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その1 天使との邂逅

受付嬢さんをきれいにする方法が思いつかなかったので隔離しておきますね(


『情報は大事。これはガチ。』の裏話になります。

 それは、ごく普通の、しいて言えばこのあたりでは珍しい黒髪の二人組の、ただそれだけの冒険者登録でした。

 門番さんが連れてきたその二人組。片方は奴隷であったが身なりも整っていて、一見した時は兄妹なのかと思ったほどです。ですが、次の瞬間、空気が凍り付きました。


「ニク。頼む」


 奴隷はやはり奴隷だ、と言わんばかりに、当然のように男は少女を「ニク」……つまり、性奴隷と呼び放ったのです。少女が普通に返事をしていて、一瞬、耳を疑いました。

 なんだこいつは。こんなに可愛らしい女の子を、いや、こんなに可愛らしい女の子だから? せ、性のはけ口に……?! 下手に触れようものなら腕が折れてしまいそうなくらい小さな女の子を?!

 こ、これは……保護しなければ……! いや、決して羨ましいなんて思ってないですよ?!

 ああ、しかしよく見れば可愛いじゃないですか。この子の黒髪、つややかで、光の輪まで見えています。褐色の肌は見るからにきめ細かく、触り心地がよさそうです。犬耳獣人? 些細な事です。むしろ愛玩動物みたいな愛嬌があって可愛いじゃないですか。天使じゃないですか。

 それをこの男、あんなことやこんなこと、あまつさえ、その、うわわ、だめだよぉ、これ以上は…… はっ な、何ですか? 羨ましくなんてないですよ?! 一目惚れなんてしてませんとも!

 ……っと、感情を抑えて、抑えて……小さい女の子を見るとつい興奮してしまうのは私の悪い癖です。落ち着きましょう。女の子かわいい。よし、落ち着いてますね。


「意外ですね……そんな小さい子なのに」

「ええまぁ、何かの役に立つかと教えてもらっておいたので」

「そ、そうですか」


 はあああああ?! 何かの役に立つかと(ピーーー)や(ピーーー)を教えてもらったって?!

 つまりこの天使ちゃんってばこんなに可愛い顔してすっごいテクニシャン……それなんてサキュバスたん!?

 さっきから無表情なのは、その年にしてすでに人生を諦めるほどに経験豊富だから?

 もうその男なしでは生きられない身体だっていうの……ッ?!


 落ち着け私、私は受付嬢、私は受付嬢。とってもかわいい有能な受付嬢。

 よし、仕事です、仕事に専念するのです、私。

 いつもやってる簡単な説明を軽~く流し、面接に入ります。

 ……ごめんなさい、正直に白状します。順番間違えました。本当は先に面接やってからカード発行なんです。

 ちょっと門番さん居たから順番逆にしました的なこと言っときました。まぁ、うん、不適切だったらギルドカード没収すればいいですよね? ギルド長には言わなきゃばれないでしょ。


 ……カード作るのにお金かかっちゃうから、お金返せないっていったら守銭奴って言われました。

 いや、私が弁償できないだけですけどね。まぁ、弁償できてもこの男の分はしたくないですが。

 軽くカードの没収をちらつかせたら、あっさり態度を変えてきます。この軽さ、信用ならないですね。


 っと、嘘を検知する魔道具を発動させて……


 出身地を聞いてみました。「よくわかんない」とか、ふざけてるとしか言いようがありません。ん?「わたしもです」って、なぁに天使ちゃんも分かんないの? しかたないなぁ♪


 得意な事を聞いてみました。「戦闘はできません」って、何? そんなんで冒険者になれると思ってんですか? しかもこれから魔法使いになるにはどうしたらいいかですって?! コネかカネが要るんですよ、まさか天使ちゃんを矢面に立たせて自分は何もしないつもりなんですか……?! おとなしく天使ちゃんの肉壁にでもなってなさい!

 え? 天使ちゃん、「からだを使って働けます。殴られても平気です」とかなにそれハードなプレイもバッチリ対応ってこと? 天使ちゃんマジサキュバス。抱いて! むしろ抱かせて!


 冒険者になろうと思った動機を聞いてみました。が、「生活のため」とか、まぁ、うん、そこはいいですね。天使ちゃん養わなきゃいけないですからね。え? 「ご主人様になれって言われたので」とか、本当は嫌なのに無理矢理ッ!? くそう、天使ちゃんに傷が残ったらどうするつもりですか?!


 最後に、犯罪歴や話せない事とかを聞いてみました。「性癖の話とか聞きたいですか?」ってお前の性癖は見ればわかるから言わなくていいよ! 天使ちゃんかわいいよ! お手入れ完璧ですよチックショウ!

 あーもー、私もこんなかわいい子奴隷にしてご主人様とか言われてみたいです。今度の休みに奴隷商行ってみようかなぁ……けど、こんな可愛い子はきっと高いんだろうなぁ。金貨10枚とか言われそうです。

 天使ちゃんは「よくおぼえてない」……そっかぁ、覚えてないんじゃ仕方ないね、って、さっきから天使ちゃん、いろいろ覚えてないこと多いんじゃないかしら。物忘れが激しいドジっ子? お姉さんそういうのもイケるクチですよ?

 いやまて、待つのです。もしかして……天使ちゃん、何かアブナいお薬とか使われてます?! 記憶がフッ飛んじゃうくらいヤバい媚薬とか?! な、なんて鬼畜! やはりこの男、要警戒ですね!


 ……くっ、できることならこの男だけ面接で落としたいけど、さすがにそうなると天使ちゃんだけ通すっていうのもできないし、受け答えとしては嘘が全く無かったのです……! つまり、こちらの質問に二人とも正直に答えていた、ということ……!

 その時点で合格の要件は殆ど満たしちゃうのです! くそおおおおお!!


「……小さい女の子をどう思ってますか? 正直に答えてください」


 思わず、私は追加で質問をしていました。男が、この鬼畜男がボロを出すことを願って……ッ! 何かしら嘘をついたらそれで不合格にしてやるわ!


「え? ……かわいいんじゃないですかね?」

「まけません」


 そうですよね! かわいいですよね! 小さい女の子は最高ですよね! あああああそりゃ嘘つくまでもないですよね、チッ! この女児愛好性癖のゴミクズが! 少しは隠しなさいよぉおお!

 あと天使ちゃん、負けませんって、それ、つまりあれよね? 他にも天使ちゃんみたいなのが居るって、そういうコト?! 天使ちゃんだけじゃ飽きたらず夢の3(ピー)?! ああもう、そんなダメ男なんて捨ててお姉さんのとこに来てくださいお願いします。なんですか? 土下座すればいいですか? それともおしりの穴舐めますか? 天使ちゃんのおしり舐めさせてくれるんですか? おいくらです?


 ……はぁ、ま、まぁ、前向きに考えましょう。

 二人とも問題なく面接を通過したということは、私が順番を間違えて先にカード発行しちゃったことも私の心の中だけにとどめておける、と、そういうことです。

 仕方ない。認めましょう。……ちっ、男だけ後ろから襲われて死ねばいいのに。

 そんな殺意を隠しつつ、ギルドの詳しい説明をしました。


「なるほど、よくわかりました。ああ、町で過ごすうえで他に気を付けることはありますか?」

「……南門の外にあるスラムには近づかない方が良いですよ。あと、いくら奴隷とはいえ、その扱いはどうかと思います」


 そんなに小さな子を性奴隷にするとか鬼畜すぎます。あと、せめてもっとちゃんとした名前にしてあげてください。もしくは天使ちゃんを私にください。


「ご忠告感謝します……」


 慇懃無礼なふてぶてしさを感じました……このゴミ男、態度を改める気はなさそうですね。


  *


 そのあと、天使ちゃんと付属品のゴミクズは便所掃除の依頼を受けていきました。

 ……これはアレですね。きっとこのゴミクズ男、天使ちゃんに1人で掃除させるんでしょうね。

 世間的には奴隷だからアリといえばアリなんですが、可愛い女の子に『浄化』も効かなくなった十年物の汚便所を掃除させるとか、あ、あれ、なんだろう、ちょっと興奮する、いやいや、駄目でしょう!

 私はこっそり様子を見に、遅い昼休みをとることに……もとい、これも新人がちゃんと仕事をやっているかの監視業務です。業務なのです。昼休みもとらずにお仕事する私はギルド受付嬢の鑑ですね、表彰されてもいいですよ。

 今の時間は人もあまりいなくて空いてますからね。カウンターは私の優秀な同僚にあとは任せましょう。


 さてさて、確か依頼人はギュータスさんだったはずです。……依頼の判定をするときに確認したのを思い出してしまいました。あの強烈な汚便所……思い出しただけでも吐き気がします。実際吐いて、依頼報酬のうち銅貨2枚が私の出費になっちゃったんですよね。くそう。


 と、ちらりと目端にゴミクズの姿が。そしてそのまま歩いていきました。

 おい。おい。まさか本当にあの汚便所を天使ちゃん1人にまかせてサボリですか?

 天使ちゃんが奴隷身分じゃなかったら訴えて勝てるレベルですよ?


 あーもう、仕方ありません。こうなったら、本当はいけないんですが、私が手伝いましょう。

 決して天使ちゃんと一緒に居たいだとか、天使ちゃんが吐き気をこらえて健気に掃除しているところが見たいとか、そういうわけじゃないですよ。

 ……「ニク」が便所に1人残されてるって、美味しいシチュだなとかもこれっぽっちも考えてなんかいませんよ?


 てーんーしーちゃーん♪ 手伝いに来ましたよー♪

 ……って、鍵掛かってますね。


「……いま掃除中なので、だめです」

「えーと、お、お手伝いしますよー?」

「……いま掃除中なので、だめです」


 くっ、どうやら天使ちゃんの決意は固いようです。自分の仕事は自分一人でカタをつけてやる、そういうまっすぐな心が眩しいッ!

 仕方ない、帰るとしましょう。


「ん? おや、シリアじゃないか。どうしたかね」

「あらギュータスさん。えー、ちょっと新人冒険者の様子を見に来たんですよ」

「……ああ、なるほど」

「ギュータスさんこそ、そのブラシはなんですか? まさか依頼人自らお手伝いに?」

「いやなに、掃除道具を渡してなかったのを思い出してな。便所掃除しにきたのにロクに道具も持ってなかったと思ったが、やっぱり新人だったのか」


 なるほど、新人には準備を怠って依頼にあたることがよくありますからね。

 …………あれ? でも天使ちゃん、掃除中って言ってましたよね。


「ちゃんと掃除しているようでしたが」

「何? ……ならいいんだが、本当に掃除しているのか? 水を汲みにも来ていなかったが」


 なんと。それは大変です。もし掃除したフリだけするような事態になればギルドの沽券に係わることです。そうなったら是非あのゴミクズのギルドカードを没収しましょう、サボっているようですし。


「……わかりました。一応私の方から掃除道具を渡して、様子をみておきましょう」

「そうか。頼む」


 私はブラシを受け取り再び便所の前に来ました。


「あのー」

「……いま掃除中なので、だめです」

「その、掃除道具を渡しにきました」

「……い、いま掃除中なので、だめです」


 お、ちょっと揺らぎましたね。


「掃除道具もなしにお掃除しているんですか?」

「そ、そうです」


 え、本当に掃除道具なしなんですか? これは由々しき事態です。


「どうやって掃除をしているんですか?」

「…………て、手でごしごしして、ます」


 手で?! あの汚便器をまさかの素手で?!


「こ、これが一番きれいにできる、のです」

「そ、そうなんですか?! え、でもせめて水とかは要るんじゃないですか? 流したり、あと手を綺麗にするのにも……」

「…………舐めてます!」

「舐め?!」


 なんだと……?! あの可愛らしいお口に汚れた(ピーーーーー)を(ピーーーーー)ですって?!

 そんなこともできるだなんて、い、いったい天使ちゃんはどこまで幅広い性癖に対応しているというのッ?!


「だ、だめよ! そんなの舐めたらお腹壊しちゃうわよ!」

「……なれてるのでへっちゃら、です!」


 日常的にそんなことをしているというの?! あの糞ゴミクズ、私の天使ちゃんになんてことさせてるんですか?!


「ホントに?! 本当に大丈夫なの?!」

「よ、よゆう。ですから! 掃除の、じゃまです!」


 くっ、邪魔とまでいわれては引き下がるしかないですね……

 私はギュータスさんにブラシを返し、一応自前の道具で掃除しているようであると告げました。

 さすがに素手や舌で掃除しているとかは言えませんでしたが……

 いくらなんでも奴隷だからってそんな……女の子にさせることじゃないです。


 私は、もうしばらくしたらまた様子を見にこようと、一旦時間をつぶすことにしました。

 やはりこういう時は中央区の公園でしょう。

 公園は落ち着きますね。町の中にこういう落ち着ける場所があるというのは、とても素晴らしいと思います。


 ……ああ、ゴミクズが落ちてますねぇ……


 とても嫌なものを見つけてしまいました。天使ちゃんの自称ご主人様、ゴミクズさんです。

 ベンチで堂々と昼寝しています。


 天使ちゃんにはおててとおくちで便所掃除させておいて昼寝とは……いいゴミ糞(ごみぶん)ですね。ヘドが出ます。

 おっと、こんなところにちょうどいい石が落ちていますね。いやぁ、いい具合の重さです、手に馴染みますね あーっとてがすべりましたー(棒)


 と、振りかぶって全力投球した石でしたが、がしっと受け止められてしまいました。

 ……しまった寝てなかった?!


 まずいです、冒険者ギルドの受付嬢がギルド員にこんなあからさまな攻撃、これは始末書モノかもしれません。きっと寝たフリをやめて起き上がり、ニタァといやらしい笑みを浮かべて私にいやらしい要求を突きつけてくるに違いありません。いや、違うのです。これはただ手が滑っただけで本当に偶然だったのです。だから始末書はありません。ええ事故だったのですよ?

 ……私は、いつでも逃げられるように身構えて様子をうかがっていましたが、一向に起き上がる様子はありません。


 なんですか、貸しにしといてやるからさっさと行けっていうんですか?!

 くっ、仕方ない……ここはおとなしく退散しましょう。

 お、覚えてなさいよ! ……いや、やっぱり忘れておいてください!


  *


 私は再び天使ちゃんのところへ戻ってきました。


「あれ、ギュータスさん。どうしたんですか? 便所の前で」

「シリアか。その……うん、とんでもないことになった……」


 一体何が……ハッ、まさか天使ちゃんが便所の毒で倒れてしまったのですか?!

 介抱しなければ! 息苦しくないように胸元は開けたほうがいいですよね?!


「まぁ、その、なんだ。実際見てもらった方が早いと思う。おーい、嬢ちゃん。あけるぞ」


 ギュータスさんが扉をノックすると、「はい」と可愛らしい声がして、キィと木戸が開けられる。

 ……うん、天使ちゃん可愛い。


「えーっと、特に異常は無いようですが」

「よく見ろ。この便所を」


 ん? どこもおかしいところは……いや、待ってください。


「綺麗すぎやしませんか? あの、ここ、本当に……あの汚便所ですか?」

「ああ、こんなの新築した時……いや、そん時ですら黄ばんでた気がするぞ、この便器」

「……なんでしょう、花の香りがします」

「ああ、良い匂いだな……香水でも使ったのか? いや、それにしても元の悪臭がさっぱり消えてるしな……」


 便所掃除として、あまりにも完璧すぎる仕事に私は口が閉じられませんでした。

 ……はっ、そういえば天使ちゃんは手と口で便器を掃除したんですよね。なら今なら便器を舐めれば間接キッス……?!

 人としての尊厳をとるか、天使ちゃんをとるか……う~ん、ちょっと人やめようかな♪


「おい、シリア?」

「あ、い、いえ、なんでもないですよ? いやしかし、思わずキスしてしまいそうなくらい綺麗ですね……」

「……やめとけ。腹壊すぞ」

「ハハハ……ええ、そうですね」

「……でだ、もちろん依頼結果は文句なく最高評価だ。まさかこんな短時間でこれほどまでに綺麗になるとは……何をどうやったのか見当もつかない。嬢ちゃん宛に追加報酬出しておいてやってくれ」


 手と舌でこんな……天使ちゃん、あなた一体何者ですか……?!


「だが……どうしたもんかねぇ」

「ん? なにがです?」

「いやなに、この嬢ちゃん、ご主人様に待ってろって言われたからって便所から出てこないんだよ。まったく、健気なもんだ。それをほっぽって何やってんだか……」

「あー……」


 中央公園で昼寝?してましたよ。 とは言わないでおきました。

 よし、これで借りは返しましたよ!


  *


 さて、そのあとギルドに戻ると丁度一日の仕事終わりの時間でした。

 朝と夕方、この時間はどうにも混みます。

 もっと分散して来てくれればいいのに……

 で、ようやく人の波が途絶えたころ、天使ちゃん(と付属のゴミ)がやって来ました。

 私のささやかなお願いを聞き届けてくれるとかさすが天使ちゃんですね。


 っと、ゴミがさも自分が依頼を完璧にこなしたかのように報告してきました。まったく汚らわしい。

 私はカウンター越しに天使ちゃんに特別報酬を渡しました。……きゃっ、指、ちょんって触っちゃった! 今日はもう手を洗わないでおきましょう。なにせあの汚便所も新品にする浄化の手です、洗う必要もないでしょう。

 ゴミ? ああ、うん、居たっけ? 公園に落ちてた気がしますね?


 ……って、何取り上げてんですか?! くっ、しまった。『奴隷の物は主人の物、主人の物も主人の物』という原則があるのを忘れていました。しかし、ああ、特別報酬を受け取るような仕事ができたためか、満足そうな天使ちゃん。かわいいです。かわいいです。


 と、ゴミクズが泊まるのに良いところがないかを聞いてきました。……まさかまだ決めてなかったんですか?! 「もうお前1人でスラムいけよ! 天使ちゃんはうちで預かるから! 勝手にくたばったところで私が新しい主人になるから!」ということを薄布に包んで伝えてあげました。

 ……は? 一泊銅貨40枚? なんですかこいつ、計算もできないんですか?

 あなた今日の報酬銅貨8枚ですよ? 特別報酬いれても9枚です。30枚は足りないじゃないですか。どこにそんなお金があるんですか……はっ!

 わ、私はまた恐ろしいことに気が付いてしまいました。あろうことかこのクズは、天使ちゃんに夜のお仕事をさせるつもりなのです!

 南区の歓楽街でも子供が客をとるのは禁止されていますが、南門の外にまで出てスラムであれば別です。あそこは法がありませんから。……くそっ、いくらですか?! 一晩中買い占めてやりますよ?! あっ、もちろんエッチなことはしません、ちょっと撫でたりするくらいです! ……です!

 で、私は実家でもある『眠れる小鳥亭』を紹介しました。

 ここであれば丁度値段も予算通りですし、夜中の監視もできてしまいます。フフフ、私の知略が恐ろしいです……!


 ギルドの仕事をすべて終えて家に帰ると、もうすっかり真っ暗になっていました。

 ……どうして手続きが前後したことがバレたんでしょう。ばっちりギルド長からお叱りを受けてしまいました。

 ちなみに天使ちゃんの登録名を見て、ギルド長も頭を抱えていました。便所掃除の仕事でとてつもない最高評価であったことを告げ、天使ちゃんの有用性を説くと、ギルド長も「ほう、それは凄いな。本当なら」とつぶやいていました。フフフ、これであのゴミもオシマイですね。


 と、実家に戻ってきたのですが、もう天使ちゃんは夜のお仕事に出てしまったのでしょうか……なんて思っていたのですが、受付にいた母に聞いたところ、そういった様子はないことがわかりました。

 ……え? なんですかお母さん。7番部屋? あそこはベッド1つしかないじゃないですか!

 そんなの1つのベッドで(ピーーーー)して(ピーーーー)なこと確定じゃないですか!

 天使ちゃん、夜のサキュバスモード全開ですか?!


 ああもう、絶望です。天使は汚されてしまいました。いや、元からなんでしょうが。

 ん? ならそれほど感傷的になることでもないですね。なにせ天使ちゃんには浄化の手があります。汚されても復活できます。私がそう決めました。


  *


 寝坊しました! 急いで身支度を整えます。え? 天使ちゃんが出てった7番部屋がちゃんと綺麗になってるか見て来いって?

 ……うう、気が進まないです。もしなんか白いねばっとしたものでも触ってしまったら立ち直れそうにありません。


 しかし、杞憂でした。

 そう、天使ちゃんには浄化の手があるのですから、それはもう綺麗に、完璧を通り越して究極に綺麗になってました。それも部屋中。

 ……ベッドの布に至っては、あれ、これこんな白かったんだ、と感動を覚えるほどでした。

 って、感動してる場合じゃありません、行ってきます!


 ……ギリギリセーフです! 間に合いました!

 え? 遅刻? いえいえいえギリギリセーフですって。ほら、ちょうど天使ちゃんが依頼票をもぎ取るのがカウンターから見えました。

 大人に紛れて、小さな体を生かして隙間からシュッと依頼票をかすめとる……さすが天使ちゃん。

 そういえば、字も書けるんですよね。ゴミクズは書けなかったのに……ということは、最初から覚えてたってことですよね。

 で、クズが天使ちゃんのとった依頼票をもってきました。

 ……配達と、ウサギ狩りですか。これは新人には相当荷が重いと思います。

 さすがの天使ちゃんでも1人ではできないでしょう。なるべく強く「やめとけ? 天使ちゃんを使い潰す気か?」と厚手の布で包んだように言いましたが、クズはクズでした。

 ギルドカードを作るときにも依頼失敗時の罰則についてしっかり説明したのに……しましたよね? うん、したと思います。

 ともあれ、私は仕方なしに依頼を受理し、天使ちゃんの健闘を祈りました。


 人の波が収まり人心地ついたところで、私は裏手の配達所に顔を出しました。


「こんにちわ。今日の配達依頼の進捗はどんな感じですか?」

「ああ、シリアさん。もう終わりましたよ」


 ……はい?


「もう終わったのですか?! まだ昼の鐘も鳴っていませんよ?!」

「これくらいの、ちっこい子供の冒険者が素晴らしく良く働いてくれましてね、あっという間でした」


 間違いない、天使ちゃんです!


「は、配達ミスとかも無かったのですか?」

「ええ、かなり複雑な場所もあったんですが、地図を一回見ただけで覚えたようで、一度に5つも持ってって、そのあとまだ残ってた2つをさっくり片づけちまいましたわ。ちゃんと受け取りサインも確認したのでミスはありませんよ。あの手際の良さは間違いなくこの町の生まれですね」


 いえ、昨日どこかからきた天使です。

 ……なんてことでしょう。天使ちゃんは天才に違いありません。


 となれば、次はウサギ狩りですか。

 ウサギは警戒心が強く、見つけてもすぐに逃げてしまいます。仕留めるだけでも難しいのですが、串焼肉にするにはなるべく綺麗に狩らなければいけません。

 ……うーん、流石の天使ちゃんでも、難しいのではないでしょうか。


 さすがに町の外まで見に行くわけにもいかないので、おとなしくお仕事でもして待ってましょう。

 ……ええ、昨日お昼休憩長すぎたり今朝遅刻したりでその分働かされているわけではないですよ?

 単に私が仕事熱心なだけです。いやはや、美人で素敵で働き者な私は、受付嬢の鑑ですね!


 うん? 指名依頼ですか? はぁ、ギュータスさんの紹介で、便所掃除…… 天使ちゃんに便器ペロペロしてほしいってことですか?!

 あ、どうやって綺麗にしているかは言ってませんでしたっけね、そういえば。

 ……うちのも綺麗にしてもらおうかなぁ。指名依頼出しちゃおうかな?


  *


 夕方になる前に、天使ちゃん(と何かどうでもいいもの)がギルドに戻ってきました。

 ウサギ狩りに行ったにしてはだいぶ早いですね。

 ……依頼票を確認すると……ええ、予想してましたよ。どこかでそうなんじゃないかって思ってましたよ。最高評価も最高評価ですよ。まさかの最大額、銀貨1枚ですよ。

 冒険者2日目の新人が1日で銀貨1枚と銅貨10枚の稼ぎです。しかも、討伐系依頼でばっちりランクアップ要件まで満たしてます。

 もう天使ちゃん凄すぎて崇めたくなってきました。 ……あ? なんですか? 天使ちゃんに糸クズがついてますよ、燃やして潰して塵にしたらいいんじゃないですか。


 これは快挙といってもいいレベルです。一応、過去に最短記録として1日でランクアップというのが何回かあったらしいのですが、それはある程度腕に覚えるのある10人パーティーで作業を分担する不正だったり、逆に勇者であっさり討伐依頼をこなして解決したりというものでした。あ、今はそういうのできないようにFランクまでのパーティーは最大4人までって決まってるんですけどね。

 とりあえず、ランクアップにはギルド長のハンコが必要なのでもらいに行きました。


「というわけで、天使ちゃんのランクアップをおねがいします。おまけはうっかり忘れていいです」

「そう言うわけにいくか! 大体、街中の依頼はさておき討伐依頼は男の方の仕事だろう?」

「いえ、天使ちゃんの仕事でしょう! 間違いないです、だって天使ちゃんですから!」

「理由になってないぞ。……その天使ちゃんってのはそんなに可愛いのか?」

「そりゃもう。まず見事につややかな黒髪で――」

「おう、ちょっと呼んで来い。儂も見たくなったわ」


 ぞわり、とギルド長から何か得体のしれない威圧を感じました。


「……黒髪、か。フフフ、もしかすると、かもしれんな?」

「ぎ、ギルド長? 黒髪がどうかしたんですか?」

「…………シリア、業務規則20条」

「すみません、なんでしたっけ」

「勇者条項だッ! バカモン!」


 ゆ、勇者?! え、何、というと、天使ちゃんが勇者?!


「黒髪の冒険者を登録の際は、必ずギルド長への報告が義務付けられている。これは異世界の勇者の血筋か、あるいは勇者本人である可能性が高いからだ。――で、シリア? 何か申し開きはあるかね?」

「すみません! 全然使わない条項なので忘れてました!」

「バカモン! 貴様それでも儂の孫か!」

「す、すみませんおじいちゃん!」

「職場ではギルド長と呼べ!」


 だったら「儂の孫か!」なんて言わないでくださいよ。もう。


「まぁいい、さっさと呼んで来い。黒髪でお前の言う通りの成果を上げているなら、勇者本人という可能性も高いな。……おっと、勇者条項、特に黒髪のことをギルド員以外には聞かれるなよ。これも業務規則だぞ」

「はいっわかりました! では呼んでまいりますギルド長!」

「よろしい。……あ、それと儂、若い頃は黒髪だったから、宜しく」

「えっ? おじいちゃんも勇者だったんですか? となると、私も勇者の血筋ですか?!」


 今明かされる衝撃の真実です! なんと私は勇者でした!


「『そういうことにする』のだ。勇者は同郷の者に甘いから、こういう手法は勇者を囲い込むために推奨されている。もっとも、勇者を名乗るには本人でなければすぐバレてしまうから、儂の父親が勇者だったことにしよう。……シリア、お前たちは母親の血を強く受け継いだため髪の色は黒く無いが、実はお前には叔父が居て、そちらは黒髪であったのだよ。いいな?」

「は、はい」


 勇者は幻でした。うう、世知辛い世の中です。夢は儚く散りました。


「さて、黒髪は奴隷だったな。……なに、儂の権限をもってすれば奴隷の1人や2人、たやすく取り上げられる。相手は新人冒険者だ、なんならいくらか金を渡せば文句ないだろう」

「そ、そうしたら私、専属受付嬢になってもよろしいですかギルド長?」

「実際、何の因果か専属みたいになっているようだしな……構わん。が、決して機嫌を損ねないように気を付けるように」

「かしこまりました」


 私はいい気分で天使ちゃんを呼びに行きます。

 ……

 あっ。そういえばゴミクソも黒髪でした……どうしよう。石投げつけてしまいました。


  *


「バカモンが! 主人の方も黒髪とは聞いていなかったぞ!」

「え、い、言いましたよ? お耳が遠くなられたのではないでしょうか?」

「本当にそうならちゃんとこっちを見て言え」


 ちっ、反省してまーす。


「儂の機転と演技力が無ければどうなっていたことか……肝が冷えたわい。まぁ、どちらが勇者でも、あるいは両方勇者でも、そうでなくとも構わん。シリア、お前はあやつらの専属とする。しっかり注目しておけ」

「かしこまりました。……って、両方違っててもいいんですか?」

「優秀な冒険者には変わりないだろう……少なくとも、あれは両方勇者の血筋以上ではあるな。常識が当てはまらん。たとえ偶然黒髪だったとしても、あれは勇者並だ」

「へぇ……あ、そういえばダンジョンについて知りたがってたようでしたので教えておきました」

「そうか。動向は常に把握しておけ」


 当たり前です。ま、この町を拠点にする場合、一泊銅貨40枚以下、かつ好条件宿屋は『眠れる小鳥亭』が一番です。おそらく今日も泊まることでしょう。

 いやはや、これを予測していたあたり、よくやりました私。


「……しかしアレだな。あの嬢ちゃんはお前が天使と呼ぶのも……分かるな。あれは、あの歳でしっかりとした決意をもった目だった。強いぞ、あれは」

「でしょう?!」

「……儂の孫と交換してくれないか……いや無理か」


 ん? その孫って私じゃないですよね?

 交換じゃ私が天使ちゃんとすれちがっちゃいますもんね?




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[一言] >天使ちゃんだけじゃ飽きたらず夢の3(ピー)?! ピー音仕事してw
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