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さまようたいよう

『さまようたいよう』



仕事再開。

チッチは「大変お邪魔致しました」とオーバーなくらい、ぺこぺこと頭を下げ、部屋へと戻って行った。


僕とアゲハはハネバンクに残り、事務フロアの隅っこのほうで椅子に腰を降ろしている。

ほら、せっかく来たからさ。食べるだけ食べて帰るんじゃなくて、僕も仕事しないと…ってここにいてもアゲハと喋ってるだけなんだけど。


本当、役に立ってないなあ。

目線の先、窓口に座るハナバチとグラスホッパーの後ろ姿を見ながら、改めて思う。

ドラゴンフライだって、ハネの管理状況を確認するために、休憩室の更に奥にある保管庫を見に行ってる。


みんな、仕事してる。

僕だけ、何も出来ていない。


ただ、休憩明けも変わらずお客さんは来ないまま。

おかしいな。いつもはこんなんじゃないのに。


「暇ですね」

「そうだな」

「せっかくお部屋の外に出ましたのに、少しも新鮮じゃありません」

「そうだな」

部屋にいてもじっとしているだけ。ここにいてもじっとしているだけ。変わらない。


沈黙。

退屈だ。


あ、グラスホッパーが机に伏せって居眠りの体勢を取り始めた。

そうだよな。寝るしかないよな、こうも退屈だと。

ああ、そうだ。

「なあアゲハ」

「はい、なんでしょうヒバリ」

「お前、僕がここに来る前に、ハネバンクが大変な事態だって言ってなかったか?」


ドラゴンフライと談笑していたアゲハがそう言ったからこそ、僕はバンクまで急いで来たんじゃなかったのか。

「あれは、どうなったんだよ」


確かにこれだけお客さんが来ないのも大変な事態ではあるけれど。他にはこれといって深刻そうな問題は無いよなあ。

至っていつも通りのハネバンク。


「おかしなことを言いますね、ヒバリ」

実にきょとんと、何故そんなことを言うのか解らないという様相のアゲハ。

「ジンジャーケーキなら、さっき食べたじゃないですか」

「は?」


うんん?


僕のほうが、何故そんなことを言うのか解らないと言いたいんだが。ジンジャーケーキが、何?

「ドラゴンフライさんがですね、教えてくださったのですよ」

「何を」

「チッチが、ハネバンクに来ていることを」

友達が、自分に会いに来てくれている。しかも、差し入れを手にして。それなのに、当のアゲハがいないとなればそれはそれは大変な事態!


「はい?」

「ハネバンクに、アゲハがいないことによって生じるチッチの落胆は計り知れません。更にはせっかくのジンジャーケーキを逃してしまうという愚かしい結末に繋がってしまうのです。まさにハネバンクの失態!」

大変な事態です!


「くだらない!」

聞いて損した!

いや、確かにチッチの落胆を避けられたのは喜ばしいことだよ?だけど、それを『大変な事態』と呼ぶのは。

「過大評価だ!」

「的確評価ですよ」


うーん。納得し難いんだが。

「アゲハはチッチに会えましたし、ジンジャーケーキも美味しかった。それでいいじゃないですか」

えっへへー、と満足そうな笑み。


まあ…いいか。

アゲハ、幸せそうだし、部屋から出たいっていう望みも叶ってるし。自主的じゃない引きこもりは監禁だしな。犯罪だ。

罪悪感も、あるんだよ。僕には。ただ、その後が怖いだけで。


………。

その後のことなんて考えたくない…。わ、話題を変えよう。


「それにしても、どうしてこんなにお客さん来ないんだろうな」

「みなさんお昼寝中ですかね?」

「何でだ」


「アゲハ、あまりバンクに来たことがないんですが、本来はもっと満員御礼なんですか?」

ん?満員御礼?

「…少なくとも、待ち時間が生じてしまうくらいには来てるよ」


もっとも、僕だってハネバンクにはほとんど来れてはいないから、毎日そうだと断言できる訳ではないけれど。

「待ち時間が生じるほどですか。それならば、この閑散具合は異常ですねえ」

これは、今日だけなのだろうか。首を捻る。


「よし」

僕は立ち上がり、ハナバチの元へと歩みを進める。


「ハナバチ」

「何ですか、ヒバリくん」

マイペースに仕事をこなすハナバチ。

情報収集が専門の彼は、パソコンに向かってなにやら打ち込んでいる最中だった。

「ヒバリくんも仕事したら?アゲハ様と喋ってばかりいないでさ」

一度も、こっちを見ないで手と目と口と頭を同時に働かせるハナバチ。内容はよく解んないけど、器用にこなすなあ。


しかしながら。僕、名ばかりとはいえ上司なのに、ハナバチが何の仕事をしているのか解んないって、問題じゃないか?

「全く。グラスホッパーも寝てるし、暇とは言え仕事時間には変わりないんだよ?」


その通り。

君の言うことは正しすぎるほど正しいよ、ハナバチくん。

「じゃあ…」


僕も仕事をしよう。

現状把握、仕事場環境改善、お客様のために出来ること。

「これは、いつからだ」

いつから、こんなに誰も来ない。


「……」

絶えず働いていたハナバチの手が止まる。ハナバチのことだ。この状況に至る原因も何かしら感付いているのだろう。

「…ここまで来ないのは今日が初めて…かな。来客が少ないなと、思い始めたのは一週間くらい前」

あくまでも、僕の感覚でだけれど、とハナバチは添える。


「そうか‥」

ハナバチが言うんだから、一週間前からで正しいんだろう。

「原因は?」

「本当のところは判らない。だけど…」

言い渋るハナバチ。目線を下に落とす。

「太陽が、関係しているのかもしれない」

「太陽、が…」


太陽。

それは、小さな小さなミッドナイト王国という空間において、脅威を意味する名前だった。


「ここのところ、広がってきている噂から推測した答えだけど、恐らくは…太陽が動き始めている影響だと、思う」


ハナバチの情報収集能力と、そこで得られたものを基にした状況分析能力に間違いは無い。だから、太陽は、確実に動き出しているのだろう。


太陽。

地上を照らす、天体の名。

そして、真夜中色ばかりの海の底をめぐる夜行列車ミッドナイトブルーにおいては、縁の無い存在。そんな『太陽』を通り名とする、この国唯一の脅威。


レディ・バード。

燃える陽のような紅い髪をしながら、冷たく、残虐で、利己的な心を持つ、魔女。

実は、ハネ狩りが横行した時代、ハネを奪おうとする者は他国の者だけではなかった。ほんの一握りだったけれど、本来ハネ狩りの恐ろしさを一番解っているだろう国民の中からも、ハネを狩ろうとする者はいたんだ。レディ・バードはその血を受け継ぐ。

ハネを、狩ろうとする側の人間。


それを恐れて海に潜った王国が、そんな太陽の存在を許す訳がない。レディ・バードがハネ狩りの片鱗を覗かせた時、彼女は直ぐに幽閉された。この夜行列車にも、警察機関はある。そこに、太陽は、今もいるはずなんだ。


「それが、脱獄したらしくて」

ハナバチが有する、疑う余地の無い『情報』。

「となるとハナバチ。太陽の、目的は」

「ハネ、だろうね」

国中のハネが集まるハネバンクは格好の餌食。

バンクを襲うだけで、全てのハネが手に入るのだから。


「そりゃお客さんも来ないわ」

僕は、深く息を吐いた。

『ハネを持たなければ狩られない』。だからハネ使いは自分のハネをバンクに預ける。生活するために必要な分のハネを僅かに手元に残し、後は安心安全の保管庫の中へ。


保管庫はハネの力がなければ、どこにあるのかさえ判らないように造られているから、ハネを持たない者に奪われる心配はない。それ以前にハネを持たない者が、ハネだけ手に入れたところで意味を成さないんだ。ハネ使いごと奪わなければ、ハネの力を使うことは出来ない。

だけど、それはハネ使いにも言えること。特殊な加工でも施さない限り、自分のハネでなければ魔法は使えない。他人のハネなんて、使えないんだ。前にも言ったように、ハネは個性。それぞれに特性があって、まったく異なる魔法の力。あいつのハネのほうがいいからもらっちゃう、とか思ったって使えやしないんだ。

一部例外と言えば。僕のハネのように具現でもしていれば使えなくもないけれど。だけど、それでも持続はしない。蓄積された魔法の力が尽きれば、具現化は解ける。奪ったって意味がない。


ならば、何故、僕らはレディ・バードを恐れるのか。

それは彼女のハネが、他人のハネを奪い、例外的に使える能力を持っているから。レディ・バードは自らの力をより強力なものにするため、多くのハネを欲している。と、されている。


レディ・バードに奪われたハネは戻らない。取られたら、そこまで。ハネは、消費する力。使えばなくなる。増幅、回復はできるが、ゼロから生み出すことは出来ない。なくしてしまったら、それでおしまい。ハネ狩りの時代に、狩る側にいたハネ使いも、レディ・バードと同じようなハネを持っていた。


太陽の一族と、呼ばれた者たち。

ハネ使いは太陽を恐れる。

ハネは自分自身。ハネをなくせば、自分を失う。

そう、思っているんだ。


「保管庫を見に行ってるドラゴンフライに確認してみないと判らないけど…多分、ほとんどが引き出されているだろうな」


バンクに預けているより、手近に持っていたほうが安心、と言うところだろう。

本部の客足がこれだとすると、多くはATMからかな。レディ・バードが狙うとすれば、大元である本部の保管庫だろう。そう考えるのが妥当だ。


それならば。太陽を恐れるならば、誰だって本部を避けてATMを利用する。

それで、この閑散具合。


アゲハと一号車にこもりきりの僕は当然としても、バンカーがそういった理由から国民がハネバンクに寄り付かなくなった動きを知らなかったのは、国民に避けられていたからだろうな。バンカーは制服を着ているし、みんなとは顔なじみだから直ぐに判る。

バンカーも、レディ・バードと繋がりがあるんじゃないかって、思われているんだ。バンカーが太陽側なら、レディ・バードは難無く保管庫からハネを奪える。


信用、されてないのか。僕らは。

僕は溜息混じりに目線を落とした。ハナバチは、不安そうな表情で呟く。

「まだ、この事態に太陽が関係していると確定した訳じゃないけど…」

「いや、確定だろ。お前のハネが間違うはずがない。信じたくないのは解るけどさ」


『ミツバチネットワーク』。

そのハネは、千里眼の性質を有する。

ハナバチの持つ、ハネの名前。

ハナバチは、見ることの出来ないものを見通すことの出来るハネを持つ。具現化させて蜜蜂の姿を模したそのハネを、夜行列車中に飛ばすことによってハナバチは情報を得るんだ。蜜蜂の手に入れた情報を集約させ、分析、判断し、答えを導き出す。


故に『ミツバチネットワーク』。

千里眼の性質と相まって、『ミツバチネットワーク』の出した答に誤りはない。百発百中。間違いなど存在しない。ハナバチの情報は常に正解でしかない。


ただ、そんなハネを使う側のハナバチが、いまいち自分の能力に自信がなかったりするところが難点なんだよな。今回も、判っていたのに言わなかった。きっと、早い段階でこの閑散の原因が太陽だというところまで行き着いていただろうに。


全く、自信持てよ。

頼りにしてるんだ。


「ハナバチ。レディ・バードは近いうちに必ず行動を起こす。情報収集を引き続きよろしくな。何なら強化する感じで。何か変化があったら必ず報告するように」

「…はい」


それまでに、僕には何が出来るだろう。

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