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マリアの騎士―名高き王と古の眷属―  作者: 草宮つずね。
第一部 始まりの物語

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第十九章 シプリン支城

 呆然とマリアがソロモンを見上げると、小さくほくそ笑んでいた。


「ソロモン、何か策があるのなら話してくれ」


 痺れを切らしたようにレイヴァンが問いかければ、ソロモンが肩を振るわせている。それから、がばりと顔を上げたかと思えば不気味な笑みを浮かべていた。マリア達が悪魔でも見るような目で思わず見てしまう。けれど、気にとめていないようでくつくつと笑っていた。それから、エリスに何事かを耳打ちすると小さく頷いてどこかへ走り去った。


「エリスは?」


「エリスには、やってもらいたいことがございますから。王子、あなた様にもやっていただきたいことがございます」


「ああ、何でもしよう」


 マリアが即答すれば、ソロモンが小さく笑って「さて」と呟けば不敵に嗤って口を開いた。


「戦はしょせん、だましあい。その詭道を以てしてこの支城を救ってみせようぞ」



 冷たい風がコーラル国の兵達の体をかすめる。たちまち寒さで震え上がった。あまり自由のきかない体にムチを打てば、隊長が命じるとおり城を攻め落とすべく進軍していく。あざ笑うかのごとく、少し離れた高台から矢が放たれた。兵達に命中し、次から次へと倒れていく。隊長はあわてて高台の方へ向かうよう数人の兵に命じた。今度は背後から馬の駆ける音が響いてくたかと思えば、馬に乗った闇に溶ける漆黒のマントを纏った騎士とがたいのいい騎士が次から次へと兵を倒していった。


「どういうことだ。報告だとこんなに兵力はないはずだ」


 兵達の間に動揺が走った瞬間。


「援軍だ、エイドス支城から援軍が来たぞ!」


「ばかな! こんな短期間で来るわけが……」


「そう、来るわけ無いよなあ」


 動揺している隊長の背後。心地の良い声が部隊長の耳に届いた。かと思えば背後にいる洋琵琶リュートを背負った男が、隊長を背後から剣で刺した。たちまち、血を流して倒れる。兵達の動揺はさらに広がり、街の外へ出て行った。

 街の中に兵がいないか確認すれば男ギルは笑って、闇に溶ける漆黒のマントを纏った男レイヴァンに笑いかける。レイヴァンはコーラル国の騎馬兵が乗っていた馬から下りて地面に降り立つ。隣にがたいのいい騎士、エイドリアンも地面に降りた。


「まさか、この短時間で追い出すとはな」


 ああ、と答えつつレイヴァンは少し離れた高台の方向を向いた。そこには弓兵などではなく、弓を降ろしたマリアとレジー、それから見張りのクレアとクライド、それからヘルメスもいた。


「すごい、たった数人で兵を追い返してしまうなんて」


 高台でマリアが呆然と呟いた。そのとなりにいたレジーも確かにと答える。すると、流言を広げたエリスとソロモンがやってきた。


「どうですかな、少しはわたくしの知恵もお役に立てたでしょうか」


「少しなんてものじゃない。たった数人であれほどの兵が退いてしまうとは」


 興奮気味なマリアにソロモンが一つ一つ、紐解くように答えていく。

 ソロモンが言うには、コーラル国は暑い国であるからこちらの国の気候には慣れておらず寒いこの気候が慣れてはいないこと。それから、兵長と部下達の連携がうまくいってなかったこと。また、この寒さで部下達のやる気というものがほとんど見受けられなかったことを告げた。


「そうなのか?」


「ええ、これは彼らの弱点です。そこを突けば、たやすく崩れるのです。しかも兵達はこちらが何人か把握しきれていない。つまり、あんな()()()()でも容易く信じてしまったのですよ」


 楽しいことでも語るかのようにソロモンが言えば、レイヴァンとギルも高台へ上ってきた。すぐさまレイヴァンは、マリアに駆け寄って問いかける。


「どこかケガなどはしておりませんか? あと痛いところとかは――」


「平気だよ。弓兵はいなかったようだし、レジーとクレアも一緒なんだから」


 矢継ぎ早に言うレイヴァンの言葉を遮ってマリアが答えれば、たちまち安堵の息を吐き出した。それもつかの間。高台のどこからか声が聞こえてきた。


『うう、う』


 レイヴァンの眉間が険しくなる。それにともなって、皆の表情も険しくなった。マリアは心配そうにレイヴァンにそっと近寄った刹那、()()()という音がしてマリアの足下が少し下へ沈んだ。かと思えば、マリアの足場が消えた。


「え」


 呆然と呟いた言葉と共にマリアは、底の見えない深い闇の中へ放り込まれる。レイヴァン達が気づいて手を伸ばしたけれど、どれの手もすり抜けて闇の底へと消えていった。


「マリア様!」


 レイヴァンが叫んだけれど、声は深い闇に吸い込まれた。



 体に鈍い痛みを感じてマリアが目を覚ました。吐息を零して体を起こすと鈍い痛みと共に寒い外気を感じた。

 思わず顔を歪めて立ち上がる。すると、あたりは薄暗く水の落ちるような音ばかりが規則正しく響いていた。どこか不気味なその音がマリアに不安をかき立てる。


「レイヴァン、レジー……みんな、いないの?」


 不安げな声は少女に戻っていたが、マリアに気にする余裕など無く身も心も凍えそうで何度も自分の体をさすっていた。目には僅かに涙が浮かんでいる。それでも、不安を隠すため頭を振り、前をまっすぐに見据えた。けれども、響くのは自分の足音ばかりで何も見えず聞こえない。

 それでも歩みを止めずに前を見据えて、震える足にむち打って進んでいく。


(こんなことで怯えてどうする。わたしを主だと言ってくれたのに、こんなことでくじけては駄目だ)


 心の中でマリアは自分を叱咤する。少しは落ち着いた。心の奥底にいる不安というものが取り除かれるわけではなく、足は震えて目には涙も浮かんだままであった。少しの勇気だけを頼りにマリアが闇の中を進んでいくと、どこからか呻くような声が聞こえてくる。

 体を思わずびくつかせた。


(レイヴァンがいなければ何も出来ないよ。わたしは、本当はお前を手放したくはない。けれども、お前にばかり甘えてはいけない。だからこそ、こんなところで躓いてはいけないんだ)


 マリアが自分に言い聞かせながら、声のする方へ足を進める。もしかすると、そこに不安に怯えている人がいるのかもしれないと思いながら。

 やがて僅かな光が見えてきた。それをみると、誰かいるのかもしれないと心に強い希望を持てた。足早に足を進めるとそこには、一人の青年がいた。青年は、僅かなランプの明かりを頼りに何かを作っていた。それは、エイドスで見たことのあるもので――


「爆薬作ってるの?」


 マリアが青年に声をかければ、初めて気づいたのかこちらを見る。それから、何も答えずまた手元へ視線を戻す。マリアは気にもとめず青年に近寄った。


「あなたは錬金術師?」


 マリアが問いかければ、青年が口を開いた。


「ああ」


 ぶっきらぼうな口調であるけれど、絹糸のようなか細い声であった。

 そんな青年にふんわりと笑みを浮かべれば、青年は不思議そうにマリアを見つめる。


「そういうお前はこんなところで何をしている」


「高台に上っていたのだが、落とし穴から落ちてしまって」


 マリアの言葉に青年が合点がいったように「ああ」と呻いた。それから、たまに迷い込んで落ちる人がいるなと呟けばマリアが思わず苦笑いを浮かべる。青年は「ついてこい」とだけ言うと手に持っていたものを置いてランプだけを手に持ち、闇の中を進んでいく。マリアは慌てて青年の後を追った。


「なあ、この高台は錬金術の工房なのか」


 マリアが問いかければ青年は頷いてみせる。しかしエイドス支城では支城の中に工房が設けられているのに対し、ここでは高台でひっそりと窓もない場所で仕事をしているのか、とマリアが問えば青年がやはりぶっきらぼうに答える。


「昔は支城の中に工房があったが、私からお願いしてこの高台に工房を移してもらったんだ」


 驚いてマリアが問いかける。


「なんで、わざわざこんなところに」


 青年が僅かに息を詰めて「お前には関係のないことだろ」と答えた時だった。どこからか呻く声が聞こえてきてマリアが肩を振るわせる。すると、青年も僅かに眉を潜めた。それから、マリアを守るように背に隠して前を進む。マリアが思わず青年の服を握り締めたが青年は何も言わずに前を見据える。やがてうめき声が近くなると、ランプの僅かな明かりが男の姿を映し出した。


「わあ!」


 青年とマリアが声を上げると、男は息を漏らしてこちらを見る。刹那、泣き声と共に青年に抱きついた。


「我が娘よ」


「ええい、うっとおしい!」


 一気にいろんな情報が出てきてマリアが固まっていたが、すぐに生気を取り戻して二人を交互に見つめる。それから、言葉を発した。


「お兄さんはお姉さんで、この男の人はお姉さんの父親?」


 青年否、女性はわずかに息を飲んだ。


「そうだよ。わたくしはこの支城の主バルナバスで、この子は娘のカミラ」


「それよりも、親父はこんなところで何してるんだよ」


 女性ことカミラは、自分の父親であるバルナバスの言葉を遮って叫んだ。バルナバスは、大量の涙を流しながら答えた。


「実はコーラル国の兵達に捕らえられてね。それから、何とか逃げ出したんだけど城へ戻るつもりがうっかり落とし穴にはまってしまって」


「何やってんの、親父。自分でこの高台立てたのに、うっかりしすぎ」


 カミラが自分の父親に思わず突っ込んだ。マリアがぼんやりと眺めていると、「ああ」と呻いてバルナバスも一緒に高台の上へ行ける道を行くことになた。


「ああ、カミラ。昔はあんなに『お父様が一緒じゃなきゃ眠れない』と言っていたのに」


 さめざめとバルナバスが言えば、カミラが「一体、いくつの時の話をしているんだ」とぼやく。どこか置いてけぼりにされながらもマリアは、ほほえましそうに二人の会話を聞いていた。

 少し行くと高台の上へ来た。皆がおりマリアの姿を認めると、安堵した表情を浮かべてレイヴァンが真っ先に駆け寄った。


「よかった、ご無事でしたか」


「迷惑をかけてしまってすまない」


 レイヴァン達は、マリアの隣にいる親子に視線を変えていく。レイヴァンとソロモン、いつの間にか来ていたエイドリアンが目を見開いた。


「バルナバス殿、それにカミラ様。ご無事でしたか」


 ソロモンが二人に声をかければバルナバスは嬉しそうに見るが、カミラはうんざりした表情を浮かべている。


「何で、あんたがここにいるの?」


 カミラが問いかければ、ソロモンが不敵な笑みを浮かべる。


「運命が我々を結びつけたのであろうな」


「ふざけるな!」


 二人の間には割って入れない空気を感じて、目を瞬かせているマリアにレイヴァンが耳打ちする。


「おふたりは、ソロモンがこの支城で勤めていたときに付き合っていたのですよ。ですが、ソロモンが王都へ呼ばれてからは一度も会ってはおらず自然消滅したとか」


 隣で聞いていたギルが「なるほど」と呟く。クレアも関心の色を示した。エイドリアンもマリア達の会話に加わり。


「しかも、ソロモンがこの支城に勤めていた頃は毎夜毎夜、カミラ様と思われる嬌声が――」


「おい、何を本人達がいないところで話している」


 ソロモンがマリア達の方を向いて問いかけた。エイドリアンは「何でもないぞ」と冷や汗を背に大量にかきながら答える。ただマリアだけは意味をよく理解していないようで首を傾げた。



 マリア達はシプリン支城に招かれて、ようやくくつろげる事となった。バルナバスは自分を救ってくれたことと、この支城を守ってくれたことをたいへん感謝してマリアに何度もお礼を告げた。

 マリアが王族だと告げたときは、二人とも同じように驚いていたが、親子だなとほほえましく思う。少しだけ寂しくなって豪勢な夕食を用意してくれたにもかかわらず、食事を少しだけ食べると中庭へ出た。あとをレイヴァンが追う。

 中庭にある花壇の側にあったベンチでマリアが腰を下ろしていると、レイヴァンが姿を見せた。


「そのような薄着では風邪を引いてしまいますよ」


 マリアがあいまいに頷くと、レイヴァンが悲しげに見つめていた。


「レイヴァン、隣にきてくれ」


 レイヴァンはためらったものの、「座れ」と命じたので大人しく隣に座った。マリアは、闇色の空を見上げて独りごちる。


「わたしはまだまだ弱いな。あの親子を見ていると母上と父上を思い出してしまって、嬉しいのにどこか寂しく感じてしまう」


 マリアが心の内を吐露すれば、レイヴァンが肩を抱き寄せる。青い瞳を瞬かせれば、騎士は頬をほんのりと染めていた。


「当然ですよ、城を追われて間もないのですから。ですが、マリア様は強くあろうとしておられる。それは俺にとっては誇りです。どうか、その思いを消さないでください」


 レイヴァンの優しい言霊が、マリアの中で響いて目に涙を浮かべる。それからレイヴァンの背に手を回した。


「ありがとう、レイヴァン。お前はやっぱり、わたしの最高の騎士だ」


 そのときレイヴァンは嬉しくもあり、また少し切なくなった。『最高の騎士』だと言ってくれるのは嬉しい。騎士冥利に尽きるというものだ。しかし、彼女の中で自分は『騎士』なのだ。『男』ではない。分かり切っていたはずだけれども、少し悲しくて強引な手段を使ってでも手に入れたくなった。

 理性がそんな自分を押さえ込む。これ以上踏み込んでは、いけない。十も年下の娘に欲情するなんてことも間違っている。そもそも、相手は王族だ。こんな感情を持っているなど知られれば嫌われてしまいそうで恐い。

 この感情が何なのか、気づかないふりをしてここまで来たのだ。それは、これからも気づかないふりで通せると思っていたのに。彼女の声が、言葉が、それらすべてを打ち砕いてしまう。何よりも、彼女を求めてしまう自分に苛立ちすら覚える。


(あなたは何も気づいてない)


 純真無垢な瞳でこちらを見つめてくるマリアを、レイヴァンが苦々しく見つめた。


(こんな俺だと知れば、あなたは幻滅するだろうか)


 そんな考えがレイヴァンの中で産まれていたころ、マリアは腕の中でまたしても曲解を始める。


(レイヴァンはやはり、バルビナに会いたいのだろうか)


 抱きしめてくれるのはレイヴァンが優しいからで、自分に対して特別な感情など抱いてはいないのだろう。ただ妹のようにレイヴァンは自分のことを思っているのだと、早々に結論づけて胸の高鳴りには気づかないふりをした。


(そうに決まってる)


 心の中で何度も言い聞かせては、思いにふたをした。でなければ何だか壊れてしまいそうだったからだ。

 そんな二人をバルコニーから眺める影があった。ソロモンである。


(あれほど思い合っていて、ここまでこじれるとは。やれやれ、二人はいつになったら通じ合うのだろうか)


 ソロモンがそんなことを考えていると、カミラが声をかけてきた。


「何をやってんの」


 カミラが二人の姿を見つけないようにと、ソロモンがバルコニーを出た。すると、カミラにはソロモンしか見えていない様子でどこか恥ずかしげに頬を染めている。


「カミラ様こそ、こんなところでどうなされた」


 カミラは、純度の高い酒でも一気に呑んだかのように頬を染めた。それを見てソロモンには合点がいってしまう。


「ああ、今夜は君の部屋に泊まってもいいのかな」


「なっ、そういう意味じゃなくて。ソロモン、まだここにいられる?」


 ソロモンは驚いて目を張ってから、「ああ」と答えた。声がどこか熱っぽく感じて、カミラが体を強ばらせる。


「大丈夫ですよ、カミラ様。そんなに怯えずとも、あなたに触れたりはしない」


 カミラの熱が一気に引いていく。少し寂しげに名を呼んだ。ソロモンが苦笑いを浮かべて「触れて欲しいのか?」と問いかけた。


「べ、べつに。今はそれどころじゃないからだろ」


「今は国を取り戻すために、王子に手を貸しているからな」


 カミラから真剣な視線を投げられれば、ソロモンは何を問われるのか身構える。


「あの王子はどんな方なのだ」


 ソロモンは考え込み、顎の手をかけて答えを発した。


「陛下に似てお優しい方だ。だが、王妃に似てしたたかな方でもある」


 君主としてはとカミラが更に問いかけると、ソロモンは小さく笑って「最高だ」と答えた。面白いものでも語るように言葉を紡いで見せた。


「部下を信頼し、誰よりも皆のことを思っている。王子の考えていることは確かに間違ってなどいないが、わずかに的を外した考え方をしている」


「それはどうなんだ」


 カミラがつぶやけば、ソロモンがくつくつと笑う。


「それがまた面白いのだ」


 不敵な笑みを浮かべる、恋人のこの表情の意味をカミラは知っている。

 世間では“知恵の悪魔”と呼ばれているが、悪魔なんてものじゃない。ただの悪戯好きの子どもだとカミラはずっと思っていた。今も彼は変わらず悪戯好きの子どものようだ。

 けれども王都へ彼が行っていたときは、毎夜酒におぼれていたといつだったか陛下が支城を訪れた時に言っていた。しかも酒におぼれては自分の名を呼んでいたというのだから、恋人としては嬉しいことだ。レイヴァンに看病してもらってからは、彼と息が統合し少しずつであるが彼らしさを取り戻していったという。聞いたときは、カミラも嬉しかった。側にいない恋人を思うなんてカミラ自身は一生無いことだと思っていたが、まさかこんな日々が来るなんて思いもしなくてソロモンがいない間どれほど胸を焦がしたか。

 久しぶりに再会して話したいことがたくさんあったはずなのに、言葉も浮かばず憎まれ口ばかりを言ってしまったのだ。

 そんな自分が嫌いになりそうになるが、ソロモンはそれすらも見破っているようで楽しそうにしていた。


「まあ、とにかく。ソロモンが元気そうでよかったよ」


 告げるとソロモンが僅かに目を見開いたが、カミラは気づかないふりをして背を向けて部屋へ戻っていった。それを確認してから再びバルコニーへ出ると、どこからか歌声が響いてきた。それは、水の流れる音のような声。ギルがバルコニーへ出て洋琵琶リュートを手に唄っているのであった。


『そこのいばらでそれを乾かせと伝えておくれ

 パセリ、セージ、ローズマリーにタイム

 そこには神が産まれていらい花が咲いたことがない 

 そうしたら、彼女は私の恋人』


 そこへクレアが来て、ギルの奏でる洋琵琶リュートに合わせて歌詞を紡いだ。


『あの街に行ったことがあるかしら?

 パセリ、セージ、ローズマリーにタイム

 そこに住むある人によろしく言って

 彼はかつての恋人だったから』


 切なく響いたクレアの歌声が闇の空に溶けていった。歌声を聞きながらギルが、切なげに闇色の空を見上げればクレアもまた空を見上げる。


「これは誰と誰の唄なのかしら」


 クレアが疑問を口にすればギルが独り言のように答えを発する。


「『我らが王』と恋人ではないか」


「そうね、きっとそうだわ」


 切なげに呟いたクレアは少し顔を伏せる。


「『我らが王』とかつての恋人は結ばれたのかしら」


「結ばれることは無かったのだろうな。水がときおり、俺に語ってくる」


 クレアは「そっか」と呟いて肩を落とすと、ギルに背を向けて歩き出して侍女に案内された部屋へと戻った。ギルはしばらくバルコニーにいて唄を唄う。


『できないというのなら、私はこう答える

 パセリ、セージ、ローズマリーにタイム

 ああ、せめてやってみると言っておくれ

 でなければあなたは決して恋人ではない』


 それだけ闇に向かって唄うと、部屋へ戻っていった。



 次の日、マリアはあたたかい布団の中で目を覚めた。眠たい目をこすりながら体を起こして窓を開ける。冷たい風がマリアの体を駆け抜けた。

 マリアが「さむい」と呟いてバルコニーへ出ると、白い雪がしんしんと積もっている。寒いはずだとマリアは思う。それから、部屋の中へ戻り窓をぴしゃりと閉める。すると、こんこんと扉をノックする音が聞こえてきた。マリアが返事すると、クレアが入ってきた。


「王子、ソロモンさんが呼んでたわよ」


「ああ、わかった。着替えてから行くよ」


 マリアが告げれば、クレアは部屋を出て行った。それから、マリアは早急に着替えて部屋を出た。それから、カミラと途中で会ってカミラに部屋まで案内された。部屋の中へ入ると、すでに皆は集まっており少しばかり重々しい空気だ。その空気に息を飲みつつマリアが部屋の中へ進んでいくと皆がマリアを見つめる。


「どうかしたのか」


 マリアが重々しい空気に負けないようにそう問いかければソロモンが口を開いた。


「王子、あなた様にお覚悟を決めていただく時が来たようです」


 マリアは顔を強ばらせた。

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