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りばーすをはじめましょう

『りばーすをはじめましょう』



いつまでも倉庫車両にいても仕方がないので、総出で移動をした。

場所は一号車、王族車両、一等個室、はじまりの部屋。

そうだ。この部屋は、いろんなことが始まった部屋なんだな。もちろん、この物語の冒頭の部屋でもあるしさ。えっと、暴挙の部分じゃない、冒頭ね。


で、倉庫車両は後部だったから、当然一号車に来るにはそれなりの時間が掛かる訳ですよ。まさか、グラスホッパーが僕ら全員抱えて飛ぶ訳にもいかず。…やれって言ったら挑戦しそうだけど。

まあ、やれだなんて絶対に言ってやらないから、全員でぞろぞろ歩いてきた。その間、泣いて、顔をくしゃくしゃにするアゲハを順繰りになだめながら、ゆったりとしたペースで。


「ねえ、大丈夫よアゲハ姫。あたしたちはアゲハ姫がお姫様だから仲良くしてるんじゃないもの」

グラスホッパーが、アゲハのすぐ隣で、アゲハと手を繋いで、別れを否定する。

「アゲハ様の身分が本当のところどうであろうが、友達で、仲間であることには変わりはないよ」

と、ハナバチ。


そうか、お前、一号車の部屋から出ることを許されずに、ほとんどハネバンクに姿を見せないようなアゲハを、友達で仲間だと思っていてくれているのか。じゃあ当然、僕も、それかそれ以上に思っていてもらえていると、期待してもいいよな?な?

「僕たちみんな、アゲハ姫を身分で判断している訳じゃありませんよ」

にこやかに、ドラゴンフライもアゲハをなだめる。お姫様だろうがそうじゃなかろうが、関係はないのだと繰り返した。


「それに、僕は個人的に感謝もしているんです」

ん、感謝?なにが?

尋ねれば、酷く「はあ?」と言いたげな表情を返された。うん、ごめんなさい。察することが出来なくて本当に、ごめんなさい。

「見て解りませんか?僕のなりが、ハナバチくんに『こんなありさま』と称される程なのに、実はそんなに重傷ではないのは何故だと思います?」


ああ、確かにそうだな。と、言うか。怪我してないんじゃないか?

「時間切れですよ、ヒバリさん」

え、タイムリミット制だったの?しかも切れるの早過ぎないか!

「アゲハ様の、ハネの力だよ」

ハナバチが、時間切れになった僕の代わりに答える。


「アゲハ様のハネが、負った傷を癒したんだ」

ああ、そういえばあのときドラゴンフライのすぐ近くにアゲハはいたんだっけ。アゲハをかばって受けた攻撃だから、近くにアゲハがいるのは当たり前ではあるんだけど。そこで、治癒もしていたんだな。知らなかった。気づかなかった。


「そう言うことで、僕はアゲハ姫に感謝の気持ちはありますが、責めて、お別れをしようだなんて気はさらさらありません」

にこり。

ほら、誰もアゲハを疎ましく思ったりはしない。別れたくないと思うのは、わがままなんかじゃない。


僕らの誰も、別れなんて、考えもいないんだから。


で。


そんなこんなで一号車に着いた頃には。

「だからですね、何故ヒバリがタコを食べられないかと言うと、あの吸盤に恐怖を覚えるからなんですよ」


「なんの話だ!」

けろり。

え、先程泣いていらっしゃいましたよね?と確認したくなるほどの、清々しい表情。

雑談も弾む弾む。


場所は一号車、王族の部屋。

装飾の施された高貴なテーブルを挟んで華美なソファーに腰掛け、優雅にお茶を飲んでいる。って、見合わないくだらない話ししてるだけなんだけど。


「吸盤に恐怖ってどれだけなんだよ、ヒバリくん」

「どうしてもその道を極めたくて仕方がないんですか?」


その道。

すなわち、ヘタレ一直線。

「嫌だ!絶対、嫌だ!」

頑張るよ。タコくらい食べて…食べてやるよ!

いや、でも吸盤…吸盤、が…。

「ヒバリちゃん…可哀相。それだけヘタレてるなんてもう、救いようがないわ…」

嘆くところを間違えている!

僕がヘタレてるかどうかではなく、意地の悪い二人の男にいじられているところが可哀相なんだ!


「タコ、美味しいですよ?」

食べれないなんてもったいない、とアゲハ。

「いいんだ。タコよりもっと美味しいものは、この世の中には山ほどあるのだから」

悟った。

悟りを開いてやった。

「負け惜しみにしか聞こえません」

「タコが食べられないのが情けないんじゃなくて、その理由が問題なんだよ」

ぴしゃり。


………………。

「それでは、早速本題に入るよ」

「逸らした」

「逃げた」

「雑談していた時点で、最早『早速』ではありません」


………………。

「うるさーい!いいんだよ、そんなのは!」

タコとか吸盤とか、聞きたくないんだ!

「はいはい、解りましたよ。ヒバリさんのためにここは折れましょう」

ドラゴンフライが、両手を挙げて降参のポーズ。

ちょっと、気分がいい。

ドラゴンフライに勝ったみたいだ。


「僕が棄権してあげたんですよ。不戦勝のくせにあんまり得意げにならないで下さい。格好悪い」

「お前!また僕の心を!」

読んだのか?やっぱりそうなのか!

「ヒバリくんはポーカーフェイスとは真逆の立ち位置にいるということを、自覚しなきゃならないと思うよ」

ハナバチまで…。


そうか…僕は顔に出やすいのか。

「今、アゲハのこと考えてますよね」

バレバレですよ、とにやりと口角を上げるアゲハ。

「いや、考えてねえよ」

お前は、人の表情を読めなさすぎだ。

舌打ちが聞こえた。

なんだよ!僕なにか悪いこと言ったか?


「ヒバリちゃん、乙女心をもっと勉強したほうがいいわ」

グラスホッパーが、残念そうな顔で見てくる。止めろよ、憐れむな!

なんなんだ…。

ちっとも本題に入れないじゃないか。


うなだれたところで響くノックの音。

「お客さんですか」

「あ、来たみたいだ」

立ち上がり、出迎えるために扉のほうへ。

僕が、この部屋に到着する前に声を掛けておいた人物。僕は彼女を招き入れた。

お邪魔します、と言いながら、ぺこりと頭を下げる。


「バンカーのみなさま、始めまして。アゲハの姉で、ナミと申します」


満面の笑顔で、ナミはよろしくお願いしますと、挨拶をした。

「あ!ナミちゃん。久しぶりー」

アゲハが晴れやかにナミに向かって手を振る。姉と妹とはいえ、アゲハがスワロウテイル姫として毎日を送っている分、久しく会っていなかったみたいだ。

ナミは相変わらず金糸の煌めく髪を持つ揚羽蝶で、その様には思わず目を奪われてしまう。


「アゲハ姫の、お姉さん?」

呆然としつつも、やっと一言発するグラスホッパー。

「姉って言っても、双子ですけどね」

ご存知かと思いますが、と付け加えながら、ナミは笑った。アゲハの笑みと同じ、安心感のある笑顔。


「じゃあ!」

グラスホッパーが閃き、声を上げる。

「じゃあ、あなたがレディ・バードの言っていた、黄金色の髪のお姫様?」

そうでしょ?と言い寄られ、ナミは目を丸くする。


「違いますよ」

グラスホッパーに圧されてたじたじになりながら、ナミは答えた。

「私は二号車の生まれです。こうして一号車を訪れることすら滅多にない、ただの女の子ですよ」

グラスホッパーの閃きを否定する。


「二号車…」

ナミの答えを、繰り返した。

そうなんだ。

アゲハとナミの姉妹は、二号車に暮らす公爵家の令嬢として生まれた。

だから、二号車に暮らしている時点で、ナミの言う『ただの女の子』が正しいとも言えないんだけど。


「フラッタリング公爵家の、御令嬢ですよね」

存じていますと、ハナバチは言った。

フラッタリングは、代々国王の補佐を勤める由緒正しい家系。王族に最も近い一族。と、言うことはやっぱりナミの言う『ただの女の子』発言は疑わしいよな。

「あまり、堅苦しいのは好きではないんですけどね」

ナミは苦笑いをする。


「私も、フラッタリングの娘として、心得ているものはありますから。それはアゲハも、同じはずです」

強い、眼差し。

「お答えできる範囲で、お話をしようと思っています」

ナミはその目を、僕に向けた。

「ただ、ヒバリがまだ、迷っているようなので、私も話せることは少ないですけれど」


う…。

図星を突かれた。

笑いかけられる視線が、やけに痛く感じる。

そうだな。十五年間隠し続けていたことを明かすのって、すごく大変なんだ。迷いなんて、そう簡単に拭い去れるものじゃない。

ぐるぐると、迷いはループして終わりなく僕の思考を支配する。


「それでは、聞きますけれど」

ドラゴンフライが、口を開く。

「あなたは、お姫様ではないんですね?」

ナミに投げかける、確認の要素を持つ、質問。

「ええ、違います。なんの権力もない、しがないフラッタリングの娘です」

語弊がありまくりの答えなんだが、それがナミのスタイルなのかな。


「アゲハ姫も、同様ですか?」

「アゲハもお姫様じゃありません。私の、妹です」

つまりは、フラッタリング公爵家の令嬢であり、王族ではないということ。

「その…ナミちゃんは、本物のお姫様を知ってるの?」

グラスホッパーが問い掛ける。


「知りませんよ、本物のお姫様なんて」

ナミは笑いを零す。

アゲハと同じように、本物のお姫様なんて、知らないとナミは言った。

「僕たちは、レディ・バードからアゲハ姫が本物を隠すための影武者だと聞いたんですが」

ドラゴンフライの言葉を聞いて、改めて思う。

本当に、レディ・バードは余計なカミングアウトをしてくれたもんだ。そうでなかったら、今でも十五年間の秘密は守られていただろうに。それが、僕とアゲハの交わした約束でだったのに。


「アゲハが、スワロウテイル姫である意図がどこにあるのか、私では答えられません」

ナミは、アゲハに直接聞いてください、と促す。

目を向ければ、アゲハは静かに口を開いた。


「…影武者がどうだとかは、アゲハにはよく解りません。スワロウテイル姫のことを、国民のみなさまに知らせた方は、影武者としての偽者を作りたかったのかもしれませんが」

アゲハは、僕を見据える。

「アゲハがなりたかったお姫様は、そうではありません」


スワロウテイル姫を仕立て上げるのに一役買った大人たちの意図は、本物の王族を隠すための、影武者としてのお姫様だったのだろう。

しかし、当のアゲハ自身の意図は、そこにはない。

それは、僕も知らない。


「ああもう、じれったいなあ」

溜め息と共に、ハナバチがそう言って割り込む。

僕と、アゲハとナミ同様、全てを『ミツバチネットワーク』によって知っているハナバチは、この状況に耐え切れなかったんだろう。

「隠すような価値が、その真実にあるとは僕には思えないんだけど」

うんざりするような目を、僕に向ける。


それは、あれですよね。さっさと本当のことを話してしまえと、僕に訴えかけているんですよね。

でもなあ、言ったところで今更だし。恥ずかしいじゃないか。


「急かさないであげてください。ヒバリだって、自らが投げ出した王子様の地位のことは、人並みに悩んでいるんですから」

アゲハがハナバチに言い放つ。


……………。

と、言うか。

「アゲハ、今なんて言った?」

口を、滑らせたろう。

「………」

今頃つぐんでも遅いぞ。目が泳いでるじゃないか。

僕は、アゲハの両頬を掌で潰してやる。


「うー、うー」

酷い顔だな、アゲハ。

「…あの、アゲハ姫。もう一度言ってもらっていいかな」

呆気に取られた沈黙の中、グラスホッパーがおずおずと口にした。

アゲハは頬を僕に挟まれたまま、不細工な顔のまま、繰り返す。


お前!この状況でも言うのか!


「ですから…王子様は、ヒバリなんです」


……………。

「えー!」

一呼吸置いて、グラスホッパーは叫んだ。


そうですよね。僕も叫びたいよ。


「王子様って、ヒバリちゃんが?」

「だからお二人とも、頑なに『本物のお姫様なんて知らない』と言っていたんですね」

合点がいったとドラゴンフライ。どう頑張っても、僕はお姫様にはなり得ない。


「散々焦らしたくせに、なんて呆気ない」

ハナバチが呟く。

「僕のせいじゃないだろうが」

アゲハだ。こいつが口を滑らしたから。

「それならヒバリちゃんが、黄金色の髪の王族なの?」


本当に?と、グラスホッパーが疑いの目を向ける。

黄金色と呼ぶにはくすんだ色で悪かったな。ゴールデンブロンドのナミの隣では、誰の髪色だって霞むさ!

「アゲハは好きですよ、ヒバリの月色」

頬を解放されたアゲハが微笑む。

「本でしか見たことのないお月様ですけど、ヒバリの髪と同じ、優しい色をしていました」


……そりゃ、どうも。

「ヒバリさん、照れてるんですか」

「うるさいな!」

なんなんだよ、もう!

「でもこれで繋がりました。レディ・バードの『レグルス・コル・レオニス』はヒバリさんの『囀唄』の一部だとも言えるハネだった訳ですね」


その昔の王族が分け与えたというハネを持つ太陽の一族。だから、レディ・バードと僕のハネは、能力が似ているんだろうな。


『他人のハネを奪う』ことは『ハネの力を切り離す』こと。


『レグルス・コル・レオニス』と『囀唄』。


「ハナバチくんの『ミツバチネットワーク』がレディ・バードのハネを感知しなかったのは、それが原因かもしれませんよ」

「え、なにが?」

「『レグルス・コル・レオニス』と『囀唄』の性質は似通っています。元は、同じハネであると言ってもいいくらいの歴史もあります。つまりは」

「『囀唄』に『レグルス・コル・レオニス』が掻き消されたって訳か」

ハナバチが、冷ややかな目を僕に向ける。


なんだよ!それって僕のせいなのか?

「ただでさえ『レグルス・コル・レオニス』の力は微弱になっているみたいですし、『囀唄』の力に紛れ込んじゃったんでしょうね」

そのせいで、感知できなかった。

「よ、よかったじゃないか。感知出来なかった原因が『ミツバチネットワーク』の不調じゃなくて!」

「本当に。ヒバリくんに踊らされたようで気分が悪い」


…えっと、怒っていらっしゃるのかなハナバチくん。ごめんなさい。僕の『囀唄』が惑わして本当にごめんなさい。

「なんだか私、せっかく来たのになにもせずって感じね」

頬杖をつきながら、つまらないとナミは言う。

「なんで呼ばれたのかしら」

秘密を話すのに、内容を知っている仲間がより多く欲しかったからです。すいません、大した理由でないのに呼んで。


「えへへ。アゲハは、ナミちゃんに会えて嬉しいですよ」

そんなアゲハを見て、ナミは顔を綻ばせる。

「アゲハが嬉しいなら、ナミも嬉しいよ」


一号車、一等個室、僕の部屋。


珍しく客人は多く、今日も夜行列車ミッドナイトブルーは、海底を走り抜ける。


翌日。


僕は警察車両を訪れた。レディ・バードに会うためだ。

「ヒバリさん。あれだけ『王族のハネ』を欲しがっていたレディ・バードにも、本当の話をしてあげるべきじゃないんですか」

ドラゴンフライに、そう言われたからだ。


「でもレディ・バードは、もう気づいてるんじゃないか?」

アゲハが言った、レディ・バードが行き当たった九割が正しい仮説。


それはつまり、『レグルス・コル・レオニス』によく似た『囀唄』を持つ僕が、本物の王族であること。

「それでもヒバリさんが、しっかりと伝えることが大切です。そうでなければフェアじゃありません」

諭すような表情を浮かべる。


なんだよ。そんな簡単なことじゃないんだよ。小っ恥ずかしいんだよ。

「お前は誰の味方なんだ」

少なくとも僕の敵だろう。

「なに言ってるんですか」

あっけらかんと、笑ってみせる。

「『リベレ・リベル』の言葉の語源はリブラ…天秤です」

だから平等に、公平に。


「まあ、あえて言うなら、ヒバリさんを味方しますけれど」

「そりゃ、ありがと」

でも多分それは、僕の味方とかじゃなく、正確に言うならば、自分の考えを曲げないための判断。バンカーである自分に、公平であるための結論なのだろうな。

「どうせ直ぐに知られることだろうけど。…行けばいいんだろ」


渋々、了承。

アゲハの十五歳を祝う式典が行われるはずだった日に、この秘密を全て国民に打ち明けると決めた。

スワロウテイル姫を、終わりにするんだ。

「はい、ではいってらっしゃい」

笑顔で、見送られる。式典で秘密を打ち明けることを提案したのもドラゴンフライだった。僕は、今更そんな恥ずかしいことは出来ないと拒否したんだけど、そんな状況を作りだしたのは誰なんだと凄まれたらもう、嫌だとは言えなくて。


流されるまま受け入れて、今もこうして警察車両まで来た。

レディ・バードに面会する。

「王子様がこんなところまでなんの用だ」

僕の顔を見るなり、レディ・バードはそう、零す。

「王子様とか、やめてくれよ。そんなの柄じゃないんだ」

これまでちゃんと、帝王学も叩き込まれてきているし、王族に必要だということは全てやらされている。


でも、慣れてはいないんだ。

王子として扱われることには。

「そう。今まで、スワロウテイル姫に押し付けてきたからね」

レディ・バードは嘲笑する。

僕はなにも言えなかった。全くもってその通りだから。


僕は逃げて、それをスワロウテイル姫に押し付けて、楽をしてきたんだ。

しかも、バレなければ今後もずっと、そうして過ごしたんだろうなということが、想像出来てしまう。

目を反らしたくなる、事実。


「それで、用件は?」

なにか用があって来たのだろう?と、レディ・バードは僕に問う。

「…お前が探していた王族は僕なんだと、ちゃんと明かしてこいって言われたんだけど」

やっぱりそれは、もう判っていたことみたいだから。

「少し、他愛のない話でもしようかと思って」


僕も、聞きたいことはあるんだ。

「ほう。私は、なにを話すべきなんだ?」

他愛のない話とは一体なんなのか。判りかねるレディ・バードは首を傾げる。

「…アゲハのこと」


僕は、レディ・バードを真っ直ぐ見据える。

「アゲハはどうして、僕の『囀唄』を奪っていったんだろうか」

僕が零した一言を聞いて、レディ・バードはうなだれた。

「お前は本当に、なにも解っていないんだね」

「解ってないって…」


「そんなもの、お前を守るために決まっているだろう」

レディ・バードは溜め息を吐く。

「私が欲しいものはあくまで王族のハネ。お前が王族であるならば『囀唄』さえ手に入ればそれで構わなかったんだ」


僕の手を離れても具現していられる時間は長くないけれど短くはない。蓄積された魔法の力が尽きて具現が解かれるまでのその間に、能力を吸収してしまえば。太陽の目的は果たされる。

だから、アゲハは『囀唄』を奪っていった。


万が一、レディ・バードが僕のハネに狙いを定めたとしても、僕の手元にそれがなければ、僕に危害らしい危害は加わらない。

ハネを失うだろうけれど、命には関わらない。助かることが出来る。

アゲハはそれを、優先した。


「もしも、私の手に入れるべきハネが『囀唄』であると初めから判っていたのなら、私は迷わず『囀唄』を持つものを狙っていただろうよ」

要するに、あの時点で『囀唄』を持っていた者。

アゲハのことだ。

「私が探りを入れるために王族車両に『移動』したときにあの子に会ってね。どうやら私を探していたらしいスワロウテイル姫は言ったんだよ。自分はどうなっても構わないから、王族には手を出すなと」


レディ・バードはかすかに笑う。

「私としては、王族自体には興味はない。私が欲しいものは王族のハネ。スワロウテイル姫はその在りかを知っているようだったから…上手く言いくるめて結託しようと思ったんだ」

思ったようにはいかなかったけれど、と肩を落とす。

そこで、アゲハはレディ・バードの狙いが王族ではなく、僕のハネであることを悟ったのだろう。


「条件として『移動』のハネを求められたから貸してやったけれど、スワロウテイル姫は口を割らなかった。私は裏切られたんだよ」

持って来たのは、護身用と言い張る『囀唄』。


「結果としては、それが私の求めていた物だったけれど、私は気づかなかったからね。スワロウテイル姫がかばっているのは、当然お姫様であると決め付けていたし、『囀唄』の持ち主がヒバリであることは知っていた。それで、期待ハズレの結果から少し発破を掛けてやろうと、ハネバンクを訪れた訳だ」

それが、物事の流れ。


「そうか」

僕は、なにも知らなかった。

アゲハがそんなにまでして、僕を守ろうとしていたなんて。


僕が、アゲハが一号車に戻る直前に口にした言葉。レディ・バードが王族潰して、国を乗っ取るとか考えてるかもしれないと言ったこと。


実際は的外れな発言だった訳だけど、あれが後々のアゲハの行動に、関係してるんだろうな。

「それで、ここまで話した私に、王子様は一体、なにをしてくれるんだ?」

「は?」

にこやかに、見返りを求めるレディ・バード。

「まさか無償という訳ではあるまい。お前が知り得なかったことを、教えてやったろう」

だから、それに見合ったなにかを寄越せと。

「いやいやいや、僕はなにも持ってないし」

他愛のないおしゃべりじゃなかったのか!


「なにを言っているんだ。地位でも、国でも、『囀唄』でも構わない」

くすり、と笑う。

「あげられるか!」

無理だろ、そんなもん。全て。

はいそうですか、じゃあどうぞ。ってあげられるようなものじゃないと、解ってて言ってるだろう!


僕はそこまでばかじゃないぞ。流れに任せて渡してしまうほど、愚かじゃいからな!

残念だったなレディ・バード!

…まあ、だけどな。教えてもらったのは確かだし、なにかお返しをしなきゃならないのも、もっともだよな。うーむ。なにがあげられるだろうか。頭を悩ませる。

そんな僕を見て、レディ・バードが新たな要求を示した。


「仕方がない。食堂車のスイーツで手を打とう」

「へ?」

「知らないのか?パティシエの本日のオススメの一品として優秀賞を頂いたスイーツを手がけたパティシエ自信作の本日の一品だ。素晴らしく美味いと聞く」

レディ・バードは目を輝かせた。


それは…。

あれだろう。スワロウテイル姫が食べたいと言っていた、従者ヒバリが毒味をして帰らぬ人となった、例のあのスイーツだろう!

実在…したのか。

僕は言葉を失った。


「十年ここにいてもな、噂というものは届くものなんだ。私はそれが食べたい」

レディ・バードがものすごく、幸せそうに笑っている。グラスホッパーに見せてやりたい。僅かな笑みでも驚いていたグラスホッパーだ。卒倒するに違いない。

「早速…買ってくるよ」

僕は、そう言って、警察車両を後にした。


「ほらアゲハ、お望みの品だ」

ケーキの箱を、アゲハに手渡す。

アゲハは二号車のフラッタリング公爵家の部屋で、ナミと共にいた。


箱の中にはケーキが二つ。アゲハと、ナミの分。アゲハが、周りに花が舞うほど幸せそうな表情になる。

「ヒバリっ!これはまさか…パティシエの本日のオススメのいっ…」

「ああ、それだよ」

その長ったらしい正式名称はどうでもいいんだ。


そんなイカレた商品名を持つケーキがどんなもんかとある意味期待して行ったら、至って普通の、ショートケーキだった。確かに美味しそうではあったし、こだわってもいるんだろうけど、あの商品名に込められた想いまでは解りかねる。

「でもヒバリ、相変わらず乙女心を理解していませんね」

深く、溜め息を吐きながらアゲハは呟く。


「は?なにが」

乙女心がなんだよ。食べたがってったケーキを、買ってきただろうが。

まあ、ここに来る前に再び警察車両に行って、レディ・バードにケーキを届けたついでなのだけれど。

「アゲハはですね、食堂車で食べたかったのですよ」

食器を出して、その上にケーキを乗せながら、アゲハは言う。


「食堂車だろうが、二号車だろうが、食べるものはそのショートケーキで変わらないだろう?」

なにを言っているんだアゲハは。

僕がそう言えば、隣でナミが、深く深く息を吐いた。

「本当にしょうがないなあヒバリは。私の分のスイーツはヒバリにあげますから、二人でちょっと話しなさいよ」


呆れ顔を浮かべながら、ナミは席を立つ。さっさと帰り支度を整えて、扉へ向かってしまう。そのあまりの素早さにますます慌ててしまったくらいだ。

「え、ナミどうしたんだよ」

「私、ハネバンクでお茶して来ます。ごゆっくりね」

それじゃあ、と手を振り、ナミは部屋を出て行ってしまった。


ちょっと待て。ハネバンクはお茶するところじゃないんだぞ!

あのな、レディ・バードが再び捕まって、国民は皆ハネをバンクに戻しつつあるんだ。今、すごく忙しくしてるんだから!


「アゲハ、僕もハネバンクの仕事をしたいから…」

ここで、のんびりしているわけにはいかないと言いかけて、止めた。

「まあ、ケーキ食べる時間くらいはあるけど」

アゲハの向かいに腰掛ける。目の前には、ショートケーキとアゲハが新たに煎れてくれた紅茶。ティータイムの用意は完璧だ。


レディ・バードと話した結果だと、アゲハは僕を守るために『囀唄』を奪っていったってことだった。それなら、僕はアゲハに、お礼を言わなければならない。そのために、ハネバンクに行くのを、少し遅らせる。


「アゲハ、あの…ありがとな」

「ん?なにがですか」

「いや、だからさ…」

「そんなことよりヒバリ、このスイーツ、やっぱりとても美味しいです」

流された。軽く。


アゲハはショートケーキを一口頬張り、幸せそうに感想を述べた。

「でも、これを食堂車に行って食べることに意味があったんですよ?」

口を尖らせる。

「だからそんなの、どこで食べようが一緒だろ」

ものは、同じなのだから。


「解ってないですね。アゲハは、ヒバリとお出かけがしたかったのに」

実に残念そうに呟いた後で、乙女心を理解してくださいと、たしなめられた。

「…すみませんでした」

乙女心が解らなくてすみませんでしたね。


だけどさ。言わせてもらうけどさ。アゲハもグラスホッパーも、僕が乙女心解ってないって責めるけど、僕は乙女じゃないんだし、そんなん解るわけないじゃないか。僕をなんだと思ってるんだ。むっかつくなあ。


「今、アゲハのこと考えてますよね」

ケーキの二口目を口に運びながら、にやりとする。

「ん?あ、まあそうだな」

あんまり、いい内容じゃないけどな。

「えっへへへー。そうですか、そうですか」

至極嬉しそうだけど…。いい内容じゃないんだってば。むかつくって言ってたんだから。お構いなしか。


「あのですねヒバリ。アゲハ、太陽さんに言ったように王様好きじゃないんですよね」

言いながら、フォークをケーキと口に往復させる。

「あんまりそれ、言わないほうがいいけどな」

夜行列車ミッドナイトブルーは、国王を君主とする国家だから。やっぱり王様第一なんだよ。


「そうですか?」

「そうですね」

「気をつけます」

そうしてください。

アゲハの話を聞きながら、僕もケーキを一口食べる。

甘くて、王道の、ショートケーキだった。

あれほどアゲハが…レディ・バードも、食べたがっていたのがなんとなく解る気がする。

美味しい、ショートケーキだった。


「でもアゲハは、ヒバリがいつも二言目には王様が王様と…お父様の言いなりになっているから、嫌なんですよね」

フォークを口にくわえて、頬を膨らませる。

「アゲハ、それ行儀悪い」

「失礼しました」

くわえていたフォークを、外してそのままケーキへ運ぶ。


「だけど、一つだけ王様に賛成していたことがあったんです」

「うん?なに」

「王様、アゲハが出歩かないように、ヒバリに言い付けていたでしょう?」

アゲハ、脱走もしてたけどな。

「それってきっと、アゲハを一号車に留めておくのが目的じゃなくて、ヒバリをそうしておくためだったと思うんです」


アゲハが一号車にいるように、見張り役を勤めるのが僕ならば、必然的に僕も一緒に留まることになる。

「あ」

「ヒバリのこと、ずっと考えてくれているんですよね、王様」

そこだけは、賛成できるとアゲハは言った。

「いや、でもハネバンク行くしさ」

名ばかりとはいえ、僕、社長だし。

それは今、僕の『囀唄』を元にバンクのシステムを作ってるからなんだけど。


「アゲハ、思ったんですけど」

なんだ、また妙な思いつきか?止めてくれよ、従者ヒバリ殺人事件みたいなプランはさ。

「それってヒバリに、王国を任せる予行練習なんじゃないですか」

「へ?」

「ハネバンクの社長を王様、バンカーのみなさん、あるいはお客様でもかまいませんけど国民に置き換えてみてください。ほら、納得できます」


「…なんだそれ!」

本当かよ!

アゲハの思いつきにしてはなんか…珍しく納得出来るじゃないか。

「はい、ごちそうさまでした。美味しかったです」

食器を持って立ち上がり、キッチンに運ぶ。

「今度はちゃんと、食堂車に連れてってくださいね」


にこやかに、晴れやかに、満足そうにアゲハは微笑んだ。

「さて、これから忙しくなりますよ」

「なにが?」

半分残っているケーキを、少しずつ口に運びながら、僕は疑問符を浮かべる。なにが、忙しくなるんだ?


「リバースが、始まるじゃないですか」

「リバース?……逆?巻き戻すってなにを?」

疑問符は取れないどころか増えちゃったじゃないか。

アゲハはそれを、なに言ってるんだと一蹴する。


「また、生まれる、のリバースですよ。スワロウテイル姫はもういません。ヒバリ王子様はちゃんとスワロウテイル姫がこなしていたことを出来ますかね」

意地の悪い、目を向ける。

「で、出来るよ!」

自信があるかないかで言ったら…ないけど。出来るよ!


「となると、王国も変わるでしょうし、ハネバンクも変わると思います。リバースです」

頑張りましょうね、とアゲハは笑った。

「アゲハもフラッタリング公爵家の娘です。王家の補佐をするのが、勤めですから」

そう、胸を張る。


「ああ。頼りにしてますよ、スワロウテイル姫」

「えっへへー。アゲハはお姫様じゃありませんよ?」

何度目か判らない、でも恐らく最後になるだろう問答をしたところで。


勢いよく扉が開いた。

「ナミちゃん?お帰りなさーい」

「ただいまアゲハ。…ってそうじゃなくて私、二人を呼びに来たのに、ヒバリったらまだ食べてるんですか?」

残り、三分の一程度になったショートケーキ。いや、結構食べてるほうだろ。

「まあいいや。いただきます」

「あー!」

その、残り三分の一を、横からナミに食べられた。


「すっごく美味しい。なんで残してるんですかヒバリったら」

「美味しかったから味わって食べてたんだよ!なんてことするんだナミ!」

僕の、僕のショートケーキ!

「なんですか。また買えばいいでしょう、王子様」

もともとは私の分のスイーツだったのだから、と呆れ顔を浮かべるナミ。確かに、そうなんだけどさっ。そうなんだけど…。


「とりあえず、その王子様って言うのは恥ずかしいので止めてください」

慣れて、いないから。

「知りません。これからは誰でもヒバリをそう呼ぶのですから慣れてください、王子様」

ぴしゃり。

「…解りました」

リバースの、道程は険しい。


「それはそうとナミちゃん。呼びに来たってなんのことですか?」

そうだ、それを聞かなきゃならな…。

「ヒっバリちゃーん!」

…背後から。


「一日ぶりだねヒバリちゃん!ナミ様の移動をおおせ付かりましたグラスホッパーですよ!うわーもう一号車の豪華絢爛っぷりも半端なかったけど、二号車も負けてないよね!いろいろ見てから来たから登場が遅くなっちゃったよ。だってね、どこ見てもすごいんだもん。さすが貴族車両!あ、でもあたしが見た限りではヒバリちゃんの部屋が一番半端ないよっ。ってことはさ、国王様の部屋は更にすごいことになってるの?ねえ、そうなの?」


「グラスホッパー…」

相変わらずのマシンガントーク。

そして、相変わらず。

「首…締まって…首…」

苦しい…。

息…息ってどうやってするんだっけ?

「え?わあ、ごめんなさい!」


解放、された。

あー意識朦朧とする。正真正銘いろんな意味でリバースだ。しないで済んだけど。

「で、なに?」

なんで、呼びに来たの?

「ああ、そうそう」

ナミが、僕に向き合う。


「パーティをします!」


「パーティ?」

なんのパーティだ?

…ああ、アゲハとナミのバースデイパーティか。明日だもんな。

しかしそんな急な…。

「ヒバリちゃんのパーティだよ」

「は?」


…僕?

「なんですか、そのあほみたいな顔は」

いや、ナミさん。あほみたいな顔ではなく、状況を理解できてない顔ですよ。

「ヒバリ王子様の誕生会です」


……………。

「ご遠慮させていただきますよ」

そんなパーティ、結構です。

「駄目ですよ。主役なんですから」

「嫌だ!なんだそれ!不必要なんだよ!」

わざわざそんなの…開いてもらわなくていいよ!誕生会っていったって、名乗ってなかっただけで生まれたときから王子なんだし。

…うわ。自分で王子とか言っちゃって恥ずかしいやつだな、僕。


「素敵です!」

まずい。アゲハが食いついた!

「是非やりましょう!場所はハネバンクですか?」

「そうそう。もう準備進めてるから、あとはヒバリちゃんたちを連れていくだけなの」

「…連れていく?」


引っ掛かった。

そのワードが意味することと、ここにグラスホッパーがいることを合わせるとつまり…。

「もちろん、あたしの『テンボルバート・サルト』ですよっ」


やっぱりそうか!

「嫌だっ!僕はお前のハネにいい思い出はないんだ」

パーティとやらに参加するにしても『テンポルバート・サルト』だけは絶対、嫌だ!

「えー」

えー、じゃない!


「どうしてですかヒバリ。グラスホッパーさんのハネ、すごく楽しいじゃないですか」

あーそうか。アゲハはお気に入りだったんだな。そんな嬉しそうな顔されても。

「もう。ヒバリのわがままに時間掛けてる場合じゃないの。ドラゴンフライさんやハナバチくんが、ハネバンクのほうでセッティングを頑張ってくれてるんですから」

早く行かなきゃ、とナミ。


ん?ちょっと待て。

「仕事はどうしたんだよ」

グラスホッパーに問う。バンカー総出でかかりきりで、肝心の仕事のほうはどうなってるんだよ。

「なに言ってるのヒバリちゃん。そんなの、臨時休業だよ」

けろり。


「なんだって!」

臨時休業って、そんなことしていいと思ってるのか!

「だから、パッとパーティしてパッと楽しんでパッと仕事に戻りましょ?」

「仕事をしろ!」


なんてことだ。そんなパーティなら尚更してもらわなくて結構だよ。

「頭堅いですねーヒバリは。たまにはいいじゃないですか」

アゲハがうんざりした顔を見せる。うんざりしたいのはこっちなんだけどな。

「そうだよ、ヒバリ。アゲハもパーティしたがってるし、もう折れたらどうですか」


ナミが促す。

「そう言うけどさ」

「ヒバリがここでうだうだしている時間を、ドラゴンフライさんとハナバチくんは、なんて言うでしょうね」

奥の手とも言える、ナミの一言。

それは…想像するだけでも恐ろしいな。絶対、なじられる。

「…解りました」


僕が折れて、アゲハもナミも、グラスホッパーの、きらりと目を光らせた。

覚悟を決めて部屋の外へ。

グラスホッパーの言う通り、パッとパーティしてパッと楽しんでパッと仕事に戻ろう。

「じゃあ、僕は歩いて行くから」

『テンポルバート・サルト』は、いいです。嫌です。

「ヒバリちゃんったらなに言ってるの?主役が遅刻しちゃ駄目でしょ」


肩を落とされた。

そんなこと言われても。

「右手にアゲハ、左手にナミ。これで定員オーバーだ」

どうしたって、無理だろ。

「まだ背中があるよ」


「乗れるかあ!」

 から、それは…。

「あたしとヒバリちゃん、おんぶで跳躍した仲じゃない」

「………」

『リベレ・リベル』の部屋で。対レディ・バードのときに、確かにグラスホッパーの背に乗って跳んでもらったけれども。


「…それと、これとは。別だろ」

あれは、イレギュラーなことだから。ほら、カウント、されないだろ。うん。

「別じゃないよ。もういいじゃん。今更ヒバリちゃんが格好つけたところで手遅れなんだし」

「なんだって!」

「そうですよ。諦めてください。アゲハは早くパーティ行きたいんです」


お前は『テンポルバート・サルト』で跳びたいだけだろう!

「それに私、寄るところあるから一緒には行けないので、定員オーバーにはなりませんよ」

ナミがぽつりと一言。

「グラスホッパーさんが二号車に入るために私が同伴したほうがよかったのでとりあえずは二人を呼びにここまできましたけど、私のもともとの目的は、二人を呼びに来ることじゃないもの」

これから、本来の目的の場所へ向かってしまうから、『テンポルバート・サルト』ではハネバンクには行かない。


「左手が空きましたよ、ヒバリ」

にやりと笑うアゲハ。

「………」

左手だろうが、右手だろうが、背中でも足でも、服やらにしがみつくとしても、どこだって、跳ぶこと自体が嫌だったのに。 

僕は、これ以上にない落胆の溜め息を吐いてから、ふわふわ定まらない覚悟ってやつを無理やり固めて、グラスホッパーの左手を取った。


「…お手柔らかに」


「遅いっ!」

またもや最高速度を味わうはめになり、苦しみとともにハネバンクに到着した直後。

ハナバチにそう言われた。

「どこで油売ってた訳?こっちはとっくに準備出来てるってのに。まさかヒバリくん、グラスホッパーの『跳躍』に対して駄々こねてたんじゃないよね?」


う…。

「えっと『ミツバチネットワーク』の千里眼ですか?」

「そんなの、『蜜蜂』に聞かなくても解るよ」

はっ。

鼻で、笑われた…。屈辱だ。

アゲハとグラスホッパーが救ってくれやしないかと目を向けたけど、食堂車のケーキの話で盛り上がっていた。

僕はケーキ以下か!


いや、でも実際美味しかったから仕方がないかもな。

「聞いてる?ヒバリくん」

「あ、ごめん。聞いてなかった」

盛大な、溜め息。

「大体、ヒバリくんはさ…」

長くなりそうだな、ハナバチのお説教。なんで僕がこんな目に…。

うんざりしながら嘆いていたから、気づかなかったんだ。

僕を狙う、怪しい影になんて。


「わっ!」

「ぎゃ!」

背後から、驚かされた。

心臓がばくばく言う!

「あ、ヒバリさん到着しました?」

「してるだろ、どう考えがえても!今お前が驚かせたのは一体誰なんだ!」

「えー、誰ですかね?」

「ヒバリだろ!」


ああもうドラゴンフライ!だから音もなく近づくなって言ってるのに。

僕をからかって心底楽しいらしく、ドラゴンフライはケラケラ笑っている。

「全く」

でもまあ、助かったよ。

ドラゴンフライが来なかったらハナバチのお小言は尽きなかっただろうし。

今回ばかりはお前に感謝しなきゃな。


「ヒバリさんが僕にありがとうだなんて珍しいですね」

「まだ言ってない!」

だから、なんで判るんだ!

「僕、ハネを二つ持っていて、もう一つがテレパシー能力のあるハネなんですよ」

「え、そうなのか?」

『リベレ・リベル』だけじゃなくて?

「はい。嘘ですけど」

「嘘かよ!」


まずい。うっかり騙されるところだった。

僕がそうやってドラゴンフライにいじられていたら、ナミが両手にホールケーキの箱を抱えてハネバンクに到着した。

「おまたせー」

どうやら、ナミの目的とはこのケーキだったみたいだな。

「大変そうだな。手伝おうか?」

僕はナミを手伝おうかと手を伸ばす。

「いやっ!いいです、これは私の係ですから!」

「ああ、そうか」


断固、拒否された。

少し、悲しかった。

「なに打ちひしがれてるんですか、ヒバリ」

「いや、別に…」

なんでもないよ。

「ヒバリさんたち、準備はいいですか?」

ドラゴンフライが僕とアゲハにそう尋ねてくる。


準備?準備ってなんの?

「パーティ、ドラゴンフライの『部屋』でやるのよ」

僕の疑問にはグラスホッパーが答えてくれた。

「盛大なパーティっていったら、立派な会場が必要でしょ」

「い…いいよ、そんなに大袈裟にしなくても」

たじろいでしまう。

「この件、ヒバリさんに決定権は一切ありませんから」

「ヒバリくんは黙ってればいいんだよ」

「それに、私たちはただスイーツ食べたいだけですから」


そのための、口実であるパーティ。

「僕、関係ないじゃないか!」

解った。

今日のパーティをアゲハとナミの誕生日を祝うことを目的にしなかったのは、明日もパーティするためだな。明日もケーキを食べたいからなんだろう!


つまり、僕が主役うんぬんはこじつけなんだ。ケーキが食べれたらなんだっていいんだろ!

「はいはい、ヒバリさんのことは放っておくとして、行きましょうか。先に待ってるお二人も、そろそろ待ちくたびれて限界でしょうし」

足元に、『リベレ・リベル』の風が、さわさわと巻き起こる。


「え?先に待ってる二人って誰だ」

僕がふいに抱いた疑問は、突如旋風に変わった『リベレ・リベル』に掻き消された。


意識も体も、吹き飛ばされる感覚。視界は風に覆われて、ハネバンクは見えなくなった。

その後、ふわりと浮いたと思ったら、また、尻餅で着地した。

「痛った!」

なんなんだよ、全く。

「ねえ。ヒバリくんってさ、バランス感覚ないの?」


デシャブだろうか。

ハナバチの差し出した手を借りて立ち上がる。

「いや、ドラゴンフライがやり過ぎなんじゃないのか?」

思えば、僕は『リベレ・リベル』の『部屋』に来るとき、まともに着地出来たことがないや。

「そうやってまともに着地出来てないのはヒバリくんだけだけど?」

「は?」


見れば誰も、尻餅なんてついてない。至って普通に、降り立ったようだ。

「なんでだ」

どうして僕だけ?

「だって僕、毎回ヒバリさんにだけ風力増してますもん」


「なんだって!」

ケラケラと楽しそうなドラゴンフライ。やっぱりお前の仕業じゃないか!

「でも、随分と前からそうしてるのに、やっと気づいたんですね」

「うるさいな」

あー、やだやだ。こういう子供っぽい大人にはなりたくないねっ。


辺りを見渡す。

今度は、『真っ白部屋』じゃないんだな。

壁も、天井も、家具もあって、ちゃんとした部屋だ。海の外、陸と呼ばれるところにあるという景色が見える窓もある。まあ景色はフェイクだろうけど。

うーん。やたらと格調高い感じがする部屋だな。シャンデリアまであるし。

晩餐会を開く部屋みたいだ。

長いテーブルに、たくさんの椅子。

テーブルには綺麗な花が立派な花瓶に飾られていて、ごちそうも並んでいる。さらに、アゲハとナミがさっきのケーキを皿に移していたりして、ものすごく豪華だ。


グラスホッパーが椅子に座って固まるチッチに話し掛けている。

ああ、チッチも呼んだんだ。一緒にジンジャーケーキを食べた仲だもんな。

ハナバチが紅茶を煎れていて、ドラゴンフライがそれをレディ・バードに勧めている。

「へ?レディ・バード?」

なんでいるんだ?僕、ついさっき警察車両に面会に行ったよな。


「僕が招待したんですよ」

「またお前か!」

奇行はいっつもお前だよ、ドラゴンフライ!

「ご招待いただき光栄だよ、ヒバリ王子様」

ティーカップを片手に、レディ・バードは微笑んだ。

「なに言ってるんだ。僕は招待なんかしてないぞ」

する訳ないじゃないか。


パーティに悪役とか、場違いだろう。そりゃチッチも固まるさ。僕らが来るまでレディ・バードと二人きりだったんだなと思ったら、ひどく可哀相で仕方がない。

そんなことを考えながら、適当に、レディ・バードの向かいの席に腰掛ける。

とにかく自由なかんじで、パーティは始まった。

僕が取り皿に適当に食べたいものを取り分けていたら、レディ・バードが愉快そうに笑い、さっき僕が発した招待なんかしてないという否定を覆す。


「部下の行いは全てお前の行いだろう?」

上司なのだから、と。

「……嫌な、役回りだ」

バンカーなんて、一癖も二癖もある奴らばかりなのに。

その責任を全部僕が負ってたら……身が持たない!

うんざりしながら、皿に盛った料理を一口。うん、美味しい。これも食堂車のものなのかな。


美味しいものは味わって食べる。それが僕のスタイルだからな。一口一口を噛み締めていたら、脈絡もなくレディ・バードが僕を見ながら、言った。

「ヒバリは王子様なのに冠はしていないんだな」

つまらない、とぼやく。


「なんだよいきなり。そんなんさっき会ったときもしてなかっただろ」

「冠くらいないと、ただでさえないような威厳がまるでないな」

大袈裟に、溜め息を吐かれた。

「威厳がなくて悪かったな」

「ヒバリさん、冠ならあるじゃないですか」

横からドラゴンフライが、あっけらかんとした表情で割り込む。


「雲雀の冠羽が、そうじゃないんですか?」

鳥の頭頂部に生える細長い羽。雲雀には、それがある。

「それで、いいよ」

面倒臭い。

「ふん。どのみち私には関係はないがな。私は食堂車のスイーツを食べるためにここにきたのだから」

そう言いながらレディ・バードは、テーブルに並ぶケーキに手を伸ばした。


「じゃあなんのために話を振ったんだよ…」

本当、これが乙女心っていうやつなら、僕は一生理解できそうにはない。

溜め息を零せば、レディ・バードがにやりと笑って付け足した。

「あわよくば『囀唄』も頂こうと思ってな」

その発言に思わず粟立った。うっかりしてたら、本気で取られる!やってやるって目をしているもんなあ!この人!


冗談じゃないです。ここで取られるなんて、そんな情けないことはない。

僕は気を張って、目一杯意識を集中させて、『囀唄』の力を凝縮する。見る間に刀の姿だった『囀唄』は、洋はさみに形を変えた。


うん。小さくなれば少しは危険も減るだろう。

「ふう」

随分…辛いけど…。

「これはこれは小癪な」

レディ・バードは薄笑いを浮かべた。諦めた…かな?


「おや、懐かしいですね。はさみの『囀唄』とは」

アゲハがケーキを片手にやって来て、僕の隣に腰掛ける。ナミも同じように反対側の僕の隣に座った。

「あたし、知らないんだけど『囀唄』は、はさみだった時期もあるんだよね」

チッチを引き連れて、はさみの『囀唄』に興味津々のグラスホッパーは僕の向かいに。グラスホッパーの取り皿にはこれでもか!ってくらいに料理が盛られている。


おいおい…マナー的にそれは、ないぞ。

「僕の『囀唄』は刃物に具現するハネだけど、その姿は力の強さで変わるんだよ。最初は、ほんの小さな糸切りばさみだったし」

洋はさみだったり、ナイフだったり。僕が成長するのに比例してハネの力も強くなるのにしたがって、刃物も大振りになっていった。今は持ち歩くためにぎりぎりの大きさである刀の形で凝縮させて固定しているけれど。


「ヒバリくん、それって辛いんじゃないの?」

ハナバチが、お目当てのものを盛りつけた皿を持って、アゲハの隣に腰掛けた。

なんだよハナバチ。解ってるじゃないか。今、僕は結構無理して『囀唄』を洋はさみにしている。

刀の姿の『囀唄』でも、気を抜いたらもっと大振りになるだろうし、これ以上小さくっていうのは…体力的にすごく辛い。ずっと意識を研ぎ澄ませていないといけないから、疲れる。

冷や汗とか、出る。


「あの…ヒバリ様、大丈夫ですか?」

控えめに料理が盛られた皿を目の前に置く、グラスホッパーの隣のチッチが心配してくれた。

チッチだけだよ、僕を気遣ってくれるのは。

「ああ、大丈夫」

…な、はず。まだ、なんとか。

「ヒバリさんは自虐的なのが好きですもんね」

にこやかに、テーブルの短い辺、つまりはいわゆるお誕生日席にドラゴンフライは腰掛ける。僕が、そこに座らなかったのが悪いんだろうけどさ。お前が座る場所じゃないだろう、その位置は。


でも、それよりも。

「自虐的なのが好きってなんだよ」

そんな趣味はねえよ。

「あれ?違いました?」

「違いますよ」

違うに決まってるだろうが。

そしてさ、こんなに大袈裟な部屋で、晩餐会よろしく盛大なテーブルなのに、なんでこんなにこじんまりとまとまってるんだ、僕らは。

仲良しか。


…あー。なんだか無理してハネを圧縮してるせいで、頭がぼーっとしてきたな。

『リベレ・リベル』の『部屋』の中とはいえ、夜行列車ミッドナイトブルー。心地好く揺られて意識もどっか行きそうだ。

ちゃんとつなぎ止めなくちゃ。


「…ああ、そうだアゲハ」

「なんですかヒバリ」

幸せそうに、イカれた名前のショートケーキを頬張るアゲハ。

お前、それ今日二個目だろ?

まあ…いいか。


「ずっとお前に、聞きたくて仕方がなかった訳じゃないけど、なんとなく気になってていつかは聞こうかと思ってたことがあるんだが、今聞いてもいいか?」

「ややこしいですね。どうしても知りたいから教えてくださいアゲハ様、でいいじゃないですか」


「………」

「まあ、いいでしょう。期待はしていませんから。それで、なんですか?」

…それはだな。


「お前、なんでお姫様になりたいだなんて言ったんだ?」


僕がそう問えば、楽しいパーティが一瞬、静まり返った。なんでだ?

みんなが一様に肩を落として、僕を蔑むように見てる。なんでなんだ?


「…ヒバリくん、それは本人に聞いたら駄目だろう。全く、本当にどうしようもないの極みだね」

「ヒバリちゃん、デリカシーがなさすぎるわ」

「まあ、ヒバリさんに察しろと求めるほうが無理がありますかね」

「ヒバリ、そんなことも解らず十年アゲハと一緒にいたの?」

「ヒバリ様…アゲハ様が可哀相です…」

「本当に、なにも解っていないんだな、お前は」


誰の意見も、つまりは僕が悪いと。

「なんなんだよ!解らないから聞いてるんだろ。なにがいけないんだよ」

訳が解らない。どうしてみんな、僕を責めるんだよ。

未だ状況を掴めていない僕を横目に、渦中のアゲハは一つ息を吐いた後、仕方がありませんねと呟いた。


「それがヒバリですもんね。今更アゲハは驚きませんよ。ヒバリはそうでなくてはいけません」

なんだ?それは、ばかにしてるのか?

「でもアゲハは、そんなヒバリが大好きなんですけどね」

右手に持っていた銀食器が、陶器の皿に置かれたことで小さく音を立てる。


「ヒバリは、アゲハの言葉を勘違いして受け取ってしまったんですよね」

そしてアゲハは、解りません?と小首を傾げ、僕に向き合う。

「女の子が王子様に、お姫様になりたいと言ったのですよ?そしたら、答えは一つしかないじゃないですか」


えっと。それは、つまり。

『囀唄』の圧縮によってぼんやりとする情けない頭でも、うっすらと気づきはじめたアゲハの意図。

僕が目を瞬かせれば、アゲハはいつものように、えっへへーと、はにかんだ。


さて、僕は、なんと答えようか。









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