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その2 一週間ぶりの天使成分をだな、こう、あれだな。

『人里再び』の裏話になります。

 おじいちゃん……じゃなかった、ギルド長にしこたま怒られましたが、なんとか専属の地位を得ることができました。

 専属受付嬢とは、ある意味ステータスなのです。何がって、担当してる冒険者がいたら優先して相手しないといけないから通常業務をサボれるのです。サボれるのです!

 ふふふ、これで天使ちゃんとキャッキャウフフをだな……

 と思っていたのですが、


 こ な い !!!


 うう、もう一週間くらい来てないんじゃないですか?

 天使ちゃん成分が不足してます。

 門番の兵士さんから聞いた話だと、ランクアップしたその日の夕方、凄い急いでツィーア山の方に向かって行ったらしいです。

 ダンジョンについてかなり気になってるみたいだったし、ツィーア山にあるダンジョンに行ってみたとか……だとおもうんですが、場所分かってるんですかね?

 急いでいたっていうことは、多分依頼を受けた冒険者を追いかけて、ついて行こうとしてたんじゃないかと思います。で、遭難して迷子になってるってオチなんじゃないかと思ってます。

 ……あの山はたまにアーマードベアとか出るから結構危険なんですよねー。天使ちゃん残して付属品だけアーマードベアに食われないかな。あ! でもそしたら天使ちゃんきっとかばって盾になっちゃう!だって天使ちゃん優しすぎるから! というわけでアーマードベアに襲われるのはやっぱなしで。


 っていうか、逃げられたんじゃないかってギルド長がぼやいてます。

 やっぱり勇者設定とか無理があったんじゃないですかね? と私は思うわけですよ。

 あと、ギルド長の演技力とか胡散臭いですし。

 少なくとも私のせいじゃないですね!


 と、専属受付嬢の旨味を味わうことなくすぎる日常でしたが、ついに天使ちゃんがギルドにやってきたのです!

 あーやっぱり可愛い。天使ちゃんはホント天使ですね。もっと近くにおいで? ん? 付属のゴミ屑さんはいらないんだってば、チッ。


「いままでどこに行ってたんですか?」

「ああ、ちょっと外に用事がありましてね」


 おそらくダンジョンのことでしょう。依頼を受けた冒険者を追いかけてついて行こうとして、結局見つからず迷子になって、なんとか帰ってきたのが今日。うん、名推理ですね。

 なにせあの日『ただの洞窟』の調査依頼を受けたのは帝都に所属するAランク冒険者様なのです、追いつけるはずがありません。なんでFランクの依頼を受けたのかは知りませんが、きっと寄り道のついでだったのでしょう。

 帝都のギルド経由で『異常なし』だった、と連絡をいただきましたし、報酬は別にいらないとのことでしたし、さすがAランク冒険者様ですね。


「あ、そういえば指名依頼どうなりました?」

「残ってますよ。Gランク依頼ですが、受理します?」

「お願いします」


 これは便所掃除の指名依頼ですね。前に天使ちゃんが便所掃除をしたお宅の主……ギュータスさんがご近所さんに実際に綺麗になった便所を見せつつ天使ちゃんをベタ褒めしてたので、それならうちのもやってもらおうか、と2件の依頼が入ったわけです。

 ……ウチも出そうかと思ってたんですけどね、そんな汚れてないですけど。でもでも、天使ちゃんに私が使ってる便器を手や舌でキレイキレイされると考えたらもうッ……! ……ふぅ。

 よし、また今度にしましょう。


「それと、どこか奴隷売ってるところ知りません?」


 あ?


 今、奴隷売ってるところって言いました?

 それって何ですか、奴隷買うんですか?

 Fランク冒険者のくせに奴隷を買えるだけの収入があるとは到底思えません。天使ちゃんだって、たまたま拾っただけでしょうに。あーあー、いいなー運がいいやつはホントに羨ましいなー。

 でも、天使ちゃんが居るというのにこれ以上奴隷が欲しいっていうのはどういう事なんですかね?

 なんか他にも女の子居るみたいなこと言ってませんでしたっけ?

 ……はっ、まさか、天使ちゃんを売り払って新しい奴隷を買うとか?!


 いや、ありえないですね、これほどまでに優秀な天使ちゃんを手放すバカがどこにいるんですか、私の目の前にいてほしいですけど。下取りはぜひ私が。


「……用途は?」

「経験があって賢い方がいい……女じゃないとダメです」


 ほぉ。経験、女、となれば、あれですか。天使ちゃんじゃ物足りなくなったと?

 なんて贅沢な奴でしょう。まぁ天使ちゃんといえど、いまはいろいろ小さいですもんね。

 こうなっては仕方ありません、ギリギリ無理をすれば買えそうな商品を巧みに紹介してくることで有名な商人を紹介して、物足りなくなっちゃった天使ちゃんを売らせ、私がそれを買い取らねば!


「そうですね、『グラファ奴隷商』が良いでしょう。あなたに紹介したくないくらいおススメですよ」


 あそこの品揃えは本当にいいんですよね、可愛い女の子多いし。……ただ、値段はかーなーり! 高いけどね!

 たしか最低でも銀貨60枚とかしてたかと思います。

 スラムの方のヤミ奴隷商だと最低で銅貨10枚とかいう正直ありえない値段で奴隷をやり取りしているようなとこもありますが、こっちは質がよろしくないというか、買った翌日死んでもおかしくないレベルですからね、あ、主人の方もですよ? 主人が死ねば商人が奴隷を回収してまた売れるって寸法だそで……おお怖。もしそんなところに天使ちゃんが捕まったらどんなひどいことをされるか分かったもんじゃないですね。

 と、紹介したところでさっさと便所掃除に行ってしまった。


「さて、それじゃあ私専属なのでちょっと仕事っぷりを監視してきますね」

「……行ってらっしゃい」


 同僚のやや冷ややかな眼差しを受けて堂々と裏口へ。

 ふふん、専属ですから! しかも勇者がどーのとかで、ちゃんとギルドマスターから監視するようにって指示が出てるのでサボリじゃないんですよ! はっはっは!


 で、私はさっそく天使ちゃんの様子を見に来ています。

 指名依頼を出していたのは商人のリカルドさんと、大工のカントさん。まずはリカルドさんの方を見てみましょう。


「おや、シリアじゃねーか。どうしたんだ?」

「ああ、リカルドさん。ちょっと冒険者の仕事を見に来たんですよ。私が専属なもので」

「そっかそっか。まぁ、男の方はさっさと居なくなっちまったけど、女の子の方が今掃除してくれてるよ」


 こちらで正解のようです。

 が、あのクズはまたも天使ちゃんにだけ便所掃除をさせているんですか。なんて外道な!


「ちなみに掃除道具なんかは持ってました?」

「ん? いや、そういえば持ってるように見えなかったな……けどま、ギュータスがあれほど褒めてんだし、なんかあるんだろ」

「……まぁ、ちょっと様子見てみますね」


 鋭い、さすが商人です。天使ちゃんの浄化の手とお口の秘密にうっすらと気づいているようです。

 ……あのちっちゃな手でごしごしして、お口でも……おぅ、色々とヤバいです。

 天使ちゃんなら大丈夫でしょうが……いえ、本当に大丈夫なのでしょうか?

 いくら天使ちゃんでも許容量や限度というものがあるでしょうし……

 と、とりあえず様子をうかがってみましょう。


 便所はしっかりと扉は閉じられており、コンコン、とノックすると「掃除中です、はいらないでください」と天使ちゃんの可愛い声が返ってきました。中に入っているようです。

 なんでしょう、この声、愛くるしすぎます。この便所ごとお持ち帰りしたいです。


「えーと、冒険者ギルドから様子を見に来たのですけど、掃除ははかどっていますか? お手伝いしましょうか」

「……は、はかどってます」


 はかどっているらしい!

 うん、さすが天使ちゃんだなー。


「掃除道具はありますか?」

「……あ、あります」


 あるんだ?! リカルドさんは何も持ってないって言ってたけど……

 あ、そうか。きっと浄化の手のことを言ってるんですね。


「素手、ですよね?」

「…………あ、足も使っています」


 足?! まって、今、足と言いました?!


「足で便所掃除をしているんですか?!」

「そうです。ぴっかぴかです」


 なんということでしょう。天使ちゃんは浄化の手だけでなく浄化の足も持っていたようです。

 もう全身が素晴らしい何かでできてるんじゃないかな、天使ちゃん。抱きしめたい。


「ちなみに今回、お水なんかは……? 足だとお口で綺麗にするの大変ですよね?」

「……おしっこもつかってます!」


 尿?!


 ちょっと待ってください、整理させてください。今、天使ちゃんは便所に居ます。便所なので尿を出してもなんらおかしくないです。よし、整理完了。

 そして天使ちゃんの尿はきれいなお水だったようですね! きっと体内で浄化されてるから飲んでも身体に良い素敵な液体なのでしょう。一杯ください。樽で。


 ふぅ、これ以上は私が危険です。おとなしく引き下がることにしました。

 リカルドさんが私に近づいて成果を聞いてきます。


「どうだい、何か秘密でもわかったかい?」

「……あの子はホント天使ですねってくらいでしょうか」

「なんだいそりゃ。まぁ、いい子だってのはわかるけど」


 ですよね、最高に良い子ですよね!


  *


 天使ちゃんの仕事っぷりを観察してきた私は、一旦現場を離れて『グラファ奴隷商』にやってきました。ええ、さっきあのクズに紹介した奴隷商ですとも!


「グラファさん、いらっしゃいますか?」

「おや、シリア様。本日はついにお買い上げでしょうか?」


 先日可愛い女の子の奴隷が居ないか探してここまで来たけど、やっぱり可愛い子はとても高いんですよね。金貨5枚とか10枚とか、私の貯金じゃなかなか手が出ないです。

 しかも質がいいのを仕入れるには時間もかかるとのことで……一応情報が無いかも頻繁に聞きには来てるわけです。万一天使ちゃんがこのあたりで売られたら、おそらくここに流れてくるでしょうし。


「いえ、ちょっと冒険者にここを紹介したのでその根回しにきました」

「おお、それはまことにありがたい事です。冒険者の方ともなれば戦闘用奴隷でしょうか? いまから見繕っておかなければなりませんな」

「いえ、女の奴隷といってましたね。経験がある方がいいと言ってました」

「ははぁ、そちらの用途でしたか。まぁ、主流ですな、それなら店内の在庫でどうにかなるでしょうか」


 店内の在庫、というのは店の裏にある住宅に住んでいる奴隷たちのことです。

 グラファさんのところでは結構普通に生活してるんですよ、日雇いみたいな仕事もしてたりしますし。

 維持費を節約するために在庫の奴隷が働かせているって感じですが、場合によってはそのまま買い取りということもあるという、まさに一矢二鳥ってやつですね。

 (一矢二鳥:匠な狩人が1矢で2羽の鳥を落とす故事より、技能が優れていて上手く成果を上げるという意味のことわざ)


「あ、ちなみにランクはFですから、多分予算はそんなに無いでしょう。あと幼女趣味みたいです」

「なるほどなるほど。……ふむ、うちの店としてはあまり取り扱わない安物の取引となりそうですな。で、何があるんです?」


 グラファさんは、ニヤリと口の端を上げます。こちらに狙いがあることを察している、実にイヤらしい笑みですね。直接聞いてくる分、分かりやすいしやりやすいのでいいんですけど。


「実は、その冒険者……私が求めてやまない天使ちゃんを奴隷に連れていましてね。もし下取りできるなら私の方で引き取れないかなと」

「ほう! シリア様の高いご要望を満たすような奴隷ですか、それは実に興味がありますね」

「……金貨1枚と銀貨50、いや、金貨2枚まで出しましょう」

「買い取るのであれば、予算は多めに見ておきたいですな。……金貨3枚までは用意できませんかな?」


 うぐぐ! 金貨3枚……こ、これは厳しいです。私の貯金をはたいても足りません。

 ですが、これで天使ちゃんが手に入るのであれば……手に入るのであれば……ッ!


「ぐっ……ぶ、分割でお願いできるのであれば」

「ではそのように見ておきましょう。なに、成功報酬ですし、そもそも手放すとも限らないのでしょう? 買い取れなければもちろんこの話は無しですから」


 も、もちろんです、手に入らないのにお金だけ出すなんてありえませんからねっ!


「しかしこのような話、シリア様ですから……特別ですよ?」

「ええ、感謝いたします……」


 ギルドの受付嬢として身元がはっきりしていて、かつギルド長の孫という……いざとなったらおじいちゃんが何とかしてくれる、そんな立場で実によかったと心から思いますよ私。

 いや、頼るつもりはあまりないですけどね。叱られますし。


  *


 グラファさんとの交渉を終え、戻ってまいりましたリカルドさんち。

 天使ちゃんはまだ掃除してるのかな~? とリカルドさんのお宅を覗き込む。


「お、シリア。またきたのか。もうウチの掃除は終わって、カントの方にいっちまったよ?」

「ああ、そうでしたか。……ちなみに、出来はどんなです?」

「…………完璧を通り越した何かだね! あのギュータスんトコの便所が綺麗になってたのは俺の知らないところで買い換えたんじゃないかと疑ってたけど……ギュータスがベタ褒めするわけだよ、まったく」


 見ると、ほれぼれするような白い便器になっていた。……こ、今回は足と、にょ、尿でこんなピッカピカに……!

 あ、確かに前と違ってすこしおしっこ臭いですね。花の香りに交じってますが……


「さっき俺が用を足したばかりだからあんまり嗅ぐなよ、恥ずかしいだろ?」

「うげっ、変なもの嗅がせないでくださいよ」

「ははは、すまんね」

「まったく……っと、それじゃカントさんの方にも様子見に行ってみますのでこれで」

「またいつでも来いよー」


 リカルドさんに手を振って挨拶をし、カントさんのお宅へ向かいます。

 カントさんのところはお弟子さんも一杯いて結構騒がしいんですよね。……と、なにやらざわついてますね。何かあったんでしょうか? 私はカントさんに話を聞くことにしました。


「お、シリア。久しぶりに見たな、悪いけど今ちょっと手が離せなくて」

「何かあったんですか?」

「あったあった。ほら、指名依頼。便所掃除の!」

「な、何か粗相でも?」


 う、専属受付嬢の欠点として、担当してる冒険者が悪さした場合に代わって頭を下げる仕事なんてのもあるんですよね。天使ちゃんならともかく、あのクズが悪さして頭下げるのは実に不愉快ですよ?


「いやぁ、凄いねホント。感心しちゃったよ」

「へえ、天使ちゃんですか。まぁ天使ちゃんすごいですからね!」

「天使ちゃん? いや、あれはどう見ても天使ちゃんって顔じゃないだろ……」

「何言ってるんですか、あんな可愛い女の子を天使と言わずに何を天使というんですか?」

「いや、僕が言ってるのは男のほうだぞ? ケーマっていったっけ?」


 は? ちょっとまってください。良く聞こえませんでした。


「いやぁ、彼は、あれは実にいい、ウチにほしいな」

「……いったい何があったんですか? 幻覚でも見たんですか?」

「は? 幻覚? いや、ちょっとね、こいつを見てくれ」


 そういって、なにやら木の箱を見せてくるカントさん。

 ……うん、見ましたけど、これがどう凄いんでしょうか?


「実はこれ、釘を使ってないんだ」

「……あれ? でも組んで作ったようには見えないですけど……接着剤ですか?」

「うん、ホゾも接着剤も使ってない。ああ、さっき釘を使ってないって言ったけど、正確には、金物の釘をつかってないんだ」


 ……はい? 釘といえば、鉄とか青銅とかでしょう?

 なのに、金物ではないとはどういう事なんでしょうか。


「驚くなよ。……なんと、木の釘を使ってるんだ」

「……木が釘になるんですか?」

「なるんだよ! あらかじめ細い穴を開けといて、そこに串を打ち込んだんだ。これが案外結構丈夫で、しかもどっちも木だから目立たない! これは革命だよ!」


 さらに詳しく聞くと、どうやら釘を切らしてしまっていたところで、あのクズが無責任にも「釘がないなら串を打てばいいじゃない、なんちって」とポツリと呟いたことが原因だそうです。

 それを聞いて、カントさんは実際に串を釘のように打ち付けてみたら……柔らかい木材に対して、硬い串であればそのまま釘代わりに使えるし、多少堅い木材でもあらかじめ細く穴を開けておけば十分刺さるということが分かったそうで……


「それ、クズの功績というか、カントさんの功績じゃないですか?」

「分かってないな、こういうのは着眼点が大事なんだ。彼はそこのところが実にいい。技術は体にしみこませれば誰でも覚えられるけど、こういう発想っていうのは才能なんだ。僕は彼なら一流の大工になれると見込んでいるね」

「は、はぁ、そうなんですか」

「だってそうだろ? 釘といえば金属、そういう風に僕も昨日まで思ってた。だけど今日、彼のおかげで生まれ変わったんだ。木を釘にしたっていいんだ、って」


 う、ううむ、なんだろう、あのゴミクズさんが褒められていると居心地が悪いですね。

 天使ちゃんの仕事っぷりは気になるところですが、今回は退散するとしましょう。


  *


 クズが評価されるという異例の事態に私の精神力はすっかり減少してしまいました。

 いったいどういう事なんでしょう、まぁいいです。しばらく休んでからギルドへ戻りましょう……


 ……と、中央公園にきたんですけど、やっぱりいやがりましたね、クズさんです。

 カントさんは「木工の革命だ!」とか言ってましたが、それはおそらく幻想でしょう。私の目の前には少女一人に便所掃除を押し付けてベンチで昼寝をしているクズしか見えません。

 この間はここから手が滑ってあやうく借りを作ってしまいました、もう清算してあるから無効ですが。


 ……さて、なんとかいやがらせができないものでしょうか。

 私には完全に寝ているようにしか見えないのですが、これは罠です。擬態です。寝たふりです。

 それをふまえていやがらせを決行するとなると……ううむ、だめです、思いつきませんね。

 逆にあえて堂々と近づいてみます。

 うん、どうせばれてるなら堂々とすればいいのです、私はあくまでお仕事で、そこのゴミクズとちがってサボってるわけじゃないんですから!


 で、今ベンチの真ん前まで来てしまったのですけど……

 ……うーん、どうみても寝てますよねコレ?


「おっと、ゴミが落ちてますねーまったく誰ですかねポイ捨てとかー」


 ちらっ。む、無反応ですか。


 なんか幸せそうな寝顔ですごいなんか、こう、イラッとするんですけど。

 だって今、天使ちゃんは便所掃除してるですよ? なのに昼寝とか意味わかりません。

 完全に喧嘩売ってますよね? お? 望むところですよ?


「あー、生ゴミっぽいです、最悪ですねーベンチが汚れちゃってもう」


 どうです、今のはベンチにゴミが落ちている、つまりベンチの上にゴミ、ゴミ=クズさん、という、受付嬢テクをつかった悪口なのです。

 ……クズさんには難しすぎましたかね? 完全に無反応です。


 うーん、もしかしてただ単に公園の清掃状態を気に掛ける聖女な受付嬢さんにしか聞こえてなかったりするんでしょうか?


 まぁ私は優秀でとびきり美人なギルド受付嬢だからそう聞こえても仕方ないですね。

 今もこうして専属相手の冒険者を見張る受付嬢の鑑ですからね!


「……あなたのことですよ?」


 分かってないんじゃないかな、と結構直接言ってみましたが、これも無反応……

 なんでしょう、私なんか敵じゃない、雑魚が何言っても関係ないってコトですか?


 ぐぬぬ、なんか負けた気分です!


 今日のところはこれで勘弁してあげましょう、これ以上はバレたらギルド長からうるさくねちねち叱られますからね!

 覚えておきなさい、いずれ天使ちゃんをペロペロしてみせますからねっ?!


  *


 カントさんのとこに戻るのもアレなので、そのままギルドへ戻ってきてしまいました。

 はぁぁ、通常業務が私に襲い掛かります。

 ……あ、そうだ。ギルド長に天使ちゃんたちのこと報告しなきゃ。めんどい……明日でいいですよね。


 一通りの業務をこなして、一息ついたあたりで天使ちゃんと付属物がやってきました。

 ……しかも新しく女の人を連れています。首輪ついてますし奴隷です……幼女じゃない……?!

 はっ、そうか。小さい身体だけじゃなくて大人な身体を試したくなったんですね?! いろいろ大きいですもんね、ばいんばいんですし。

 というか、天使ちゃんが一緒ということは天使ちゃん下取りは無かったということですね。残念です。


「……おや、早速買ってきたのですね。しかも人間で、大きい」


 って、あれ……この人見覚えありますね。……ソリンさん、ですっけ?

 ええ、かなりクセの強い冒険者でしたから覚えてますよ? 食べることが何より大好きで、当時Dランクだったにも関わらずFランク依頼であるボア退治をソロで大量にこなした上、報酬は全部ボアの鼻を持ってったんですよね、おいしいからって。私も食べたかったです。

 Cランクになった後、借金が嵩んで奴隷落ちしたという話は聞いていましたが――よりにもよってクズさんに買われるとは、ついてないですね……


 ん? 待ってください。

 ということはこのクズさん、元Cランク冒険者の奴隷を買ったということになります。

 元Cランク冒険者で、しかも借金奴隷ですよ? 借金奴隷っていうのは値段に借金の分も入るわけなのですが……Cランク冒険者が返せなくなった借金額を上乗せしたお値段ですよね?

 あの。金貨10枚でも足りないと思うんですが。


「イチカの、ギルドへの登録をお願いします」


 あれ、ソリンさんですよね? なんでイチカって名前になってるんですか?

 奴隷の名前っていうのは特に理由が無ければ元の名前をそのまま付けるモノだと思ってましたけど。獣人の奴隷はそういう風に扱うと喜んでよく働いてくれるそうですし。

 多分クズさんが無理矢理名前を剥ぎ取ったに違いありません。というか、イチカってなんですか? それ、もしかして食の神イシダカから来てるんですか? あれはでぶっちょな男の神様だったと思うんですけど。女の子にそんな太りそうな名前を付けるなんて、嫌がらせじゃないでしょうか。


「センスのかけらもない名前ですね、では、一応面接をしましょうか」


 指名依頼の報酬、銅貨20枚を渡しつつ、ソリン……改め、イチカさんの面接を行います。非常に遺憾ですが、奴隷になった場合はちゃんと名前も新しいのに適用しないといけません。

 主人であるクズさん立ち合いの元、面接を行います。嘘を検知する魔道具を起動し、質問を始めます。


「出身地はどこですか?」

「パヴェーラや。訛で分かるやろ? そこのツィーア山の向こうにある港町で、魚が美味いんや。特にあれや、タコ。まぁ地元でも捨てるようなヤツが多いんやけど、アレ実は中々美味くてなぁ」

「あ、次の質問いくので」


 放置しておけばいつまでも食べ物について語りそうな勢いですね、この人。Cランク冒険者だったころの二つ名『食欲魔人』は伊達じゃないということでしょう。


「得意なことは?」

「食うコトやな! ああ、もちろん腐ったモンや毒の入ったようなモンもよぉ分かるで。……って、冒険者として、やねんな? はは、分かっとるって、うん、斥候やな。外での食べ物の確保とか得意やで?」


 優秀な斥候ですね。イチカさんがいれば飢えで死ぬ心配はなさそうです、食べ物独り占めにされなければですけど。そこのクズはともかく天使ちゃんにはちゃんと分けてあげてくださいね?


「志願理由は?」

「ご主人様がなぁ、とびっきり美味いモン食わせてくれるっちゅーからな♪ フフフ、今から楽しみでたまらんわぁ♪」


 そういって騙して(ピーー)を食べろとか言うんですね分かります。この外道め!


「えーと、最後にギルドに対して言っておくことはありますか? 元冒険者だとか」

「お? なんや知っとるんか? そやで、ウチは奴隷になる前Cランク冒険者をやっとった。ま、今は名前も新しくイチカちゅーことで、心機一転よろしゅうたのんます」


 それをきいてクズさんが「え? 元冒険者だったの?」って間抜けなことを言っていました。

 いやいやいや、奴隷買うときに説明とかされなかったんですか?!

 むしろ聞かなかったんですか?! さては完全におっぱいだけ見て買いましたね?!


 うあぁ、あり得ない。安い買い物じゃないんですよ? ヒトを買っちゃうんですよ? よくそんないい加減な買い方ができますね。やっぱり最低のクズさんですね。


 とりあえず嘘はないしギルドカード発行には問題なさそうです、元冒険者ならGランクは免除でいいでしょう。……あ、そうだ。


「……ちなみに、彼女はいったい幾らだったのですか?」

「うまく値切れましてね。銀貨50枚でしたよ」


 ……は?

 銀貨50枚……? 人間で、元Cランク冒険者の借金奴隷でその価格は明らかに異常です、一体どんな卑怯な手をつかえばそんな値段になるんですか?!

 うまく値切ったって、あのグラファさん相手にどんな脅しを使ったんですか!


 はっ、ま、まさか、天使ちゃんを貸出しして……?!


 く、なんという外道……やはりクズさんは天使ちゃんの主としてふさわしくないですね!


  *


 ギルド受付嬢の朝は早い。

 朝、すぐにギルドをあけなければ冒険者が仕事にありつけず、その日の業務がストップしてしまいます。そんなギルドでは交代制で早朝から深夜まで、冒険者さんのために21時間は玄関を開けてあり、残りの3時間も何かあった時のため常に誰かが控えているのです。

 私もギルド長の孫として、ギルド受付嬢として、恥じない仕事をしなければなりません。

 だというのに、今日は朝っぱらからギルド長に呼び出されてお叱りを受けているのです。


「なぜ勇者条項の冒険者が戻ってきたことをすぐに報告しなかった?」

「え? やだなぁ、報告しましたって。アノンちゃんに」


 アノンちゃんは同僚です。昨日も冷ややかな目でサボ、冒険者のお仕事の監視の仕事にいくところを眺めてくれたあの子です。


「確かにアノンから報告があった。が、別に伝言を頼まれたりしたわけではないそうだが?」

「えっ、担当してる冒険者が来たからあと宜しくって頼んだのに!」

「バカモン! そもそも勇者案件は人を挟まず直接儂に報告するように言っておいただろうが!」

「そんなの一週間も前の話なので忘れてましたよ! ごめんなさい!」


 ギルド長ははぁ、とため息をつきました。まったくため息をつきたいのは私の方です。けどまぁ今は朝の冒険者ラッシュ、仕事を休めていい感じ……もとい、心苦しいですわ? オホホ。

 と、ギルド長室のドアがコンコンとノックされた。


「失礼しますギルドマスター。シリアが担当の冒険者が来ておりまして……町の外へ行くから挨拶に、と」

「……しかたないな、行って来いシリア」


 ナイスタイミングですよ! お叱り回避ですとも!


「本日の業務終了後に、続きと報告を聞くからな?」

「は、はひっ」


 う、微妙に回避しきれていないっぽいです。

 とにかく天使ちゃんの元に向かいます。

 あ、付属品がいる。ソリンさん……じゃなくて、イチカさんも一緒ですね。


「おはようございます」

「……なんでわざわざあなたが?」


 あれ、そういえば専属になったこと言ってませんでしたっけ……言ってなかったですね。一週間前は言う前に居なくなっちゃいましたし、昨日はすっかり忘れてました。


「私、専属なので以後よろしくお願いします」

「あ、はい」


 間抜けな返事ですね。まぁいいでしょう、私は簡単に専属のお仕事について教えてあげました。

 あ、そうそう、そういえば町の外へ行くって言ってましたね。そういうの報告にくるのはポイント高いですよ?


「ちょっと山にこもって修行してきます。いずれ『白の迷宮』に行くのを目標にしようかとおもいましてね」


 修行……事故が起きて天使ちゃんが生き残れば合法的に私の物に……!

 ん?『ただの洞窟』ですか? まぁ、何もないダンジョンですけど頭空っぽのクズさんにはお似合いのダンジョンじゃないでしょうか。一応地図を見せてこのあたりにありますよっていうのを教えてあげました。ついでにダンジョンコアを破壊しないようにと。

 ……そういえばここのダンジョンコアを破壊したらAランク冒険者が暗殺しに行くっていう宣言がありましたっけ。一応言っておきましょう。言わなきゃ専属受付嬢の私も暗殺されかねませんからね。

 あ、そういえば。


「追加で指名依頼が来てましたよ。ウサギ肉の調達です。なんでも、ケーマ様の納品した肉で串焼肉を作ったところ、生臭くなく、おいしいと評判で……とてもよく売れ、昼過ぎには完売したそうです。次からは最高銅貨12枚、『いつでも1日6匹までなら買い取る』と豪語しておりましたね。できれば秘密を教えてほしいそうですが」

「ほう! 美味い串焼肉やて?! そいつは見逃せんな。な! ご主人様!」


 『食欲魔人』が食いつきました。


 ここぞとゴブリン退治、ボア退治を勧めておきましょう。

 Fランク依頼ですし、ちょうどいいですね。ゴブリンは畑の肥料になりますし、ボアはそもそもおいしいですからきっと『食欲魔人』もはりきってやってくれることでしょう。


  *


「というわけで、結論をいいますと天使ちゃんは最高です、一家に一人欲しいです、いえ、私だけのものにしたいのでやっぱなしです」


 業務終了後、改めてギルド長室に呼び出された私は改めて天使ちゃんの優秀さをギルド長に報告しました。何度報告しても素晴らしい天使ちゃん。便器の純白さは天使ちゃんの清らかさの一部のおこぼれにすぎませんよ?


「うん、天使は置いとこうか、ケーマ殿の方はどうなんだ?」

「えっ? 公園で寝てました。あれはダメですね、サボりですね。まったく」


 ふふん、今日は言ってやりましたよ! サボリはダメですよねー。


「奴隷を働かせて主人が休むのは当然といえば当然だろう」


 えっ、サボってるのにお仕置き無しなんですか? 差別ですよ!


「まぁ、依頼をこなす姿勢としてはどうかとは思うが……便所掃除くらいの雑用ならおかしいことも無い。狭い便所に二人で入っても効率よく動けるとは限らないし、実際依頼は完璧に終了しているんだろう? ちゃんと仕事をするなら、それはサボリとは言わないんだ」


 私の考えていることを読んだかのようにギルド長は言いました。うぐぐ、確かに正論です。


「……しかし、奴隷のそのあたりの使い方を考えると、ケーマ殿はやはり勇者ではないのかもしれないのう。もしやと思ったが、勇者は元々奴隷の居ない国から来たせいで奴隷に甘いと言う話だし」

「あ、奴隷といえば昨日あたらしく買ったみたいですよ、奴隷。昨日その奴隷を冒険者登録しましたし。元Cランク冒険者の……ほら、『食欲魔人』の二つ名をもった人ですよ」

「何? ……まて、そんな二つ名がつくような元冒険者、どうやって買った? 最低でも金貨8枚はするんじゃないか?」

「しかも借金奴隷です!」

「そんなもの、金貨15枚はするだろ! おかしい、どこかに資金源があるのか? やはり勇者……」

「でも銀貨50枚だったそうです」

「……まてまて、おかしいだろう。Cランク冒険者が銀貨50枚? どういうことだ、いったいどんな手を使えばそういう話になる?」


 ですよね、私もさっぱりわかりません。けどあの時偶然起動しっぱなしだった嘘を検知する魔道具にも反応は無かったので、真実銀貨50枚で買ったということでしょう。


「……だとしても新人でFランク冒険者がいきなり銀貨50枚、いや冒険者登録含めたら55枚か。それだけの資金があるのも十分異常だ。やはり何か隠しているな」


 やはり天使ちゃんがお金を稼いでいるに違いないですよ、だから手放さないんですきっと。


「他には何か変わったことは?」

「カントさんのところで妙なことになってましたねぇ。なんでも、木の釘がどうとか……カントさんが張り切ってました」

「ほう、勇者の知識、という線があるな……ううむ、やはり勇者の可能性の方が高い、か?」

「いえ、ケーマ様がボソッとなんか言ったのからカントさんが発想を得たって感じでしたね」

「む? そうか……まぁいい。他には?」


 何かありましたっけか……えーっと、んー……


「あ、『白の迷宮』行きたいって言ってましたね。それで山にこもって修行するとか」

「ほう。ならとりあえずはCランクを目指してる、ということか。……ふむ、ダンジョンか。シリア、このあたりにあるダンジョンの情報をまとめて頭に入れておけ。おそらく役に立つだろう」

「ええー。……はい、わかりましたギルド長。しっかり覚えておきます」


 顔を出すっていう来週までに覚えて置け、って……

 うう、仕事が増えた。あーもー。やってられませんよ!

 天使ちゃんのために頑張りますけどね?!


「それと『ダンジョン学入門』が倉庫にあったはずだ、探しておくように。安く譲って恩を売るんだ」

「うわぁ、あの魔窟ですか……何か出るから嫌なんですけど」


 冒険者ギルドの倉庫。そこには何か出そう、ではなく、何か出る。出ること確定なのです。多分ゴースト系の魔物が紛れ込んでるんじゃないかと思いますが。暗くて住み心地がいいんでしょう。


 ってあれ? そういえば天使ちゃん来週まで来ないってことは、その間、私、通常業務しつつダンジョンの勉強もして、さらに倉庫の探索もしないといけないんですか?!

 ちょ、誰か助けてくださぁああい!



※作中に出てくることわざ「一矢二鳥」は、創作のものです。

 「一石二鳥なんて狙ってできるんだぜフフフ」的な意味です。

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