1話 その2「フレイム・バーンド」
2フレイム・バーンド
「事情は理解した。だが無理だ。もう減点は取り消せない」
フレイム・バーンドこと校長は僕とアリスにそう答えた。
僕らがいる場所は技師団学校の校長室。大きな机と高級そうな椅子が置かれ、壁には過去の国家連合技師団(略して国技団)の元帥たちの顔写真が高級そうな額縁に入れられ並べられている。元帥の顔写真が飾られている理由は、技師団学校の校長は元帥が兼任することが通例となっているからである。
フレイムさんもその例外ではなく、28歳という驚異的な若さで国技団のトップ、元帥の地位についている。その実力は、世界でも数少ない「国家戦力級」技師に認定され、その最高峰とまで称されるほどである。
しかし、この人の本当の姿は……
「なぜですか。理由を教えてください。面倒くさいとか、元帥として恰好つかないとか以外の理由で」
「うぐ……」
フレイムさんが黙り込む。この人は戦闘力はあれど実務処理能力はポンコツ。そもそも怠け者だったり、大雑把だったりと残念な部分も多々ある人だ。
黙り込む姿を見て思う。相変わらずだな、この人。
「元帥がそんな理由でいいんですか」
問い詰める。減点はないに越したことはない。
「ソラよ……元帥の地位の大変さ、責任の重さがわからんからそんなことが言えるのだ。元帥とはな……」
フレイムさんは普段と違う口調で言い訳しようとする。素の姿を知っている僕らからすれば違和感しかない。威厳を出そうと必死だ。らしくないな。
「いつも通りに話してください。フレイムさんらしくないですよ」
耐えられなくなって、そのように僕が言うと、
「わかったよ。さっき言ったように減点は取り消さない。理由は面倒くさいからだ。以上だ。文句は受け付けないからな、ソラ」
すぐさまフレイムさんは開き直った。
いつものフレイムさんだ、やはり面倒くさいからか。
厄介なのは開き直ったこの人は頑固なことだ。僕がこれ以上言っても無駄だろう。
だが……
「そこをどうにかお願いします、元帥」
アリスがフレイムさんに懇願した。
すると、
「いいだろう。後でこちらの仕事が済んだら取り消しておく」
すぐに手の平を返した。
相変わらずだな、この人。
アリスには甘々だ。優しくしたくなるのもわかるけど。
それよりも気になることがあったので、いつも通りバッジに心力を込めた。
「こちらの仕事とは何ですか?」
フレイムさんはその性格ゆえ普段部下に仕事を任せていて滅多に自分で仕事をしていない。仕事をしているとしたら部下に任せられない超重要案件のはずだ。
試しに尋ねてみると、フレイムさんはため息をしてから答え始めた。
「サミットの準備だ。今回、4大国に加えて、世界から数多くの国の要人が集まって世界規模での問題について対応を決めるために議論することになっている」
4大国とは、国技団本部、技師団学校のある西の大国イディア、東の大国シント、北の大国ロノス、南の大国サウロンの4つの国家のことだ。これらの国々は国技団を共同で設立し、世界をけん引する主要国家群である。
サミットは本来この4ヵ国で行われる。その他の世界各国も交えてとなると余程の問題が今あるということだ。何を議論するつもりなのか……
「お前たちにもわかる話題でいえば聖教技師団の件だな」
悩んでいたところにフレイムさんはあっさりと答えを教えてくれた。
聖教技師団。たしかここ最近勢力を伸ばしているどの国家にも属さない技師団だ。世界平和を目指すという信条のもと、犯罪組織の殲滅や慈善活動を行っているため今まで危険視されてこなかったらしい。
しかし、裏にかなり危険な技師がいるという情報に加え、実際は犯罪組織を取り込むことで勢力を拡大しているらしく危険視され始めている。
「そのサミットの護衛を国技団でやることになった。だから珍しく俺も仕事をしているわけだ。これで満足か、ソラ」
聞きたかったことをフレイムさんはすべて答えてくれた。こういう時は有り難い性格だ。
これだけの情報を集めればジェームズも満足しているだろう。
「はい、答えていただきありがとうございます」
「そろそろ実技訓練の時間だ。各自教室に戻って支度しろよ」
「はい!」
アリスと一緒に返事をして、僕らは部屋を後にした。
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「また、そのバッジを使っていたの?」
アリスが部屋を出てしばらくしてから僕に尋ねた。
僕が制服につけているバッジはただのバッジではない。『技具』と呼ばれる代物である。
技具は心力を込めることで効果を発揮する、いわゆるスキルを内蔵したモノで、僕のような闘技師ではなく、工技師と呼ばれる技師たちが作成している。そのバリエーションは豊富で武器から日用品まで様々な技具が存在する。
今回使用している技具はAクラスのジェームズ・ボルドから貰った「諜報員証」という代物だ。有するスキルは盗聴、盗撮である。
「ジェームズとの契約さ」
僕はそれだけ答えた。
ジェームズとの契約として、情報の提供をしてもらう代わりに、今回のように情報を収集することを約束している。
「ふ~ん……」
アリスは疑いの目で僕を見ている。
あの事、まだ根に持っているのか━
「……そ、それじゃあ、実技訓練だから教室に戻るよ」
「あっ…こら……」
僕はこれ以上詮索されたくないのでそれだけ言って教室に戻った。