1話 その4「思わぬ事態」
4 思わぬ事態
翌日、集合場所へたどり着いた。ライ以外のみんなはもう到着していたようだ。
ライは文字通りたたき起こしておいたので、もうしばらくすればここに来るだろう。
「おはよう。ライのやつは相変わらず寝坊か」
ジェームズが声をかけてきた。
ジェームズは戦闘開始前の情報収集、開始後の戦場のオペレーションを行う情報技師だ。情報技師としてはSランク、闘技師としてはBランクの実力である。
情報を収集する際はとても頼りになる、Aクラス時代からの友人だ。
「起こしておいたからしばらくしたら来るよ。それより、何か新しい情報は入った?」
「ああ、それならSクラスに転校生がくるっていう情報が入ってる。噂によれば、10歳で大戦にも参戦していた実力者だとか、セリア会長と同期の人だとかって話だ」
「大戦に参加してたのならフレイムさんが知っているかもしれないな。今度聞き出してみるよ」
「頼むぜ、ソラ。聞くときはいつも通り『諜報員の証』を起動しといてくれよ」
前回と同様に情報を集めるか……
それがジェームズとの契約だ。盗聴と盗撮の技具、「諜報員証」は使い慣れたものだ。ジェームズと友達になってからだから2年は使っている。ただし、盗撮機能は以前アリスとシャリーに破壊された。理由は…
「また何か悪だくみ?」
いつの間にか背後にアリスがいた。不気味なくらいの笑顔で……
「アリス……大丈夫だよ。いつものジェームズの依頼だから。二度と間違った使い方はしないから……」
アリスのプレッシャーに押されながらも答えた。
「それならいいけど。もしもまた同じようなことしたら……わかっているよね?」
「はい……」
「ジェームズも……ね?」
「はい……その件はすいませんでした……」
ジェームズは震えながら謝った。
以前、僕はジェームズに頼まれ、女子寮内部に潜入したことがある。決してやましい理由ではない。女子寮と男子寮には双方をつなぐ秘密の部屋があるという噂の調査のために侵入しただけだ。その噂については男子寮を調べた結果、過去にその部屋に通じていたと思われる崩落していて通れない穴を発見した。ならば女子寮はどうなのかということで潜入調査をすることとなったのだ。
そして、僕は見てしまった。忘れられない、そう、身を隠そうと入った女子寮の脱衣所でアリスとシャリーの……
「ソ・ラ?(ニコッ)」
「ごめんなさい……」
アリスには隠し事とか無理だ。そう思わせる笑顔だった。
結末だけ言うと僕は二人に捕縛され、さらに尋問をされて事情を話した。そして、その際に盗撮機能は破壊された。当然ジェームズもそのあと二人にコテンパンにされた。
噂の件は二人が調べてくれた。どうやら男子寮と同じ状況だったらしく、秘密の部屋にはたどり着けていない。
「アリス先輩怖いですからもうその話はやめてあげましょう?」
見かねたシャリーが止めに来てくれた。シャリーの優しさに余計に罪悪感を覚える。
あの時は本当にごめん……
いけない。彼女に暗い表情を見せたくない。気持ちを切り替えよう。
「おはよう、シャリー。ジェームズの情報によると転校生が来るんだってさ。セリアさんと同期の人らしいけど誰かわからない?」
話題も変えようとシャリーに転校生のことを聞いてみる。彼女はSクラスの中でもセリアさんに次ぐ技師団学校の古株だ。何か知っているかもしれない。
「会長と同期ですか…すいません、わからないです」
シャリーの表情が一瞬こわばった気がした。
どうやら心当たりがあるらしいが、これ以上は聞かない方がよさそうだ。
空気を読みましょうね、ソラ……
後ろからアリスが笑顔でプレッシャーをかけてきている。
昨日の医務室の件を思い出すと空気を読めという要求に少し納得がいかないが、シャリーを傷つけるようなことはしたくない。話題を変えよう。
「そっか。そういえば昨日はありがとう。医務室に行くの手伝ってくれて」
「先輩…ありがとうございます」
ちょっと不自然な切り替えだったけど良しとしよう。
「ふぁあ~お待たせ」
ライがようやく到着した。ちなみに何回もビンタをしてたたき起こしたので、顔は物凄く腫れているが、いつもの事である。
「ライ、遅いぞ」
「ライ(ニコッ)」
「ライ、技具は持ってきたか?」
「先輩、早く起きられるよう次から頑張りましょう」
ライの到着にみんなの反応はそれぞれだった。顔が腫れていることには誰も言及しない。
みんな揃ったことだし出発するとしよう。
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「今回の任務は町はずれにある犯罪組織の取り締まりだ」
町に到着して、この部隊の隊長である僕が任務を説明した。僕が隊長なのは皆から指名されたからである。
今回の任務はとてもシンプルな任務だが戦闘が発生する可能性は極めて高い。そのため、前衛の三人(僕、ライ、シャリー)への負担は大きいのだ。
戦闘を最小限に抑えるためにも計画をしっかり練りたいのだが……
「って……みんな聞いてる?」
「聞いてるよ」
「聞いてますよ」
「なんか言ったか。今、技具のセット中だ」
「すぅー、すぅー…」
半数が聞いていない。というかライはまた寝ている。まだビンタが足りないようだな。
仕方がないな……
「モニター技具、セット完了だ。初めはどうする、ソラ?」
もう一度ライをたたき起こそうと思っていたところ、ジェームズが技具の準備を終えて僕に尋ねる。ライを起こすのはいったん後回しにしよう。
「じゃあ、敵のアジトの状況を偵察しようか。ジェームズ、頼む」
「了解。『動物の目』(アニマルサーチ)!」
ジェームズのスキルは「変装」、心力を動物や服など様々な見た目に変えることができる。
普段は自身が纏っている心力をスキルに変換して、文字通り変装しているが今回は違う。放出した心力を鳥やリスなどの動物の姿に変換、心力法による操作でそれらを動かし、各動物にセットした「諜報員証」で映像と音声を収集する応用技だ。
「全員が配置につくまでちょっと待っててくれ」
ジェームズのスキルのメリットは視覚的にばれにくいことに加えて、通常の索敵と違って相手に索敵していることが認識されにくいことだ。心力法を使った通常の索敵は相手に拡散させた心力をふれさせてしまうためこちらが索敵したことがばれてしまう。
それに対して、「動物の目」は偽物の動物を各所に配置すれば敵の位置情報を一方的に把握できるのだ。
「準備完了だ……おいおい……」
ジェームズが敵アジトの状況を確認して唖然としている。
「どうした?」
「アジトが既に壊滅してるぞ……」
モニターを確認すると壊滅したアジト、制圧された敵と思われる人々、そして十字架の紋章がデザインされたマントをまとった一人の技師がいた。
いつもの日常と大きく異なる事態に出くわしたのだ。