降臨
「はあ……。まったく、なんなんだあの娘」
瑚太朗は湯船に浸かると、やっと全身に巡っていた緊張を解いたかのようにため息をついた。
だがまったく緊張が解けたわけではない。
二階の自室に、気を失ったあの少女がまだ横たわっているのだ。
ここ数日小鳥やオカ研のみんなの行方が気になっているというのに。
わけのわからない現象まで起きて、風呂に入ったくらいじゃ精神的疲労もとれやしない。
「どう見ても、あの幽霊……だよな」
夜な夜な怪奇現象に悩まされて、会長の式神のおかげでもう現れなくなったはずの、――あの。
学校で追い回され、変な地下空間で化け物に襲われたのを撃退し、森で何度も見かけ、変な竜みたいな化け物を退治してくれた、――あの。
リボンの少女。
いや、リボンが凶器の少女、というべきか。
一応、命の恩人というべきなのか。
「いやいやいや。……だって殺されかけたこともあるし」
――待て。
それはいつの話だ?
腕を組んで思い出そうとしてみる。
確かにあの少女に殺されかけたことがある。
殺されたこともある。
それも何度も。
何度も何度も何度も。
むしろ殺された回数のほうが多いような気がする。
なんだ、この記憶は。
なんの根拠もないのに。
「……わからない。だけどあいつ、油断できない」
危険だ、と直感が告げている。
あの少女に関わるのは危険だ。
見た目は人畜無害でむしろ保護すべき対象に見えるが。
心の警鐘が危険度MAXを鳴らしている。
今すぐ追い出すべきだ。
追い出してもまた入りこんできそうな気がする。
よくわからないが、鍵をかけても家中を目張りするなりしても、するっと入ってくる。
基本的に幽霊と同じ存在なのかもしれない。
「……幽霊?」
ぶるるっ、と震えた。
「お、俺、幽霊を招き入れちゃった?!」
がばあっと立ち上がった。
つまりこの家はホラーハウスということに。
逃げねば。
しかし何処へ。
隣の小鳥の家にでも避難するか。
最近電気もついてないから留守なんだろうけど、合鍵の位置は知っている。
せめて今夜一晩だけでも匿ってもらおう。
そのとき。
ガララ、と浴室の扉が開いた。
あの少女が目の前に立っていた。
「ひぃぃぃいいいっっ?!」
少女はじっと瑚太朗を見つめていた。
正確にいうと、瑚太朗の下半身をしげしげと見ていた。
「ちょ、待っ、見ちゃらめええええっっ!!」
慌てて手で覆い隠して湯船に戻る。
勢いあまって湯の中に潜った。
顔をあげられない。見られた。しっかり。大事なところを。
いやそんなことはどうでもよくて!
「お、お前、寝てたんじゃないのかよっ!」
涙声で湯から顔を出して叫ぶと、少女は首を少し傾げて、それから湯船の中に入ってきた。
「は、はいっ?!」
そのまま瑚太朗の右腕にしがみつくと、目を瞑って身体を預けてきた。
ありていに言って、寝ていた。
「……おい」
腕にしがみついて顔を近づけたまま。
少女は吐息すらもらさず、気を失ったように眠っている。
「どうしろと……」
不思議なことに、少女の身体は濡れていなかった。
確かに湯につかっているのだが、水飛沫すら髪にも服にもついていない。
といって湯が避けているとかそういうのでもない。
「幽霊だからってことかね」
もう何も驚きはしない。
この超常現象を受け入れている自分に泣きたくなる。
それより。
この後、どうすればいいんだろう。
少女が掴んでる手を引き剥がそうとするが、威嚇のようにリボンが舞う。
それが瑚太朗の下半身を竦ませた。
こんな全裸で無防備な状態で殺されたくはない。
「誰かぁー! 助けてぇーっ!」
半泣きで叫ぶがもちろん誰もいない家だ。誰が来るわけもない。
どうしていつも親がいないんだ。
可愛い一人息子が恐怖の真っ只中にいるというのに。
こんなときくらいいてくれたっていいじゃないか。
「はいはい、一人でなんとかすればいいんだろ!」
瑚太朗は少女を見下ろし、手を剥がさないように身体を持ち上げた。
幸いそれほど重さは感じなかった。
頼むから起きないで、と祈りながら濡れたままの全裸で浴室を出て廊下を歩き二階へとあがる。
床がびしょ濡れになったがこの際仕方ない。
足で蹴って自室の扉を開け、ベッドの上にそっと降ろす。
しばらく手を掴んだままだったが、横になってしばらくすると、するすると力が抜けて自然と離れてくれた。
「た、……助かった」
膝の力が抜けてへたりこむ。
見るとガタガタと足が震えていた。
たったこれだけのことで寿命が何年も縮んだ思いだ。
くしゃん、とくしゃみをすると、途端に寒さを感じ、クローゼットからタオルと着替えを引っ張り出した。
だいぶ身体が冷えてしまっている。
もう十一月も半ばだというのに、全裸で部屋中歩きまわるとか勘弁してほしい。
「そもそもお前のせいだっ!!」
すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
さっき気絶したときと比べると、眉間の皺のようなものも取れて、落ち着いた様子。
なんだろう。
何がこの少女を落ち着かせたのか。
「……俺の腕?」
右腕はまだ少女がしがみついた痕がくっきりと残っている。
よく見ると歯型も。
噛まれていた、いつの間に。
そういえば。
以前も幽霊だと怯えていたとき、同じように右腕を噛まれたことがある。
右腕。
ひょっとして。
「……これか?」
意識を集中してイメージすると、あの鉤爪のようなブレードが現れた。
集中が足りなかったのか、ブレードは一瞬で霧散するように消えた。
これも右腕からしか出てこない。
試しに左腕でも出ないかと何度も集中してみたが、無駄だった。
「これがこいつを引き寄せてるのか?」
あるいは。
この少女はこの右腕の正体を知っている。
以前から付け狙っていたのだから、そうとしか考えられない。
「…………」
瑚太朗は少女を睨みつけた。
追い出すのはやめだ。
これがなんなのか、知ってるなら吐いてもらう。
知らないのなら、わかるまで付き合ってもらう。
「お前の正体を暴いてやる」
瑚太朗は怖さを振り払うかのように小さく呟いた。
モニターの点滅はエマージェンシーの赤を常時示している。
監視員が緊張した面持ちでその点滅を見ていた。
「映像には映っているか」
「鍵と思われる少女に間違いありませんが、我々にも視認できているというのは……」
天王寺家の各所に、盗聴機と監視カメラがあちこちに設置され、家の中の様子は常時監視されていた。
念のため人を数人ずつ交代させ、鍵の持つ認識撹乱能力の影響を避けていたつもりが裏目に出ていることに、エージェントの一人はため息をついた。
「どういうことだ。鍵は見えないはずで、映像には記録されるということだろう」
「ライブ映像の場合はモニター越しでも認識できないはずですが、これは現時点での映像に間違いありません」
映像にはベッドに横たわる少女の姿と、その横に立つ少年が映っていた。
カメラの右下に表示されているのは現在時刻で合っている。
「あれは本当に鍵なのか?」
「照合しました。どの国にも少女の記録はありません」
「確かなのか」
「声紋・骨格・顔・全身のデータを採取した限りにおいては」
「…………」
天王寺瑚太朗は要注意人物としてマークしていたが、まさか鍵が接触してくるとは誰も予想していなかった。
その意味ではどの国や組織よりも先んじているといえるが……。
「踏み込みますか」
「待て。鍵の動向が気になる。しばらく監視を続けろ」
「しかし」
「天王寺瑚太朗も特Ⅲ級要監視対象だ。今は情報が欲しい」
モニターに映る少年はしばらく躊躇していたが、やがてベッドに潜りこんで鍵をどけるように突き飛ばした。
しかし赤いリボンが舞い広がって少年を縛りつけ、ごめんなさいと喚き叫んでいる。
あの不可思議な現象だけでも鍵であるという証左だった。
まだ放送が終わってないので迷ったけど、投稿してみました。
瑚太朗は監視されてるような気がしたのですが、違ってたらスミマセン。
アニメRewrite面白いですね! だんだん核心に迫る感じがします。
2期もあるのだと期待してます。(ホントに)




