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フリースロー

作者: 冬月秋彦

ちょっと時間があったので、スポーツものを書きたいと思って書いてみました。スポーツにおける自分の精神との勝負というものは非常に純粋で美しいです。主人公の三宅利明の純粋な気持ちの変化を、少しでもお伝えできたら幸いです。

 ドクン

 三宅利明は自分の鼓動を聞いた。

 大事なフリースローだ。外すことはできない。

 両チームの選手が持ち場につく。自チームの選手は2人、相手チームの選手は3人がリバウンドを取るべくフリースローレーンに並ぶ。

 ここ大事だよ、とスタンドの応援団やベンチの選手が声を出す。いつもなら当たり前のことを言われるとイラつくタイプの三宅だが、今はそんな雑音は耳に入らない。

 審判からボールをもらう直前、天井から吊り下げられたライトが目に入った。いつもより眩しい。ステージ上で自分だけを照らすスポットライトが幾重にも重なって照らしているように思えた。

 緊張しているのだと自覚する。だが、悪い緊張ではない。

 三宅は以前同じように重要な場面でフリースローを外していた。それも2本とも。

 昨年の同じ大会のトーナメントでのことだ。第4Q残り2分、Q開始時にあった8点の差を縮め、残り3点差としてのフリースローだった。2本とも入れれば1点差、1本だけでも2点差、どちらも差は1ゴール以内に縮まる。三宅はフリースローは元々得意だ。だが、その時は緊張で感覚が鈍くなっていた。普段なら感じられる足の裏のコートを踏みしめる感覚も、指先のボールのゴムの感覚も、どちらもぼやけていた。

 結果、チームは2点差で負けた。

 だが、今回は違う。感覚が鋭敏になる、程よい緊張だ。

 三宅は審判からボールを受け取りながら、2本とも入れられる確信をしていた。

 ボールを受け取り、両足をやや内側に向けて足の指でコートをつかむ。重心がかかと側から拇指球のほうに移動する。

 足元にボールを二回ついた。三宅のフリースローの時の癖だ。

 良い時の感覚だ。ボールは2回とも思い通りの動作をし、また手の中におさまった。

 会場が静まり返る。フリースローの前に訪れるわずかな静寂が、三宅に自分の指先の鼓動を感じさせた。

 ボールを支えた右手を前に出す。左手はそれに合わせて自然とボールにそえる。

 指先からボールが放たれる。完璧だった。描かれる放物線、かかるバックスピンの量、残った指先の感触、どれもが滅多にできないほどだ。

 静寂を切り裂くようにボールがネットを抜ける音がする。バスケットボールの経験者なら誰もが感じる、なんとも言えない、表現しようのない気持ち良い音が響く。きっと、そのまま放っておけば自分の足元まできれいなバックスピンで帰ってきたことだろう。直後に、小さく会場がわく。

 だが、2本目を迎えるところで三宅の緊張がより一層高まってきた。緊張が一定のラインを越えて過剰な、昨年感じた緊張へと変容していった。少しずつ重心の感覚が薄れ、四肢の鋭敏さも影を潜めていく。

 三宅は内心焦った。フリースローは審判からボールを受け取って5秒以内にシュートをうたなくてはいけない。それまでにはたして自分の状態を前の一本の状態へ回復させることができるだろうか、そう思った。

 審判が再度三宅にボールを渡す。三宅はそれを受け取る。もうライトはただ会場全体を包むぼんやりとした明かりになっていた。

 やはりボールからは先ほどまでの絶妙な手に吸い付く感覚が感じられなかい。ついには自分の足元にあるコートに本来の固さを感じなくなってしまった。足の指でつかもうとしても逃げていく。拇指球に重心をかけようとすると沈む。

 ボールを2度つく。一見すると傍目には先ほどと同じ行為に見えたが、三宅の中ではもはやそれは別の行為であった。ボールは自分の意思に反してわずかに回転し、ゴムの目は自分の指から逃げいていく。先ほどは自分の体の一部であったボールが、今では自分に逆らう別の生き物になっている。

 ついには自分の鼓動も感じられなくなった。

 三宅が絶望にも似た気持ちになりながら視線を上げると、チームメイトの一人の顔が目に入った。その顔からは、少しの緊張感と強い決意を読み取れた。苦楽をともにした仲間だから分かる感情の伝播だ。

 三宅ははっとした。三宅はチームメイトの顔から一瞬でわかったのだ。自分がフリースローを外しても全てが終わってしまうのではないのだと。

 あいつは俺のフリースローを絶対に入れろなどとは思っていない。たとえ外そうとも、必ず自分がリバウンドを取るのだと、そのことだけを考えている。ならば、俺は自分のシュートを入れるために自らの最善を尽くすだけだ。その結果が外れたとしても、きっとあいつが取ってくれる。そう三宅は思った。万が一、どちらもうまくいかなかったら、それは運命だとして受け入れよう。

 敗北まで含めてすべてを受け入れたことが三宅をプレッシャーの呪縛から解き放った。三宅の指先には先ほどまでの鋭さが戻り、足の裏は自身の重みをしっかりととらた。コートから受ける反発力は足から腰、腰から胴体、胴体から腕へと確実に伝えられる。それを確認し、三宅が腕を上げる。ボールは先ほどと同じ高さまで上げるられると、よどみなく指先から放たれた。ボールは再び同じ軌道を描く。コートにいるものも、スタンドにいるものも、その場の全ての視線がボールに注がれた。

 また、あの音が鳴り、観衆がわいた。


心理描写が苦手でどうしても説明的になってしまう(それでもわかりにくい)という私の課題の克服のために書きましたが、やはり数時間で書いただけではそうそう克服できるものではありませんでした。でも、課題に正面から立ち向かったという意味では、この超短編物も書いてよかったなと思います。

そのうちストーリー性のある原稿用紙100枚程度のお話も書きたいなと思っていますので、感想などありましたらよろしくお願いします。

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