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プロローグ

深緑の森と岩の山々に囲まれた風景画のような自然、森というよりは荒れた緑の海と説明したほうが近いかもしれない。無節操に繁栄を続けた巨大な樹林は風になびいて文字通り波打っていた。

緑の盆地の中央にはこじんまりとした古い石造りの城、城というには小さく周りにはいくつかその城より大きな建物があるのだが、城の横に増築されたであろう城の壁とはわずかに色の違う石で作られた、都市で最も高い鐘楼がその城を街の中心地であることを示していた。

議会主義君主制度を持つ国ブランシアの地方街クアテアの全景だ。建設当初はヴィア・クアテアという名前で遺跡発掘の活動拠点から始まった街だという。調査隊や軍が駐留するに伴い商人や宿が軒を連ねるようになり街が広がっていったが、次第に盗掘品を売買する輩が発生するようになったために街としてシンボルである城と城壁を建てられた。

街としてクアテアが生まれてから数十年ほどが経ち、現在もなおいたる所で増改築が繰り返されている。古びた城を取り囲む街を構成する建物はほとんど木造で薄い瓦を屋根に敷いた簡素な建物だが、中心地のいくつかの建物は石造りの古めかしい建物か、または木造でも比較的新しく堅牢な建物が建っている。それらはいかにも裕福な住人が住んでいるらしく、豪華な窓や玄関扉で飾られていた。

城壁は等間隔に作られた石塔とその間の分厚い木材で出来ていた。建設時に切り出されたものだろうが年季の入った塀は街を守るためではなく管理を主とした目的にしたため、塀の上には十字の鋭い金属製の棘が並んでいる。

周囲の森と山、そして地下から数多くの遺跡が発掘され、現在もその多くが手付かずのまま残っている。遺跡から出土する調度品や貴金属は高値で取引され、街の財源として管理されている。

街としてはブランシアの国内では比較的新しく、他の地域からの人口流入も多いため成長し続けている街である。


そんな城壁の内側、整った町並みに彼は住んでいた。

アラク=ディル。クアテアに3ヶ月前から住み始めた魔導技師の青年だ。

魔導技術とは魔力や精力と呼ばれる人に内在するエネルギーをコントロールして対外的に利用可能なものにする技術、夢のような話だが現在のところ巨大な爆発を起こしたり死者を生き返らせたり出来るわけではない。

そもそもの話、源となる魔力を生み出せる条件は限られており、その魔力も無限に沸いて出てくるわけではなかった。

最初の発見遺跡から発掘された分厚い紙に包まれたガラスの円筒だった。ガラス筒の中には小さな水晶が金属線に絡まった状態で、後にそれは何かの意味を持って巻かれたものと判明するのだが、その水晶は特定の人間が持った場合にだけ光を放った。

国の学者が各地から集められ、ひとしきり議論した後に古代の技術解明の研究が始められた。

10年に及ぶ研究の末に現在、実用性を認められて通信や探知などの分野で用いられるようになった魔導技術は、限られた分野ながらも需要は多く専門的に学習した人間が世に出るほどに認知されていた。

アラクも首都ブランキの王立魔導技術学舎で学んだ一人であり、何とか仕事に支障が無い程度の魔力供給は出来るものの宮廷で仕事をする名のある技師に比べれば大きく劣っていた。

ちなみにその母校はアラクの卒業後、議会に正式に学校と認証され国立魔導学院と名を変えた。


「今月はこんなところでしょうか。他に質問や報告のある方はいらっしゃいます?」

広場近くの公用会議室での会議も締めの挨拶になっていた。

彼の所属する魔導技術師互助会の定例会にはこの町にいるフリーや雇われの技師が数十名ほど所属している。

定例会は主にクアテアの協会員の増減や会費の収支、新技術や勉強会等の報告が主な議題が話され、顔つなぎとしても例会には出席するようにしていた。

今月の報告も目新しいものは無く先月と変わらないものだった。出席した20名足らずの会員も顔ぶれも先月と変わらず、会議中のあくびを噛み殺すのにもう終わりだと思うと安堵のため息が出た。

「では今月の例会はこれで終了とします。お気をつけてお帰りください。お疲れ様でした。」

がやがやと労う挨拶を掛けながら出席者が席を立つ。顔を知る人同士が仕事や景気の世間話をしている中でアラクも帰り支度をして席を立った。


アラクは互助会会員の中では最も新顔であり尚且つ最年少でもある。たしかにグレーの綿パンツに白シャツという簡素な服装にメガネを掛けた彼は学生に見えるかもしれない。

学舎を出て2年になるが一部の古参技師からは「学生上がり」と言われることもあった。いや、あったというより今日も言われた。

「学生上がりさん。体小せぇんだから盗掘屋に攫われんようにしんさいよ。」

「お気遣いありがとうございます。気をつけます。」

声をかけてきたような古参技師の中には体系的な学習ではなく師弟関係によって技術を体得した者も少なくない。

先輩技師に声をかけられて返事を返しながらまだそういう風に見えるのだと風貌の貫禄の無さを少なからず気にした。足りないのは技術だろうか、自信だろうか。

生きた技術や失われた手法を体得し、上位技師として国の機関での職に着くという夢を抱いていた彼は、経験を積むということに対して貪欲な人間ではあったがまだそれが見た目に表れるほど実ってはいなかった。


そんな互助会の会員の中には、同じく学舎出身の人間が居た。

「お疲れ様。ディル君。」

声をかけたのはアラクと同じ学舎の卒業生であるラクティ=クロメアだった。

濃いブラウンの仕立て服を着た恰幅のいい彼女は学舎では数少ない女性であった。そして人を率いる性格に優れた姉御肌の技師だ。

現在クロメアはこの地で遺跡の調査団から解析や解錠の仕事を請け負う事務所を経営していた。アラクからは2歳年上になる。

アラクはクアテアで特定の組織に所属しないフリーの技師として働いているのおり、この街ではクロメアの事務所から仕事を貰っている。


「あ、クロメアさん。お疲れ様です。」

「時間あったら少し仕事頼みたいんだけどいい?話はすぐ済むから。」

「仕事ですか。」

「これね。」

ごく短い単語の会話で手渡されたのは筒状に巻かれた紙、スクロールと呼ばれるものだった。丁寧に革のカバーと事務所の焼印が入ったベルトで硬く巻かれている。

「今月末までに解読してほしいんだけど・・・。いけそう?」


手渡された瞬間からアラクの頭の中は解読にかかるであろう時間を計算していた。

「長いですね・・・。ちょっと中見ますね。」

言うが早いかアラクはスクロールのベルトに手を掛け紙の端を目で追う。

スクロールには端からコードと呼ばれる専用の文字が黒や青のインクで書かれていた。

「えー・・・と」

生返事でコードを拾い読みしているアラクにクロメアが続けて話した。

「以前に遺跡で見つかったスクロールの写しよ。数があってうちだけじゃ手が足りないから手伝ってほしいの。」

「前もらった仕事のと似てますね。」

「たぶん同じ時代の遺跡のよ。期限も今月末までだから余裕あるでしょ。報酬も前回と同じね。」

「分かりました。引き受けます。」

「じゃこれよろしく。また何か不明点があったら連絡してね。」

前回と同じであれば金貨で5枚。日程的にも余裕があり割りのいい仕事といえる。

公用会議室のある建物の前で世間話を切り上げてクロメアとアラクは分かれた。

アラクは彼女の性格と繁盛している仕事を羨ましく思いながらクアテア外周に程近い我が家へ向かった。


クアテアは都市中央の小さな城の形をした議会館から放射状に都市が広がり、中央付近は議会議員の家や駐屯兵舎などがある最も治安の良い地区である。

中心部から周囲に離れるにつれ建物の賃料は下がり治安は悪くなり、城壁側は東西南北にある門の付近を除いて城壁内では最も治安が悪くなった。

といっても夜が更ければ四方の大門は閉まってしまうので施錠さえしていれば問題は無い程度だ。たまに泥棒などの事件が広報で入るが壁外ほどではない。

城壁を越えると木々の連なる森が続くが、南の城壁の門から外だけはバラックが形成されていた。

街を貫く川の水を目当てに人が増えたのだが、北側のバラックは出来たばかりのころに川の上流にあるからと街の議員が排除命令を出した為だ。

南のバラックには収入の不安定な作業者や城壁から排除された娼婦・薬師・怪しげな酒場等がひしめいていた。


アラクが住んでいるのは城壁側から通り2本ほど内側の通りだった。小道具屋通りと呼ばれるその界隈は遺跡の発掘に使われる各種の道具を扱う店が軒を連ねている。

表の通りから人がやっとすれ違えるほどの細い路地へ入ったところにある住宅。その1階を住居兼作業場として借りていた。

路地の入り口と住居の窓にはアラクの描いた張り紙がイラスト入りで貼られていた。

”スクロールのご用命承ります。お気軽にご相談ください。-ディル魔導技師事務所-”

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