舞踏会を終えて
怒濤のように過ぎ去った舞踏会当日。ようやく自分の部屋へと戻った時には、精神的疲労でグッタリとしていたアイリスだったが、睡魔にまかせて寝てしまう前にと、舞踏会でのことを思い返していた。
会場ではアルバート様と一緒だったから、多くの方々が挨拶に訪れ、アルバート様を中心に常に人だかりが出来ていた。常に笑顔で応対を心がけてはいたが…張り付けた笑顔で表情筋が固まってしまったようさえ感じていた。最後の方は不自然な笑顔になっていたかもしれない…。
舞踏会ということで当然ダンスにも誘われ、アルバート様と何曲か踊ったりもした。他の方からのお誘いは、さりげなくアルバート様が受けないようにしてくださったから、それはとても助かったのだけれど。あれ以上は、普段そんなにダンスを踊らない私にはきつすぎるもの。筋肉痛どころではなくなってしまうわ。
そんな慌ただしく過ぎゆく舞踏会だったけれど、合間を縫ってなんとかお父様やお母様にお会いすることは出来た。ゆっくりお話しすることは叶わなかったけれど。そもそもアルバート様の目の前でアルバート様のことをお話しするのは難しいし、そのアルバート様は私の側から片時も離れて下さらなかったもの。
でも、お母様が去り際にささっと小声で告げられた『大丈夫よ。全てわかってるわ。あなたは何も心配しなくてもいいの。自分の気持ちに正直であってね』という言葉が、頭に引っかかっていた。
全てわかってる…? 舞踏会への参加が必須なのに、エスコートを申し込んでくださったのはアルバート様だけ。メアリー様が、親族以外でエスコート相手を探しなさいと仰るから、どうしても断りきれずアルバート様のエスコートで舞踏会に参加したことを…こんな細い事情を全て? 説明していないのにわかっていると?
今回ら断りきれずエスコートを受けたけれど、今後は無理しなくてもいい。その後のことはフォローするから、断りたかったら断ってもいいという意味での『自分の気持ちに素直になって』ということなのか…。そういう意味であるなら特に問題は無いのだけど。でも、もしも…。
お母様が何か勘違いされていたとしたら? 私がアルバート様に恋しているとか。いや、さすがにそれは…。でも、恋愛結婚を猛プッシュしてくるお母様よ? 思い込みもあるだろうし、あり得なくは無いのかも……。
そうだとしたら、あの発言は問題だ。お母様のことだ、アルバート様との恋を全力で応援するとか言い出しそう…。
…こうしてはいられないわ! そうだとしたら、早急に勘違いを解かなくてはならないし、お母様の真意を確かめなければ!
先ほどまでは疲労で睡魔にも襲われていたが、眠気は吹き飛んだ。とにかく早いうちにと、急ぎ手紙を書き上げたアイリスなのだった。
※
アイリスから、舞踏会での発言の真意を問う手紙を受け取ったクラウス伯爵夫人だったが、アルバートの方が先手を打っていた。手紙では無く、舞踏会のあとで直接伯爵夫妻と接触をはかっていたのだ。
今のところ自分の一方通行の恋だが、少しずつではあるがアイリスも自分に打ち解け始めてくれていること。アイリスの性格的にも、急ぎ思いを告げることは裏目に出かねないこと。必ずアイリスの思いを得てみせる、必ず生涯幸せにすると騎士の剣にかけて誓うから、しばらく見守っていて欲しいこと。これらを誠心誠意伝え、伯爵夫妻はアルバートの希望に沿うことを約束した。
なのでアイリスへは、アイリスが安心するであろう手紙を返しておいた。あの発言の真意は、アイリスが最初に考えたような意味であると。アルバートの一方通行の思いであるなら、家のことは気にせず嫌なら断ってもいいのだと。特別に嘘は書いていない。嫌なら断ってもいいが、好きになったなら結婚も認める、応援するとは書かなかっただけ。
伯爵夫妻は確信を持っていた。アルバートは諦めないであろうし、必ず有言実行するだろうと。
あとは…アイリスの陥落待ちなのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。あと2話ほど書き溜めることができたので、近日中に更新予定です。