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じんじゃーけーき・ものがたり

『じんじゃーけーき・ものがたり』



ハネバンク本部。

と言っても、外見はそんなに仰々しいものじゃない。普通に列車の中、普通の夜行列車。そこにある、ちょっと古風な銀行、レンガ造り、厳かな雰囲気。あ、十分仰々しかったわ。


内装。

窓口、待合フロア、事務フロア、その奥にバンカーの休憩室、以上。

ハネバンクの働きはほとんど銀行と変わらない。貨幣をハネに置き換えて考えてもらえればそれが正解。


ただ、ミッドナイト王国にも貨幣はあるから、それを扱うバンクもちゃんとある。そっちはそっちで仕事をしてる。貨幣バンクで働く人は『テラー』と呼ぶ。因みね。

僕らバンカーはハネ専門、彼らテラーは貨幣専門。時にはハネを貨幣と同じように扱った取引が行われることもある。それが『ハネ取引』。

貨幣での買い物と、ハネ取引を臨機応変に使い分けながら、僕たちは暮らしている。だから、貨幣バンクもハネバンクも、どっちも必要、どっちも大切。ってこと。


ここでハネバンクの悲しい現実を一つ言わせてもらうとしたら。

かつて、自分の身を守るために、自らとハネを切り離す目的で創られたハネバンクだけれど、海に潜った時点で他国からの襲撃はなくなったから、それだけで国民は安心しちゃったんだよね。

今では当初の目的なんて見当たらないほどにハネの出し入れは頻繁に行われて、めちゃくちゃ巡りが激しい。


自分の持つハネの力を、全て手元に置いておくのは、使いきってしまったときが怖い。何故ならハネの力は使い尽くしてゼロになってしまったら再生はしないから。だけど、一でも残っていれば、増幅させることが出来る。そのための保険としてハネを預けるためにハネバンクが利用されている。今では、それが現実。ハネ狩りからの防衛なんて役割は微塵もない。平和でなにより。


まあそんな感じだからさ、尚更簡単にハネを振り込み、引き出すことが出来たほうがいい。ってことで、各車両には一台ずつセルフサービスでハネを出し入れできる…そうだな、丁度ATMのようなものが完備されている。それぞれの車両に根付いたサービス。だけどこの客車最後尾の本部がバンカーの活動のメインですね。


で、お気づきかもしれませんが、僕は高い確率で本部にはいなかったりする。だってそりゃそうだよ。ずーっと毎日アゲハといるんだから。

あいつが脱走を計らないように。お目付け役。

そういう事情もあり、僕は社長の肩書きを好いていないんだ。名ばかりだからね。


ドラゴンフライや、ハナバチや、グラスホッパーの仕事量に比べたら微々たることしか出来ていない。それなのに、立場は上とかうざいだろ?


そんなこんなで、本日何度目になるか判らない溜息を吐いたと同時にハネバンク到着。端から端への大移動終了。


グラスホッパーのハネであれば、もっと早く、速く着いただろうけどあいにく僕のハネはそういう力を持っていないのでね。普通に歩いて来たから時間がかかったよ。ふう。

じゃ、いつまでも説明ばかりしていても埒が明かないし、話を進めます!


途中出会ったグラスホッパーは先にバンクに戻してました。やっぱりサボりだったらしいな。ハネを使って早々と帰って来ていたグラスホッパーの姿が窓口に見える。が、相変わらずサボり続行中だ。

仕事中に爪を磨くな、爪を。


全く…。

とは言ってもバンクにお客さんは…二人か。珍しく少ないな。貴族車両二号車のコバネさんと、普通車両五号車のチッチだ。


コバネさんは、いかにも貴族らしい恰幅のいいおじさん。ATM――便宜上、そう呼ぶことにする――を使わない主義を持っていて、いつでも二号車からわざわざ本部の窓口まで来る。だから、ここにいるのも別に変わったことじゃない。毎日来るんだから。


ハナバチが相手をしているし、コバネさんに関しては、いいや。心配しなくとも。

で、チッチはなんでいるんだ?ハネバンクに用があるわけじゃないと思うのだけどな。

ずっと待合フロアの椅子に座ったまま動かないし。ギンガムチェックのクロスを掛けたバスケットをしっかりと抱え込んで、初めて来た場所に緊張しているみたいだ。グラスホッパーが窓口に戻ったっていうのに、席を立とうとしないし。ふむ。


チッチ、女の子、十四歳、アゲハの友達。

前に脱走したときにふらっと作ってきた普通車両に住む友達。

あーあ。スワロウテイル姫に普通車両の友達がいるなんて知ったら、国王うるさいだろうな。嫌だ嫌だ。

さて、声を掛けるか。


「チッチ」

「あ、ヒバリ様」

「様とか付けなくていいってば」

ミッドナイト王国は階級別に車両が振られている。

ざっくりとその振り分けを解説しておこうか。えっと、一号車は王族車両、二号車と三号車が貴族車両で二号車のほうが位は高い。その後ろは食堂車を挟んで五号車からは普通車両。五号車以降には銀行車両とか、市場車両とか、学校車両とか、病院車両とか、第二食堂車とか……そういうのも紛れ込んで、客車最後尾がハネバンク。


振り分けられているとはいえ、王族も貴族も庶民も直線上に暮らしているんだから階級差別とかはなく、平等であるべきだというのが僕の考えなんだけど、普通車両に暮らす人が上の階級の人を敬う感じはなくならない。様付けで呼んだりね。

国王が普通車両に行きたがらないのが駄目なのかな。


まあ、貴族車両と普通車両を隔てる食堂車でも、庶民と同じ空間で食事したくないとかで貸し切りにする貴族もいるしな。コバネさんはそういうタイプじゃないんだけれども。

とにかく、僕はそういった習わしが嫌いだってこと。だから様付けとかも、いらないんだ。

「でも、ヒバリ様はヒバリ様ですし。軽々しくは呼べません」

強情だな。


ああ、そうか。チッチは僕とは逆の思想なのか。僕が『直線上に暮らしているのだから壁はいらない』という考えなら、チッチは『直線上に暮らすなどおこがましい』という考え。国王も、この思想だな。

「そっか」

チッチはこれで頑固だから、言い出したら聞かなさそうだな。考えを、変える気はないだろう。


「あの…ヒバリ様、今日はアゲハ様はいらっしゃらないのですか?」

おずおずと口にする。手にしたバスケットを更にぎゅっと抱える。

「アゲハ?アゲハなら部屋に」

いるはずだけど。

「そう、ですか…」

しゅんとする。

「アゲハ様とお友達になった日に、ここに来ればいつでもお会い出来るのだとお伺いしたものですから」

「へー」

アゲハは友達になんてことを言ってるんだ。お前、ほとんどハネバンク本部に来たことなんかないじゃんか。

嘘つきじゃんか。


「あのさ…非常に言いにくいんだけどチッチ。アゲハはここには来ないと思うよ」

「えっ!」

ガーン、って効果音が一番似合う顔してるよ、チッチさん。本当ごめん。

「…ど、どうしてですか?」

「どうして、って」

部屋から出ないように言われてるからな。

「せっかく、ジンジャーケーキ焼いてきたのにな…」

うなだれる。

「うーん。チッチ、あのね…」

「わあ!ジンジャーケーキですか。アゲハはジンジャーケーキ大好きですよ」


「……」

どうやって落ち込むチッチを励まそうかと思っている間に、割り込むアゲハの声。

「アゲハ、お前!」

なんでここに!

振り返れば、えっへへーと笑う、アゲハの姿が。

「ヒバリったらいけませんよ?アゲハのお友達を無下にするなんて」

「無下に、って…それよりお前何で」

部屋から出て本部まで来てるんだよ!

説明しろよ!


「ジンジャーケーキ、ありがとうございます。チッチ」

うわ、無視だ。僕を無視して盛り上がり始めた。またこの役回りだ。

「落ち着いてヒバリさん。アゲハ姫は僕がお連れしたんです」

ドラゴンフライの仕業か!

「アゲハ姫は部屋から出たがっていましたので」

「なんてことを!」


アゲハの出たい出たいはいつものことなんだから!聞き入れちゃ駄目なんだよ!

あー。国王に怒ーらーれーるー。

「ヒバリっ、ヒバリっ」

「何だよ」

今、軽く取り込み中なんですけど。頭の中でスワロウテイル姫逃走の言い訳を考えてる最中なんですけど。アゲハの相手なんかしてられないんですけど!

「奥で、お茶にしません?」


チッチのジンジャーケーキもありますし、と笑う。

アゲハ定番の『えっへへー笑い』だ。

「アゲハのえっへへーは本当に、楽しそうで、得意そうで、幸せそうだよな」

僕はこのアゲハに、弱かったりする。

「何のことですか?よく判りませんけど」

うん。

別にいいよ、それで。

「ほら、バンクのほうもお客様落ち着いたみたいですし、休憩タイムにしましょうよ」

気づけばいつの間にかコバネさんも帰ってしまっていて、ハネバンクにはバンカー四人と姫とその友達。完全に内輪メンバーのみになっていた。


「…判ったよ。ドラゴンフライ、表に看板出しといて」

「はいはーい」

何かもう…流されてみようかなと、思った。お客さんもいないし、今更アゲハが部屋から出ちゃった事実は消せないし。アゲハも楽しそうだしさ。


それならとことん、お姫様の気の済むままにやらせてやろうかな、とか。

たまにはさ。


表に『休憩中』の看板を出し終えたドラゴンフライと共に奥の休憩室へ。

ローテーブルを挟んでソファー二脚、給湯室、ロッカー。本来、バンカーしか立ち入らない、簡素な部屋。


「あたし、お茶入れるねっ」

予定外に入れられた休憩に上機嫌のグラスホッパーが率先して動く。

ジンジャーケーキを渡してそれきり帰るつもりだったチッチは、許容範囲外の展開に益々緊張してしまっている。


一瞬、グラスホッパーに代わってお茶の用意をしようとする態勢を取ったけれど、次の場面ではアゲハに手を引かれてソファーに体を埋めてしまっていた。

もう動けない。


「あのう…私までご一緒してしまって申し訳ないです。私はただ、差し入れをアゲハ様にお渡しできればよかったのですけれど…」

「何言ってるんですか!チッチのジンジャーケーキなのですから、いてくれなくては困ります。それにアゲハは、チッチと一緒にお茶出来ることが、とても嬉しいんです」

えっへへー。


「そんな、アゲハ様。私なんかにはもったいないお言葉です」

ぶんぶんと音が聞こえるほどに首を振るチッチ。

「狭いですけど、チッチのお部屋だと思ってゆっくりしてくれたらいいんですよ」


「お前が言うな」

アゲハの部屋じゃないんだからさ。そういうのは、自分の部屋に友達が遊びに来たときに口にする台詞だろう。

…とか思っていたら目ざといドラゴンフライが一言。

「じゃあヒバリさん。ここでチッチさんがのんびりすることを認めないんですか」

「う」


意地の悪いことを言うよな、ドラゴンフライは。へらへら止めろ。楽しんでるのがバレバレだ。

「……いや、いいんだチッチ。のんびりしていってくれ」


こう言うしかない。

と言うか、最初からチッチがのんびり過ごすことを認めてなかった訳じゃないしな!

「ですってチッチ!ヒバリ直々のお許し出ましたし、のーんびりしましょ」


えっへへー。今日は、やけにニコニコ笑うんだな。チッチといられるのがそんなに嬉しいのか。


「あ、ありがとうございます!」

チッチも嬉しそうだ。


「ヒバリの株も、一もじゃもじゃくらい上昇しましたねっ」

「どんな単位だ!」

もじゃもじゃって!

「あれ?株の単位は、もぐもぐでしたっけ?」

「株が上がるときにそんなオノマトペみたいな単位は使わわねえよ!しかも一しか上がらないのか!」


切なっ。

この理不尽な評価についてハナバチに意見を求めてみる。

「ヒバリくんがドラゴンフライに諭される前に、チッチさんに『ゆっくりしてって』と言えていたら、株ももう少し上がったんじゃないの?」


「ハナバチ…」

ごもっともだ。

ごもっともなんだが、棘を感じるのは何故だ?

「まあヒバリくんの場合、諭される前に言えてたとしても、せいぜい五むにゃむにゃ程度のアップかな」

「オノマトペ!」


何だ?株っていうのは、そういう単位なのか?僕が知らなかっただけなのか?

「やだなあハナバチくん。見くびってもらったら困るよ。ヒバリさんは調子よくって三ぐしゃぐしゃが限界です」

「三って!」

減っちゃった!

「これは失礼しました。ドラゴンフライの指摘通りだ。訂正します。ヒバリくんは三ぐしゃぐしゃが限界」


むかつく!

ハナバチの『五むにゃむにゃ』って評価だってまだまだ低いほうだったのに、それを否定して更に数値下げやがったよドラゴンフライ!『三ぐしゃぐしゃ』って何だ!ハナバチもすんなり丸め込まれてんじゃねえよ。貫けよ『五むにゃむにゃ』を!


「はーい、お茶入りましたよー」

そこで芳しい紅茶の香り。

僕のむかつきも、ちょっとは和らぐ、かな。落ち着け、僕。

助かったよグラスホッパー。

「ふふふ。みんな解ってないなあ。ヒバリちゃんの株は六へなへなまでならギリギリ、なんとか、かろうじて、どうにか、上昇しますよねっ」


助かってなかった!

キラキラの笑顔のグラスホッパー。前言撤回だ。僕はちっとも助かってない!

六とか今まで挙げられてきた数値とも大して変わんない上に、それでもギリギリなんとか…あとなんだっけ?まあとにかく余裕ではないのかよ!

第一、単位がへなへなとか…すごくヘタレてる!

救われない!


「もう嫌だ…」

うなだれる僕に、けろっとしてる渦中の4人。その様子を遠慮がちに見遣り、笑うチッチ。


ああ…君のジンジャーケーキは、少し切ない涙の味がするね。

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