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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第1部 新人営業のススメ。
1/75

俺にイオ◯ズンは使えない ①

挿絵(By みてみん)

「ィ……イ……イオ◯ズンが、つ……使えます」

 俺の一言が乾いた室内に響き渡った。 

 暫しの静寂、そして……。

「素晴らしい!!!」

「それは……失われたはずの太古の呪文ッ!!」

「あぁ神よ!我らに素晴らしき賢人をご紹介頂き、感謝致します」

 割れんばかりの歓声が周囲を包み込んだ。

「あ、あはは……」

 俺はただ、乾いた笑いを浮かべることしか出来ない。


「「「さあ!見せて下さい!!イオ◯ズンを!!!!」」」


 老人達が年甲斐もなく、輝く目を俺に向けてくる。一体どうしてこうなった……。

挿絵(By みてみん)


 話は昨日まで遡る……。


『今後の貴方のご活躍をお祈り申し上げます。』

 祈るように開いたメールの末尾には、ご丁寧にいつもの一文がキッチリと添えられていた。

「また祈り、祈られてしまった」

 季節は春、三月も終盤に差し掛かっている。

 俺の名前は神崎かんざき。某私大をこの春に卒業したぴっちぴちの22歳男子である。進路は未定、当然の如く彼女無し。

 世に言うところのプー太郎、あるいはNNT(無内定)というやつである。

 そんな俺の就活における輝かしい戦績はこれまでに120戦120敗。

 言うなれば、この春……周りの同級生達が華々しく旅立っていく中、テンプレの如きダメ人間街道をスタートした、ダメ人間一年生といったところだろう。

 そんな生活の中でも、少しでも華を求め、待ちに待った新作RPGを購入した途端にこれだ。

 一体、世の中どうなってやがる。


「こんなはずじゃなかった……んだけどなぁ」

 

 ふと、空を見上げて一人呟く。

 当たり前のように学校を卒業して、当たり前のように就職して、当たり前のように誰かと出会って、当たり前のように結婚して、当たり前のように子供が出来て、当たり前のように……。

 

 子供の頃思い描いていた『当たり前』に早くも黄色信号が灯っている。そのことに気が付いてから、俺はふと……周囲の言う『当たり前』が心を刺す、ある種の凶器のように感じられた。

 気付けばその感覚は虚無感へと姿を変えて腕へ、脚へと絡みつく。俺は徐々に就職活動からフェードアウトし、元々好きだったゲームへと逃げるように傾倒していった。


 生活費の一切は、今まで仕送りと短期アルバイトでやり過ごしてきた。だが、卒業と同時に実家からの仕送りは止まり、短期アルバイトからも足が遠のいている。結果として、今は僅かな貯金を切り崩しつつ生きている。

 目下、生活に余裕など無い。しかし、つい新作RPGなど買ってしまうあたり、我ながら終わっていると思う。

 分かっちゃいるけど、辞められない。これ名言だと思う。


 そして、その帰り道……直近で最後に受けた面接の結果がたった今、メールで送られて来たのだ。敗北のカウントが一つ増え、俺は121連敗のNNT(無い内定)となった。


(もし、名前がまともなら……違う結果があったのかもな……)


 そんなことを思いつつ、もはや何回繰り返したか分からない脳内反省会を繰り広げる。

 俺の連敗の理由については、一つ……大きな心当たりがあった。


 神崎かんざき 大魔導ロードそれが俺のフルネーム。あますことなくキラキラネームである。

 この名前のせいで、俺はこれまで幾多も嘲笑の的にされ続けてきた。

 当然、人前に出ることなど出来るはずもなく、俺はとにかく目立たないことを信条として生きてきた。

 どうやら、世間ではそういう奴らのことをコミュ障だとか、陰キャだとか呼ぶらしい。

 だが、その分類も間違ってはいないのだろう。実際問題、俺はとにかく初対面の人と接することが苦手だった。

 では、こんな人間が面接を受けたらどうなるか……そんなもの、火を見るよりも明らかだろう。

 名前で笑われ、受け答えで呆れられ、人生の起伏の乏しさを指摘される。

 

(はぁ、帰ろう……)


 果たしてこの先、俺はどうなってしまうのだろうか……。そんな漠然とした不安を抱えつつ、俺はゆっくり目の歩調で自宅へと向かった。


♢♢♢


「何か入ってんな」

 郵便物を確認し、ドアを開ける。


「ただいま……」


 一人暮らしである以上、西日の差す部屋からは返事などない。

 だが、そうでもして声を出さなければ、喋り方すら忘れてしまいそうな気がする。最近、増えた家での独り言。これは最後の抵抗なのだ。

 届いていた郵便物は二つ。宅配ピザのチラシと、古めかしい封筒である。俺はそれらを机の上に乱雑に投げ出した。

「……そういや、ピザとか久しく食べてないな」

 そんなことをつぶやきつつ、投げ出した封筒の中身を確認する。

 中から出てきたのは意味不明の書状だった。

「えーっと……何だこれ……」

 内容を確認すると、そこには荒々しくこう書かれていた。


『急募!!世界を支える人材!!

 ダンジョンに関わる全てを支えます。休みも給金も全て貴方次第!!

 屈強な戦士から冴え渡る知恵者、一流の武器職人から、あらゆる人を癒せる薬師まで、幅広い人材を我々は待っています!!面接場所・日程は裏面の通り!(株)ターナーズ・ギルド』


 そして裏面には、2駅先の雑居ビル街の地図と明日の午後1時から面接を行う旨が記されている。

「えぇ……」

 あまりの内容に言葉を失う。

 ハッキリ言って、ドン引きである。

 もし、差出人がこれを真面目に書いているのだとしたら、今すぐにでも精神科もしくは脳外科の受診をおススメしたいくらいだ。

 大体……屈強な戦士だとか、一流の武器職人だとか、何だそれ。軍隊か何かでも作るつもりか。そんなもの、この日本で許される訳がないだろう。現実的にあり得ない。

 そうなると、考えられる可能性は一つ。 

 恐らく、俺の数少ない友人の誰かがNNTの俺をからかう為に郵便受けに放り込んで行ったのだろう。その証拠に切手も何も封筒には貼られておらず、怪しげな判が左隅に押されているだけだ。

(流石にやることが悪質だ……)

 俺は心当たりのある人物に電話をかけた。


「……もしもし」

「俺だけど」

「おう!ロード様!どうした?飯でも食いたいの?」

「うぜえ。……ってか、いや、そういうんじゃなくて……」


 彼の名前は日立ひだて 陽一よういち。大手メーカーに内定済み、俺とは違った至極普通のカッコいい名前持ち。おまけにイケメン、彼女持ち。まるで勝組の象徴のような男だ。


「お前さ……流石に今回のイタズラは酷くね?何でこんなの投函するわけ?」

「あー、見ちゃった?面白いっしょ!!」


 陽一はケラケラ笑いながら、俺に問いかける。

 何か面白い物を見つけて、それをお互いに共有する。本来であれば、何てことない日常の一コマである。

 たが、この時の俺には時期と内容が悪過ぎた。


「お前、俺の人生からかって遊んでんじゃねーよッ!!」


 つい、怒りの言葉が口をついて出る。お互い暫しの沈黙……。

 流石に言い過ぎたかと気が引ける。だが、次に聞こえてきたのは陽一の爆笑だった。


「アッハッハッハ」

「おい!おいッ!」


 陽一の笑いを何とか遮ろうとする俺。しかし、彼は笑いをこらえながら電話口から話を続ける。


「え……っと……。お前の人生さ……」

「あぁ!?」

「マルゲリータピッツァの値段で左右されるの?お前の人生?」

「は?」

 慌ててさっきのピザのチラシを確認する。ミスプリか何かか、マルゲリータピッツァの値段が29000円と印刷されている。

「……え? もしかしてこれ!?」

「あぁ、俺ん家に入ってたから、とりあえずお前の家の郵便受けに入れといた。なぁ、頼んでみてよマルゲリータ!」

「頼まねーよ!!!ってか、そんなんじゃなくて、この封筒だよ!封筒!」

 俺は逸れそうになった話の軌道を修正する。

 すると、陽一は素っ頓狂な声を上げた。

「はぁ? 封筒? 何のことだよ?」

(こいつ、あくまでしらばっくれるつもりか……)

 俺は電話口にありったけの怒声を吹き込む。


「これだよ!! これ!! ターナーズ・ギルドとかいうやつ!!」

「ついに頭狂った?」

「人の家に変なチラシ突っ込む奴よりマシだよ!!」


 それから数分間、俺は謎の書状の内容を陽一へと伝える。すると、陽一は以下の結論を下した。


「それは多分アレだ! きっとゲーム業界からのお誘いだろ!」

「……えっ!? そうなのか!?」

「お前さ、ゲームとか好きじゃん。きっと新しく大手から独立した開発会社か何かの誘いが偶然来たんだって!」

 確かに、俺の趣味といえばゲームくらいのものであった。特にファンタジー系のRPGなどは大好物である。

 陽一は続ける。

「最近は、そういう個性的な方針の会社って結構あるらしいんだよ。実際、俺も就活で脱出ゲームとかやらされたしな」

「なんか凄い経験してんな……」

「団体行動での様子を見るのに手っ取り早いとか何とか……。流石にアレはレアケースだろうが……実際にこの国の若年層は年々減ってるからな。企業も優秀な奴探そうと必死なんだよ」

「へぇ、そんなもんなのか」

 感心するとともに、少し胸が疼く。

「お前さ、ぶっちゃけ就活うまくいってないんだろ」

「うん……」

「だったらさ、受けてみりゃいいじゃん。場所も近いし、怪しかったら途中で帰りゃいい。もしうまくいけば憧れのゲーム業界人になれる」

「そうだな……」

「どうせもう、失うものも無いだろ。ここはひとつ漢を見せてくれよ!何よりおもしr……」


 俺は最後まで聞かずに通話を切った。

 その後、数人の知り合いをあたってみたが、やはりこの怪しい封筒について知ってる人間は居なかった。少なくとも、知り合いのイタズラでは無いようだ。

「もう、いいか……」

 疲れ果てた俺はそのまま、大人しく布団に入った。

 無論、マルゲリータピッツァは頼まなかった。

 頼んでたまるか、こんちくしょう!

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