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はねがり

『はねがり』



「いいからたまには言うこと聞けよ」

「嫌です!」

「だから駄目なんだってば」

「嫌!」

「駄目!」

「嫌!」

「アゲハの分からず屋!」

「ヒバリの駄々っ子!」


駄々をこねているのはお前のほうだ、意地っ張りめ!

「二人ともそのくらいにしておいてください」

「どっちも譲らないんだもん。キリがないわ」

僕とアゲハのいさかいは、ドラゴンフライとグラスホッパーにたしなめられる。


うわ。今気づいたけど、ハナバチがものすごく蔑んだ目で僕のこと見ている。なにくだらないことやってるんだって、目で訴えかけてきてる。

僕はひどく後悔した。


「とととにかく、アゲハは一号車に戻ってろって」

「嫌です。アゲハにもきっと、出来ることがあるはずです。部屋には戻りません。みんなと一緒にいます」

はあああ。

「アゲハさ、さっき自分のハネが戦いに向かないことを嘆いたばかりだよね?」

同じ口がなにを言うか!


「僕たちの手助けどころが、自分の身すら守れないアゲハが、一緒にいて意味があるのかよ」

「あります。ヒバリはアゲハに祈っててって言いました」


だから傍で応援するのだと主張する。

「だから!それが駄目なんだってば」

なんで解らないかな。

レディ・バードの脅威は、アゲハも感じ取っているはずなのに。危険なんだって、承知しているはずなのに。


「レディ・バードは後部車両の動力室に潜んでることが判ったんだ。一号車なら、距離もあるし、なにより警備してくれる騎士団もいるし、安全だと思うから」

お願いだから部屋に戻ってくれよ。


『ミツバチネットワーク』によると、レディ・バードは『擬態』の性質を持つハネツールを使って身を隠しているらしい。隠している、ということは、まだ行動するつもりはないということ。


だからアゲハには、今のうちに一号車に戻っていてほしいんだ。


と、言うか。『ミツバチネットワーク』は『擬態』のハネをも見透かすのか。有能だな。ハナバチに隠し事は出来ないってことか。


「安全安全って言いますけどね、ヒバリ。一番危ないのはヒバリなんですよ。ヒバリはアゲハがいなくて身を守れますか?」

「守れるよ」


うん。アゲハがちゃんと一号車にいてくれたほうが、より自分を守れるかな。

「即答うざっ!」

膨れて機嫌を悪くするアゲハ。若干、言葉遣いも乱れてきたなあ。


「アゲハ姫」

ぶつぶつと暴言を吐き続けているアゲハ(僕は無視をすることにした)に、グラスホッパーが近寄り声を掛ける。

「心配してくれる気持ちはよく解るけど、アゲハ姫がヒバリちゃんを大好きなのよりももっと、ヒバリちゃんはアゲハ姫のことが大好きで心配なのよ」

そう、くすりと笑う。

「は、なに言ってんのグラスホッパー」


戸惑う。

「ヒバリさんはいつだってアゲハ姫第一ですからねー」

ひゅーひゅー、とか言いながらドラゴンフライが横入り。なによりも、お前に言われるのがむかつくな!


恐る恐るハナバチと目を合わせれば、ひどく冷めた目で「子供…」と呟かれた。

なにこれ、いじめ?本気でめげちゃうよ?

これから大仕事だっていうのに、僕泣いちゃいますけど!切なすぎるんですけど!


「…わ、判りました。ヒバリがそこまで言うのなら、アゲハはお部屋に戻ります」

「へ?」

僅かにむくれながらも、アゲハは一号車に戻ることを了承した。


なんだよ。

突然聞き分け良くなっちゃって。拍子抜けだなあ。

「ヒバリの大好きなアゲハは聞き分けがよいのです。愛の言葉に免じてアゲハはお部屋で大人しくしています」


うん?

なんかおかしいぞ。僕は愛の言葉なんて言ってないけど…まあいいや。戻ってくれるんなら、言ったってことにしておこう。


「ありがとうアゲハ!さすがだねえアゲハ!部屋に戻ったら鍵を閉めて絶対に出歩くなよ。アゲハは出来る子だから大丈夫だよなっ」

やっとまとまった話に、笑みだって零れる僕。アゲハの気が変わらないように、よいしょ、よいしょ。


「え、へへへ。聞いてやらないお願いではないです」

えっと…。それはつまり、了解したってことだよな?なんかアゲハさん、照れてるけど。解らん。でもまあ、気にしても仕方がないか。


「よし!グラスホッパー、お前のハネの調子はどうだ?」

「調子なんて、いつでも全快ですよう。どこまででも跳べます!」

ピースサインを、作って見せる。

「じゃあ、悪いけど、アゲハを一号車まで送って行ってもらえるか?帰路の危険を出来るかぎり回避させたい」

グラスホッパーのハネなら、それが適う。

「お安いご用ですよ、社長!」


グラスホッパーのハネ。

思うがままに跳躍する直翅。

『テンポルバート・サルト』。

彼女の意思のまま、自由な速度で跳ねることができる。遅くも、速くも。

最高速度は瞬間移動に等しく、そのスピードはミッドナイト王国一だとも言われている。


速さを買われてハネバンクの回収担当に任命されたくらいだ。グラスホッパーにかかれば、各車両ATMからのハネの回収なんて、あっという間に遂行されてしまうんだから。

列車の中という地理上、恐らく本人も試したことはないだろうけれど、ハネの力で得られる跳躍は、高さの面でもずば抜けていると思う。


その場合、思うがままに落下速度を緩めることも可能なんだろうな。

速く、ときに緩やかに、そして高く、跳びはねる。それがグラスホッパーの持つハネ『テンポルバート・サルト』。


「それではアゲハ姫、しっかり掴まっていてね。多分一瞬で、なにも判らないうちに着いちゃうと思うけど」

場所は休憩室を出てハネバンクロビー。待合フロア。僕たちは見送り。アゲハをおぶりながら、グラスホッパーはアゲハに声を掛ける。


「はい。よろしくお願いします」

後ろからグラスホッパーの首に回した腕に、少し力を込める。そしてちらりと、僕のほうに目を向けた。

「ヒバリ」

「なんだよ」

「太陽さんをやっつけたら、食堂車でスイーツ食べましょうね」

そう言いながら、いつものように、えっへへーとはにかむ。

「…そうだな」

食べさせてやるよ。だから。

「レディ・バードの目的は、まだはっきりしないんだ。もしかしたら、王族潰して国を乗っ取るとか考えてるのかもしれない。絶対に部屋から出るなよ、スワロウテイル姫」


「え?」

瞬間。アゲハの表情が曇る。

「はは、なんだよ。柄にもなく怖いのか。そんなのへっちゃらですって、いつものアゲハなら笑うじゃないか」

さっきまで一緒に太陽に立ち向かうって言ってたやつとは思えないな。

本当に、ころころ表情を変えて忙しいやつだ。

ま。相手がレディ・バードなら怖いのも、当然だ。威勢のよかったほうがおかしいんだ。

まったく、空回りしすぎだよ。


「ドラゴンフライのハネツール、使い方判るな?」

「…はい」

ドラゴンフライのハネから作ったハネツールを、アゲハには渡してある。護身用だ。

「部屋に戻ったら一個目使ってじっとしてろ。万が一なにかあったら二個目三個目を使えよ」

「…解りました」

「じゃ、グラスホッパー、頼んだ」

「はぁい」

さあ、いざ。と言うタイミングで。

「……あの、ヒバリっ!」

名前を呼ばれてグラスホッパーの背中に視線を向ければ、今にも泣き出しそうなアゲハと目が合う。

彼女は震える声で、続けた。


「…無理…しないでね」

「解ってる」

アゲハが頼りなく笑ったのを見た刹那、グラスホッパーが跳ねた。


僕は無知だった。

配慮に欠けていた。

この時の会話が、後に起こることの引き金になるだなんて、僕は考えもしなかったんだ。


「さてと」

アゲハが戻ってくれて、とりあえずは一安心だ。

「ヒバリさん」

「ん、なに?」

「ヒバリさんは、レディ・バードの悪巧みがなんであると推測しますか」

なんだよ、脈絡もなく。


ドラゴンフライが、楽しそうな笑みを浮かべる。僕を試しているのだと言わんばかりの様相がカンに障る。

僕よりも身長が高い分、見下ろすような格好での問い掛けになっているのが、僕としては更に、嫌だ。

「そうだな…」

まあ、身長なんていつか追い抜いてやるから言うほど気にしてないけどな!


それよりレディ・バードだ。ハナバチの話を聞くまでは、レディ・バードはハネを奪うことを目的にしているんだと思っていた。

『レグルス・コル・レオニス』の能力と、彼女の利己主義を考えたらそれしか考えられないと。


でも。

「レディ・バードがハネをなくしてるんなら、今回の脱獄がなにを意味しているのか解んないんだよな」

アゲハが言うように、なぜ、今なのかにも疑問が残る。十年大人しくしていたのに、なぜ今になって脱獄したのか。


「そろそろ、檻の中にいるのに飽きたのかもな」

冗談めかして笑ってみせる。

そんな単純で、くだらない理由の脱獄ではないだろう。


ドラゴンフライは、そんな僕の冗談にはなんの反応も示さず、真剣そのものの表情で続けた。

それがあまりにも真面目な空気過ぎて、普段のドラゴンフライと差があり過ぎて、思わず背筋が伸びてしまったほどだ。


「僕は、ヒバリさんがアゲハ姫に言ったことが案外近いんじゃないかと思いますよ」

「は?」

僕が、アゲハに、言ったこと?

「それってなん…」

「はーい!ただいま戻りましたよー!」

「うわ!」

なにかが背後から襲い掛かってきたと思ったら、なんだよ、グラスホッパーか。びっくりした。

さすがに早いお戻りで。


「なになに、なんなの?深刻なお話?あたし、あんまり難しい話だとあたしが困っちゃうから止めてね。あ!アゲハ姫はちゃんと部屋まで送りましたよ!しかしあれですね、一号車の豪華絢爛っぷりはハンパないですね!もう思わずたじろいじゃいましたよ、この、あたしが!」

「はい、ご苦労様」

今度ゆっくり聞いてやるよ。お前が内容を忘れたころにな。だから今は離れてくれ。抱き着くな。


えっと。なんの話をしていたんだっけ。確か、深刻な話を…。

「ヒバリさんがアゲハ姫に、レディ・バードは王族潰して国を乗っ取るとか考えてるかも、と言った話ですよ」

「そうそう、それだ」

ってなんだ、ドラゴンフライ。お前は僕の心が読めるのか?

僕、口に出してなかったよな?

「ヒバリさんは単純なのでなんとなく判ります」

「ああ、そうかよ!」

単純で悪かったな。

「褒めてるんですよ?単純でばかで扱いやすいって」

「褒めてないっ!」


まったく褒めてない。

あのな、いくら寛大な僕でも、傷つくことはあるんだぞ?

さっきの重苦しい雰囲気はどこ行った。いつものドラゴンフライに戻っちゃったよ。


「ねえ、なんの話をしてるの?」

途中参加のグラスホッパーがドラゴンフライに問い掛ける。

「単純でばかで扱いやすい、ピースケくんの話ですよ」

「ピースケ言うな」

僕の名前はヒバリだ!


「ヒバリちゃん、ピースケなの?」

「ピースケですよ」

「違う!なんでドラゴンフライが答えてるんだよ」

「いいじゃない。ピースケってなんだか可愛いよ」

グラスホッパーが嬉しそうに頭を撫でてくる。グラスホッパーも僕より若干ながら身長は高いからな。ヒールの高い靴を履いているし、頭を撫でるなんて楽勝だ。近いうちに抜くから、気にしてないけど。


「これからはピースケちゃん、って呼ぼうかな」

「ピースケ言うなってば!」

これは気にする!

僕の名前はヒバリです!


「ヒバリくん」

そうだよ、ヒバリですよ!

「…って、ハナバチ。どうした」

僕がドラゴンフライにちょっかいかけられている中、知らぬ存ぜぬを貫き通していたくせに。助けてくれなかったくせに。

どうせ傍から冷たい目を向けていたんだろうから、その辺りには突っ込まないけど。怖いから。


「太陽の目的が国を乗っ取ることで、そのために王族を狙っているとしたら、それなりの対策をすべきなんじゃないかな?」

なんだよ。ハナバチまで僕が適当に口にしたことを真に受けて。


「そんなん大丈夫だよ。一号車は警備も万全だし、なによりレディ・バードが国を乗っ取ってどんな得があるんだよ」

こんなに小さな夜行列車ミッドナイトブルーを手に入れたところで、太陽には意味がないだろう。有り得ない。そんな仮説は即刻却下なんだ。

「でも、万が一そうだった場合、王国はアゲハ様を守らない可能性だって…」

「なに言ってるんだよ。アゲハは大事な大事なスワロウテイル姫なんだから。守らないなんてこと…」

「ヒバリくん。僕の『ミツバチネットワーク』を舐めてもらったら困るよ」

は?

なにを言い出すんだ。お前のハネの優秀さは、常々感じてるよ。

「王国がスワロウテイル姫を守ってくれる保証はないじゃないか。それどころか逆に切り捨てられる可能性だってある。だってアゲハ様は…!」


「ハナバチ!」

僕が大声を出したことで、生じた反響音が耳障りに残る。

静まり返るハネバンク。

ドラゴンフライも、グラスホッパーも、僕の突然の大声に驚いて無言になってる。

「解った。解ったよ。お前の言わんとしていることが」

確かに『ミツバチネットワーク』の力を軽んじていたかもしれない。そうだよな、お前の『蜜蜂』なら当然、行き当たる事実だよな。


「でも、それは、言わないでほしい」

スワロウテイル姫の秘密は、どうか、口にしないでほしい。

お前の『蜜蜂』が、それを知ってしまったのだとしても。

「…すみません」

「いや、僕もいきなり大声出してごめん」


その秘密を守ることは、僕とアゲハの、約束だから。


少し、取り乱してしまった。

情けない。

「えっと、話を戻すけれど。大体、なにを根拠に僕の発言が正しいかもしれないとか思ってるわけ?」

太陽が国を乗っ取る。

そんなもの、ハネ狩りが横行していた時代にも有り得なかった動きだ。


ハネを奪うハネを持つ。太陽の一族。

彼らは、そのハネを用いて他者のハネを手に入れることだけを目的としていた。

「そんな太陽が、夜行列車ミッドナイトブルーをどうにかしようだなんてそんな発想」

持つわけがないだろう。

「…ヒバリさん。ミッドナイト王国では、国王陛下の嫡子は五歳になって初めて国民の前に出ることを許されます」

「は?いきなりなに言ってるんだよ」

そんなことは常識だ。


スワロウテイル姫も五歳のときに式典を開き、国民にその姿を初めて見せた。

式典の日まで国王の子供は五年間、誕生以外すべてのことを公にされない。国王の子どもが誕生しました、まではニュースになる。しかし、それ以外は全く明かされないんだ。


「ミッドナイト王国が列車の中という限られた空間に存在するからこそ生まれたしきたりです。幼過ぎる国王陛下の子を守るために」

五歳を迎えるまでは、一号室にて隠し育てられる。

だけど五歳になれば、帝王学をはじめとした国王の嫡子たる学びを、修養し始めなくてはならなくなるんだ。

その一貫としての、手始めとしての、式典。

そんな側面もある。


「それが、どうしたんだよ」

だけど、だからといって、お前は一体なにが言いたいんだ。言わんとしていることが、解らない。

「加えて言えば、五歳での式典の十年後、十五歳で成人するとき、再び式典が催されるんです」

「だからそれが…」

「ヒバリさんは気づかないんですか」

ドラゴンフライが再びの深刻な面持ちで、僕の疑問を遮る。


「スワロウテイル姫は、今年、十五歳になるんですよ」

間もなく、姫君の成人を祝う式典は催される。

明後日。

アゲハの、スワロウテイル姫の誕生日。

「式典のために、国王陛下も、部屋から出ていらっしゃるんじゃないですか」

普段は自らの信条を貫き、部屋に引きこもっている国王が、表に出てくる。

「ちょっと。それってすごく…まずいんじゃないの?」

話を聞いていたグラスホッパーも不安感を抱きはじめた。


「濃厚な説かもしれない…」

「ハナバチ?」

「アゲハ様が五歳のとき、つまりは最初の式典は、十年前だ」

そして、レディ・バードが警察機関に拘束されたのも。

「十年前…」

なんてことだ。

僕が、軽々しく口にしたあの言葉が、こんなふうに繋がるだなんて。

じゃあ、レディ・バードは十年前、アゲハの式典で行動を起こしたが失敗し、投獄されることになった…?

そういうこと、なのか?


「十年経った今、スワロウテイル姫の成人式を狙って、再び行動を起こすつもりなのかもしれない」

「式典は…明後日だ」

タイミングも、いい。

「それなら」

レディ・バードの目的が、ミッドナイト王国だとして、国王の身はもちろん、スワロウテイル姫の身も危ないんじゃないか。

「それならアゲハは…」

「太陽の標的の、一人ということになります」

ドラゴンフライの一言が、僕の頭に響いてまとわり付く。

レディ・バードが王国を乗っ取るつもりならば、王族の命を奪うこともいとわないかもしれない。


「そんなのって」

ばかげた仮説だと思っていた。

そんなこと、あるはずないと軽んじていたからこそ、アゲハを一号車に帰したんだ。警備もしっかりしている。そのはずなのに、ばかげた仮説が仮説ではないかもしれないと思い始めたら、しっかりしていると信頼していた警備にさえ不安を感じてしまう。

脱力感が、押し寄せてくる。


そんな刹那。

突然、背後から声が聞こえた。


「ふふ。いい線まで行ったのに、結論を間違うだなんて残念でならないよ」


聞き慣れない声。

もちろん、バンカーのうちの、誰の声でもない。全身が強張り粟立ったのち、慌てて振り返る。


誰もいない。

僕たちバンカー四人の他に、人影はない。

でも、あの声は。


「ああ、悪かったね。未だ『擬態』したままだったよ。なんせハネを使うのは十年振りだからね」

再び聞こえた声を頼りに、辺りを見渡しその主を探す。


「それでは、初めましての挨拶をしようか」


愉快そうな笑いが聞こえたかと思ったら『擬態』のハネが解かれる空気の震えを感じた。

視界に、新たに入りこむ人物。

彼女は、窓口に腰掛けて、不敵な笑みを浮かべていた。


「バンカーのみなさん、ご機嫌麗しゅう」


初めて、間近に現れた、存在。

「レディ・バード…!」


その邂逅は、あまりにも突然だった。


「本当はね、まだお前たちの前に姿を現すつもりはなかったんだが」

怪しく、口角を、上げる。

「状況が少し変わってね」

「状況…?」

「そう」

ふわりと、腰掛けていた窓口から降り立ち、足を進める。

「なにも知らないお幸せなバンカーのみなさんに、ヒントをやろう。私の目的は十年前からただ一つ。『レグルス・コル・レオニス』を完全なものにすることだよ」


一歩ずつ、近づいてくる。

僕らは意図して動かないわけじゃない。動けないんだ。研ぎ澄まされたように聴覚が、レディ・バードの声をやたらと大きく感受する。

「太陽の一族が持つハネは、元々は一人のハネ使いが生まれ持ったハネだった。我らはそのハネを分け与えられた一族。故に私のハネは不安定で不完全」


だから、それを完全なものにすることが、レディ・バードの、目的。

カツン、と響き、レディ・バードのヒールの音が止む。


ハナバチの正面で立ち止まった太陽は、握った右手を差し出した。

「お前のハネが、私のなにを知れるんだ?」

開いた掌から、握り潰された『蜜蜂』が床に落とされる。

「こんな蜜蜂ごときが、私の獅子に歯向かうなど舐められたものだな」


冷たい目が見下す。

「まあいい。私もお前たちも悠長にしていられないのは同じだろう。だからこそこうして、わざわざ出向いてやったんだ」

きびすを返し、再び歩き始める。


「私に『レグルス・コル・レオニス』がなくとも、お前たちの抵抗などたかが知れている」

僕たちから距離を置き、ハネバンクの中央部まで戻ったレディ・バードは歩みを止める。振り返った彼女の両手には拳銃が握られていた。


ハネツールが装填された、二丁拳銃。

レディ・バードは両腕を挙げると照準を僕に定める。にやりと、笑ったのが見えた。

やばい、と思い『囀唄』に手をかけるも遅すぎた。


「争いを避けているから、全てが私に敵わないんだよ」


既に拳銃から放たれた『ハネ』が僕に向かってくる。

レディ・バードの言う通り、僕の行動は今一歩遅かった。なにもかもが間に合っていない。

もう、駄目だと諦めて目をつむる。


「ハネ狩りを、始めようじゃないか」


レディ・バードの声が、耳奥に響いて消えた。

なにも、出来なかった。


「ヒバリさんの悪いところは、物事を直ぐに諦めるところです」


割り込んだドラゴンフライのハネが、レディ・バードの放った『ハネ』を切り裂く。

僕を狙っていた『ハネ』は、一瞬のうちに消え去った。


「はぁ」

息を吐く。

安堵で思わずへたり込む。レディ・バードが放った二発のハネツールのうちの一つが、『移動』の力を持つハネだったらしい。彼女の姿は消えていた。

僕は荒れる動悸を整えるのに必死で、頭が追いつかない。なんだ、このざまは。ハネを使う隙もなく。


「後は、それです」

傍らで見下ろすドラゴンフライが、鞘に納まったままの『囀唄』を指差す。

「ヒバリさんはいつもハネを出し惜しむ。それでは身を守れません」

怒ったような、呆れたような、それでいて心配してくれているかのような、ドラゴンフライの声。


言われて初めて気づく。

僕は『囀唄』を、使いたくなかったのか?

「そんなこと…出し惜しんでなんかいない。太陽に対抗出来るのは僕の『囀唄』だけなんだから」

「対抗なんて、出来ていないじゃないですか」

ドラゴンフライの言葉は、鋭く刺さる。

「鞘から抜くことも出来ないくせに、対抗だなんてよく言える」

力があろうが、発揮できなければ意味がない。

不甲斐なかった。

「……ごめん、ドラゴンフライ」

お前の言う通りだよ。

僕には、なにも、出来てない。


「反省しているのなら、決意を固めてください。中途半端なままでは敵わないのは解ったでしょう」

それでも、太陽のハネを退けることが出来る可能性を持つのは、『囀唄』しかないのだからとドラゴンフライは言う。


「ヒバリちゃん!」

今にも泣きそうなグラスホッパーが、いつものように抱き着いてくる。でも今の僕には、それを突き放す気力がない。

「怖かったよヒバリちゃん。どうしようもなかったよヒバリちゃん。あたし、なんでもしようと思っていたのに。とっさに跳ねて、ヒバリちゃんを助けることすら出来なかったよ」


「いや、いいんだ。ありがとう」

ミッドナイト王国は平和な国だ。危険に対する術なんて、身についているはずがない。

それは、僕が『囀唄』を使えなかったことの言い訳になってしまうかもしれないけれど。グラスホッパーが気に病んでいることを、責めたりはしない。

むしろ、なにか出来たはずなのにと後悔してくれることに感謝しよう。

「ドラゴンフライは『リベレ・リベル』を、ちゃんとヒバリちゃんのために使えたのにな」

しゅんとなる。


「グラスホッパーは普段『テンポルバート・サルト』を駆使して回収業務を頑張ってくれてるじゃないか」

僕なんか、普段からなにも出来てないんだ。

ちょっとくらい…こういうときにこそ、格好良くハネを使えたらよかったのに。


「ドラゴンフライは、ハネを完全解放しなくてもヒバリちゃんを助けられたのに。あたしのハネは…」

「もういいって。気に病むな」

じわじわにじむ、涙に比例して俯いていくグラスホッパーの頭に僕は、ぽん、と手を乗せる。


「ドラゴンフライ、ありがとう」

目線を上げて、ドラゴンフライと目を合わせる。

「決意、ちゃんと固めたから。次こそは、とか言うのは都合が良すぎるけど、もう躊躇わないから」

そう言えば、ドラゴンフライは満足そうに笑った。

「ヒバリさんが言うなら、僕も『リベレ・リベル』を完全解放する準備はありますからね」

命令するなら、従うと。


『リベレ・リベル』。

空気を切り裂く蜻蛉の翅。

ドラゴンフライはこのハネを、いつも途中までしか解放しない。

本来は『変身能力』を持ち、自らの姿を変えることのできるハネだけど、ドラゴンフライは『変身』することなく、変身後に備わる力を使うことができる。それが、『空気を切り裂く』ことであり『切り裂いた空間を別空間と繋ぐ』こと。


この能力を応用させて造られた、ハネバンクの保管庫は『別空間』にあるからこそ安心安全なんだ。

そういう意味で、アゲハにはドラゴンフライの『リベレ・リベル』のハネツールを渡した。使い捨てのハネツールであるがゆえに、一時的な力でしかないが、安心安全な空間へ避難することができる。


ハナバチの『蜜蜂』がレディ・バードの潜伏場所と判断した動力室から離れていて、なおかつ警備のしっかりしている一号車にて、更に輪をかけて安全な『リベレ・リベル』の空間に避難すれば大抵のことからは逃れられると思ったから。

万が一のことがあれば、切り裂く力を防衛に使えばいい。だからアゲハの防犯用にドラゴンフライのハネを選んだ訳だけれど。ハネツールという使い捨ての道具の力が、どれほど有効かははっきりしない。

空間を繋ぐ能力も、ハネツールでは長時間の持続はしないだろう。気休め程度の防衛にしかならないかもしれない。


だから、不安は、拭い去れないんだ。


ハネツールは、ここ十年ほどで発達してきているまだまだ新しい技術。

発展途上の道具。作り出す際の、ハネ使いの体調だけで、その質は著しく低下もすれば、向上することだって有り得るし、同じ条件で抽出しているにも関わらず持続時間に差が出ることもある。未だ不完全な技術、道具なんだ。全く信用していない訳じゃないけれど、全てにおいて信頼出来ることもない。


だから、レディ・バードが王族を狙っていて、その標的としてアゲハも挙げられるのなら、ものすごく不安。

そんなの本気で考えてなかったから、レディ・バードが狙うであろうハネバンクから最も距離を置く一号車は安全だと思っていたのに。

一号車には優秀な騎士団がいるけど、いざというとき本当にアゲハを守ってくれるのか。

ハナバチの言うとおり、もしかしたら…。


「ハナバチ」

僕は、呆然と座り込むハナバチのもとへ。

彼はレディ・バードに握り潰された『蜜蜂』をただ見つめていた。

「ヒバリくん…。僕は、僕の『ミツバチネットワーク』は、ハネバンクの働きに、有効な力添えが出来ていると思ってたよ」

力無く、呟くようにもらす。

「なに言ってるんだよ、十分よくやってるじゃないかお前は」

むしろ、やりすぎであるほどによくやっている。

『ミツバチネットワーク』がなかったら、ハナバチがいなかったら、今のハネバンクは成立しないんだから。


「でも!」

ハナバチの似合わない大声に、僕も、ドラゴンフライもグラスホッパーも一様に驚いた。ただでさえしんとしていたハネバンクが、一層静まり返る。

いまひとつ冷めた目線で物事を見ている節のあるあのハナバチが、両手を握りしめて身を震わせている。


「でも、『蜜蜂』はこのざまだし、しょせん戦闘向きじゃない。唯一の能力である情報だって、間違っていたじゃないか」

「間違ってたって…」

「『レグルス・コル・レオニス』。太陽は、ハネをなくしてなんかいない口ぶりだった」

『ミツバチネットワーク』は『レグルス・コル・レオニス』を感知しなかった。

その情報から、ハナバチはレディ・バードがハネをなくしているんじゃないかと結論づけたんだ。


「なんでそれが間違ってるって言えるんだよ」

レディ・バードの口ぶりが、なんだって言うんだ。

「ヒバリさんの言うとおりですよ、ハナバチくん。レディ・バードは『獅子の王』を使ってないんですから」

「そうよ、なくしてないなら使うじゃない。太陽はハネツールを使ってたんだから、やっぱりハナバチの情報通り、ハネを失ってるのよ」

「太陽は、自分のハネを完全にするのが目的だって言ったんだ。取り戻すんじゃない、完全にするんだ。太陽はハネをなくしてない。僕の『蜜蜂』が間違えたんだ!」


「落ち着けって」

グラスホッパーならともかく、こんなに取り乱すハナバチは初めて見た。

ハナバチだけじゃない。僕も、グラスホッパーも、レディ・バードに出会ったことが、応えていた。


ただ一人、ドラゴンフライだけがけろりとしている。

「とにかくあれですよ。どうしようもないヒバリさんをはじめとして、僕らの誰も、レディ・バードには対抗出来なかったと言うことで」

なんてことないと言うかのように。


「お前なあ…」

少しは危機感を…。

「今は、です。アゲハ姫が言っていたように、僕たちは数では勝っています。練り上げればどうにかなる可能性も、ないわけじゃあないでしょう?」

にこりと、笑う。

「そうよ、ヒバリちゃん。確かにあたし、今でも正直びびってるし、レディ・バードを相手にする自信もないけど、ヒバリちゃんが言うなら頑張るよ!」

「グラスホッパー…」

「ほら!ハナバチもでしょ」

煮え切らないハナバチを、グラスホッパーがどつく。


「僕は…」

ハナバチは俯いたまま。

グラスホッパーはそんな様を見て溜め息を吐いた。

「あーあ。ハナバチってやられっぱなしで構わないほどへたれてるんだ!もっと男前だと思ってた。いつもはあーんなに、あれしろこれしろ仕事しろとかうるさいのにね。いざってときこんなんだなんて、それはそれは。これ以上のヘタレ具合はないと言われたヒバリちゃん以上のヘタレさんね!」


「なんだって!」

お前、今なんて言った!

「訂正してください、グラスホッパー。僕はヒバリくんみたいなヘタレじゃない!」

「食いついた!」

なんでそんなにむっとしてるんだよ。不機嫌になりたいのは僕のほうだ!


「あっはっは。ヒバリさんは人気者だなあ」

「うるせえよ」

でもなんか、ちょっと軽くなった。気分も、空気も。そんな気がしないでもないな。

レディ・バードが今、わざわざ目の前に現れたのは、僕たちを錯乱させるのが目的だったんだろう。力の差を見せつけて、戦意を消失させる。


危うく、思惑どおりになるところだった。

当然なんだ。向こうからやって来たのだから、あっちは振る舞いかたを決めている。対してこっちは意図せぬ出来事。動揺に加えて平和ボケ。圧倒的な力の差を感じて当然。

だけど。


「立ち直ってやったぞ。レディ・バードの手の平になんて、いてたまるか」

そんなところで踊りはしない。願い下げの舞台だ。

「その点に関しては同感」

「ヒバリちゃん格好いいよ!」

「もうちょっとへこませておいたほうが面白かったですかね」


色んな意味で、いい奴らだよ。まったく。

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