うちのギルドは前(株)です。 ⑤
「以上が、明日からの研修の概要だ。まぁ程々に頑張ってくれや。」
ダルイ先輩から説明を聞き、俺達は息を飲む。
「ちなみに今夜は新人歓迎会だから、お前ら楽しみにしとけよ。それじゃ~また。」
そう言い残して先輩は部屋を出て行った。
俺は今聞いた内容について、思い返す。
新人歓迎会はとりあえず置いておくと…どうやら俺達は新人3人だけで指定ダンジョンの攻略を行わなければならないようだ。
日程は翌々日とのこと。ちなみに、明日はダンジョンの攻略に必要とする装備を街で購入することが出来るらしい。いわば準備期間だ。
会社からの支給額は2万。
その範囲内にて自由に装備を揃えることが出来る。
そして、翌々日にはその装備を用いて俺達だけでダンジョンを攻略する…それが新人に課される最初の試練というわけだ。
曰く『この会社では習うより慣れろ。』という方針から代々、この研修方式を取っているらしい。
それにしても…無理が有りすぎるだろ…。昨日までド素人だった人間にいきなりダンジョン攻略って…。
そして、この場で戦力としてカウント出来るのは恐らく、俺を除く二名。もしかしたら、という淡い期待を抱きつつ確認を取る。
「2人は実戦経験とか…ある?」
「模擬戦ぐらいの経験しか無いなぁ。」
「というか…あるわけ無いでしょ。新卒兵に何求めてんのよ。」
予想通りの返事が帰ってくる。どうしたものかと考え込む俺。
すると、明るい声と共に肩を叩かれる。
「まぁ…いざとなったらあなたの呪文があるでしょ。」
「へ?あ…あの…」
「そうだね。頼りにしているよカンザキ!」
しまった。俺は大魔導として呪文が扱えると認識されたままだった。
「あのー、お二人さん…ロードっていうのは、なま…」
「さぁー!!今夜は歓迎会楽しむぞー!!」
「おーー!」
…。
俺の訂正の言葉は虚しくもフィーネに掻き消された。
「ほら!カンザキも!」
「…おー。」
「何よ。元気ないわね。」
「うおおおおおおおおお!!」
「うるさっ!!」
俺は涙を堪えて吠えた。
「ところでカンザキ。その珍妙な服って、大魔導の正装なの?」
俺の咆哮がひと段落したところで、ドルグ問いかけてくる。
「いや、これは就活用のスーツだ。」
珍妙って…正装なんだけど…。まぁこの世界ではそうなんだろう。
「シュウカツヨウの…スーツ…?よく分からないけど、それは戦いのための服なの?。」
「あ…ある意味ではみんな戦っているというか…。」
「防御力低そうね。作り直した方がいいわ。」
真顔でフィーネがアドバイスしてくる。スーツに防御力が必要な時代なのか…。
「とりあえず、妙に目立っちゃうからみんなの服装に合わせた方がいいと思うよ。」
言われてみればそうだ。
元の世界では正装とは言え…この世界の住人からしてみれば、この格好は奇妙にしか映らないだろう。
「そうだな。明日にでも探してみるよ。」
フィーネはともかく、ドルグはいい奴そうだ。
「それじゃ…そろそろ私は自室に戻るわ。」
「僕も歓迎会まで一旦、家に帰るよ。」
2人は部屋から退出する。
言葉から察するに、フィーネは独り暮らし、ドルグは実家暮らしのようだ。
「…あぁ…。また後で…。」
ひらひらと手を振り、俺は二人を見送った。
結局、本当のことは言えなかった。俺は呪文なんて使えない…。
この状況、一体どうすればいいんだろう。
そして、二人を見送ったあとで、俺は重要なことに気付く。
「この世界に家なんてないじゃん…。」
どうしようもないので、しばらく夕日の射し込む部屋で待機していると猛烈な睡魔に襲われる。
そして、徐々に俺の意識は遠ざかっていった。
今日は色々あり過ぎた…。
…ーい。
誰かが俺を呼んでいる。
「おーい。」
そうだ、この声は。
「元気してるー?」
うっすらと目を開ける。無駄に美しいシルエットとロングヘアーが目に入った。
あれは…奴だ…。
「返事がないなぁ…おーい。」
準備は万端だ。
「再会の神殺しブロォォォォォ!。」
そして、俺は起き上がりざまにクソ女神の鳩尾にお返しをした。
「…うっぐ…。とんでもない人間が居たものね。か弱いこの私にボディブローをかますとは…。」
女神ライラは自らの腹部を抑えつつ、愚痴る。
「全く…。これがあんたの夢の世界で無ければ塵も残さず消し飛ばしているところよ。」
「か弱さどこいったー。」
成程、これは俺の夢か。しかし、こいつはそんなところまで入り込んで来るのか。
正直悪寒がする…。
「あたしは頭脳派なの!肉体はか弱いの!」
喚く女神、やかましい。
「俺、お前からの物理攻撃で気絶したんだけど…。」
「まあ、それはさて置き。」
オホン、と偉そうに咳払いをする女神。こいつ、都合の悪いことは聞かないタイプの神だな。
「どうよ、こっちの世界は。ぼちぼちやってけそう?」
「だーれかさんが、社長に大ホラ吹き込んだせいでとんでもないことになりそうなんだけど…。」
「??」
首を傾げる女神。可愛いけど許さん。
「俺が呪文使える大魔導だとか何だとか、吹き込みやがったろ!お前!」
「使えるわよ?呪文。」
「うんうん。正直に謝ってくれれば俺も…ってえええ!?使えるの?」
「くどい!」
「すいません…。」
気付けば俺が謝っていた。何故だ。
「面接の時に、純真な天使を騙して魔力を強奪したじゃない?」
「言い方悪過ぎないっ!?」
「あの時の魔力がまだ残っているはずよ。」
「そらすげえや。」
「あと5回ってとこかな」
「へ?」
突然回数を告げられるも、意味が分からない。
「あと5回呪文が使えます。」
「回数制限あんよかよ!!」
俺のツッコミが虚しく響く。
そして、女神はやや不満気に告げる。
「使えるだけ有難いと思いなさいよ。」
「いや…本当に使えるのか怪しいけどな…。」
本音が思わず口をついて出る。
それを受けた女神はジト目でこちらを見る。
「ネガティヴねぇ…。魔法や呪文に大切なのは、自分がこうしたいというイメージなのよ。」
「さいですか…。」
「まぁ、こちらとしては大魔導の地盤は揃えたから、後はあんた次第よ。」
「5回分だけな…。」
「あと、おまけでこの杖もあげるわ。あんたの力を補って無理矢…何とかして呪文を発動出来る杖よ。」
そういって女神は杖を放り投げる。こいつ今、何か言いかけたような…。
「そりゃどうも。」
キャッチする。かなり硬そうだ。
「これはあくまで、夢だからね。実物は現実で入手しなきゃいけないのよ。起きたらベットの下を探しなさい!」
何故そこに隠した。
「あー…そうだ。俺、この世界の呪文なんて知らないんだけど…。」
俺は気になっていたことを確認する。
「なによ、そんなとこまで頼りきり?そんなんだからNNTなのよ。」
女神は辛辣だった。ちょっと泣きそうだぞコノヤロウ。
俺は堪えつつ、女神に詰め寄る。
「そんなもん言われたって魔法も呪文も何もわからないのに、5回分とか言われても…何も無いのと同じじゃねーか。」
「あーもう分かったわよ!杖と一緒にベッド下に入れておくわよ!取り扱い注意だからね!!」
隠す場所が高校生のエロ本と同レベルである。たが、今はそれに賭けるしかない。
「どこのベットだよ!」
「あーもう、うるさいわね!特別サービスで、あんたが最初に入る寝室のベッド下にしてあげるわ!」
何とも適当な指示であった。
「も、もし、それが女の子の部屋とかだったらどうすんだ!!」
「プッ…そんな可能性1ミリも無いくせに。」
「ウグッ!!」
俺は的確にウィークポイントを突かれ、ノックアウトした。勝ち誇ったかのような表情でこちらを見る女神ライラ。
「フフン。この偉大なるライラ様に感謝しなさいよ!!じゃあね!!」
最後には上機嫌になった女神に一方的に会話を打ち切られる。夢の中でも再び、俺の意識が遠ざかるのを感じた。
「いや、だからそれどこのベッドだよ…。」
そして、俺は目を覚ました。
「よく眠れたか?」
そんな俺の目の前にはまたしても、気迫溢れる髭面が待ち構えていた。
「ぶ…部長。どうもです…。」
こんなことって、無いだろう…。