メモリーズ1「悪魔が生まれた日」
私が世界を認識した時、世界は真っ暗でそれでいて騒々しかった。静寂な世界ではなかった。呻き声が、悲鳴が響く騒々しい世界。生まれたての私はそんな世界に不快感しか抱かなかった。
「博士、彼女が目を覚ましました」
「ついに目覚めたか。ということは成功だな」
すぐそばで博士とか呼ばれている人物とその助手か何かがいるらしい。真っ暗で姿を認識できない。ただ不快な音の元凶はこいつらではないらしい。こいつらの声ははしゃいでいる声。呻き声でも悲鳴でもない。
「ねえ、あなたたち……教えて。どうしてここは騒々しいの?」
「驚いたな……もう喋れるのか」
「博士……だったわね、質問に答えて」
不愉快な音が止まない。心を落ち着けられない。原因を知ってさっさと対処したかった。
「悪いが、それは無理だよ。これは君の仲間の声だ。機械みたいに都合よく止められない」
「じゃあ、もう一つ質問。目を開いているのに何も見えないのはなぜ?」
「それは拘束しているからだ。まだ君は生まれたばかり……もうしばらく我慢してくれ」
理解したこと。私は身動きできない状態にある。騒々しいのは私のお仲間のせいらしい。
「五月蠅いな……」
それから数時間後、どうやら検査が終わり、拘束が解除された。世界から真っ暗さはなくなると思っていたが、光り輝く世界に変わるわけでもなかった。薄暗い世界に変わっただけ。そこに加えて鳴りやまない仲間たちの声。不快でしかない。
「これで検査は終わりだ。君の部屋へ案内させてもらうよ」
「それは後でいいよ。それよりも五月蠅いと思わない?」
私は助手の顔に両手で触れながら同意を求めた。言外にどうにかしてほしいという意味を込めながら笑顔でおねだりだ。
「え……」
そんな私に助手は困惑していた。どう答えればよいか悩んでいるらしい。
「そういわれてもこれは止めようがないんだ。ごめんね」
「仲間たちのいる場所は何処?教えて」
「教えるなと博士から言われているんだ。ごめんね」
「使えない人……バイバーイ」
いらない。私はそう判断した。だから助手に対して満面の笑みで別れの言葉を送り、助手の首を後ろに捻じ曲げた。ごきゃ……とか変な音をたてる。その音は意外と面白かった。殺すのって意外と楽しいのかも。
「ふふふーん。じゃあ、直接元凶を黙らせるか」
世界を認識してから不快感を与え続けてくるお仲間を黙らせに行こう。せっかくだから彼らで確かめよう。殺すことが面白いのかどうか。いろいろ試してみようかな。私は音を頼りに仲間たちのもとへと歩き始めた。
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改造人間。それは私が長らく研究していた新型の人間だ。
勘違いしないでほしいが、奴らは単に肉体の構造を改造した人間ではない。魂を改造した人間。それこそが私の作った改造人間。生まれつき強力な心力を持ち、驚異的な学習能力を持つ。肉体の調整も行えば、竜人族にも劣らない身体能力を実現できる。
そんな改造人間の集大成として私はあの娘を作った。最強の心力を誇る神族の魂を接合し、更なる才覚に目覚めた人間を。それを目指して作った。作ってしまった。
私は今ものすごく後悔している。目論見通り、文句ない才覚に満ちた存在が出来上がった。肉体も調整し、優れた身体能力だ。事前に知識をある程度埋め込むことにも成功した。
だが、人格は失敗だ。今までも改造人間たちは魂をいじった影響で人格に異常が出ることがあった。よくあるのが心の不安定さ。不安定ゆえに泣きわめいたり、意味もなく叫びだしたりする。だから今回、私は過去のデータから改良を施し、実際あの娘は落ち着きのある人格に仕上がった。はずだった。
検査を助手に任せ、検査の結果を聞こうと戻ってみれば、首が逆方向を向いた助手の死体。そして、おかしいのが改造人間たちの声が聞こえない。騒々しさが存在しない静寂に満ちた世界になっていた。ほかの研究員を探しに別の部屋へ。そして見つけ出す。そこは改造人間たちの隔離場所、その入り口にあたる部屋。見張り番である研究員は机の下に隠れ、ぶるぶると震えている。口や鼻から液体を垂らし、目を見開いている。
何があったか尋ねれば、「悪魔が部屋を開けてと言ったから開けただけ……それだけです」と答える。何度尋ねても同じような返事を繰り返す。埒が明かない。そう考え、防犯カメラの映像を確認した。
「何だ……これは」
映っていたのは悪魔の姿。のんきに寝ている。死体の山でベッドを作り、血塗れになりながら寝ている。不気味なのが死体を何らかの方法で圧縮したのだろう、本当に死体たちがベッドのごとく、直方体の形に無理やり固められている。悪魔はその上に寝転がっていた。ベッドの周りは死体から流れ出る血で真っ赤に染まっている。異臭が漂っているであろうあの空間でぐっすりと眠っているその姿に恐怖しか感じなかった。
私の間違いでなければこの部屋には30人近い改造人間たちがいた。しかも全員身体改造を施していたはず。そこいらの大人よりも強く、しつけ用の首輪をつけて何とか制御していた。……それでも叫ぶのはやめてくれなかったが。
そんな子たちが全員汚いベッドになっていた。悪魔が全員殺したのだ。不安になって他の部屋もモニターで確認すると、どの部屋もひどい惨状だった。ある部屋では全員が体をバラバラに引き裂かれ、「ウルサイ」という文字になるように並べられ、またある部屋ではしつけ用の道具を使って拷問したのか、内臓を取り出された死体や全身穴だらけの死体が散乱していた。
録画された映像も確認する。悪魔は楽し気に仲間を殺していた。部屋に入ってすぐに仲間の首を素手ではねる。捕まえてから四肢を順番に引きちぎる。道具を見つけて、それを使って少しずついたぶり、飽きたのか瀕死の仲間を壁に投げつけ、壁を真っ赤にペイント。最後のベッドのあるあの部屋に至っては異常だった。悪魔が部屋の前に立って右の手のひらをゆっくりと閉じていく。すると部屋の中にいた人間たちは何かに押され始め、部屋の中心に追い込まれていく。ギリギリまで押し込まれた改造人間たち。すると、左手で部屋の扉を開き、悪魔は改造人間たちの前で映像からでもわかるくらい邪悪な笑顔を浮かべながら右の手のひらを一気に閉じた。と同時に改造人間たちは押しつぶされてベッドの出来上がり。血がドバーっと流れ落ちる床を歩きながら悪魔は肉のベッドに寝転がり眠りについていた。
計100人はいた改造人間たちが全滅。犯人は同じ改造人間の5歳の娘。とはいってもこの光景を見た今となっては黒髪も赤い瞳も可愛らしさなんて感じない。悪魔らしい髪と瞳の色だ。神に近い存在を掛け合わせたら、天使ではなく悪魔が生まれてしまった。
「失敗か……」
私は確信した。再調整の必要がある。あれは悪魔だ。このままではその日が来る前に私たちを殺して逃げ出してしまう。あのまま成長させられない。
だから私たちは寝ているすきに悪魔に特注の拘束具を取り付け、再調整に取り組んだ。身体能力を弱体化させ、常人レベルに。人格面も今回の記憶を消して、健全な成長ができるように調整後、ある家族に引き取ってもらい育ててもらうことにした。
しかし、それも失敗に終わることを私は知らない。
そもそもあの悪魔を生み出した時点で誤りであり、直ちに処分すべきだったのだから。
そうすればあんな悲劇は起こらなかっただろうに。