序
あの人と会ったのは春茜の柔らかな光が包む小さな公園だった。
あの人は俯いて向かいのベンチに腰掛けて、世間の不幸をいっぺんに背負ったような悲しげな表情をしていた。ボクは鞦韆に乗ってあの人のバーコードのような頭を見つめていた。クマのような大きな図体をしているのに悩みでもあるんだろうか……なんて考えていた。
『ねえ、おじさん』
あまりにも可哀想なオーラが出ていたものだからつい話しかけてしまった。大丈夫だったろうか。そんなちょっとした心配をしていると、冴えない顔を上げてきた。
『何だ、君は』
憂鬱で口角は下がり、疲れが目の下のクマを酷く際立たせていた。しかしその顔には強さがあり、その皺は一本一本に苦労が詰まっているようにも見えた。見ているこっちも憂鬱になりそうだった。
『おじさん、どうしてそんな暗い顔してるの?』
すると、ため息混じりに
『リストラだよ』
軽率な質問に対して鉛のように重たい回答が返ってきた。
これは失策った。傷を抉るような事をしてしまったな……。
何とか話題を変えようとして、
『おじさん……名前何ていうの』
と訊く。これくらいしか話題を変えることなど出来やしない。
『G主任……とでも言おうかな』
やっと少し微笑みがおじさんに戻ったが、どことなく悲しさが残っていた。働いていた頃の呼び名だろうか。
『ボクは夕顔。宜しくね』
こちらもあまり慣れない笑顔で接する。
『夕顔……か。素敵な名前だね』
すると、主任はボクの隣の鞦韆に乗った。
予想外にも柔軟剤の匂いがした。きっとこの公園にずっと居たのかもしれない。家庭があるのだろうか。しかし結婚指輪は……ない。
色々思索していると、話しかけられた。
『夕顔君はどこら辺に住んでいるんだい?』
『んー……大体この辺だよ?』
『泊めてくれないかな……迷惑はかけないからさ』
主任が頭を下げてくる。
『えっ、まあ、いいですけど』
頭を下げられて断る気など起きるわけがない。
処世術とやらにまんまとかかった気もしたが、仕方が無い。
すると追い討ちをかけるように更に畳み掛けてくる。
『いや、妻がね……』
主任が言うにはこう言う事らしい。
リストラを正直に妻に言ったら、ヒステリーを起こしてしまい、『当分帰ってくるな、帰ってきたら離婚だ』などと罵倒されたか。それは……尚更仕方ない。
『なるほどです、大変ですね、主任』
その日からボクと主任の不思議な日々が始まった。
『それにしても夕顔君も顔色悪いね……大丈夫なのかい』
『あ、これは……まあ、元々です……はは』