アルバート視点
私の名前は、アルバート・カルザック。現国王陛下の弟であるカルザック公爵を父にもち、母は隣国の王女という、恵まれた環境に産まれた私は、世間的には貴公子の中の貴公子らしい。
本来であれば、婚約者は父が決めることになる。国内の貴族令嬢であれ、他国の王族や貴族令嬢であれ、家同士の家格や政治バランスを考えねばならないからだ。
何故婚約に政治バランスまで考えなければならないのか、それは…。国王陛下には立派な王太子殿下がいらっしゃるが、王太子殿下以外のお子様は王女殿下ばかり。王太子殿下が婚姻を結ばれ王子殿下を授かるまでは、私にも高い順位の王位継承権があるのだ。王太子殿下、父、私という順で、第3位の継承権が。ちなみに王太子殿下はまだ12歳。婚姻も王子殿下を授かるのも、まだまだ先の話である。
というわけで、いろいろと考慮することが多い分、婚約者は未だ決められておらず。婚姻の適齢期とされる18歳を迎えているというのに、婚約者が決められていないということで…いざ社交に出ようものなら、たちまち令嬢方や自分の娘と婚約をさせたい貴族達に囲まれてしまう羽目に…。それが毎回である。
そんな日々を続けていくうちに、少し、ほんとうに少しばかりだが…情けないことに女性に対して苦手意識を持つようになってしまっていた。特に自分から積極的に近付いてくる女性に対しては…。
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父、カルザック公爵は国王陛下の右腕となり、その治世を外務大臣として支えている。父ほど国際情勢に明るくない私はというと、剣の腕が立つこともあり、いずれは騎士団長として国を支えるべく、騎士団に所属し、日々鍛錬を続けている。
騎士団にも女性騎士はいるが、基本は皆鍛錬に明け暮れている体育会系の集まりである。そんな騎士団内では、恋愛はタブーというわけでは無いが、恋愛に縁の無いものも多く、多少女性に苦手意識を持ってしまった私にとっては、大変居心地の良い空間であった。
最近では、公爵家の第一子として、義務でどうしても避けられない社交は行っていたが、仕事を理由に断れるものは断わっていた。
これ以上、社交の場にて女性に苦手意識を強めてしまう前に、父が早く婚約者を決めてくれれば良いのだが。家同士のことなどを優先して決めるのであれば、性格などは考慮されないであろうが…出来れば穏やかな女性が良いものだ。
婚約者は親が決めるというのは、公爵家でなくとも、貴族社会では当たり前のこと。たいていは、幼い頃、下手したら産まれた時から親の決めた婚約者が決まっていたり、そうではなくても年頃になる頃には、やはり親の決めた相手と婚約を結ぶことになるのが普通だ。
だけれども、私の婚約者が中々決まらないばかりに、私と家格や年齢の釣り合いが取れる娘を持つ侯爵や伯爵達は、私と自分の娘との婚約を望んで、娘に婚約者を決めていないのだ。
そういった令嬢方には、ほぼ社交の場で出会っている。皆が皆、積極的なタイプである。私との婚約が叶わなければ、適齢期とされる年齢を過ぎてしまうであろう彼女達…それはそれはもう…積極的なのである。どこかに穏やかな令嬢はいないものか。
政略結婚であった父と母も、今では恋愛結婚であったのかというくらいに愛しあっている。さすがに恋愛結婚は出来ないであろうが、私も出来ることなら出会いは政略結婚でも、心から愛せる女性と結婚したいものだ。
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現在私が所属しているのは、騎士団の中でも近衛騎士団。そして、御守りしているのは未だ社交の場で大きな力をお持ちの、皇太后メアリー様である。
国王陛下と我が父の生母であるメアリー様は、つまりは私のお祖母様にあたる。お祖母様のご指名もあり、お祖母様付きの近衛騎士となっているわけだ。
そんなお祖母様の目下のご趣味は、自分に仕えている侍女達の仲人役を買って出ることらしい…。さすがに私の婚約にまでは口を出されないのだが、興味深々らしく、定期的にお尋ねになる。職務中であるし、まだ決まっていないとだけお答えするのだが。その返事に…なんだか不服そうである。
侍女達の仲人役を買って出るといっても、基本は侍女達本人が騎士や官僚の中からこれといった者を見つけだし、その2人の仲をとりもつということらしい。
今のところ私との仲をとりもって欲しいという侍女もおらず(さすがに私との婚約を望む貴族達も、娘をお祖母様の侍女に送り込んではきていない。お祖母様もそういった者は侍女として認めていないそうだ)職務に邁進する日々は続いている。
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彼女がお祖母様付きの侍女となったのは、数ヶ月前のことだ。アイリス・クラウス、クラウス伯爵家のご令嬢だ。お祖母様が侍女として認めたということは、私との婚姻を望んで送り込まれたわけではないのだろう。だが、彼女も婚約者はいないとのことで、積極的にではないが、職務の合間に騎士や官僚達と交流を持っているようだった。おそらく気に入った者が見つかれば、お祖母様に仲をとりもってもらうのだろう。
アイリス嬢は、私が苦手とする令嬢方とは違い穏やかで素朴な人柄であるようだった。派手な服も好まず、ふと職務の合間に話しかけてみれば、控えめな笑顔を見せてくれる。休み時間はちょこちょこ騎士や官僚の元へ向かっているようだったが、そればかりということもなく。庭園で庭師の爺と交流を深めたり、庭園にやってくる鳥や小動物を愛でたりしている姿を見かけることも多かった。
いつの間にか、気づけばアイリス嬢のことを目で追うようになってしまっていた。アイリス嬢のことが気になり、軽く人に聞いたところによると、彼女はご両親が珍しく恋愛結婚をしたとのことで、恋愛結婚を勧めるご両親により婚約者が決められることなく、それならばと皇太后メアリー様を頼って、礼儀見習いとして侍女に上がってきたようだ。
恋愛結婚のご両親の元で愛情を注がれて、素直にのびのびと育ったアイリス嬢。穏やかで素朴なアイリス嬢。時折見せるはにかんだ笑顔が可愛らしいアイリス嬢。相変わらず私はアイリス嬢を目で追い続け、最初はほのかな思いであった恋心が、数ヶ月の間にみるみると膨れ上がってしまっていた。
そんな私の思いをお祖母様が見逃すわけが無く。息子であるカルザック公爵が何と言おうと、お気に入りの侍女であるアイリスと私との恋を応援すると言ってくださった。お祖母様に自分の気持ちがバレバレなのは恥ずかしいところだが、何よりも強い味方を得たのだった。
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私は今日も遠慮無くアイリス嬢に視線を注いでいる。心からの愛を込めて。
第3話は1/28正午更新予定です。よろしくお願いします。