦士達。こうして、宴の幕は切って落とされた。
乾杯を追えて、席へ着こうとする俺達に声が飛んでくる。
「女の子はこっちよー!!」
「あ、はーい。」
「オラ!盾持ちこっちこい!!」
「先輩。腕引っ張らないで下さい。ぶつかりますって!」
俺以外の二人はそれぞれ別の場所に引っ張られていった。同期で固まらないようにということなのだろうが…。
「俺、取り残さてる…。」
別にいいか…一人ならそれはそれで。そう思っていた俺に、横から声が掛かる。
「まぁまぁ、座れよ。売れ残り。」
そういって、席へ着くように促される。着席すると、先輩と向かい合う形となる。
「俺はカイルだ。よろしくな、カンザキ。」
そう名乗った先輩社員は、短髪の赤髪と鍛え上げたであろう筋肉が目を引いた。如何にも戦士といった風貌だ。
「まぁ飲め飲め、今日は歓迎会だ!祭りだ!!」
そう言ってカイルさんが近くにあった謎の酒を注ぐ。
「っとと…どうもです。」
溢れそうなくらい、なみなみと注がれてしまった…。
「挨拶代わりにぐっといっとけ!!」
促された俺は勢い良く酒を飲む。
うわっ…なんだこれ!味はウィスキーに近く40~50くらいの度数があるように思える。
「ここの蒸留酒は絶品だろ!」
「え…えぇ。」
苦笑いで答える俺。
「ほらほら、食え食え!肉も食え!」
「えと…どうもです。」
テーブル上に並ぶ食事は、ほぼ肉しか無かった。手近にあった厚めの肉を口に運ぶ。すると、口全体にジューシーな食感が広がる。
旨い!ほぼ鶏肉だ。味付けは塩っぽいが、それが酒によく合う。
「これ、旨いですね。」
素直に感想を述べると、カイルさんは笑みを浮かべた。
「そいつぁ、良かった。ほら、酒ももう一杯いっとけ。」
苦笑しつつ、俺は注がれた酒を口に運ぶ。やっぱり、度数が高い…。
「ところで、カイルさん。」
俺は気になっていたことを尋ねる。
「どうした。」
「ここの社長は…どなたですか。」
「社長は午後から出ていった。…ってか大体居ねえ。」
「え…。」
「時々帰ってくるが、いつもどこか飛び回ってるよ。」
「そうなんですか。」
「まぁ、そんなこんなで普段は各部長が仕切ってんだ。」
「そういう…ことですか…。」
元々、酒にはあまり強くない俺は早くも眠気に襲われる。
「歓送迎会を社長自らが欠席するとは、ひでえ話だけどな。」
苦笑するカイルさん。
この人も、悪い人間では無さそうだ。そんなことを思っていると、唐突に後方から野太い野次が飛んでくる。
「おい!カイルてめえ!!何やってんだ!!」
「っとと、お怒りだ。すまねえカンザキ、ちょっと行ってくるわ。」
「いえ、お気になさらず…。」
そして、カイルさんは別の席へ移っていった。しかし…眠い…。
先輩が居なくなり、緊張の糸が切れた俺の意識は眠気に支配されつつあった。
そういえば…献杯のこと聞き忘れたなぁ…。




